一酸化炭素中毒 2001年3月4 日



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"(*´∀`)ノ友好的名無しさん"から、有益なご指摘をいただきました。ご覧下さい。

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 またまた、まみさんから体験記が寄せられました。今回の体験は直接的な体験ではなく、身近な人を無くした悲しい体験です。しかも、最近一酸化炭素を使った集団自殺が相次いでいますが、それに対しての警告も強いと思われます。是非見てください、それにしてもこんなに反響があるとは思いませんでしたねぇ。

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種々の凄い体験が寄せられています。是非一読お願いします!!

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 まず最初に何故このような自分の恥をHPに書くかということですが、皆さん現在の気密性の高い家屋では絶対に火鉢や七輪を使ってはいけません!!ということと、いかに情報は常に最新にしておくことが重要!!かということです。そして自分の経験から警鐘を鳴らしたい!と思うのです。

 一酸化炭素中毒。この言葉は皆さんも良く知っておられると思います。また、不幸にも経験なさった人もあるかと思います。実はかく言う私も学生時代に経験があります。それにも拘わらずまた一酸化炭素中毒にかかってしまったのです(^_^;)汗・・・。

げに恐ろしき一酸化炭素中毒!!
現在の気密性の高い家屋では絶対に火鉢や七輪を使ってはいけません!!
2月24日(土)の深夜に一酸化炭素中毒でもうすこしで死ぬところでした。
娘が居たので助かったのですが・・
命拾いでした、しかも、夫婦で命日が一緒になる寸前でした。

救急車で日赤病院に運ばれました。27日(火)13:00やっと退院しました。
病院ではベッドの上からまる2日近く一歩も動けず、点滴と酸素吸入を一時も休むことなく 続けました。当然便所にも行けません。
退院後もその時は興奮していたので、思ったほどでもないと思ったのですが、 やはり、体中の節々が痛んだり、眩暈や息切れ、倦怠感などに苛まれ 横になりたい日々がかなり長期間続きます。
また、予後が悪い場合は脳障害や肺障害が起こるそうです。

  今回の本題に入る前に、学生時代のことを多少書いてみます。学生寮で生活していました。
昭和40年代前半のことです。国立大学でしたがまだまだ校舎や学生寮は古い建物の一部を利用しており、学生寮も旧日本陸軍の兵舎がそのまま利用されておりました。当然たてつけは悪く隙間風が吹きさらしです。電気配線も十分でなく、照明の他電気製品は一切使用禁止でした。暖房は練炭火鉢のみ、寝るときは豆炭アンカを使用していました。だから火事と一酸化炭素中毒は一番の大敵で注意していました。また、防火訓練も抜き打ちでよく実施しておりました。余談になりますが、不意打ちは結構寝ぼけてとんでもない行動をとるものですね(笑)。また、豆炭あんかの低温やけどには苦労しました。ゆっくり焼くものですから結構重体でしつこく治りませんよ、低温やけど。
 それだけ注意していても年に2,3件は一酸化炭素中毒が発生していました。当時の寮誌に書いていますが、それまで私は「まったく、不注意な連中だ。死なないだけでも幸運だと思わなくちゃ!!」と思っていました。以下は寮誌の記事です。

 後期試験の最大の難関、ドイツ語の前日、連日の付け焼刃徹夜の為、ついうとうととした。一眠りしてから起きて(実は起こされたんだが・・)洗面所まで行った。水道の蛇口から直接水を飲んでいた。ふと気づくと頭の上から水がじゃあじゃあ落ちてくる。あれ?ん?なんで洗面器の中に顔を突っ込んでいるんだ?・・?ガス中毒!!?後は完全な千鳥足状態で部屋まで。部屋のノブを握ったままついに気を失った。ベッドの中で気が付いたが幸いなことに病院のベッドではなく部屋のベッドだった。その布団の気持の良かったことは今でも忘れない。これで、ドイツ語は落としたな、でも、まあ死ななかっただけでも幸運と思わなくちゃ・・ん?この言葉どこかで聞いたかな?まったく何時自分の身に降りかかるか分からないものである。なお、ドイツ語の単位はあった!

