浄光寺
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住職の法話

3月11日更新

ここ数日、日中は春本番を思わせるような陽気となっています。境内の紅白の梅の花も春の柔らかい日差しに促されて満開となりました。

今日3月11日は、東日本大震災が発災して2年。各地で三回忌の追悼法要が勤まっています。テレビや新聞では震災関係の報道がなされています。

しかし悲しいことに3月11日が近づかないとだんだん震災の報道も少なくなってしまっています。それは私自身も同じだと思います。相田みつおさんの詩のお言葉をお借りするならば、「傍観者」なのだと思います。決して被災された方の悲しみや苦しみを分かることはできないし、寄り添うこともできない自分であることは分かっています。しかし、こんな私でもなにかできることはないか、そのことは常に思いながら生きていきたいと思っています。

称名相続

『春季永代経法要』 ~東日本大震災三回忌法要~

3月16日 昼座・夜座、17日 昼座 (3月15日は常例法座)

〈ご講師〉行信教校講師・天岸淨圓先生(大阪)

どうぞみなさまお参りのうえ、ご法話をお聴聞ください。

1月8日更新

明けまして南無阿弥陀仏

平成25年(2013年)が始まりました。昨年一年は皆さまにとってどんな年であったでしょうか。嬉しいこと、悲しいこと、楽しいこと、辛いこといろいろなことがおありになったことと思います。

私も大晦日にお参りをさせていただきながら、「今年の元旦には想像もつかなく、いろんな意味で思いもよらないことがたくさんあったなあ」と思いました。同じように今年もどんなことが飛び出してきてもおかしくないことでしょう。そう思うと、新しい年を迎えて、楽しみでもあり不安でもあります。

いずれにしてもお念仏を申しながら一日一日を一瞬一瞬を大切に、そして丁寧に生きていきたいと思っています。
皆さまどうぞお寺にお参りいただいて、ご一緒におみのりに会わせていただきましょう

称名念仏

【御正忌報恩講法要】
   
平成25年1月12日(昼座・夜座)・13日(昼座)
  
ご法話・福間義朝師(広島県)

『お正月』

新たな年を迎える節目にあたり、いま一度みずからを見つめなおし、確かな足どりで人生を歩みたいものである。
蓮如上人は年の始めに、勧修寺村の道徳に次のように仰せになった。

道徳はいくつになるぞ
道徳念仏申さるべし

一つ年を重ねるにあたり、あらためて念仏を勧められたのである。
一年また一年と、年を重ねることは、決してあたり前のことではない。私自身にも、やがてこの世の縁の尽きる時がくる。阿弥陀如来は、はかなき私たちを哀れみ慈しんで、念仏せよとはたらきかけておられる。

いま私たちは、真実の教えに出あい、念仏申す身となって、大いなる安心のなかに人生を歩んでいる。
新たな年の始まりを、念仏とともに迎えることは、何よりも大きなよろこびである。

『拝読 浄土真宗のみ教え』より

10月19日更新

十月も半ばを過ぎ、朝夕は寒さを感じるようになりました。皆さま、お身体にはくれぐれもご慈愛ください

浄光寺では、10月に入ると各ご家庭のご仏壇に『報恩講』のお参りをさせていただきます。
私たち浄土真宗の教えをいただくものにとって最も大切な法要が宗祖・親鸞聖人のご命日を縁とした『報恩講』です。
そしてお寺で勤まる法要が『御正忌報恩講法要』です。

報恩講法要では、お仏壇やお寺のお内陣のロウソクは<朱ロウソク>にします。朱(赤)という色は、一般的に“よろこび”の色でしょう。一方で、『報恩講』は宗祖・親鸞聖人のご法事です。
<ご法事>が<よろこび>ということは、いわゆる“常識”では考えられないことかもしれません。しかし、ご法事が真のよろこびに転じられていくところに浄土真宗の救いがあるのです。ご一緒にお聴聞させていただきましょう。

礼拝

『報恩講』  報恩講は、宗祖親鸞聖人の遺徳をたたえ、その恩を報ずる法要である。親鸞聖人三十三回忌に際し、報恩講と名付けられて以来、毎年宗祖のご命日を縁として、脈々と営まれ続けている。
親鸞聖人は、阿弥陀如来の本願の教えを明らかにされ、その九十年のご生涯を、念仏の道ひとずじに歩まれた。今、私たちが、浄土真宗の救いのよろこびにあえたことも、聖人のご苦労のたまものである。報恩講に際し、蓮如上人はお示しになられた。

すみやかに本願真実の他力信心をとりて わが身の今度の報土往生を決定(けつじょう)せしめんこそ
まことに聖人報恩謝徳の懇志にあひかなふべけれ

他力の信心を得て浄土の往生を決定(けつじょう)することこそ、親鸞聖人のご恩に対するなによりの報謝となるのである。

本願寺出版社『拝読 浄土真宗のみ教え』より

8月31日更新

残暑 南無阿弥陀仏申し上げます

今年の夏も本当に猛暑ではなく、“酷暑”となりました。どうぞお身体にはお気をつけください。
私もお盆参りをさせていただきましたが体力の消耗が激しかったです。

さて私にとって今年のお盆参りが疲れた原因は暑さばかりではありませんでした。
実は毎晩ロンドンオリンピックをテレビで観戦していたために寝不足になっていたことも原因でした。
4年に一度という大舞台に人生の全てを賭ける姿に感動をさせられました。そしてその勝負は時には数秒で終わってしまう。その数秒のために血のにじむような努力をする。
そんなことを思った時に、どこの国の選手であるなどということはどうでもよくなる・・・とまでは言いませんが、どの選手も応援したくなりました。メダルを取ることができた選手は勿論ですが、それ以上に、地元や仲間の期待を一身に受けながら思うような結果を出すことができなかった選手に心から「ありがとう」と言いたいと思います
合掌

『お彼岸』

彼岸とは、念仏の教えをいただいたものが、いのち終えて生まれていくさとりの世界。仏となった懐かしい方々がおられる、阿弥陀如来の西方浄土のことである。 善導大師はお示しになる。

