佐藤史生さんに対する証言
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主にご友人が人間「佐藤史生」についてふれているものを集めてみました。
キャラクターがたってます!特に佐藤史生さんが登場するマンガはこちら
記載の誤りや他にこんなんあるよーと言うのがありましたらquelmal@mx1.tiki.ne.jp坂本までメールください。
転載する場合もご連絡ください。
1972年
- りぼん4月特大号
ささやななえ「おまえとおれ」
大泉時代のささやななえ作品で、みんな手伝っていたのだなという一例として。竹宮惠子、萩尾望都、池田いくみ、佐藤史生が手伝ったと作中に書いてあります。竹宮という学校の先生や額にほくろのある萩尾という弁護士が出てきたりします。このせいか未だに未収録。この次の号のりぼんが大泉サロンの面々が手伝ったことで(マニア筋で)有名な「ダートムーアの少年」です(ちなみにこの号の予告では「飛ぶ鷹」とめいうってあります。後に別冊少女コミックに掲載されたささやさんの代表作の名前ですね)
1975年
- Love▽望都 創刊第1号
昭和50年7月25日発行
こんにちは!▽望ーさま▽(「▽」は、ハートマークの代用)
Love▽望都は当時の萩尾望都ファンクラブ会誌
1975年の6月8日に萩尾望都さん宅におしかけたらしい(^^;)
当時住み込みアシスタントだった佐藤さんや、城章子さんの名前が表札に見える。
1976年
- ペーパームーン冬号
通巻4号
「魔法使い」というおかしな雑誌(1P)
大泉時代(今から4年前ということは1972年)の「魔法使い」という肉筆回覧誌の紹介。増山法恵、竹宮惠子、萩尾望都、池田いくみ、高見典子、高崎良子、足立都志子、居垣節代、城章子さんと参加していたそう。表紙は佐藤さんが描いていて、カラーで載っていたので、こちらで紹介。一角獣を抱く少女の絵でした。
世にでたんかいな?ご存じの方教えてください。
- Love▽望都 第6号
昭和51年12月19日発行
Love▽望都は当時の萩尾望都ファンクラブ会誌
やはり萩尾望都さん宅におしかけたらしい(^^;)
アシスタントD(ド・サトの意か?)、アシスタントP(ポージィの意か?)として登場している
また、アシスタンツとして花郁悠紀子、城章子さんとともに紹介されている。
1977年
- 別冊新評 昭和52年7月10日発行
SF-新鋭7人特集号
手塚治虫VS萩尾望都
(ニューウェーブSFについて)
萩尾「砂浜に坐って、自転車の前輪と後輪の関係について、考えをめぐらすっていうんでしょう、ニューウェーブって……。」
手塚「ホオ、そりゃ面白いですね。誰に聞きました?」
萩尾「佐藤さんって友だちから……ホントですか、それは?」
とのこと、別の佐藤さんだったら御免なさい。
1979年
- passe compose(「'」が「e」の上についてます)
昭和54年4月20日
トランキライザーぷろだくとアシスタント烈伝
名前が見えます。1973年頃竹宮惠子さんのアシスタントをしていたようです。
- SFマガジン12月号
萩尾望都、世界SF大会へ行く( 6P)
奇想天外12月号と同じく、やはりブライトンでの世界SF大会(SEACON'79)のレポート
萩尾さんの文章によるレポートと写真による構成で佐藤さんは何も書いていませんが、萩尾さんが佐藤さん、花郁悠紀子さんの言動をまとめているのでこちらに載せました。こちらを読むと、上記奇想天外の座談会での仲間内発言や、萩尾さんのカットの意味がよくわかります。佐藤さん関係は、スタージョンの個性的な顔が好きなようだとか…、(大会期間中雨だったので)「地球を、銀河系を、宇宙をいくどとなく滅ぼしたSFへの祟り」と言っていたとか、アルフレッド・ベスター氏があいさつのキスをしようとしたとき結構あわててたとか、そんなところです
1980年
- 少年/少女SFマンガ競作大全集 PART6
7月1日発行 東京三世社
花の24年組―その限りない飛翔(32P)
- 「ポスト24年組・SFの主流」佐藤史生(内2P)
欧州旅行時の花郁悠紀子さんとの写真。本人は書いてないんですが、「一角獣にほほえみを」(「一角獣の森で」のオリジナル)が一部紹介されていたのでこちらに記載します。
- 「ポスト24年組・最右翼」花郁悠紀子(内2P)
これは花郁悠紀子さんが書いていて、竹宮さんの修羅場に二人で塩と間違えて砂糖をまぶしたおにぎりを作ったというエピソードなどが紹介されています。