 以上が寮誌の記事です。こんな経験をしながら・・経験が全く生かされませんでした。今回のことについての判断に際しては、むしろ、逆効果であったとさえ言えます。学生寮の部屋は4畳半でした。また練炭火鉢で火を着けた直後でした。今回の件についての顛末です。

 2000年問題の対策用として煮炊き暖房用に買 っておいた七輪を出して初めて使ったのです。
練炭ではなく木炭で、最初は戸外で牡蠣を焼き、残り火はもったいないので食堂に持ち込み暖房として使用しました。
その後の残り火の状態ですが上の方は既に白い灰になっていました。 使用説明にも締め切った部屋、テントなどでは絶対に使用しないで下さい、と書いてあったのですが・・
でも、昔のことを考えると当たり前のように暖房に使っていた。
そこで、もったいないと思い、居間に持ち込んだのです。
部屋も10畳半あり十分広かった。加えて1時間半くらいの短時間!!
だから、昔の知識や判断がどれくらいあてにならないかの、典型的な例でしょう。
話を聞いた全ての人が、ええええ!その程度で?驚いた!!?って言います。
だから、もし、本当に2000年問題が起こっていたら、全国で多くの人が亡くな っていたと思いますよ。
病院の部屋でもその話で盛り上がりました。一応に”絶対に止めようね!”でし た。
 

 実際に中毒にかかった時の話に移ります。そのとき私はPCに触っており、HPの手入れなどをしていたのです。缶ビール、レギュラー缶2本半くらいは飲んでいましたが、段々と耳鳴りや、眩暈、がするので、どうして今日はこんなに酔うのかな?と思っていました。保存したファイルが不明になり検索しようとするのですが、その検索画面が出なかったり、ん?ん?などと思っていました。
退院してからあらためてPCを開けてみると操作もそうとう無茶苦茶だったようです。それでも気づきませんでした・・一酸化炭素の所為だとは・・・(^_^;)汗・・・
その後発見されるまでの行動は・・
意識は一応有りました・・・が、失っていた時期もあったかも・・
嘔吐は激しく何回もありました、また完全に失禁していました。ほんとに死の寸前でした。
いろいろ騒動があってその後病院に搬送された直後の血液検査の結果、
血液中の一酸化炭素濃度が

・正常値  0〜1(単位は不明です)
・妻     13
・私     25
・即死    90

だったそうです。
あらためて、ぞーーーー!!!としました。

学生時代の経験から救急車も呼ばないでくれと言いましたが、これも今考えれば呼んで正解でした。歳も3分の1くらいで、しかも、たぶん今回と比較すれば軽症だったと思われます。
その時の経験がここでも逆効果だったと思います。つまり、あのときにはこうだから
これくらいなら、大丈夫!だと思っていたらもっと大変なことになっていたでしょう。



これから先はちょっと悔しいので、これを機に一酸化炭素の性質とか、医学辞典などの記事を載せて置きます。興味ある人は読んでください。またメールでのご意見も待っています。

物質名化学式分子量比重融点沸点発火点爆発上限爆発下限用途その他
単位    空気中体積%空気中体積% 
一酸化炭素CO28.010.814207-1926097412.5有毒ガス・工業原料
二酸化炭素CO244.011.997g/l(O)-56.6(5.2気圧下)    炭酸ガス・ドライアイス


一酸化炭素中毒

 一酸化炭素濃度は、大都会の年平均濃度が5ppmと測定されている。 一般の人々の生活環境の中では自動車が最大の一酸化炭素の発生源で、排出直後値は平均5万ppmである。排出後大気中で薄められると交通の激しい道路端で20ppm程度、条件が悪いと40〜50ppmになる。
一酸化炭素中毒は高濃度のものを一時に吸った急性中毒と長期間少しずつ吸入したためにおこる慢性中毒がある。
中毒の原因は肺から血中に入った一酸化炭素が赤血球中のヘモグロビンと結合して体の組織が酸素不足に陥るためである。一酸化炭素の方が酸素に比べ数百倍もヘモグロビンと結合しやすいためどんどんヘモグロビンと結合して酸素を運ぶヘモグロビンが不足するためである。
最初は頭痛、吐き気、こめかみ部分の動脈の拍動を感じるようになり、嘔吐、腹痛、眩暈があり突然意識を失う。症状がひどくなってから外へ出ようとしても体の力が抜け、またその気力もなくなるため部屋から出られず、昏睡して死亡する。
応急処置としては

・できるだけ新鮮な空気にあてる
・呼吸が停止していれば人工呼吸をする
・安静、保温を行う

これ以後の処置は病院で行う。

 一酸化炭素が体内から出て行くのは非常に速く、急性中毒の場合の多くは救急処置が取られれば問題なく命を救うことができる。大部分の症例は後遺症がなく完全にもとの健康を回復する。少数の後遺症を残す症例では、意識の回復とともに精神神経症状が現れる場合と数週間、数年を経過して再び症状が悪化する場合もある。


