The first traveling abroad

あれは中国返還前の香港へ行った時だ。
プリンス・ホテルというホテルに宿泊していた。
風呂の排水が悪くて、シャワーしていたらお湯がバスタブの中に溜まってしまう。
栓をしていたなどというオチは無しの話である。

こりぁさすがにいかんぞって思い、フロントに電話した。
しばらくしたら、マレー系の支配人みたいな人ともう1人ホテルの従業員がやってきた。
手に持っているいるものは、トイレが詰まったときに使うお椀型のゴム製のバキュームだ。
どこでも同じなんだなぁと思いながら、見ていると
二人は私に「すいません、すぐ直します。」というような事をいってすぐ仕事に取り掛かった。
21:00頃だったと思う。

それから、私の部屋に、「ジュポッ、ジュポッ」という音がひとしきり響き続けた。
香港に来て、夜景を楽しむどころか、この音を聞きながら過ごすことになるとは。。。
妙に自分のいる立場がおかしいような気がして笑いがこみ上げてきた。
私がなぜ、笑っているのか支配人には理解できたようだった。
彼は肩をすくめてみせて、私と一緒に笑った。
従業員の彼はひたすら仕事を続けた。

「ジュポッジュポッ・・・・」

突然、お湯がさっと引いた。詰まりが直ったんだ。
思わずみんな、それぞれの言葉で声をあげちまった。
従業員は誇らしげに私を見つめて立っている。

しばらくして、二人は部屋を去ろうとした。
そのとき、私は気付いた。
そっか、チップな。
彼らは少しの臨時収入を期待していたのだ。
私は心ばかりのチップを差し出した。
彼らはそれをポケットにしまい、礼をして去っていった。

喧しかった部屋に静寂さが戻った。
ぼんやり、お酒を飲んでいると、先ほどのことが夢のように思えた。
それほど、静かな夜だったのだ。
外は雨が降っていた。きっと蒸し暑いんだろうな。
とても、人が恋しくなる、そんな夜だった。
明日もずっと雨らしい。
あんな事件がなければ、すっかり気が滅入ってしまったかもしれない。

チップをもう少しあげればよかったかな?
こんな夜に妙に真面目に笑わせてくれたお礼だったんだから。

酔うに任せてそんなことをぼんやり考えた香港の夜。

そして、不思議と忘れられないそんな異国の雨の夜。