西の岸の上に人ありて喚ばいていはく
なんぢ一心正念にしてただちに来れ
われよくなんぢを護らん

阿弥陀如来は、「必ず救う、われにまかせよ」と、西の岸よりよびかけておられる。如来のよび声は、南無阿弥陀仏の名号となって、今この私に届いている。
如来に抱かれ、先に浄土へ生まれた方々に導かれて、彼岸へと続くただ一つの道、念仏の道を歩むのである。

本願寺出版社『拝読 浄土真宗のみ教え』より

◎次回法要
『秋季別永代経法要』(彼岸会・戦死者追悼会・東日本大震災追悼会) 9月8日(昼座・夜座)、9日(昼座)
ご講師 内藤昭文和上(本願寺派司教・大分県)
どうぞ皆さんでお参りください。

7月29日更新

『お 盆』

亡くなられた先人たちのご恩に対し、あらためて思いを寄せるのがお盆である。親鸞聖人は仰せになる。

願土にいたればすみやかに
無上涅槃を証してぞ
すなはち大悲をおこすなり
これを回向となづけたり

浄土へと往生した人は、如来の願力によってすみやかにさとりをひらき、大いなる慈悲の心をおこす。
迷いのこの世に還り来たり、私たちを真実の道へ導こうと常にはたらかれるのである。
仏の国に往き生まれていった懐かしい人たち。
仏のはたらきとなって、いつも私とともにあり、私をみまもってくださる。
このお盆を縁として、すでに仏となられた方々のご恩をよろこび念仏申すばかりである。

本願寺出版社『拝読 浄土真宗のみ教え』より

◎【盂蘭盆会・歓喜会】 8月15日 午後7時より
お勤め『仏説阿弥陀経』、ご法話・増井浄見師(上郡)

5月1日更新

“生まれる”ということの意味

<二月八日>という日は私がこの世に生を受けた日です(本当はその十月十日前と言ってもいいかもしれませんが)。この日は私にとって「誕生日」と言われる日でありましょう。この年齢になってくると子どもの頃のような誕生日の嬉しさは無くなります。それは誕生日だからといってケーキを食べるわけでもなくプレゼントを貰えるわけでもなく、家族にも忘れられ、時には自分自身も今日が誕生日であることを忘れてしまうようになっているからかもしれません。もしかしたら忘れようとしているのかもしれませんね。

今年の誕生日を迎えたとき思ったことがあります。それは「なぜ誕生日をお祝いするのだろう」という疑問です。なぜそのようなことを思ったのか。その理由の一つは、発災一年を迎えた東日本大震災の惨状を目の当たりにしたことです。「私が今、生きていることの不思議さ」と「生まれてきたことの凄さ」を感じずにはいられません。しかしながら私が生まれたことや、今生きさせていただいていることに何の不思議さも有難さも感じずにボーっと生きているのが私かもしれません。 四月八日はお釈迦様のお誕生日「はなまつり」、五月二十一日は宗祖・親鸞聖人の降誕会です(悲しいことにクリスマスは誰でも知っているのですが・・・)。お釈迦様や親鸞聖人の教えを通して、私の「生まれてきた意味」や「私の生きている意味」を聞かせていただきましょう。

称名相続

<次回法要>
【宗祖降誕会(しゅうそ ごうたんえ)】 5月13日(日) 正午より
お茶席(浄光寺会館)、献華献灯、おつとめ、ご法話、総会 ○ご法話  石崎博敍師

1月25日更新

““世のなか安穏なれ 仏法ひろまれ””

昨年4月からご本山・本願寺でお勤まりのなっていた『親鸞聖人750回大遠忌法要』が先日1月16日に御満座を迎えました。50年に一度の親鸞聖人のご法事である大遠忌に遇わせていただき本当にありがたい限りです。

毎年1月9日より16日までご本山では『御正忌報恩講法要』が厳修されていますが、今年の御正忌報恩講法要は「まさに大遠忌に当たる」という意味で『親鸞聖人750回大遠忌法要・御正当』がお勤まりになり全国各地より多くの僧侶やご門徒の方々が参拝になられました。

私の無二の親友がハワイに住んでいます。そのS君はハワイで開教使をしています。開教使とは特に海外で浄土真宗のみ教えを伝える僧侶のことです。意外に思われるかもしれませんが、ハワイには浄土真宗本願寺派のお寺だけでも30余りあるそうです。ハワイの他にも、北米、南米、ヨーロッパにもお寺があります。設立された経緯はさまざまではありますが、殊にハワイは明治、大正時代に移民された方々のためのお寺であったようです。

現在では三世、四世、五世の世代になり、日本語もなかなか通じないのが現実だそうです。S君は彼のお父様が以前ハワイで開教使をされておられたのでS君自身がハワイ生まれで小学校までハワイで育ったようです。現在、彼のお父様は日本でお寺を設立されご住職としてご活躍されておられます。そのような関係でS君もハワイで開教使として親鸞聖人のみ教えを伝えたいと数年前、家族と共にハワイに渡りました。

そのS君が親鸞聖人の750回大遠忌法要・御正当に参拝するために日本に一時帰国しました。私は彼に久しぶりに会うために上洛しました。ともに机を並べてご法義を学んでいた頃の話で時が過ぎるもの忘れてしまいました。本当に心を許せる友人がいることは本当に有難いことです。
彼との話でとても強く感じたことがあります。それは「真実の教えは時代も場所も越えて私たちの心の支えとなっていく」ということです。

以前の本願寺教団のスローガンに“念仏の声を 世界や 子や孫に”というものがあります。この私が今、親鸞聖人のみ教えを聞かせていただきお念仏を申させていただくことができるもの宗祖親鸞聖人をはじめ、数多くの先人方のご苦労とそのみ教えを人生の支えとされてきた歴史以外の何ものでもありません。

今から100年近く前、ハワイや世界各地に移民された方々のご苦労は想像を絶するものがあったことでしょう。果てしなく広がる荒野を開墾し文化も言葉も全く分からない中で、必死に命をつなぐため家族のために生きていかれた方々にとって故郷・日本に対する望郷の念はどんなに大きかったことでしょう。現在のようにインターネットや電話で通信をしたり、飛行機で簡単に行き来したりことのかなわない時代。
そのような方々にとって“南無阿弥陀仏”のお念仏はどんなに心の支えとなったことでしょう。「あなたは決してひとりではないよ。あなたを決してひとりにはさせない」という仏さまのお呼び声は遠く故郷を離れた方々の心に本当に響いたことでしょう。そのご苦労のお姿を聞かせていただくときに、真実の教え・お念仏に遇えた喜びを多くの方々や子どもや孫の世代に相続していきたいと強く感じさせていただきました。

