うまくないラーメン屋
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 たしか相模湖(神奈川県北部にある)あたりだったと思うが、「日本で2番目にうまくないラーメン屋」という看板を見たことがある。
 そのころはフーテンのような仕事をしていたから、「傑作な看板だな」と笑っていたのだが、なぜか記憶の底に残っている。

 その前を通るたびに、
「おいおい、まだあるぞ。まずいというのに頑張っているな」と、話題になったものだ。
 「おれの店のラーメンが、一番うまいぞ」という主張は、誰でもする。
 テレビや雑誌でも「究極のラーメン」が、これでもかこれでもかと繰り返し紹介される。最高の職人が、極上の素材と設備を使って作り上げる、そんなラーメンは値段もびっくりするほど高い。
「高級な蟹やホタテ貝などをふんだんに使って・・・。あれで旨くなければおかしいよ」と思いながら見ている。
 しかし、どこが一番旨いのか、それは誰にもわからない。

 田舎町の場末の小さなラーメン屋にも旨い所がある。
 昔、平塚で、ある日の昼下がりに、そんな店で食ったラーメン。あれは最高だったな。腹が減ってなかったのに、気紛れで注文してしまったのだが、残らず食ってしまったよ。
 それから何回も通ってしまったけれど、行くたびに、おれが褒めるものだから、親父が自慢の厨房を見せてくれたっけ。
 あの、でっぷり太った親父一家は、どうしたろうか。地上げ屋に追われたのか、その店のあった辺りは更地になっている。

 さて、例の看板の店のラーメン。まずいわけはない。
 その店に入ったことはないので、想像を膨らませている。
お客さんは「まずそうだけれど食ってみようか」とは思わない。どうせなら旨い店を選ぶ。 あの看板は、客寄せだ。店主のウィットが滲んでいる。それに引かれて、お客さんが入っていくのだ。
「一番まずい店は、どこなんだい?」と、客がからかう。
 それには応えず、黙ってラーメンをつくっている。
「なんだい、親父。これ、旨いじゃあないか」と、客。
 親父、笑っている・・・・・
 そんな光景が目に浮かぶ。それを機に、お客さんとの交流が深まり、その客は固定客になっていく。

「あの店のラーメンは、本当は最高に旨いぞ。今度、食ってみろよ」と口コミも広がっていく。
 その時、看板の効果が出てくる。「逆を行く手もある」というわけだ。店の場所は、あの道を通った者がみんな覚えている。
 店主は謙遜しているのではない。堂々とアピールしているのだ。

 さすがだね。

(HOB)