ご意見お待ちしております。
e-mail:tomyfk@excite.co.jp

もの凄い体験です。是非一読お願いします!!
SHIN様からのメールの内容です。転載の許可もいただいております。

平成13(2001)年6月28日

はじめまして、こんにちは。

 実は私も去年の4月に家のベランダで主人とレンタンで焼肉をし、その後燃え尽きなかったのでこれでお湯を沸かしてコーヒーでも飲もうかということになって家の中に入れてしまいました。4月とはいえとても寒い日でした。部屋の窓はしっかり締めていたのです。コーヒーを飲んだ記憶はありません。そのまま倒れて発見されたのは翌日の夜で、私は息があったのでそのまま病院に運ばれ、主人の方はすでに亡くなっておりました。まだ結婚して3ヶ月足らずでした。

 それから入院生活が始まり、去年の9月11日に会社に復帰しました。こんなつらい経験をするなんて思ってもいませんでした。無くした物は大きかったけれども今は大切なモノがハッキリ見えてきたので、もう毎日泣いて過ごした日々とは別れを告げて元気に仕事に励んでいます。入院して、友達、会社、そして何よりも家族の愛が私を前に向かって立ち上がらせてくれたんだと感謝の日々です。

 つい先日の6月1日で外来通院も全て終了し、これを機に私もホームページで紹介したいと思ってどんなホームページがあるのか?と検索していたところです。本当に同じような事故にあっている方には何とかしてあげれないか、と悩んでいます。

 私はどんなホームページを立ち上げれば見た方に納得・参考になるものになるか考えているところです。医学的なことは何も分からないので、どのように事故から立ち直ったかを中心にしたものにしようと考えています。

 私の事故後の脳波とMRIを載せることが可能か?主治医だった先生に今日にでも聞きに行こうと思っています。私の脳波とMRIは今までで見たことがないくらいひどいものだったんですよ、と退院するときに言われたので・・・
 それが一年の通院治療と社会復帰したことがつい先日の検査結果を素晴らしくしたのです!

 この件はまた報告致します。

 そして後日ホームページとして体験談をまとめられました。是非一読して下さい。涙なくしては読めません!!


またまた体験談です。是非一読お願いします!!
emi 様からのメールの内容です。転載の許可もいただいております。

自分の注意力、そして危機感の欠如を嘆きつつ、
「一酸化炭素中毒について」を探らずにはいれなくなった私でした。
病院には行かなかったので、今からでもできる対処法みたいなのが何か探せれば・・・
そんな気持ちで検索しましたが、寄せられたお話の深刻さを目の当たりにし、
もう二度と繰り返さないように、肝に銘じなくては・・・
その想いしきりで投稿した次第でした。
身近に体験しなければ、興味もない話かもしれませんが、
私は愚かなことに二度も体験した縁のある者です。
お役に立てればと思います。


一昨日の15年ぶりの積雪の寒さに点けた、
ストーブの不完全燃焼による一酸化炭素中毒を何とか回復したところで、
このホームページに立ち寄った次第です。
もう二度と繰り返さない為に、これを書くことで肝に銘じようと思って…

実は私も二回目です。一回目はもう、二十年近く前のことだと思います。
大晦日の午後、お正月の準備に家に残った母と二人、
七輪に木炭でお雑煮用のお魚を白焼きしたり、
火があるうちにとおもちを焼いたり。
ベランダでせずに居間でしていました。
何とか準備を済ませ大晦日を越しましたが、
元旦の朝、私と母の二人だけ、布団から起き上がれませんでした。
二日くらいは丸々寝正月だったと思い出します。

そして一昨日の夜、台所を済ませる間に、
母に頼んで私の部屋のストーブを点けてもらいました。
少しガタのきているヤツで、芯の上げ方にコツが要ったんですが、
手が離せなかったので、母に口頭で指示して点けてもらいました。
台所を済ませて部屋に行くと、頼んでから30分は過ぎているのに、
芯が半分しか赤くなっていませんでした。
「あれ〜、これ不完全燃焼してるんじゃないの〜?」
そう言いつつも、一度消すといやな臭いがするし、しばらくしないとまた点けられな
いし…
そんなものぐさから、そのまま30分程身体を温め、寝る前に消して床に入りまし
た。
そして次の朝、頭の芯が痛いような気がしたんですが、
一度は床を上げ、食卓につきました。
でもやっぱり頭が痛い。吐き気もする。これは風邪をひいてしまったと、
ご前中寝れば治るだろう、そんな軽い気持ちで再び床に着きました。
でもなかなか頭痛は治まらず、吐き気は止まず。
身体は冷え、体中の血行が悪いようにどこそこが痛く、
ろくろく寝にも入れませんでした。結局内容物は無いものの戻し、
少しは寝ましたが、いつものようには頭痛は引いてくれませんでした。
何も食べれず、そのまま夜になりました。
夜中には一度目がさめ、心臓がバクバクしていました。動悸っていうんでしょうか。