S君もまたハワイに帰りました。次にいつ彼とまたご法義の話ができるかと思うとその日が来るのが楽しみであるのと同時に一抹の寂しさもあります。しかしそのようなとき、本願寺第八代宗主・蓮如上人がうたわれたお詩が心に響きます。

“恋しくば南無阿弥陀仏と称うべし われも六字のうちにこそすめ”

称名相続

1月5日更新

明けまして 南無阿弥陀仏

平成24年、2012年が始まりました。皆さま、どんな新年を迎えられたでしょうか?
年末から急に真冬の寒さとなり、体調を崩されている方が多いことと思います。どうぞ暖かくしてお過ごしください。

昨年末には一昨年から始めた『年末こども餅つき』を境内で行いました。一昨年は急に思い立って開催したので全くの手探りでした。今回は綿密に役員さんや婦人会の方と打ち合わせをして行ったところ約40名の子どもたちが集まってくれました。さらにお父さんお母さんおじいさんおばあさんやご近所ご門徒の方々が手伝ってくださり大変盛り上がりました。初めて杵を持つ子どもや昔のことを思い出される年配の方、黄な粉餅やあんこ餅をほお張る方。どの顔にも笑顔が絶えませんでした。そこには年代の壁や地域の違いを越えて人と人とのつながりがありました。

昨年の世相を表す漢字は『絆』でした。それは昨年3月11日に発災した東日本大震災によって家族や地域、人と人との絆の有難さと大切さを再認識した人が多かったためでありましょう。
私も確かに今回の大震災を通して同じようなことを強く感じました。一方で、このようなことがなければ気付けず忘れ去られている現代社会の悲しさ愚かさも感じたことも事実です。

“無縁社会”という言葉が当たり前のように使われる時代になりました。ある学者が「無縁のものは社会とは言わない」と言われていました。これも一理あります。

私たち人間は決して一人では生きていけません。にも関わらず自分ひとりで生きていける<錯覚>に陥っているのかもしれませんね。その考え方は<錯覚>であると気付かせてくださるのが仏さまなのかもしれません。そして決して一人では生きていけない私だけれども、決してあなたを一人にはさせないと私にいつも寄り添ってくださるのも仏さまなのです。

いろいろな意味で“個”であり“孤”となっている今。「お寺の果たすべき役割は何か?」。私は住職としていつも自分に問いかけています。私は無能な人間なので素晴らしい解答や明確な方向性を持ち合わせていません。

ただ、子どもたちからご年配の方々まで楽しい時もかなしい時も、うれしい時もさみしい時もいつでも集えるお寺でありたいと思っています。そして、「あなたも私も仏さまといつもいつも一緒。よかったね。」とともに喜びともに仏さまにお礼を申す人生を皆さまとともに歩ませていただきたいと思っています。


今年も皆さまのお導きとお育てをいただきたく存じます。

称名相続

12月21日更新

寒中お見舞い申し上げます

今年もいつの間にか残りわずかとなりました。お参りをさせていただくと「あっという間に一年が終わりますね」という言葉をよくお聞きします。私も何かと慌しく過ごしていると月日が経つのが早く感じます。しかし一年を振り返ってみるといろいろなことがあるのに十分な時間であることもまた事実でしょう。
今年は3月に『東日本大震災』という未曾有の大災害が起こりました。地震に伴う大津波と原子力発電所の事故。九ヶ月が過ぎた今もまだ信じられない気持ちでいっぱいです。
私にとってこの九ヶ月間は「生きていること」の意味を考えさせられる日々でありました。この問いは私だけではなく多くの方々が持ち続けた問いでありましょう。

11月9日、ご本山・西本願寺に『親鸞聖人750回大遠忌法要』にご門徒の方々と共に参拝させていただきました。浄光寺からは132名の方が参拝されました。朝7時にバス3台で備前を出発し、ご本山には10時すぎに到着しました。ご本山では現地で合流される方々も待っておられ、久しぶりにお会いする方ともおられ宗祖の大遠忌で再会できた喜びを噛み締めさせていただきました。ご本山の境内に入ると全国各地より来られた参拝の方々であふれていました。胸につけたネームプレートには、北海道、山口、熊本・・・と全国各地の地名が記されていて、お念仏を慶び親鸞聖人のご遺徳を偲ばれている方々が全国各地よりご本山に上山されていると思うと胸が熱くなる思いがしました。

法要が始まる前に日ごろあまり公開されていない国宝や重要文化財を拝観しました。金閣・銀閣と共に京都三閣に数えられている飛雲閣、襖が大変素晴らしい鴻の間、彩色が美しい唐門。どれも本願寺が誇る素晴らしい名宝です。ご門徒の方々と一緒に拝観させていただきましたが皆さんその美しさ荘厳さにただただ感動するばかりでした。

今回の大遠忌法要では私は初めてご本山の内陣(ないじん)に出勤させていただきました。内陣とは阿弥陀さまや親鸞聖人の御影などをご安置している場所です。一方、僧侶・門信徒の方々が参拝し法話を聴聞する場所を外陣(げじん)といいます。この度の内陣出勤ではご門主さま・新門さまと共にお勤めをさせていただくことができ、本当に有難いことと感動いたしました。お勤めをさせていただきながら、お内陣の荘厳さとその大きさに圧倒されると同時に伝えてくださった先人たちのご苦労を尊い思いに涙が出る思いでした。

宗祖親鸞聖人がお浄土に往生されて750年。この“750年”という年数はただ親鸞聖人がお亡くなりになってからの年数ということだけではなく、750年もの間、私たちの先祖先輩方が親鸞聖人のみ教えを依りどころにされた歴史であり、命がけで相続してくださった歴史でもあろうと思います。そう思ったときみ教えに向かいあわさせていただく気持ちがまた変わったような気がいたします。

