「強気に本気、素敵に無敵、も1つおまけに元気に勇気!闇に生まれし悪を封印するために怪盗ジャンヌ、神に遣わされただ今参上!!」
「出たわね、ジャンヌ!」
 いつもの都と私のおいかけっこが始まる。といっても、ステージの上なので場所は限定。


 1ヶ月前のこと。
「今年も桃栗祭りの季節がやってきたザマス。このクラスはステージ発表となっているザマスが、何か言い案があるザマスか?」
 教室に響くのはパッキャラマオ先生の高い声。
「なんで高校生にもなって劇やんなきゃいけないんだよ……。」
 稚空が頭を抱えて机にうつぶす。
「ばかっ!先生に見つかるわよ!」
 その横の席のまろんは、ひやひやしながら小声で注意。
「先生!」
「はい、生徒1(笑)。」
「怪盗ジャンヌVS怪盗シンドバットVS警察の皆さん、ってのはどうですか?」

がったん!!

「どうしたのザマスか、日下部、東大寺、名古屋、水無月。」
「「「「べ、別に何も……(^^;」」」」
 生徒1の提案に同時に椅子から転げ落ちた4人を見て、首をかしげるパッキャラマオ先生。椅子に座りかけた4人に追い討ちをかけるように。
「私もその意見に賛成です。キャストとして、ジャンヌに日下部さん、シンドバッドに名古屋くん、警察のメインに東大寺さんと水無月くんでいいんじゃないですか?」

がらがしゃぁん!!!!

 座りかけていた椅子を巻き込んで、さっきよりも派手に転んでしまう4人。
「その案乗った!」
「おもしろそうね。」
「それじゃあ、盗まれる絵の選定しなきゃいけませんね。」
「私、狙われた人の役やりたいなぁ。」
「日下部と名古屋はともかく、東大寺と委員長は実際にやってるんだもんなぁ。期待できそうだ。」
「まろんと名古屋くんなら背格好ピッタリだしね。」
 などと口々にみんなが言い出したものだから、最早それをとめることはできない。
「そこで転んでる4人以外は、異存はないザマスね?」
『は〜〜〜い!』
 かくして、桃栗まつりでまろん達のクラスの出し物は、”月夜の怪盗−ジャンヌとシンドバッド−”に決定したのである。


 シナリオが仕上がって、はじめての読み合わせ。
「ちょっと待って待ってぇ〜〜! なんで私と稚空のキスシーンなんてあるわけなのよ!?」
 手にした台本を読み進めていくうちに、プルプル震え出すまろん。一方ではにこにこ笑顔の稚空。
「まろんとのキス、しかも堂々とステージでできるなんて、俺はうれしいな。」
「稚空がよくても、この東大寺都、学校内での不純異性交友なんて認めないわよ。」
「と、東大寺さん、落ち着いて下さい!」
 怪獣のように吠える都を、冷や汗を垂らしつつなだめる水無月。
「「ちょっと、この台本作った人出てきなさぁい!」」
 まろんと都、2人の声がきれいにハモる。
「東大寺、そんな大声出さなくてもいいんだけど。」
 水無月の制止を振りほどいて、都は声をかけてきた男子生徒につかみかかった。
「ということは、あんたが作ったのねぇぇぇぇぇぇぇ!」
「東大寺さん、人殺しはよくないですよっ。落ち着いて下さい!」
 すると、その横にいた女生徒がにっこり。
「みんなでかんがえたのよ、その台本。」
「「「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」」」」
 今日も教室にこだまする4人の声であった。


 どーのこーの言いながら練習−稚空とまろんのキスシーン以外−は進む。
 そして衣装合わせ。
「こうやって見ると、本当に似てるわね。まろんとジャンヌ。」
 (ぎくっ)
 まろんの顔が引きつった笑顔になる。
「稚空とシンドバットもだ。」
 (ぎぎくぅっ)
「気のせい気のせい。」
 稚空も同様。
 教室の前と後ろをカーテンで仕切り、それぞれで着替え中。ちなみに、都と水無月については各自持参の服である。
 まさか劇とは言え、自分のやっている盗賊を演じるのは奇妙なものである。
 『『なんだかなぁ……』』これが2人の共通した考えであった。
「ほら、できたわよ。」
「こっちも。」
 同時にカーテンが取り払われる。と同時に湧き起こる感嘆の溜め息。稚空とまろん、細部までシンドバットとジャンヌの格好である。カラーコンタクトを入れ髪まで染めるという凝り様。
「この2人のキャスティングはピッタリだったザマスね。」
 いつのまにやら入ってきたパッキャラマオ先生が拍手。
「2人の運動神経も十分だし、今年はいただきザマス!」
 1人白熱する先生に、『なにを?』とその場にいた生徒達が一斉に思ったのは言うまでもない。


