6、懸賞論文(当選) 聖書のらいーその翻訳をめぐる考察・・・大嶋美枝子
           (福音主義神学 28 1997,12 日本福音主義神学会)


 『福音主義神学』第28号 1997.12 日本福音主義神学会発行

 懸賞論文

   聖書のらい――その翻訳をめぐる考察

                大嶋 美枝子

  

  目次                   

 問題の所在 

 T「聖書のらい」の翻訳

 U 聖書における「らい」

 結論

 注                 

問題の所在 

歴史的に「聖書のらい」は長い間ハンセン病と混同されてきた。しかし、もともと「聖書のらい」はハンセン病という一つの病名を指す言葉ではなく、総称的な広い意味を持つ言葉であった。
 それがなぜ一つの病気を指すようになったのか。これには聖書翻訳の問題と医学上の混乱が微妙に絡んでいる。

本論文では、「聖書のらい」がどうしてハンセン病と混同されていったのかについて、その過程を追う。さらにこれまで「らい病」と訳されてきたヘブル語のツァーラアトが神に打たれた病気として受け取られ、罪のたとえとして扱われたことを考察し、ギリシヤ語のレプラとともに聖書学的に検証する。

最近になって、「聖書のらい」の翻訳が見なおされ、1961年にNew  English bibleの脚注に、Leprosy(レプロシー)は現代のハンセン病のことではない旨が記された。以後「聖書のらい」は、「恐ろしい皮膚病」とか「伝染性の皮膚病」などの語に置き換えられるようになってきた。このような最近の動向もふまえて論述する。

T 「聖書のらい」の翻訳

 「聖書のらい」がどうしてハンセン病と混同されるようになったのか。それは翻訳におけるどの過程でそうなったのか、ヘブル語からギリシヤ語、さらにラテン語、英語その他と翻訳されていった流れを述べ、実際に翻訳聖書を開いて検討する。

 1. 翻訳の歴史(1)――諸外国語訳

 聖書は文化や言語を異にする共同体のために、さまざまな言語に翻訳されてきた。日本聖書協会によれば、1450年以前で33種の言語の翻訳があったといわれる。注[1] 1804年に英国聖書協会が組織された時点で、67言語の部分訳と全聖書の翻訳が完成したものが39言語とされる。1991年12月末の統計では、1978言語に翻訳されており、その内、新約聖書だけのものが758言語、聖書全体の翻訳が完成しているものは322言語に上っているが、さらに608言語が作業中だと言われる。注[2] 以下「聖書のらい」に関る例を取り上げる。

ギリシヤ語訳(70人訳)

ヘブル語聖書が最初に外国語に翻訳されたのはギリシヤ語の「70人訳聖書」においてである。離散したユダヤ人のために聖書が、当時使われていたギリシヤ語に翻訳された。それは紀元前250年、エジプトの地中海沿岸の都市アレキサンドリヤにおいてであった。その中で、問題となるヘブル語のツァーラアトには、ギリシヤ語ではレプラという語が当てられた。注[3] ツァーラアトは、人間の皮膚、布や皮、家の壁が表面的に損なわれた状態の総称を表わす語で、ヘブル語独特の祭儀的意味を含んだ語であるが、翻訳に際して選ばれたギリシヤ語のレプラは、うろこ状とか、かさぶたのある状態という意味をもっていて、物体や皮膚の表面に見られる汚れ、しみ、あざ、かさぶた、ふけ、斑紋などを表現する語である。注[4]

ツァーラアトもレプラも表面がそこなわれた状態を表す言葉であって、一つの病名を指す言葉ではない。聖書のツァーラアトを検討する段落で述べるが、いわゆるモーセ五書の成立する時代を批評学に百歩譲ってバビロン捕囚(前575―538年)の頃とみる仮説を採るとしても、考古学的発掘調査の結果から当時ハンセン病は存在しなかったと言われる。注[5]

ともあれ、ツァーラアトは当時のギリシヤ語で医学的また祭儀的意味をもたない総称的意味のレプラと訳されたのであった。

ハンセン病が地中海沿岸都市に侵入したのはアレキサンダー大王(前356〜323年)のインド遠征以後だといわれている。

医学の祖といわれるヒポクラテス(前450〜370年)をはじめ当時の医師たちは、ハンセン病のことを「象皮(Elephantiasis)」と呼んでいた。注[6]

もしも、70人訳の訳者たちがツァーラアトをハンセン病だと考えていたなら、レプラではなく、Elephantiasisと訳していたと思われる。

皮膚の状態を表わすギリシヤ語のレプラがどうしてハンセン病を指すようになったのか。その混乱の発端はアレキサンドリヤの医師ガレノスだと言われる。

ガレノス(131〜202年)が書き残したものに、「象皮病は、150年頃、地中海沿岸地方では、よく見られる疾病であった」注[7] と記録しているが、その象皮病の中の皮疹を主とする型のものをレプラと呼んだために、象皮病そのものがやがてレプラと称されるようになっていったのである。注[8] 
この頃はローマ帝国が制覇した時代で、ギリシヤ語に代わってラテン語が普及していて、聖書のラテン語翻訳が試みられるようになった。