あと少しで新年を迎えます。来るべき2012年はどのような年になるかわかりません。必ずいろいろなことがある一年になることだけは間違いないでしょう。しかしどのようなことがあっても、「私が生きている証」として受け止めさせていただきたいものです。
今年も皆さまにはお育ていただきました。有り難うございました。

〜新年はお寺参りから〜
『御正忌報恩講法要』『親鸞聖人750回大遠忌・御正当』
新年1月7、8日 ご法話・安方哲爾師(本願寺派輔教、元本願寺勧学寮部長)

“明日ありと思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは”

称名相続

9月7日更新

残暑お見舞い申し上げます

今年も大変暑い夏となりました。特に今年は節電という意識が高いため暑さを我慢することによって熱中症になる方も多かったようです。夏の疲れと季節の変わり目で体調を崩しやすい時期です。どうぞお身体にはご慈愛ください。

私が最近“ハマって”いること・・・。それは小さな畑で作っている野菜の水やりと収穫。もう一つは金魚の世話です。今、畑では毎日、きゅうりやなす、トマトが採れます。スーパーマーケットの店頭に並ぶようなきれいなものは決してできません。きゅうりは曲がったり色むらができたりします。なすやトマトも大きさはまちまちであったり、虫に食べられたりします。子どもたちと収穫すると「虫に食べられているよ」と言われます。その時私は子どもたちにこのように言います
「虫さんが僕たちのために『食べても大丈夫かな』って先に食べてくれているんだよ。虫さんに『ありがとう』って言おうね」と。

東日本大震災が発災してまもなく半年が経とうとしています。今なお多くの方々が悲しみと不安の中で過ごされていることを思いますと深いため息をついてしまいます。発災後も変わりなく過ごさせていただいている自分が大変申し訳ない気持ちになります。また原子力発電所の重大事故によって付近の住民の方々は勿論のこと、広範囲に渡る放射能汚染によって農業、畜産業、観光業などに甚大な被害がもたらされています。どのように収束していくのか私には見当もつきませんし知恵もありません。ただただ一日も早い復興を願うばかりです。

今回の原発事故に伴う電力不足や放射能汚染によって私たち国民に“エコ”の意識が大変高まっています。以前、私はある先生から「エコや環境問題を解決する最もいい方法は何だと思いますか?」と尋ねられました。私は乏しい知識の中でいろいろと考えました。結局考えがまとまらないでいると、その先生は「人間の存在自体が問題かもしれません。もっと言うと人間がいないことが一番のエコかもしれませんね」と言われました。少し過激な意見かもしれませんが、私にとっては考えさせられる問題です。

学生時代に生物の授業の中で“食物連鎖”ということを学びました。植物や動物は食べたり食べられたりしながら個体数のバランスを保っているのです。植物や微生物を虫などが食べ、その虫などをねずみなどの小動物が食べその小動物をさらに大きい動物が食べる。それらの動植物は命が終わると土壌の“肥やし”となるのです。この生物の循環を“食物連鎖”と呼び、地球の長い歴史の中でこの秩序が保たれてきました。
しかし、この“秩序”を乱しているのが私たち人間であると思います。便利さと物質的豊かさのみを追求するがゆえにどんどん地球環境を破壊し、生物秩序を乱しているのでしょう。地球規模の大きな話ではなくても私たちの日常生活の中でも、スーパーマーケットでの過剰包装や大量の食べ残し、自動車の排気ガス排出など枚挙に暇はありません。今、問題になっている電力も同じです。CO2などの温暖化ガス排出が問題となりそれに変わるクリーンエネルギーとして原子力発電が注目されました。しかし原発から出る放射性物質の処理には解決の方法がないというのが現状です。その恩恵を享受しているのはまさしくこの私なのです。

『仏説無量寿経』というお経には「少欲知足(しょうよくちそく)」というお言葉があります。<欲少なくして足るを知る>ということです。決して<欲を無くして>ではありません。私たちが人間として生きている以上は欲という煩悩を持ち続けることは仏さまもお見通しです。だからこそ<欲を無くして>とはおっしゃられないのです。しかしそのお心に甘え居直るのではなく、少しでもわが身をふりかえり生活を見直すことが大切なのではないでしょうか。
一度便利で物質的豊かさを味わったものはなかなか以前に戻ることは難しいことが現実でしょう。また経済的発展、科学技術の向上や外交交渉など簡単には解決できない課題を含んでいることも事実です。

水槽の中で泳ぐ金魚や太陽の光をいっぱい受ける畑のきゅうりやトマト、そしてその野菜を食べている虫たちを見ていると何かホッとします。私たち一人一人が自らの生き方を考えなおす時なのかもしれません。

称名相続

8月1日更新

“如来興世の本意には 本願真実ひらきてぞ 
                         難値難見とときたまひ 猶霊瑞華としめしける”
                                             (親鸞聖人・浄土和讃)

6月10日、13日の両日、ご本山・西本願寺で勤まっています『親鸞聖人750回大遠忌法要』に参拝してまいりました。一日は家族と、もう一日は近隣寺院の若手僧侶の皆さんと参拝しました。

午前の部、午後の部それぞれ約4000名の参拝者がおられて大変賑わっていました。記念法話、雅楽、そしてお勤めととても荘厳な法要で身の引き締まる思いがいたしました。50年に一度の宗祖親鸞聖人の大遠忌法要にお参りさせていただくことのできる有難さ、そして重みもまた感じさせていただきました。長く生きても100年余りの人生で50年に一度のご縁に遇うことのできるということは本当に稀なことです。ただ50年という年数だけではなく、人としていのちをいただき更には<仏縁>というご縁に遇うということは本当に難しいことです。

漢字というものはその一文字が大変大きな意味を表しています。
“あう”という言葉に対する漢字は様々あります。一例をあげると、「会う」と表す場合があります。この漢字の表す意味は「必ず会うことができる」ということです。『仏説阿弥陀経』というお経には「倶会一処(くえいっしょ)」というお言葉が出てきます。「南無阿弥陀仏をいただく私たちのいのちは今生でのいのちが終わった後、仏さまの世界(お浄土)に生まれさせていただくのです(往生)。だからお浄土で必ず会わせていただくいのちを今、生きさせていただいているのです」それが倶会一処ということです。必ずお浄土で会わせていただくことが決まっているということなのです。