 そして当日。
「やりたくないなぁ……。」
 控え用の部屋で、まろんは大きく溜め息。
「まろん〜〜〜!!」
「フィン!!……どうしたの?」
「悪魔だよ、悪魔が出たんだよ!」
 その2文字にピクリと反応するまろん。
「どこに?」
「あのね、あのね。劇に使われるの!」
「劇に使われるって、私たちの劇に使われる絵のこと?」
 顔を紅潮させたままでうなずくフィン。
「もう予告状も出したよ。」
「ええ゛っ?そんなこと言われても、もう劇が始まっちゃうよ?」
「わかってる。フィンにいい考えがあるんだ。」
   ぼしょぼしょぼしょ……
「おっけー。わかった。」
 笑みを浮かべるまろんとは対照的に、
「ここに来るときにアクセスもいたから、シンドバットも狙ってるよ。だいじょうぶ?」
「素敵に無敵のまろんちゃんに任せなさいっ!」

「シンドバッド、仕事だ〜〜〜。」
「アクセス、この姿のときは稚空だって言ってるじゃないか、」
「シンドバッドになりすましてるくせに?」
「……それは置いておこう(^^;。で、仕事だって?」
 稚空は額に汗など浮かべつつ、露骨に話を逸らせた。
「ああ、悪魔を見つけたんだ。とはいっても、まだ取り付いてはいないようだったけど。」
「その絵はどこにある?」
「聞いて驚け。体育館の舞台袖だ。」
 得意げに胸を張るアクセス。稚空はそれを引っつかむ。
「まさか俺達が使う絵か?」
「ピンポーン。御名答。ま、ステージの一般観衆の前で、劇の振りしてチェックメイトするしかないよな。」

「ジャンヌとシンドバットから予告状が届いた?」
 水無月の言葉に、都は飲みかけていた烏龍茶を吹き出しかけた。
「はい。さっき僕の机の上に置いてあったんです。おじさん達に連絡した方がいいですよね?」
   ぐしゃっ!
「父さん達に連絡はしなくてもいいわ。私たちの手で捕まえてやるのよ。……見てなさい、ジャンヌ。この舞台のために開発しておいた都スペシャルをお見舞いしてあげるわ。」
 紙コップを握り潰したまま笑う都。水無月は『この劇が無事に終わるのか?』と考えつつ溜め息をついた。


『ステージで使われる絵の美しさいただきます。 怪盗ジャンヌ』
『ジャンヌが狙う絵の美しさ、盗みます。 怪盗シンドバット』
「まぁ、私はどうすればいいの?」
 警官A役の男子生徒が読み上げた2通の予告状の内容を聞いて、絵の持ち主役の女生徒が大仰に声を張り上げる。
「大丈夫です、私たちが守ってみせます。」
 敬礼する都に、警官役の男子生徒達も一斉にそれに習う。
「しかし、ジャンヌ達が狙うだけあって、とてもきれいな絵ですね。」
 都達の後ろで絵を見ていた水無月が言う。

 舞台袖。
「委員長は劇には向かないみたいだな。」
「私もそう思う。……でもまさか、本物の予告状を読み上げるなんて。都ってば、おじ様達には知らせたのかしら?」
 まろんの言葉に即座に首を振る稚空。
「俺も気になったから、アクセスに見に行ってもらったんだ。そうしたら、警官隊は見えなかったってさ。」
「ふぅん。」
 まろんの言葉に浮かぶ不敵な笑み。
「じゃあ、私と稚空の対決になるわけね。稚空いいえシンドバッド。手加減はしないわよ。」
「もちろん。望むところだ。」
「「ゲーム・スタート!」」