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ラテン語訳(ウルガタ)

ヒエロニムス(340頃〜419年)は405年にラテン語聖書を訳出した。他にもいくつか訳されていたラテン語訳に代わって、『ウルガタ』(「普通の、一般の、公認の」の意)として社会に認められたのは7−8世紀になってからであった。『ウルガタ』が正式にカトリックで公認されたのは1546年のトレント公会議においてである。注[9] 「ヒエロニムスは翻訳にあたって、ヘブル語のツァーラアトをギリシャ語に倣ってレプラという言葉を「借用語」として、そのまま翻訳に使用した」注[10]と言われる。

405年といえば、ガレノスの死後200年を経ているが、レプラが象皮病と称されていたハンセン病そのものを指すというまでには至っていなかったものと思われる。

だが、380年にコンスタンチノープルの大司教ナジアンゾスのグレゴリウス(329389年)が、ハンセン病者の救済を説いた説教にはハンセン病を指す「エレファンティアジス」と「レプラ」が既に同意語として用いられていたことを示しているとのことである。注[11]

次の問題は、ヒエロニムスが、イザヤ書53章4節において、ヘブル語のナーガアを「(神に)打たれた」と訳すべきところを「われわれは思った、彼はレプラの如くなったのだと」注[12] と旧約本文にも七十人訳にもない語を『ウルガタ』に付け加えたことである。これは後年、苦難の僕の姿をハンセン病者として解釈されていく結果となった。注[13] 

このラテン語訳の『ウルガタ』は、ローマ・カトリック教会の公用聖書として広く使用され、各国語に翻訳される際の基準となったので、その影響は大きい。

 
 英語訳

英語訳として古いものは、ウィクリフ(132984年)が『ウルガタ』を基に1382年に翻訳したものが知られている。ティンダル訳は1525年にギリシヤ語訳から英訳された。300年以上も英語圏で広く用いられた欽定訳(KJVまたはAV)がティンダル訳の改訂訳として発行されたのは1611年である。これらはいずれもLeprosyと訳している。注[14] 注[15]  近年の英語聖書の多くもLeprosyのままである。

Revised Standard Version[16]、 New  English  Bible[17]、 American Standard Version[18]、 モファット訳 注[19]も、ともにレプロシーLeprosyと訳している。

英国人医師で、国際らい学会事務局長のスタンレー・G・ブラウンが著わした『聖書の中の「らい」』によれば、中世英語で「レプロシー」は、人間、動物、植物の病気、農作物にはびこる菌、しめった穀物に生えるかび、家畜の疥癬などを表わす言語であったとされる。注[20] しかし、医学名として定着したこともあってレプロシーはハンセン病をさす言葉となった。

ドイツ語訳

ルター訳ではツァーラアトもレプラもAussatzと訳されている。注[21] 

この語は独和辞書でみると、「 Lepra)【医】ハンセン病」とあり、さらに、「昔この病気にかかった者は共同体からaussetzen「遺棄」されたところから」注[22] きていると記されている。

スペイン語訳、ポルトガル語訳はどちらも lepra となっている。注[23] これもハンセン病を意味する。

 中国語訳

 中国語の聖書は旧新約とも簡体字では「大麻風」、注[24] 繁体字では「大痲瘋」注[25] と訳されている。紀元前2697の中国最古の医書にはハンセン病の症状が麻痺する病気として正確に記されているので、中国にはその時代ハンセン病はあったのである。宗時代の書物にはハンセン病を大痳風毒と称していた。注[26]

 これについて『大漢和辭典』で痲の項を引くと、「痲瘋は、癩病」のことであるとされ、中華大字典から次の漢文を紹介している。「痳、痲瘋、癩病也、又名大麻瘋、病原為癩病菌」。注[27]

 韓国語訳では旧新約いずれもムン・ドゥン・ピョン(らい病)と訳されている。注[28]  

 新約聖書の現代ヘブル語訳ではツァーラアトとなっている。注[29]

以上、聖書のツァーラアトおよびレプラの翻訳について幾つか述べたが、百科事典で「癩」の項を引くと、それはすべてハンセン病の説明であり、各国の言葉も聖書で翻訳された言葉とおなじである。癩(日本語)、lepra(スペイン語、ポルトガル語)、leprosy(英語)、le’pre(フランス語)、lebbra(イタリヤ語)、Aussatz(ドイツ語)、麻風(中国語)注[30] と記されている。