それに対して、「遇う」と表す“あう”もあります。この漢字の場合は「たまたま遇う」ということです。考えてみると、この私が今いのちをいただいてことも多くの不思議なご縁が重なってのことです。その私が仏様とのご縁を結ばせていただいていることは本当に不思議以外のなにものでもないでしょう。そこには私の“功績”など何もなく、ただこの私に仏縁を与え、導いてくださった先人方に感謝させていただくばかりです。

冒頭に挙げさせていただいた和讃(親鸞聖人が著された仏さまを讃える日本語のお詩)は今回の『親鸞聖人750回大遠忌法要』で新しく制定されたお勤め『宗祖讃仰作法』の中に納められているものですが、そのおこころは、

「お釈迦さまがこの世にお出ましになられた真意は、阿弥陀さまのご本願の真実を開かれるためでありました。このご本願に遇うことは、三千年に一度しか咲かない霊瑞華(れいずいげ)に遇うようなもので、本当に難しいことです」

私たちは人としていのちをいただき、さらに仏縁という遇い難きご縁に出遇っていても当たり前とさえ思えない生き方をしているのかもしれません。全てのことが当たり前ではなかったということに気付かせていただいたときに、“有難きこと”として感謝させていただく生き方となっていくのかもしれません。それがまさしく“仏縁”と出遇わさせていただいた私たちの生き方なのだと思います。

称名念仏

5月31日更新

暑中お見舞い申し上げます  南無阿弥陀仏

先日、京都東山にある本願寺・大谷本廟にご門徒の皆さまと参拝させていただきました。当山浄光寺では毎年五月末に前年お浄土に帰られた方々のご遺族を中心に大谷本廟に納骨参拝を行っています。今年は約90名の方々がご一緒に参拝されました。例年晴天に恵まれることが多いのですが、今年は早い入梅と台風2号の接近のため大雨の中の参拝となりました。
 
大谷本廟は私たち浄土真宗の門徒にとって大変大切なところで、現在の東山通りと五条通りが交わる場所にあります。私たちの宗祖である親鸞聖人が荼毘(だび)に附された場所であり、本願寺の始まったところというべき大切な場所です。現在は大きな納骨堂と何万基というお墓があります。その宗祖墓所のもとに全国の真宗門徒が分骨させていただくことになっています。

今年は宗祖親鸞聖人の750回大遠忌法要がご本山でお勤まりになっています。来年一月十六日(旧暦では十一月二十八日)が親鸞聖人の丁度750回忌にあたり、今年四、五、六、九、十、十一月の九日から十六日に『親鸞聖人750回大遠忌法要』が厳修されています(西本願寺のホームページでは法要の模様が生中継されていますのでご覧下さい)。この五十年に一度のご勝縁にあわせて、先日まで京都市美術館では【親鸞展】が開催されていました。この度の納骨団体参拝では皆さまとご一緒に【親鸞展】を拝観させていただきました。親鸞聖人が著述されたお書物や由来の宝物など国宝、重文を多数拝見することができました。

特に親鸞聖人直筆の国宝『阿弥陀経集註』には本当に感銘を受けました。仏説阿弥陀経を書き写され、それに朱文字で勉強をされた後が残されています。その一文字一文字に親鸞聖人が仏さまと向かい合われたお姿があると同時に、どのような思いで書かれたかと思うと大変感慨深いものがあります。
親鸞聖人がご在世の頃には飢饉などが原因で何万という死者がでたと言われています。その現実を目の当たりにされた親鸞聖人はその現実から目を背けることなく悲しみを受け止め、仏さまと向かい合い仏さまを拠りどころとされたのです。

“十方微塵世界の 念仏の衆生をみそなわし 摂取してすてざれば 阿弥陀となづけたてまつる”
(親鸞聖人 浄土和讃)

親鸞聖人がお浄土に帰られて750年。科学技術や医学、経済など親鸞聖人がご在世の頃とは全く状況は異なります。しかし私たち人間の持つ悲しみ苦しみは全く変わりません。どんなに時代が変わろうともお釈迦さまがお示しくださった仏さまのお心は真実の教えであり、迷える私たちを導いてくださる灯火となってくださるのです。

【親鸞展】を拝観して外に出ると激しい風雨。浄光寺境内に立たれる菅笠をかぶられしっかり前を見られた親鸞聖人のお姿を思い出し、さまざまな困難がある現代を生きる私ですが仏さまを拠りどころとさせて人生を歩ませていただきたいと思いました。

称名相続

4月23日更新

先日、浄光寺のご門徒さんにお願いして義捐金を募ったところ大変多くの善意をいただきました。お預かりした義捐金は山陽新聞社会事業団を通して被災された方々に送らせていただきました。ご協力いただいた方々には心より感謝申し上げます。

大震災が発生した翌日から浄光寺では「永代経法要」という法要を勤めさせていただくことになっていました。
震災当日は次の日から始まる法要に向けて朝から総代さんや婦人会の方々が掃除や準備を行っていました。
昼から私は書斎のパソコンに向かって法要で使う資料を作っていました。
書斎にはテレビがありそこで地震・津波の模様を見ることとなりました。大変ショックを受け何も手に付かない状況となりました。
翌日多くの方々のお参りをいただいて永代経法要を勤めさせていただきましたが、心の中では「何かをしなければ・・」という思いが強くありました。手元にあった箱で募金箱を作り、お参りされている方々に『義捐金』をお願いしました。みなさまも同じ思いの中で募金していただきました。法要後の総代会で「この大きな震災では大変多くの苦しんでおられる方がいらっしゃるでしょう。浄光寺の門徒さんみなさんに声を掛けませんか」という有難い声が総代さん方からあがり義捐金を募ることとなりました。

私が全門徒さんに依頼状を書かせていただきました。その冒頭に「『東日本大震災』への義捐金のお願い」と書かせていただいたところ、「“ギエンキン”という字が違いませんか?」というお声をいただきました。“ギエンキン”とはどのような字を書かれるでしょうか? 

