私は雨が嫌いだ……。
 遠いあの日を思い出させるから。
 響く雨音は私の慟哭、落ちる滴は私の涙。
 あの日から、私は雨が嫌いになった。

 その日も雨だった。
 黒く分厚い雲が空を覆い隠し、何日目かの雨を降らせている。
 シンディははオーナーであるクライム博士とともに、パラサイトの居住区に来ていた。
 エンタープライズ社の技師である博士はスレイヴドールの開発にも関わり、そして造られたうちの一体がシンディだった。
 博士はシンディのオーナーとなり、シンディは博士の元で色々なことを学習した。
 博士はよく口にしていた「パラサイト達は解放されなければならない」と。
 この日もパラサイトと会って、話をする予定だった。
 約束の建物に入ると、数人の男達が博士とシンディを出迎える。
 彼らは博士の手を取り、少し大げさなくらいの笑みを浮かべると、二人を部屋へと案内した。
 あまり広くない、小さな部屋だ。
「そうだな。 シンディ、彼らとの話が終わるまでここで待っていてくれ」
「わかりました」
 すると側にいたパラサイトの一人が、それなら別の部屋で待たれては?と提案してくる。
 小さく頷く博士を見て、シンディは彼の申し出を受けることにした。
 別室に入って十数分後……。
 静かに椅子に腰掛けていたシンディが、不意に立ち上がる。
「騒がしいな」
 彼女と一緒にいた男がそれに答える。
「雨の音では?」
「違うな」
 スレイヴドールの言葉と瞳は冷たい。
 じっと見つめる視線に耐えかねた男が顔を逸らすと、素早く伸びたシンディの手が男の胸元をつかむ。
「貴様ら、企んだな!?」
 男を突き放し、廊下を走る。
 そしてクライム博士が入ったその部屋の扉を開けた瞬間、時が止まり世界が赤く染まる。
 部屋の床に横たわる博士の体には数本の短剣が突き刺さり、赤い血が床を覆っていた。
 その周りには、彼の持ち物を物色するパラサイト達。
「貴様らっ!……」
 殺気を放ちながら、一歩踏み出すシンディに気圧され、パラサイト達は部屋の反対側に後ずさっていく。
「……シンディ」
 弱くかすれる声で、クライム博士がシンディの名を呼ぶ。
『!』
 駆け寄ったシンディが、博士の口元に顔を近づける。
「ダメだ……彼らを傷つけてはいけない……」
「博士……」
「いいんだ……」
理解できないでいるシンディに、博士が諭す。
「彼らはこうするしかなかった……そこまで追い詰められていたんだよ……。
 それに気が付かなかったとは……ふふ、儂も偽善者の一人だったか……」
 クライム博士が、自嘲気味な笑みを浮かべる。
「しかし、それでも気掛かりなのは、彼らのことだ……」
「……………」
「シンディ……パラサイトの力になってやってくれ。
 彼らを助けてやってくれ……」
 そう言って力の入らなくなった手を、弱々しく持ち上げようとする。
 黙してじっと聞き入っていたシンディが、その手をとりそっと頬に寄せる。
「強く、美しくなった。
 お前は……私の自慢の娘……だ…よ……」
「……お父様」
 握り締めた手から、徐々に命が消えていく。
 しばらくの静寂の後、シンディは遺体を背負うと、静かに部屋を出る。
 緊張の解けたパラサイト達の溜息が聞こえる。
 建物の外はまだ雨だった。
 冷たい雨が二人を濡らす。
 降りしきる雨の中、シンディは重く垂れ込めた雲を見上げた。

 私は雨が嫌いだ……。
 遠いあの日を思い出させるから。
 響く雨音は私の慟哭、落ちる滴は私の涙。
 あの日から、私は雨が嫌いになった。
 ……でも、今は少し違う。
 私は新しい太陽に巡り会えた。
「さて、行くかシンディ」
 軽やかにマントを翻し、静かに微笑む主。
「はい、アドルフ様」
 雨が止む日も、そう遠くないだろう。
雨の降る日
 マジだ、マジな話だ(苦笑)
 ゲーム開始時より20年くらい前のお話、主(オーナー)であるアドルフ様と出会う数年前ですね。
 『スレイヴドールの姓って、どうやって決まるんだろう?』と考えたら、やっぱりオーナーの姓かなぁという結論に至り、あれこれ頭を捻ったらこうなりました。
 ラブラブがない(笑)
 なんてこったい。
 このPBMも思い入れの強い作品なので、今からでも書いてみたいですねー。