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2. 翻訳の歴史(2)――日本語訳

 さきに中国語聖書では「大痲瘋」と訳されていると記したが、日本語訳の明治訳を見ると、「癩病」となっている。これは英語のレプロシーを癩病と訳したといわれているが、日本では大痲瘋と訳されたものはなく、すべて癩病となっている。

@ 初期の私訳

聖書が日本語に翻訳されて現在残っている最初のものはギュツラフがマカ

オにおいて訳した『約翰(ヨハネ)福音之伝』と『約翰(ヨハネ)上中下書』(1837年)であるが、注[31] 「聖書のらい」は、新約では共観福音書と呼ばれるマタイ、マルコ、ルカにのみ出てくる。それらの初期の翻訳を列挙すると、S.W.ウィリアムズによる『馬太福音伝』(1850年)と、B.J.ベッテルハイムによって訳された『路加伝福音書』(1855年)、『馬可伝』1章(刊行年不詳)がある。以上は海外で翻訳された。

 日本国内において翻訳されたものとしては、J.ゴーブルによる『摩太福音書』(1871年)、J.C.ヘボンとS.R.ブラウンによる『馬可伝』(1872年)、『馬太伝』(1873年)で、そのほか聖書反駁のための田嶋象二による『馬太氏遺伝書』(1875年)がある。N.ブラウンは日本語で初めて『新約全書』(1886年)を訳した。バチェラー訳アイヌ語新約聖書は1897年に成立した。注[32] 

以上が初期の私訳であるが、各書が「聖書のらい」をどのように訳している

かについて詳述するには資料が乏しい。

A 委員会訳

 明治訳新約聖書

プロテスタントの日本人牧師を含む在日各ミッションを代表する宣教師によ

って翻訳委員会社中が組織されて横浜で翻訳された。委員として加わった日本人牧師は、奥野昌綱、松山高吉、高橋五郎で、井深梶之助はブラウンを補助した。宣教師は在日各ミッションを代表する宣教師のヘボン、S.R.ブラウン、グリーン、N.ブラウン、マクレーほかであった。彼らによって翻訳されたのが元訳と呼ばれる明治訳で分冊発行の後、『新約全書』として1880年(明治13)に英・米の聖書会社から出版された。注[33]

これらを見るとマタイ(馬太傳iケ書)8章2、3節、マルコ(馬可傳iケ書)

1章40、42節など該当の個所はすべて「癩病」と訳されている。注[34] 

 明治訳旧約聖書

旧約聖書は当初、東京築地において東京聖書翻訳委員会が設置された。後に

横浜の翻訳委員会社中と合流して聖書翻訳常置委員会が設置され、12名の宣教師に日本人の委員として松山高吉、植村正久、井深梶之助が加わった。分冊発行の後、『舊約全書』は1888年(明治21)に英・米の聖書会社から出版された。注[35]

これを見るとレビ記(利未記)13、14章をはじめ該当個所はすべて「癩病」と訳されている。注[36]

明治訳の旧新約全書は欽定訳を重訳したので、英語のleprosyを「癩病」と

訳した。注[37]

大正改訳新約聖書

英米聖書会社は大正改訳と呼ばれる新約聖書を文語訳で1917年(大正6)

に出版した。それには奥付けがないが、『我らの主なる救い主イエス・キリストの新約聖書 改譯』とあり、発行は紐育・倫敦・東京 聖書協會聯盟とある。 旧約も改訳を計画されたようであるが、実現せず、1930年に明治訳と新約の改訳が文語訳旧新約聖書として出版されることになった。この改訳された新約聖書でも該当個所はすべて「癩病」となっている。注[38]

1937年(昭和12)に日本聖書協会が設立され、聖書の出版は同協会に引

き継がれた。 戦後、聖書協会は、口語訳聖書の必要から新約を1953年(昭和28)、旧約を1954年(昭和29)に先の新約と合わせて刊行した。この口語訳は旧新約とも「らい病」と訳されている。注[39] 

共同訳(新約聖書)はカトリックとプロテスタントが共同して動的等価翻訳方式(ダイナミック・エクイバレンス)で訳され、1978年に発行されたが、実際にはあまり普及しなかった。この新約聖書では「らい病」と訳されている。注[40]

続いて共同訳委員会では、1987年に新共同訳聖書を完成した。

旧約の ツァーラアトのうち人間の皮膚に関しては「皮膚病」あるいは「重い皮膚病」と訳し、衣類や壁の場合は「かび」と訳されたが、新約は「らい病」のままであった。注[41]

 翻訳委員会では新約聖書の中でレプラを「らい病」のままにしておくことについては問題とされたが、今後の課題とされた。その一文が日本聖書協会の『聖書翻訳研究』に載せられているので引用する。