今、新聞紙面や報道機関が書いている“ギエンキン”という字はほぼ100%が“義援金”でしょう。しかし広辞苑をはじめ国語辞典で“ギエンキン”と引くと最初に出てくる字は“義捐金”です。

“義捐金”と“義援金”

私は敢えて“義捐金”という文字を使っています。義援金とは「困った方を援助する」という意味があると思われます。勿論、その思いは大変尊いことだと思います。
一方、義捐金の「捐」の字は「捐てる(すてる)」という意味があります。
何を「捐てる」のか?そこが大変大切なところだと思います。それは「だれだれのために援助してあげたという思いをすてる」ということです。

私も間違いなくその一人ですが、他の方からしていただいたことはすぐに忘れてしまうにも関わらず、自分が他の人にしてあげたことは些細なことでもいつまでも覚えているのが私たち人間ではないでしょうか。

“義捐金”という文字はその自分自身の恥ずかしい生き方に気付かせていただくような気がします。

人のために援助したという思いを“捐てる”ことによって、今回被災された方々や様々な苦しみの真っ只中におられる方々にいつもいつまでも思いを寄せて生きていくことができるような気がします。
これからも共に手を取り合い支えあってご一緒に生きていきましょう。

称名相続

4月18日更新

『東日本大震災』で被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

4月8日は仏教を開かれたお釈迦様のお誕生日『花まつり』でした。約2500年前にお釈迦様は真実の教えを私たちにお示しくださいました。その教えの第一が“諸行無常”ということです。
「全てのものは移り変わっていき、常ではない」ということです。
 
3月11日、東北関東地方で大変大きな地震が起こり、それにともなう大津波、そして原子力発電所の事故が発生しました。
私もテレビに映し出される光景を現実のものとして受け止めることができずただ呆然とするしかありませんでした。多くの命が奪われ、今なお行方不明の方々も多くおられます。命は助かっても最愛の家族を失い、家を失い、全ての財産を失い失意のどん底におられる方がその何倍もいらっしゃることを思うと胸を締め付けられる思いがします。それと同時に何もできない自分自身にとても腹が立ちます。

「美しき町も 瓦礫の山と化す 無常の理 身にしみて知る」

この詩は今から16年前に発生した阪神淡路大震災で被災された神戸のお寺のご住職が歌われたものです。「美しき町も」の「も」という一文字の中にお釈迦様が私たちに諸行無常ということをお示しくださった、そのことは頭では理解していたけど目の前に広がる瓦礫の山を見たときに、「諸行無常とは他のだれのことでもなかったこの私のことでした」ということ吐露されたものだと感じます。

この度の大震災を通して私もいろいろなことを知らされました。ある報道で一人の女性が自宅の裏山が崩れてご家族が閉じ込められた光景を前に、「生きてかえって欲しい。私、ひとりぼっちになってしまう」と泣きくずれられていました。私が今、何ができるのか。毎日毎日自問自答しています。ボランテイア、義捐金、支援物資・・・。私ができることは何でもしていこうと思います。それと同時に、いやもっと大切なことは悲しみの中に苦しみの中におられる方がたくさんいらっしゃることをいつまでもいつまでも忘れないことです。前回書かせていただいたことですが、二ヶ月も経っていないにも関わらずニュージーランドの地震で被災された方々のことが忘れ去られようとしている現実があります。このような恥ずかしい私自身の姿に気付かされます。

これからも皆さん一緒に同じ命を頂いたものとして手を取り合って支えあっていきましょう。
そして私も被災された方々の悲しみを我が悲しみとして日々過ごさせていただきたいと思っています。

称名相続

3月1日更新

大変遅くなりましたが(もう三月ですね)、明けまして南無阿弥陀仏。

この冬は本当に寒い日が続いていましたが、ここ十日程は急に春の陽気となっています。皆さま体調を崩されてはいないでしょうか。

先週はじめニュージーランドで大きな地震が発生しました。日本の留学生の方々も多数被害に遭われています。被害に遭われている方々はもとよりご家族の方のご心痛を思うと何もできない自分の無力さを感じるばかりです。一瞬でも早く救出されることを願うばかりです。また命がけで救出にあたっておられる救援隊の方々には心より感謝申し上げたいと思います。

私は今回の大地震の報道を見ながら様々なことを考えさせられました。一つは、近年「日本はどうなってしまうのだろう」と言われている中で、志を持った方がこんなにたくさんおられるということです。世界の中で困っている人を助けたいと人生をかけておられる姿に本当に頭が下がると共に、私には何ができるだろうかという思いにさせられました。

もう一つは、人間は本当に忘れやすいということです。先週来、報道は大地震のことがほとんどとなりました。勿論多くの方々が被害に遭われているということを考えれば当然のことだと思います。一方でこの冬の大雪で家を失い農作物に甚大な被害を受けられた方のことや、宮崎で発生した口蹄疫、鳥インフルエンザ、さらに火山の噴火で今なお不安な日々を過ごされている方のことを忘れてしまったようになったのは私だけでしょうか?当事者にとっては全く問題が解決したわけでもなく、これからずっと背負っていかなければならない苦しみの中におられることと思います。それ関わらずそのようなことを忘れてしまっている自分自身を省みると恥ずかしながら他人の苦しみや悩みは所詮「他人事」としてしか受け止めることのできない自分がいることに気付かされます。

 
『仏説無量寿経』という経典には、「もろもろの庶類のために不請の友となる。群生を苛負してこれを重担とす。・・・もろもろの衆生において視(み)そなはすこと自己のごとし。」とあります。「あなたの苦しみを私の苦しみとしてともに背負っていく」という仏さまのお慈悲であります。その大慈悲心の中に生かされているにも関わらず自らを恥じ自らを見つめようとしない自分自身に気付かされます。どこまでいってもこのいのち終えるまで自己中心の煩悩を持った生き方しかできない私だと思いますが、少しでも仏さまのお心に近づけるような人生を歩ませていただきたいと思っています。

日本から遠い地で今なお救出を待っておられる方が一刻も早く無事に救出されることを切に願うと共に、さまざまな災害などに遭われて苦しまれておられる方々が一日も早く立ち直っていかれることを念じております。