- NEW 伊東愛子『ウエルカム・ラブランド』(新書館)
1980年10月5日発行
- オール・ザット・マンガ(P13〜32)
伊東愛子さんがはじめて人にベタを塗ってもらったのが、増山のりえさんによるもので、消しゴムをかけたのが佐藤史生さんだそうです。しかもそれが伊東愛子さんのデビュー作だったそうです。萩尾望都さんのカンズメのアシストをしたときだったそうです。
- ケ・セラセラ’79(P65〜84)
<マンガ家五人の海外みてある記>
上記SFマガジン、奇想天外でも触れられている、萩尾望都、花郁悠紀子、伊東愛子、城章子、佐藤史生、5人の1979年8月のヨーロッパ旅行記。この旅行の記事としては最も詳細。写真も数点掲載されています。佐藤史生さんについては、エジプトで「この国の人々は一様に眼光が鋭く、誰もかれも哲学者のように見える」と感心されていた…とか、ギリシャ旅行中にクレタ島へ寄ることにしたのは佐藤さんの発案だったなどです。この体験がのちの「この貧しき地上に」につながっていくのでしょうね。他に旅行参加者全員に対する伊東愛子さんの人物評が載っていましたが、佐藤さんについては「知識のホーフさ」を賞賛されていらっしゃいました。
1981年
- 1981年4月 別冊奇想天外No.14
1981年4月20日発行 奇想天外社
レイ・ブラッドベリ大全集
食卓にはブラッドベリの幸福を(4P)
萩尾望都さんがイギリスのブライトンに留学していたとき、「闇の左手」を読んだ佐藤史生さんが女流SF作家ル・グインの本を探して欲しいとリストを送ってきたそうです。
1982年
- キュイ パーンNo.1
「キュイ パーン」とは鳥図明児さんのファンクラブ会誌です。
プチフラワー1982年5月号に掲載された「夢みる惑星」のお手伝いに佐藤先生宅を訪問されたときの様子などを書いていらっしゃいます。BGMはスネークマン・ショウだったようです(笑)。なお鳥図明児さんがお手伝いされた回は、PFBC「夢みる惑星」の2巻に収録されています。鳥図さんの筆を探してみるのも一興です。
情報ありがとうございました。
1985年
- 森脇真末味『男は寡黙なバーテンダー』(新書館)
1985年2月15日発行
作者とキャラクターたちの複雑な関係
(森脇さんへのインタビュー中、金子義国について)
−「金子さんもご本人ですか」
森脇「金子さんは違います。金子さんは、佐藤史生先生いわく『あなたが“手鍋下げてもついていく"っていう相手でしょう』って(笑)〜」
1994年
- のりす・ぱーぜ『神の子羊−アニュス・デイ− III』(光風社出版)
1994年4月20日発行
あとがき
(増山のりえさんが)
「私が小説を書くことを自分のことのように喜んで、いつも励ましてくれた佐藤史生氏」
のりす・ぱーぜは増山のりえさんのペンネーム。大泉時代からの交友がうかがえる。本自体は風と木の詩の続編として書かれた小説。情報ありがとうございました。
1996年
- 『70年代マンガ大百科』(宝島社)
別冊宝島288
1996年12月27日発行
キャベツ畑の革命的少女マンガ家たち(増山のりえ+佐野恵)
(増山のりえさんが)
〜あと、ケーコたんのマネージャーをするときに、ド・サトはかなり反対してたんですよ、『あなたも創る側の人間だからうらかたになるな』って。〜
この本自体が大泉時代について詳しいです。入手も容易です。
1998年
- 萩尾望都作品集『SANCTUS』初回限定版(バンダイビジュアル株式会社)
1998年2月25日発売
特典ディスク『記録された萩尾望都 CD-ROM VERSION』
02 大泉サロン 1970―1972
まず、メディアはCD-ROMで、インタビューがムービーとして記録してあります。その中で
(萩尾望都さんが)
面白いファンレターを書いてきたので大泉に招いた人として、佐藤さんとイケダイクミさんをあげています。(これは佐藤さんも別で、書いていたことですが)
(城章子さんが)
竹宮惠子、増山のりえ(モト竹宮惠子マネージャー)、佐藤史生さんが、睡眠時間が少なくてすむ人で延々と漫画論を闘わせていたこと。その議論の中で、「自分たちで少女漫画の主流を変革する、その中で萩尾望都さんが起爆剤になる」とみていたらしいことを述べてます。
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quelmal@mx1.tiki.ne.jp