  その他残されている問題は、新約との関係で、「新共同訳」のレビ記では「重

 い皮膚病」と訳されているものが、それに対応する新約の個所で「らい病」(ル

 カ512)と訳されていることである。これにはいろいろな理由があるが、旧約のヘブル語(tsara’ath)は現在病理的にハンセン病と考えておらず、新約の引

 用とは厳密に対応していないなどの問題が残されていることも確かである。注[42]

 これを読む限り、新約の「らい病」について翻訳者間で意見が分かれたようである。

ハンセン病医療に50年携わってきた『聖書のらい』の著者、犀川一夫は新約聖書のレプラをハンセン病とみなすことは適当ではないとの見解を示している。注[43]

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 新改訳聖書

 委員会訳としては福音派陣営による新改訳聖書(口語訳)があげられる。旧新約は1970年に日本聖書刊行会から発行された。この聖書は「原語に忠実」をモットーに訳されているが、該当個所は「らい病」となっている。注[44]

 さらに、いのちのことば社発行の『リビングバイブル』は1978(昭53)年に発行されたが、該当個所は「らい病」となっている。注[45] 同社発行の『詳訳聖書』(1963年)でも「らい病」となっている。注[46]

B 個人訳

 個人訳として「聖書のらい」に関係のある翻訳を以下に列挙する。

 永井直治の『新契約聖書』は文語訳の新約聖書で、1928年(昭3)に創刊されたものである。注[47] またキリスト新聞社発行の新約聖書(1952年)は、渡瀬圭一郎,武藤富男訳である。注[48] 塚本虎二訳の福音書(1963年)、注[49]  岩隈直の希和対訳の新約聖書(マルコ・1973年、ルカ・1978年、マタイ・1989年)、注[50] 以上四冊ではいずれも「癩病」と訳されている。

 関根正雄訳の旧約聖書(1956年)ではツァーラアトはすべて「らい」、注[51] 前田護郎訳の新約聖書(1983年)は「らい者」「らい病」、注[52] 柳生直行訳の新約聖書(1985年)では「癩者」「らい病」注[53]となっている。

 最近1996年11月に岩波書店から出版された『新約聖書 福音書』(佐藤研・小林稔訳)の補注・用語解説欄の「らいびょう・らい病(lepra)」を見ると以下のように記されている。

 原語は、七十人訳聖書ではヘブライ語の「ツァーラアート」の訳語とされており、一般には「らい病」と訳されるが、必ずしも正確な訳ではない。これはハンセン病に とどまらず、さまざまな症状の皮膚疹的病理現象を総括する集合概念、当時は祭儀的に特に「穢れた」病と見なされ、患者は強制的に社会から隔離・遮断されて(レビ1346参照)、公けの場に出てくることは許されていなかった。また、病を罪の結果の罰とみなす当時の概念の中でも、「レプラ」(「ツァーラアート」)は特にその典型例であった(民数129-12、代下2620)。社会的な偏見と差別のあり方が、此処での「レプラ」と日本の歴史上の「らい病」とでは類似しているので、敢えて「らい病」という訳語にした。注[54]

このように原語の説明を加えながらも、「らい病」と訳している。

 尾山令仁訳の「現代訳」(1983年)は訳語が統一されていない。レビ記13,14章は人の皮膚に関しては「伝染性の皮膚病」、衣服などは「伝染性の皮膚病のようなもの」、家に関する場合は「かび」と訳されているが、その他の旧約、新約の該当個所はすべて「らい病」となっている。注[55]

 カトリックの宣教師ラゲ(18521929年)によって訳され、1910年(明治43)に発行された文語の新約は「癩病」となっている。注[56]

 バルバロ訳と呼ばれる口語体旧新約は1964年に発行された。バルバロとデル・コル両神父によって訳されたが、それを見ると「らい病」となっている。注[57]

 フランシスコ聖書研究部訳の『新約聖書』は「らい病」となっている。注[58]

 ギリシャ正教のニコライ(18361912年)はロシヤから1861年に来日し、1901年『我主イイスス・ハリストスの新約』を日本人とともに翻訳した。そこでは「癩病」となっている。注[59]

 以上のように、委員会訳、個人訳のほとんどの聖書が「らい病」と訳している。

 先の漢語辞典で「癩」の項を引くと、病名としての「らいびゃう」のほかに「くすりまけ・きず・ひぜん」注[60]とあるので広い意味もあるようである。 

 癩という字が日本で初めて記されたものは山本俊一の『日本らい史』によると、日本書記(22)であるという。そこには、612年に百済からの帰化人のうちの一人に白癩云々とあり、833年の令義解に白癩が悪疾(アシキヤマイ)として正確にハンセン病の症状が記されていて、ここでは伝染病と記されていて、流行したことがうかがわれる、とある。注[61] 従って、日本では古来、ハンセン病を癩病として呼称してきたようである。