称名相続

12月30日更新

今年も残りわずかとなりました。皆さまにとってどんな一年であったでしょうか?一年間という時間は過ぎてみればあっという間ですが、ひとつひとつ思い出してみるといろいろなことがあるものです。新聞やテレビで報道される「今年の十大ニュース」をみても、「こんなことも今年の話だったか」と思わされます。特に近年は、十年一昔ではなく二、三年一昔となってしまうくらい世の中の流れが速くなってしまったような気がします。

私にとっても様々なことがあった一年でした。住職というお役目上、うれしいことより悲しく寂しいことの方が多いのですが、つい先日とても嬉しいことがありました。

私が兄弟のように親しくしているS君と婚約者のAさんが結婚し、私たち夫婦が媒酌人のお役をさせていただきました。S君は私と同じ浄土真宗のお寺の後継住職でいつも一緒に学び、ご法義について語り合っている仲間です。そういうご縁もあって私に媒酌人なって欲しいとのことでした。大変嬉しく光栄なことと思う一方、責任の重大さを感じました。私は媒酌人と共に、結婚式の司婚(結婚を執り行う僧)もさせていただきました。大変緊張をしましたがとても素晴らしい結婚式・披露宴となり、私も大変感動しました。

私ども僧侶が結婚することは現在では当たり前のこととなっていますが、本来僧侶は結婚(妻帯)してはならないのです。僧侶は専ら修行に励むものですから、家族や財産など守らなければならないものがあると修行に専念できなくなってしまうのです。だから僧侶は出家するのです。俗世と隔絶し、ただ自らと向かい合い修行に専念する人生を送るそれが僧侶の姿です。その一つの表れとして、伝統仏教教団のトップ(という言い方がいいかどうか分かりませんが)はどこも世襲ではなく“法脈”となっています。すなわち師匠から弟子への法義の継承です。しかし唯一異なるのが私どもの浄土真宗です。本願寺派では現在のご門主は宗祖・親鸞聖人から数えて二十四代目の世襲です。すなわち“血脈”です。それは宗祖親鸞聖人が僧侶として初めて妻帯されることを公にされたことに始まります。

現代を生きる私たちにとっては僧侶が結婚することは何の不思議もありませんが、当時は仏教界を揺るがす“大事件”だったのです。そのこともあり、親鸞聖人は越後に流罪(師匠である法然聖人は四国へ流罪)となってしまいました。親鸞聖人35歳の時のことでした。その後90歳までの45年間、親鸞聖人は布教伝道に尽くされました。親鸞聖人の教えが多くの方々の心に届いた大きな要因の一つは“在家の教え”だったことにあると思います。自分の生活とはかけ離れたところにある教えではなく、まさしく私の人生そのものにはたらきかけてくださる教えだからです。苦悩の中にある私のためにある教えなのです。以来約八百年もの間、私たちの先祖先輩方が親鸞聖人の教えを人生の依りところとして生きてこられたのです。この私もロボットやコンピュータではない“生身のいのち”を生き日々苦悩の中にいます。だからこそ親鸞聖人が開いてくださった真実の教えを依りところとして人生を送らせていただきたいと思っております。

来るべき平成23年にはご本山・本願寺で『親鸞聖人750回大遠忌法要』が厳修されます。親鸞聖人のご遺徳を偲ばせていただきながら皆さまご一緒に参拝させていただきましょう。

称名相続

この夏の猛暑がうそのように急に寒さを感じる気候となりました。
皆さま、「秋バテ」はされていませんでしょうか?

私も長年お参りをさせていただいていますと気付かされることが多くあります。
先日、ある方の一周忌のお参りをさせていただいた時の事です。ご法事が終わってお斎(おとき:食事)をいただきながらご家族・ご親族の方々と楽しくお話をさせていただいておりました。その時、亡くなられたおじいさんの孫娘のお連れ合いの方が話しかけてこられました。その方は30歳前後の方で大阪の電機メーカーでお勤めだそうです。

「先ほどお勤めされたお経のことですか・・・」

その時のご法事では『仏説阿弥陀経』をご一緒にお勤めいたしました。『仏説阿弥陀経』とは、『仏説無量寿経』『仏説観無量寿経』と併せて『浄土三部経』と言って私たち浄土真宗では中心となる経典です。その中で『仏説阿弥陀経』は、私たちがこのいのち終わった後に生まれさせていただく「お浄土」の世界が説かれています。

「難しいことは解りませんが、先ほどのお経の中でとても気になった所があります。“青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光”という箇所です。私は仕事上、LEDに関心があります。光の色はその波長の長さによって決まります。波長が短いと青く、長いと赤くなります。したがって可視光線より短いものが紫外線、長いものが赤外線です。お経の“青色青光 黄色黄光 赤色赤光”はきちんと光の波長の短いものから書かれていて、最後に“白色白光”があります。白光は全ての光が合わさった色なんですよ。昔にそこまで解って書かれているのでしょうか?とてもびっくりしました。」

私はそのお話をお聞きしてとても深いものを感じました。21世紀を生きる私たちは「現代は科学的文化的論理的に成熟した時代である」という“驕り”があるのかもしれません。だからピラミッドや東大寺の大仏、寺社建築物などを見た時に「なぜコンピュータや重機もない時代に作ることができたのだろう」と思うのでしょう。私たちは先人たちが持っていた“鋭い感性”を失ってしまったのかもしれませんね。それを恥ずべきでしょう。
 
『仏説阿弥陀経』で説かれている“青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光”はお浄土に咲く蓮の花の色を表していますが。それぞれの蓮の花がそれぞれの光を輝かせながらお互いに尊重し認め合い引き立て合っているのです。そしてさまざまな色の蓮の花の中でも最も尊いものが白い蓮の花です。白蓮華(びゃくれんげ)、インドの言葉で「プンダーリーカ」といい、親鸞聖人著述の『正信偈』には「分陀利華(ふんだりけ)」と表されています。蓮の花は別名“於泥華(おでいげ)”といいます。蓮の花は澄んだ水に咲くのではなく、泥の中に根ざして泥の養分を吸いながら真っ白い花を咲かせているところに尊さをみるのです。

