空き家があった。
 そこには数日前まで深い傷を負った一人の少女と、彼女のために集まった多くの冒険者がいた。
 冒険者達は少女の回復を願い手を尽くした。
 しかしその願いはかなわず少女は皆の眼前で無≠ヨと帰ってしまった。
 その時、誰もが何もできなかった……。

 簡素なベッドと幾つかの家財、それ以外は何も無い部屋、誰も居ない部屋。
 朝日が差し込むその部屋でスフィアは膝を抱えこむようにうずくまりじっとベッドを見つめていた。
「セアラ……ボクは何もできなかった、キミの涙を拭うことさえ……」
 膝を抱える腕に力がこもる。
「スフィア様……」
 いつにまにかスフィアの後ろに立っていた召し使いの少女、マルエルが名前を呼ぶがスフィアは何も応えない。
「せめて食事と睡眠はとってください、でないとスフィア様まで……」
 そう言って何回目かの朝食を置くマルエルの顔にも不安と疲労が見える。
 主人を気遣う彼女もほとんどスフィアと同じ状態だ。
 いくばくかの沈黙が流れスフィアが重い口を開く。
「泣けないんだ……とっても悲しいのに涙もでない……。
 昔、父様と母様が居なくなったときはあんなに泣けたのに……どうしてかな?」
「……………」
 じっと聞き入るマルエルに自嘲気味な笑みを向けるスフィアの目は空をさまよい遠い先を見ている。
「このままこうしてたらセアラと同じとこへ……」
 パンッ!!
 乾いた音が響き空気が張り詰める。
 スフィアの頬が赤く染まりその頬を叩いたマルエルの手がきつく握り締められる。
「少しは目が覚めましたか?
 ……マルエルはそんなことを考えるスフィア様は嫌いです。
 そんなことを言うスフィア様は……見たくなかったです!」
 マルエルの頬を一筋の涙が伝う。
「私の手を引いてくれたスフィア様は……私の想っているスフィア様は……」
 言葉の最後を言えないまま部屋を駆け出すマルエルをスフィアは黙って見送る。
 しばらく扉の方を見つめていたが、大きくため息をつくと床に寝転がり天井を見上げる。
「嫌い……か。
 あの娘に言われるなんてね……」
 わずかな苦笑の後、静かな寝息とともにスフィアは深い眠りの中へと落ちていった。
      ・
      ・
      ・
 目が覚めたのは夕暮れの頃だった。
 沈む夕日が空を紅に染めスフィアの顔を照らす。
 ゆっくりと体を起こし窓際に立つとぼんやりと外を眺める。
 遠くで動物の鳴き声がする。
 子供達の遊ぶ声がする。
 そして、自分の名前を呼ぶ聞き慣れた声……。
「マルエル……」
 視線の向こうから水桶をさげたマルエルが歩いてくる。
 おそらく桶には水が入っているのだろう、桶を下げる両手が強く握り締められている。
 部屋に入ったマルエルが一言、二言話しかけるがスフィアは気の無い返事を返すだけだった。
 そして何気なくマルエルの持つ桶に視線を落としたスフィアは桶の水に映る自分の姿にビクッと肩を震わせる。
『これがボク……?』
 一瞬誰だかわからなかったが、それは自分自身に間違いなかった。
 痩せ落ちた頬、自慢の髪はほこりにまみれ、琥珀の瞳は光を失い暗く澱んでいる。
 そんなスフィアを不安気な眼差しで見つめるマルエル。
 一陣の風が通り抜け雰囲気が変わる。
「……なにするの?」
 水桶を指差しながら不意にスフィアが尋ねる。
「え? あ、これはスフィア様の体をお拭きしようと思って……」
 慌てて応えるマルエルにスフィアはかすかな笑みを見せる。
 その微笑みは妖しさとともに凄惨ささえも漂わせていた。
「たしかにこんな格好じゃ人前にはでられないか」
 再び桶の水に視線を移すその瞳にはかすかな輝きが戻っていた。
「あ、あの……今朝は申し訳ありませんでした。
 その……感情的になってしまって……」
 マルエルは深々と頭をさげる。
 緊張のためか小さく肩を震わせるその姿は、初めてスフィアと出会った頃のマルエルを思わせた。
 何かに怯えるように、自分を押し殺すようにしていたあの頃。
 それでもマルエルは一生懸命だった。
 そんなマルエルをスフィアは好きになった。
 だからその手をとり「一緒に行こうよ」と言った。
 そして……。
『もう泣かなくていいって言ったのはボクなのに……なにやってんだろ……』
 スフィアの瞳の輝きが増す。
 大切な人が目の前にいた。
「ごめんねマルエル」
 その言葉に驚いたように顔をあげるマルエル。
 スフィアはマルエルの首に両腕をまわすともう一度「ごめんね」と言いながらマルエルを抱き寄せる。
 水桶が床に転がり、こぼれた水が広がっていく。
「もう大丈夫だから……心配かけたね」
「……いえ……なこと……いです」
 マルエルの言葉は涙にさえぎられ途切れ途切れになる。
 大粒の涙が溢れだし嗚咽に肩が大きくはずむ。
 スフィアはやさしくマルエルの頬に両手を添えるとそっと唇を重ねる。
 淡く冷たい月明かりが二人の影をつくりだしていた……。
迷子の心が帰る場所
 【カルディネアの神竜】のプラリアです。
 交流誌に投稿したのは、これが初めてだったですねえ。
 かなりツボにはまった燃え燃えなPBMでした。
 泥沼ブランチ、ストレスブランチの異名は伊達ではなかった(感涙)
 ゆりか艦長、かむばーっく!(イヤ、マジで……)