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3.      最近の動向

19世紀に入ってツァーラアトはハンセン病ではないとする医学者が増え、聖書の脚注にその旨、記されるようになった。さらに、レプロシーを使わず、「悪性の皮膚病」(NEB)や「恐ろしい皮膚病」(GNB)注[62]、「伝染性皮膚病」(NIV)注[63] と訳出してきている。しかし、New International Versionを見ると、レビ記や民数記5章2節の人間の皮膚に関しては「伝染性皮膚病(infectious  skin didease)」であるが、その他は旧約も新約も leprosyとなっている。下の注を見ると、前者は「伝統的にらい病、ヘブル語のこの言葉は皮膚に生ずる種々の病気であって、必ずしもレプロシーではない」と記されている。後者は「伝統的にらい病」の語句が除かれて、「ヘブル語(ギリシヤ語)のこの言葉は皮膚に生ずる種々の病気であって、必ずしもレプロシーではない」と注に記されている。注[64]

Good News Bible(GNB)・Today,s English Version(TEV)にはleprosyという言語は一切使用されておらず、恐ろしい皮膚病(dreaded skin disease)という表現が使われている。注[65]

 このように1960年代以降、「聖書のらい」に注がつけられたり、表記が変えられるようになった。

 日本でも1996年3月27日の国会において「らい予防法」が廃止されたのに伴って、キリスト教界では「らい」の表記を変更する動きが出てきた。そのひとつは、日本基督教団東中国教区総会(19965月)で聖書の「らい病」という語を適切な言葉に変更するよう日本聖書協会と日本聖書刊行会に提案する決議を可決した。注[66]

 また、日本聖公会も、『「らい予防法」廃止とそれに伴う十全な措置を求める宣言』を、1996年5月の日本聖公会第49(定期)総会の総会名で出した。

この宣言文は、謝罪に続く後半に、聖書に使用されている「らい病」の名称を「重い皮膚病」に読みかえると共に、「らい病」の用語の使用廃止を求めている。注[67]

同様な要望はカトリック司教協議会からも411日付で出された。注[68]

これらの要望を受けて、日本聖書協会では昨年11月の委員会で変更が決定され、37日に変更を発表したことはさきに述べたとおりである。新共同訳だけでなく、口語訳も文語訳もこれから印刷するものについて順次変更するという。日本聖書協会では「重い皮膚病」という語は暫定的な言葉で将来もっと適切な言葉があれば変更も考えるという。注[69] たしかに「重い皮膚病」ではツァーラアトのもつ浄、不浄 という儀式上の意味合いは表れていない。しかし、まず善処することが必要であるとして、既に4月から発売された新共同訳の小型聖書では新約の「らい病」の個所が旧約同様に「重い皮膚病」に置き換えられている。注[70]

新共同訳聖書で「重い皮膚病」と訳されていることについて、国立療養所・長島愛生園医官の中井栄一は「今度は皮膚病の患者の人権に関わってくるので、適切な翻訳が無いのなら聖書の原語のまま、ツァーラアトの方がよいのではないか」という意見であった。米国皮膚学会のカプラン氏も同意見を発表している。注[71]

 筆者も同様の意見であるが、暫定的にせよ、今回「らい病」の表記が替わったことを歓迎している。

 『実用聖書注解』の中で千代崎秀雄は「この時の病気を<らい病>と訳すのは現代の名称「ハンセン病」と同一視し、しかもこれを罪の結果と考える偏見と誤謬を支持する恐れがあり、はなはだ問題である」とし、「重いひふ病(新共同訳)が訳としてよい」と述べている。注[72] この『実用聖書注解』のレビ記13,14章の注解には見出しを伝染性皮膚病とし、衣服・家に関しては「かび」としている。注[73]

 ケンブリッジ旧約聖書注解は「悪性の皮膚病」と「かび」と訳しているが、注[74]

今日では「悪性の」という場合、皮膚癌を指す言葉として使われることが多いので訳としてはさらに推考が必要と思われる。

日本福音同盟(JEA)では、1992年9月に、「聖書に記されている『らい病』は必ずしも現代のらい病(ハンセン病)と同じでないこと、また、聖書において『らい病』は罪の象徴として記されていないことを確認」する文書 注[75] を出しているが、この度、「『らい予防法の廃止に関する法律』の制定をうけて」という文書 注[76] を6月2日の理事会で承認し、加盟団体に送付した。反省と決意が盛られた謝罪文である。謝罪文としては、1996年4月5日の真宗大谷派 注[77]、同年523日の日本聖公会 注[78]、同年79日の日本基督教団東中国教区 注[79] に続くものである。JEAの今回の文書中、具体的には新改訳聖書の「らい病」あるいは「らい病人」の訳語を適切な語句に差し替えるように、日本聖書刊行会および新改訳聖書刊行会へ申し入れると記されている。またJEA加盟各位に、註解書、その他のものを含む印刷物の見直しを要請し、不適切な表現の修正に努めることも記されている。