子どもの頃、色の三原色を混ぜると“黒”になると教えられました。しかしこれは絵の具の話だそうです。先日のご法事でのお話の中で、「光では色が混ざり合うと“白”になる」ということを教えていただきました。お互いに光り輝いたものが一緒になって打ち消し合うのではなく“真っ白”になる。まさしく仏さまの世界です。
なかなか私たちの俗世界ではそのようにはいきません。自己主張がぶつかり合って傷つけ合ってしか生きていけないのかもしれません。しかしそれに甘えてしまうのではなく、そのような生き方が恥ずかしいと思うことが大切なのかもしれませんね。

私自身日々のご仏事の中で尊いお育てをいただいております。

称名相続

今年のお盆は大変暑い日が続きました。そんな中、大変寂しい中にも尊いご縁にあわせていただきました。・ ・ ・

お寺の電話が鳴りました。電話の相手はAさんの娘さんでした。Aさんご家族には子どもの頃から大変お世話になっており、とても可愛がっていただいております。 「お盆のお参りのご案内をいただいたのですが父の体調がすぐれないので今年はお休みさせてください」とのこと。Aさんは八十才代の方で数年前に大病を患われましたが、その後は大病が嘘のようにお元気に過ごされていました。娘さんからお電話をいただいた次の日、私はお参りの途中にAさんのお宅へお伺いしました。丁度Aさんは病院から帰って来られたところでした。数ヶ月ぶりにお会いしたAさんは歩くのもままならない程弱っておられました。ご家族に抱えられながら家に入り、ベッドに腰掛けられました。「こんにちはお久しぶりです」と話しかけると、「あ~、お寺さん」と言って私の手を力強く握ってくださいました。お体は大変弱っておられましたが、その優しい眼差しは以前と全く変わらず私をじっと見つめてくださいました。・ ・ ・

私は今までたくさんの方のお見舞いをさせていただきましたが、その時「果たして今までしてきたお見舞いは本当に良かったのだろうか」という気持ちにさせられました。実はAさんは医師からご自身の余命を聞いておられました。そのAさんに「がんばって下さい」「良くなったら・・・」「思ったより元気そうですね」という励ましの言葉は掛けることは出来ませんでした。死という現実と向かい合っておられるAさんにそれくらい虚しい言葉はないと思いました。私は「よくがんばられましたね」という言葉を掛けさせていただくことしか出来ませんでした。帰り際、私はAさんを抱きしめて「今まで有難うございました」とお礼を申し上げると、Aさんも「住職さん、今までお世話になりました」と私の耳元で言ってくださいました。それから三日後、Aさんはお浄土へ帰られました。・ ・ ・

中国の高僧・道綽禅師(562―645)は著書『安楽集』で、「前(さき)に生まれんものは後(のち)を導き、後に生まれんひとは前を訪へ(とぶらへ)」と言われています。「生まれる」とは往生、すなわちお浄土に生まれるということです。私は今まで何百人という方々のお葬式をさせていただきました。しかしその悲しみの現実に会わせていただくたびに、「これで私も安心して死ぬことが出来る」と思うのです。「安心して死ぬことが出来る」とは、決して後ろ向きのことではなくて「安心して生きていける」ということだと思います。私も限りある命を生きています。今日なのか数十年先なのかわかりませんが、必ずこの命が終わる時がきます。私がこの命終わった時に私が行く先をしっかり示してくださり、私のことを待ってくださっている方がおられると思うと私も安心してこの命を終えることが出来ます。安心して命を終えることが出来るということは、安心してこの命を生きることが出来るということです。逆に言えば、「死んだ後はどうでもいい」という考えの中には“本当の安らぎ”はないのです。 ・ ・ ・

Aさんの死。私にとっては悲しくて寂しくてどうしようもない現実です。しかしこの現実をしっかりと私のいのちの上に受け止めさせていただき、Aさんをはじめ先にお浄土へ生まれて下さった方々との再会を楽しみにしながら残されたいのちをしっかりと歩ませていただきたいと思います。

称名相続

先日友人の結婚式に出席しました。アットホームな披露宴でとても感動しました。
よく祝辞の中に「これからは喜びは二倍、苦しみは半分に」という言葉があります。
その言葉を聞きながら、本当にそうありたいなあという思いにさせられます。

仏教を開いて下さったお釈迦さまは『人生は苦なり』と説かれました。
とても後ろ向きで暗い言葉に聞こえますが、決してそうではありません。<苦>とは何かということを知っていくことが大切なのでしょう。
お経はお釈迦さまが説かれたお説法をお釈迦さまの死後、お弟子 さまたちが集まって「私はこのように聞きました」といって書き集められたものです(お釈迦さまが直接書き残されたものではありません)。

その後、お経は三蔵法師によって中国に伝えられたのです。三蔵法師といえば、テレビドラマでは女優・夏目雅子さんやSMAPの香取慎吾さんが演じていましたが、お一人の固有名詞ではなく三蔵法師は何人もいらっしゃたのです。

三蔵法師は経典を運ばれると同時に、翻訳もされたのです。よって同じお経でも三蔵法師によって何種類もの翻訳があるのです。
実は<苦>という言葉もインドの言葉(サンスクリット語)で書かれた物の翻訳なのです。元のサンスクリット語では<ドゥフカ> という言葉だそうです。

では<ドゥフカ>の意味は・・・「思うが ままにならないこと」ということだそうです。
納得、納得、納得。『人生は苦なり』というお言葉。なぜ苦と感 じるのか。それは「思いのままにならないことを、自分の思いのままにしようとしているところに苦が生まれてくるのだ」ということ を知らされます。

考えてみると自分自身でも自分のことが解ってい ないのに、他の人に自分のことを理解して欲しいというのも無理なはなしですよね。
でもそれを他の人に強いて求めて、「私のことを 解ってくれない」と腹を立てたり苦悩している自分がいることに気づかされます。

逆に言えば、「何も言うことのない幸せな人生」と いう陰には私のことを気づかないところで支えてくれている人がいることに感謝するべきでありましょう。

高砂に並ぶ新郎新婦の晴れやかな笑顔を見ながら末永くお幸せにと願うと同時に、これからお互いに支えあうという意味で「喜びも二倍、苦しみも二倍」の人生を共に歩んでいただきたいと思ったことです。

称名相続