 突然、館内の照明がすべて落とされる。
「来たわね、ジャンヌ!!」
 都の言葉を合図にするように、2階の片隅に当たるスポット。もちろん、台本通り。
「強気に本気、素敵に無敵、も1つおまけに元気に勇気!闇に生まれし悪を封印するために怪盗ジャンヌ、神に遣わされただ今参上!!」
「ああっ!今度はあっちにも!」
 水無月の声。今度は逆方向に当たるスポット。
「海が定めし我が宿命により、怪盗シンドバットここに参る。」
 本物と見間違えそうな2人に、観客から感嘆の溜め息が漏れる。再びライトはステージに戻り、客の視線は移動する。その間に稚空とまろんはロープで降りるということになっていたのだが、変身している2人にそんなものは必要ない。
「守って下さるのよね?大丈夫ですよね?」
 絵の持ち主の演技に気を取られているギャラリーは2人が横を駆け抜けても気がつかない。そして、ほぼ同時に、ステージの両脇から飛び上がるジャンヌとシンドバット。
「僕たちが居る限りは絵は盗ませません!!」
   わ〜〜〜〜〜〜〜っ!
 水無月が出した指示で、警官隊がジャンヌとシンドバットに走り寄る。それをあっさりと交わす2人。
「都スペシャル!2人とも観念なさい!」
 都の構えたバズーカ砲が火を噴く。一瞬にして広がる投網。しかしそれに捕まるわけがない。投網は水無月以下警官隊の男子生徒達を捕獲しただけで終わる。
「闇より生まれし悪しきものを今ここに封印せん!」
「無駄だ!」
「「チェックメイト!!」」
 ジャンヌとシンドバッド、両方から放たれたピン。タッチの差でジャンヌのピンが競り勝った。
『おぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉおおぉぉぉ!!』
 ポンッ!と音を立てて変化したチェス駒はフィンが回収。それとほぼ同時に、舞台裏の生徒の手によって、額縁ごと絵ががひっくり返される。ジャンヌとシンドバットがピンをなげた時点で湧き出たドライアイスのスモークのおかげで、一連の作業は見えにくくなっている。

「私の絵が、私の絵がぁぁぁぁぁぁ!!」
 持ち主の声。残されているのは立派な額と、真っ白なキャンバスのみ。
「今宵もまやかしの美しさいただきっ!!」
 ステージから飛び降りたジャンヌを待っていたのは、警官隊B。仕方なく、ステージに引き返すジャンヌ。
「今日も先を越されてしまったようだな。」
 ステージの左端でおっかけっこをしているジャンヌと都を見ているシンドバット。そんな彼の前に近寄る影。
「シンドバット、今日こそは捕まえます。」
 木を模したセット(もちろん低い)を必死によじ登る振りをする水無月。
「誰が捕まるものか。」
 水無月の手がシンドバットにかかる寸前に、シンドバットはひらりと飛び降りる。
「盗まれてしまっては俺がここにいる必要はないな。」
 シンドバットは木にぶら下がっている(振りの)水無月を一瞥すると身を翻して、舞台袖に走り込んだ。
「アッデュー(はぁと)」
「アッデュー(はぁと)……ぢゃないわよ!ばか〜〜〜〜〜!」
 叫ぶ都に手を振って、ジャンヌはシンドバットが逃げた方に走り去った。

 そしてビルの屋上を模したセットへと変わる。
「シンドバット、今日も私の勝ちね。」
「ジャンヌ、お前はいつまで怪盗を続ける気だ?」
 稚空の言葉に、まろんは背を向けて。(ちなみにこの時点で変身はといて、皆で作った衣装になっている。)
「そんなの、私と同じ物を狙い続けるあなたがよく知っているはず。」
「しょせん、俺達は相容れないというわけか。」
「そういうことになるのよね。」
 まろんはくすりと笑う。
「私はあなたなんかに負けないわ。絶対に。」
 ――ここで私の出番はおわりね。
 まろんはそのまま舞台袖に走り去ろうとして、腕をつかまれた。
「ジャンヌ、忘れ物だ。」
 体が引き寄せられたと思うと、稚空の唇にまろんのそれは塞がれた。同時に沸き上がる歓声。
 固まっているまろんと、舞台袖の都をよそに、そのまま幕は下ろされた。


 ステージが終わって。
「何であんなことしたのよ!」
「だって、あれが台本通りだったんだから。いやぁ、いい思いさせていただきました。」
 にっこにっこ笑う稚空に対して、まろんは今にも噛み付きかねない形相。
「なによ、台本書きなおしたんじゃなかったの?」
 都の言葉に、女生徒がにっこり。
「書き直したわよ。まろんと都に渡したぶんだけね。」
「「そんなの冗談じゃないわよぉぉぉぉぉぉ!!」」
 まろんと都の絶叫が響き渡った。

「フィン、俺達一体何なんだろうな。」
「今回ほとんど出番なかったもんね。フィン、ちょっと淋しい。」
 珍しいこともあるもので、アクセスとフィンが並んで木の枝に座っていた。
「時にはこんなのもあってもいいのかもな。……ところで、まだ俺と付き合う気になんない?」
「悪魔の味方するアクセスなんか大ッキライ。」
 アクセスの言葉にきっぱりと言い返すフィン。
「フィンちゃぁん……(TT)」
 どうやら、アクセスが幸せに慣れる日は遠いようであった。


 発行された学校新聞では、まろんと稚空のキスシーンがTOPを飾ったことは後日談である。