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U 聖書における「らい」

 以下において聖書における主な該当個所をとりあげ、加えて、誤った解釈、注解の影響を述べる。

1.   旧約聖書のツァーラアト

旧約聖書でこれまで「らい病」「らい病人」と訳されてきたヘブル語のツァーラアトについて、元の語源は「崩壊する」「打ちくだく」という説と、すずめばちか、くまばちを意味するツィルアーを語源だとする説がある。注[80]

ブラウンによれば、このツァーラアトは元来、アラビヤ語から派出した言葉で、「種を撒く」という意味の動詞ザァーラアに、状態を示す接尾語アトが結び付き、「撒布」とか体表面に現れる「発疹」「斑紋」を意味する言葉ができたとされる。注[81]

 ツァーラアト(同根の変化形を含む)は旧約聖書で55回ほど使用されているが、そのうちの34回はレビ記13,14章に出てくる。注[82]

 その他の記述個所をあげると、出エジプト記4章6〜7、レビ記13、14章、同22章4 、民数記5章2 、同12章9〜15、申命記24章8〜9、サムエル記下3章29、列王記下5章1〜27、同7章3〜10、同15章5、歴代志下26章16〜23である。

ツァーラアトの記述はレビ記13、14章に詳しく出ている。

しかし、ツァーラアトは人間の皮膚だけでなく、羊毛または亜麻の衣服、布や皮、家の壁にも使われている。それらが表面上、損なわれた状態の総称を表わす語で、それを一語で訳出できる用語は無いといわれる。注[83]

 レビ記13章にでてくる症状は種々記されている。人の皮膚に、腫れ、できもの、光るものがあり、その患部が皮より深く見え、毛が白く変わればツァーラアトと断定される。この場合、皮膚や毛髪が白くなると繰り返し言われている。

ハンセン病専門医の犀川一夫は、その著書『聖書のらい』で、「ハンセン病の特徴的な症状は、末梢神経の症状、即ち、知覚麻痺や、運動神経麻痺症状、更にそれらに起因する二次的症状なのである」。注[84] とし、したがって麻痺が特徴であって、痒くはならず、レビ記にある「毛が白くなる」ことはない、と記している。

19世紀末のイギリスの著名な医師、リスドン・ベネット 注[85] は、「レビ記には近代語のらい病に対する言及はなく、乾癬か皮膚に生じるうろこ状の発疹から成る類似の何か他の病気か、もっと深刻度の少ないある一つのまたは幾つかの病気に対する言及があるにすぎぬ」と『聖書の病気』(The  Deseases of the Bible)の中で述べている。

 レビ記14章3には、「もしらい病の患部がいえているならば」、とあるのでツァーラアトは不治の病ではない。申命記28章27に「いやされることはない」という病気の中に入っていない。患部がいえるという言葉は家の壁のツァーラアト(レビ記1448)にも用いられている。

祭司がツァーラアトと鑑定すればその人や事物は不浄とみなされたが、民数記5章2ではツァーラアトと同様に流出のある者、死体に触れた者を不浄とみなして宿営の外に出すよう命じているので、汚れとか不浄を考えるときもツァーラアトだけを特別視してはならない。

ツァーラアトは祭司に判定が委ねられ、人の皮膚にできたツァーラアトであっても他の病気のように「癒す」といわず、「きよめる」という。ツァーラアトが浄、不浄にかかわることがこのことからもわかる。

この儀式は、ツァーラアトがミリアムやウジヤを例にして罪と結びついた病であるといわれてきた。しかし、レビ記13,14章には罪の結果という記載はない。たしかに、ツァーラアトが癒された場合に行う献げものの儀式の一つに罪祭が記されている。だが、新共同訳に基づく『旧約聖書注解T』によると、この儀式は汚れから清めるためであって、罪のためではない、とある。それは清められる(ターへール、レビ127,8,1420,53など)のであって罪を犯した場合の罪が赦される(サーラハの受身形、レビ420,26,31,35など)とは区別される。また三つの動物犠牲のうち、罪祭でなく、愆祭が他の動物犠牲に先立って重要なものとしてささげられる。その方法も普通の愆祭の仕方ではなく、祭司の任職式(レビ82224)と同じである。注[86]

愆祭はおおむね知らずに犯した罪に対するものである。興味深いことに、ツァーラアトの愆祭には必ず雄の小羊(レビ1410,21)が使われることである。ナジルびとの愆祭にも必ず雄の小羊が使われる(民数612)。