目が覚めてしばらくすると落ち着きましたが、
丸二日過ぎて、頭痛もなくなり、ほぼ回復したかな…
ここまで来てようやく、「そういえば、一酸化炭素中毒だったのかも・・・」
そう思い当たって、このホームページに立ち寄ってみたところでした。
なんか間抜け…ですね。
今も胃腸の調子は整わず、食欲はまだありませんが、
「またやってしまったのか・・・」そんな思いです。
ストーブの不完全燃焼に気づいていたにもかかわらず、
換気をしようとも思わなかった。すっかりボケてしまってました。
今思えば、「そうだよね、そうだよね〜・・・。」
そう思うこと仕切りです。忘れちゃうもんですね。

私は二回とも軽くで済んでいるし、「肝に銘じなきゃな」と反省するばかりですが、

命を落としてしまった人もいるのは、本当に残念だし、恐いことですね。
私の友人の好きだった人も、堀車庫の中で一酸化炭素中毒で亡くなりました。
大晦日に親子喧嘩をして家を飛び出し、
発見されたのは二日の朝。自宅の堀車庫の中でした。
車の中で夜を過ごしただけだったんです。シャッターが完全に下りていたため、
寒さの為につけていた暖房で、車庫の中に一酸化炭素が充満したのが原因でした。

そんな話を去年の暮れに思い出したばかりだったのに、
自分がまた繰り返すなんて、ほんとボーっとしてたなと思います。
これからは二度と繰り返さないことを改めて肝に銘じ、
そして命を落とされた方の冥福を、ここでお祈りさせていただきたいと思います。

この事故による悲劇が繰り返されないことを切に願って、投稿させて頂きます。

emi


またまた体験談です。是非一読お願いします!!
まみ様からのメールの内容です。転載の許可もいただいております。
今回は一酸化炭素中毒自殺に対しての警告が強い体験記です。

 お返事ありがとうございます。ホームページに加えていただいたとしたら大切なものを失くす前に考え直してくれる人がいるでしょうか?たった一人でも考え直してくれる方がいるのだとすれば、彼の死は無駄にはならなかったはずですよね?妹がこれ以上傷つかない方法であれば、私としては、ホームページに加えていただくことに依存はありません。(まみ様)
 私も死にかけたもので、新聞記事を見ては九死に一生を得た妻と共に嘆いています。私たちはやっと助かったのに、死のうと考えるとはなんたることかと!!(tomy)

 昨日、私の友達でもあり、妹の彼でもあったひとりの男性が一酸化炭素中毒で亡くなりました。自殺でした。テレビや新聞で一酸化炭素中毒の自殺が取り上げられていますが、その最期がどのようなものか知っていますか?七輪や練炭であたかも苦しむこともなく最期を迎えられるような、そんな印象を持っていませんか?彼もそんな印象を持っていた一人かもしれませんでした。

 警察の方の話では、一酸化炭素中毒で亡くなった方は胸から上は緑色に変色してしまっているそうです。亡くなった彼は、体がパンパンに膨れあがって見るも無残な様子だったと聞きました。

 人間誰しも、死んだら楽になれると考えることはあると思います。生きていくことは辛いことの連続かもしれません。でも、生きているからこそ感じられることもあるはず...残された者が手を差し伸べられなかったことをどんなに後悔するか...(まみ様)


"(*´∀`)ノ友好的名無しさん"から以下のような、ご指摘を受けました。どうもありがとうございました。

いらぬお節介とは思いますが… (*´∀`)ノ友好的名無しさん 【2004/12/28 00:05:02】
★Tomy様の雑感「一酸化炭素中毒」より
 >警察の方の話では、一酸化炭素中毒で亡くなった方は
 >胸から上は緑色に変色してしまっているそうです。
 >亡くなった彼は、体がパンパンに膨れあがって見るも
 >無残な様子だったと聞きました。

警察の方がどのような説明をなさったかわかりませんが
一酸化炭素中毒の傷病者の顔貌は緑色ではなく、紅色に
変色します。また、膨れ上がったりもしません。
「緑色に変色」「腫れ上がる」等の変化は一酸化炭素
中毒によるものではなく、単なる腐敗現象の一形態と
思われます。



突然、このような書き込みをして申し訳ありません。
実は当方が2ちゃんねるの『ニュース速報プラス』板を
チェックしていましたら、スレ違いの奇妙なコピペらしき
書き込みを見つけました。それが↓
http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1104137020/80

暇だったのでGoogleでネタ元を調べてみると、ココへ辿り
着きました。一酸化炭素中毒の怖さを広めるページの最後が
トンデモ話では、説得力が無くなると思われますので、
いらぬお節介とは思いますが訂正されては如何かと。


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