雨に濡れた歌声
1999/07/01 01:55
なにげに2daysだから、そして取れたから、というただそれだけでチケット
は買ったものの、金沢は遠い。行ったことはあるのだが、今さらながら遠い。
駅で特急・雷鳥の時刻表を眺めながら、少しため息をつくが、まあ乗ってしま
えば2時間くらいは寝てるので別に気にはならない。
金沢駅から、繁華街である香林坊へバスに乗る。このあたりは見覚えがある
ので迷うことはない。香林坊から、地図を頼りに金沢AZホールを探して歩く。
インターネットの地図情報サービスで印刷した地図では、あまり目印もないよ
うな街はずれのようだったので方角と道だけを確認しながら歩いていくと、す
ぐに人だかりのある建物が見つかった。
上空には、今にも泣き出しそうな曇り空。傘を握りしめながら、その薄暗い
空を見上げた。
金沢AZホールは、小さなライブハウス。それでも、150人くらいの人数
なので幸いそれほど窮屈でもなかった。整理番号143番のチケットでは、は
なから前に行こうという気などさらさらないので(^^;)、一番後ろに立つ。今回
は、一番後ろの柵のその後ろの高いところに椅子がいくつか用意されていて、
そこに陣取った人は特等席のようだ。
ステージも小さくて、そこに所狭しと楽器がセッティングされていたのだが、
やがて現れたのは山本はるきち、江口正祥、佐野聡のメンバー。岩男さんの話
では、今回のライブサーキットは少人数の編成でやる方針らしい。そのためか、
ステージ上にシンセのコントロール係の青木さんという人も上がっていた。
最初は、May Stormから静かにスタート。そこから、「辛い失恋の歌」シリー
ズとかいって、バラードが続いたので、みんな静かに聞く。そして、MCのと
き、岩男潤子いわく「すごい静かだね〜(笑)」。僕は、この出だしのメニュ
ーではこれが普通だろうと思っていたが、先週の横浜ではうるさいくらい賑や
かだったそうで、「あたし、ガヤガヤ言ってるの、好き」「みんな、今日は不
良になろう」と、やけに焚き付けにかかる岩男潤子(^^)。どうしよう、回った
り走ったりするべきだろうか、と思ったものの(思うなって)どう考えても周
りの迷惑なので、ステップは我慢して上体だけでリズムをとってました(^^;)。
この、前回のライブの話が出るのには理由があって、ライブサーキットのツ
アーではすべてMDに生録しているそうで、そのMDを移動中の車の中で(そ
う、今回は機材をワゴン車に積み込んでスタッフ共々車で移動しているそうだ)
ずっと聞きながら来たとのこと。で、今日もいいライブMDを作ろうね、と彼
女は言った。
車で移動ということ自体も相当に大変なことだと思うが、ふと想像したこと
は、長いツアーの中で緊張を持続し気持ちを盛り上げていくことの大変さって
いうものもあるんだろうな、と。毎週のようにライブが続く日も、小さな地方
のライブハウスに行くときも、いつも新鮮な感情で歌っていくこと。MDを聞
くのはそれ自体楽しいだろうし、終わったライブの反省もあるだろうけど、そ
うすることが次のライブへの気持ちの高まりにつながるとしたら、なかなかう
まいことやってるよね。
新鮮さ、ということでは、バンドメンバーの、特に佐野さんと江口さん。こ
の2人との掛け合いはさすがに楽しませてくれますね。アドリブが多いんだけ
ど、たぶん毎回違うことやって驚かしてやろうとしているみたいなところもあっ
て。江口さんがこんなにしゃべるのも初めて聞いたように思うけど、おかげで、
江口さんに対する認識があらたまったなんてことはありません決して(エロま
さちゃん・・・・)。
そんな、和やかな時間も終わりに近づいて。
最後の曲が近づいて。
今日、この金沢でコンサートができてよかった、というようなことをしゃべ
りつつ・・・・・
そのとき、泣いてしまう彼女。
嬉しくて涙が出た、そういうことならよくある。だが、涙ながらに、ではな
く、だんだん声が出なくなってしまいには嗚咽だけがマイクを通して会場に響
いていた。泣いてしまっていた。えっくえっく、と。
「こんなになったの初めて・・・・」。僕も、そんなになった彼女は初めて
見た。少し、いたたまれない気持ちになって僕も下をうつむいた。
『泣くなよ、弱虫』
ここで、泣く理由が思いつかなかった。床を見たまま、考えてみる。
金沢でコンサートをやるのが小さい頃からの夢だった。
・・・・・僕の知る限り、そういうデータは岩男潤子にはない
6月26日がなにかの記念日だった。
・・・・・そんな話はどこにもなかったと思うぞ
岩男さんの恩師が会場に来ていた。
・・・・・苦しい説明だな
僕が、ライブを見に来ていたから。
・・・・・・・・・・違うってばさ
歌声が、流れていた。 「ここにいるよ」
まだ、嗚咽をひびかせながら、ほとんど歌えていない岩男潤子。静かに演奏
を続けるバック。そんな会場に、小さく、でも確かに、「ここにいるよ」の歌
が流れていた。「手のひらの宇宙」のように定番になっているわけでもなし、
歌詞を覚えてまでいる人は多くないであろう、その歌が。小さく、ほんとうに
静かに流れるように。僕も、うろ覚えの歌詞を懸命に引きずり出して声を出し
た。
それが、普通のライブだったから?。地方の小さなライブハウスで、少人数
の客を相手にして、ツアーの中頃の何気ない日に行われた----------ともすれ
ば、単なるライブツアーの1コマとして流してしまったかもしれなかった----
------そんなライブを、他の会場に決して劣らない思い出にできたから?。そ
こに、彼女の目指すものの片鱗があったから?。
僕には、わからない。
「ここにいるよ」は、最後まで、観客の合唱で終わった。そのこと自体は、
おそらくそこにいた観客全員の胸に、何かの結晶を残しただろう。涙のわけは
わからなかったとしても。
その晩、金沢には雨が降った。強い、暖かい、雨だった。
ROBBY