罪祭は雄の小牛、雄雌のやぎが使われるが、羊が使われるときも、雄の小羊は使われず、必ず雌の小羊(レビ1410, 432,56,)が献げられる。 新共同訳はなぜか小羊ではなく、羊と訳している。(レビ1410,21

 以上から考察すると、ツァーラアトが癒された場合の献げ物の儀式から罪をとりたてて論ずることはできないように思われる。 

 今日ではツァーラアトをハンセン病としたり、ハンセン病を含むという説をとる人は少なくなっている。それは、ミイラや墓に埋葬されている古人骨を鑑定する研究結果から明らかになったからである。 たとえば、1962年にメーラー・クリステンセンが発表した、ハンセン病しか起こさない骨の特殊な変化を鑑定する研究結果などもそうである。したがって、今日ハンセン病として知られる病気は「モーセや族長の時代、バビロンの捕囚と捕囚後にすら、聖書の土地には存在しなかったと断言できる」といわれるようになってきている。注[87]

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2. 新約聖書のレプラ

 レプラについてはさきにツァーラアトのギリシア語としてレプラと訳されたことを述べた。このレプラという語はうろこ状の、かさぶたのある状態という意味をもっており、皮を剥ぐ,さやをとる、うろこを取る、皮膚をすりむく、樹皮をはぐ意味のレポーの語源からきている。注[88] このレプラという語は、物体や皮膚の表面に見られる汚れ、しみ、あざ、かさぶた、ふけ、斑紋などを意味するが、ツァーラアトのような浄・不浄という祭儀的意味は全くない。注[89]

新約のレプラの個所には症状の詳しい記述がない。ルカだけが、「全身傷でおおわれた」(ルカ512)と表現している。レプラはツァーラアトと同様の扱いをうけているように記されている。イエスはレプラの人に手を延べ、彼をきよめた後、身体を祭司に見せるようにと告げている。

次に用例の個所を記す。

イエスの癒しとしては、マタイ8章1〜4、マルコ1章40〜45、ルカ5章12〜16、同17章11〜19がある。

 その他には、マタイ10章5〜15、同11章2〜6、同26章6〜13、マルコ14章3〜9、ルカ4章20〜30、同7章22がある。

 新約聖書において共観福音書以外、レプラは出てこない。レプラはツァーラアトと同じ意味合いをもっていて、異邦人には重要なことではなかったのであろうと思われる。

 

3.誤った解釈の影響 

 オリゲネス(185頃〜254年頃)以来、大勢のキリスト教の作家や聖職者は、らいを罪のひとつの典型とみなした。オリゲネスは、「人々のすべての誤った見解の原因は、彼らが聖書を霊的な意味で理解せず、文字の表わすままの意味に理解している点にほかならない」という聖書解釈をしている(『諸原理について』四巻二、二)。彼の方法はキリスト教的聖書解釈の歴史に多大な影響を及ぼし、ギリシア教父のみならず、ラテン教父にも、また中世の神学者にも受け継がれた。注[90] 

彼はレビ記の説教においても「らい」を罪と関連して語っている。注[91]

クリュソストモス(347頃〜407年)も、マタイ福音書8章2〜4の説教の中で、「罪であるらいのみを怖れなければならない」といっている。注[92]

 ドミニコ会のトマス・アクィナス(122574年)も『神学大全』(1266-72年)の中で「家のらい病は異端者たちの会衆の汚れを表示するものであり、亜麻布の衣服についていわれるらい病なるもの、…多くの場合らい病は罪の結果である。…」と述べている。注[93] このようなトマス・アクィナスの釈義は比喩的に傾いた中世の解釈を代表している。このように「聖書のらい」を罪の比喩とする説教や注解書は枚挙にいとまがない。さらに「聖書のらい」をハンセン病そのものとして説教したり注解しているものも数多くある。

 同様に近代のバークレーやケロッグは、罪の比喩とともにハンセン病そのものとして注解している。注[94]

 ハンセン病者の施設名に「ラザロの家」とか「ラザレット」、「ラザリン」と付けられている。ベタニヤのラザロ(ヨハネ111)、あるいはできものができて物乞いをしていたラザロ(ルカ1620)の名をとって名付けられ、特にベタニヤのラザロは同じベタニヤの「らい病人シモン」(マタイ266、マルコ143)と結びつけて、「らい患者の守護聖人」にされたという。注[95] また、ハンセン病になると、生きながらにして死者と見なされる模擬埋葬の儀式が行われた。これは教会の典礼書の中に「ライ患者を現世の外におく方法」に基づいたものである。注[96] このように誤った聖書解釈がハンセン病の差別と偏見を助長したと言える。


