そして水連は今日も平和でした
 【蒸熱狂騒曲】のプラリアです。
 ゲーム終了から数年後のお話どえす。
 ティナが水大に進学して、水大講師の亮介と……というのも考えましたが、大人になったティナというのもピンとこないので断念。
 たぶん、いつまでたっても変わらないと思いますけどね(亮介も大変だ(誰のせいだ?(笑))
 あの動乱の年から数年……。
 水漣は大きく変わり、そして何も変わりはしなかった。
 多くの矛盾も山積みにされた問題も、何一つ解決されてはいなかった。
 街は、人々は、まだまだ傷を癒す時間を必要としていた。
 しかし、それでも水漣は確実に変わろうとしている。
 そこに暮らす人々と一緒に。
 そして、少女も少しだけオトナになっていた。

 活気溢れる水漣の町中を、土煙を上げて疾走する少女がいた。
 肩まで伸びた金色の髪をなびかせて、深い蒼の瞳を輝かせながら。
 健康的に日焼けした肌と、少し大きめのシャツにジーンズという出で立ちは少年かと思わせるが、最近自己主張を始めたささやかな胸の膨らみがそれを否定していた。
 少女の名は葉影ティナ。
 かつては想い人でさえ、かの刑務所島に送り込んだという強者だ。
 ティナはすれ違う人に元気よく「おっはよう!」と声をかけると、人混みの間を縫うように駆け抜ける。
 その後には「おっはよう!」の声がドップラー効果となって聞こえていた。
 そして目的地を視界内に確認したティナがさらに加速したとき、不意に一匹のネコが目の前を横切ろうとする。
 『!!!』 タンッ!
 力強く跳躍したティナはネコを飛び越し、空中で回転&ひねりの大技を披露しながら、目的地である一軒の家の前に着地する。
 沸き起こる拍手と歓声に「どうも、どうも」と笑顔で答えると、手を振りながら家の中へ入っていく。
 一応「こんにちわー、お邪魔しまーす」と声をかけるものの、勝手知ったるなんとやら、タッタッタッと奥の扉まで行くと、軽くノックをして扉を開ける。
「……………やっぱり……」
 ため息一つ。
 その部屋には、ティナが予想したとおりの光景があった。
 乱雑に並べられた本、床に散らばる大量のゴミ(のように見えるもの)、そして机にうつ伏せ状態で睡眠モードに入っている白衣の男性。
「お兄ちゃんたら、また朝までやってたのね」
 白衣の男性を見て、呆れたように呟くティナ。
 しかし、その眼差しはあくまで優しい。
 夕凪亮介。
 人の良さと穏やかさでは、水漣でも屈指と思われるこの白衣の男性、水漣が揺れた動乱のあのとき、誤解と勘違いの末に刑務所島へと送られることになり、そこで二年と数ヶ月を費やした。
 その原因はティナにあった。
 少女の言動によって、亮介は刑務所島での長い時間を過ごすことになったが、彼の中で少女への愛おしさは陰ることはなく、かえってその想いは大きくなっていた。
 だから久しぶりに再会したときも、不思議と落ち着いていた。
 ただ嬉しかった。
 少女が大きく成長していたことが、自分を待っていてくれたことが、再び抱きしめられたことが。
 ただ嬉しかった。
 そして、その想いは少女も同じだった。
 兄と慕っていた亮介が居なくなり、自分の気持ちに、亮介への想いが初恋だと初めて気付いたそのとき、自然と涙が零れていた。
 悲しくて、寂しくて、切なくて……。
 いくつもの夜を過ごし、再び亮介の暖かさに包まれた瞬間、少女は懐かしく思い、そして自分がそれを望んでいたのだとがわかった。
『いつまでもお兄ちゃんと一緒にいたい……』
 そのときと変わらない想いを込めて、ティナは亮介を見つめる。
 静かに寝息を立てる亮介。
 年季の入った白衣、相変わらずの無精髭、不器用に整えられた髪……。
「変わらないね、ほんとに」
 目を細め、クスッと笑う。
 自分は変わった。
 ここ数年で、かなり背が伸びた。
 随分と女らしくなった。
 変わらないのは亮介への想いだけ。
 いや、より大きく、より強くなっているその想いも、以前とは違うのかも知れない。
 しばらく亮介の寝顔を眺めていたティナだったが、ゆっくり窓に近づくと大きく開け放つ。
 日差しとともに涼やかな風が入ってくる。
 金色の髪が風に揺れ、淡い光を放つ。
 大きく深呼吸したティナは、部屋へ向き直ると少し意地悪そうに微笑む。
『さぁてと、それじゃお寝坊さんを起こすとしましょうか』
 そっと亮介の後ろへ移動すると、亮介の首に腕を回し、ギュッと抱きつく。
「おっはよぅ、お兄ぃちゃん☆」
 暖かい日差しが、二人を照らしていた。