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 結論

 この論文で論証したのは、「聖書のらい」は、ハンセン病ではなく、また、罪の譬えとして語る解釈は必ずしも適切でないということである。

 本論一章では、ヘブル語のツァーラアトがギリシヤ語のレプラに翻訳され、さらに、ラテン語、英語その他の各国語に訳される過程で、医学名としてのレプラと同一視されていったために、ハンセン病との混乱が起こったことを示した。

 二章では、ヘブル語のツァーラアトとギリシヤ語のレプラの意味と用例の中から「聖書のらい」は、ハンセン病ではないことを述べた。

 特に、今世紀半ばになって、医学的にはハンセン病が完治する病気となり、古人骨を発掘調査した結果、聖書のツァーラアトの書かれた時代には、ハンセン病はなかったことが定説となった。さらに、聖書学者やハンセン病専門医の見解から、「聖書のらい」はハンセン病ではないとされるようになった。

 これを受けて、現代の英語聖書の中には、但し書きや、表記の変更がされている。日本でも本年(1997年)四月に発売された新共同訳の小型聖書からは「らい病」、「らい病人」の表記はなくなった。日本聖書協会の発表によると、差し替えられた「重い皮膚病」、「皮膚病」、「かび」は適切な語句があるまでの暫定的なものだとしている。今後印刷される「口語訳」も「文語訳」も同じ表記に替える予定であるとのことである。

 この新共同訳以前の訳では、委員会訳もほとんどの個人訳も「癩病」あるいは「らい病」と訳されてきた。そのため旧約聖書から誤った解釈の結果、罪の譬えとして語られてきた。このことはハンセン病を病んだ当事者や関係者を苦しめてきた。

聖書から「らい病」の語が消えることによって、ハンセン病の差別と偏見の元凶は聖書と二千年のキリスト教会にある 注[97] と言われる汚名を徐々に返上できるであろう。注解書や聖書辞典類も書き変えられる日もそう遠くない。そうなれば、「らい病」を罪の譬えとして語るということもなくなるわけである。

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* この論文は大阪キリスト教短期大学神学科(専攻科)に提出した卒業論文をまとめ直したものである。

 T

 [1]  門脇清・大柴恒、『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、新教出版社、1983年、381頁、

 [2] 佐藤邦宏、『バイブル・ロード』聖書の通ってきた道、教文館、1992年、107-108頁。

 [3]  The Septuagint Version,Samuel Bagster and sons limited,London,1794

 [4]  犀川一夫、『聖書のらい』、新教出版社、1994年、127頁。

 [5] スタンレーG.ブラウン、『聖書の中の「らい」』、石館守三訳、キリスト新聞社、1981年、25頁。

 [6]『聖書の中の「らい」』、前掲書、28-29,41頁。『英和大辞典』(研究社、1963年)の98頁を見ると、elephantiについているasisは、  「病名のギリシヤ系名詞語尾」とある。従って、elephantiasis(象皮病)はギリシヤ時代からの病名。

 [7]『聖書のらい』、前掲書、96頁。

 [8]『聖書のらい』、前掲書、111-112127頁。アラビヤ医学ではフイラリヤ病を象皮病と呼んでいたので、アラビヤ象皮病はフイラリヤ  病を指し、ハンセン病はギリシャ象皮病(Elephantiasis Greece)と呼ばれていた。

 [9]『キリスト教大事典』、教文館、1963年初、1968年改訂新版、132頁。バルバロ―デル・コル、『旧約・新約聖書』、ドン・ボスコ  社、1964年の全聖書序論26-30頁参照。

 [10]聖書のらい』、前掲書、56頁。

 [11]『岩下壮一全集』第八巻、中央出版社、1962年、22頁。

 [12] BIBLIA SACRA LATINA,(Latin Bible――VulgateSAMUERU BAGSTER & SONS LTD
   にはレプラになった者のように(
quasi leprosum)の語が入っている。

 [13]『聖書のらい』、前掲書、57頁。

 [14]『聖書のらい』、前掲書58頁。

 [15] Holy Bible, King James Version 16111985A.B.S.New YorkThe BibleAuthorized Version
 
  1954,1959,B,B,S.LONDON

 [16] The Bible, Revised Standard Version1881-1885and19011952The Bible Societies

 [17] New English Bible (NEB)New TESTAMENTOxfordCambridge uni.press,1961

 [18] HOLY BIBLE(ASV)Thomas Nelson& Sons1901,1929. 

 [19]  THE BIBLEMoffattHodder& Stoughton,London1957

 [20] スタンレーG.ブラウン,『聖書の中の「らい」』、石館守三訳、キリスト新聞社、1981年、46,47頁。

 [21] Die Bibel D.Martin Luthers 1912 P.W.B.Stuttgart

 [22] 『クラウン独和辞典』、三省堂、1991初、199613128頁。

 [23] 日西対照「新約聖書」日本語:新共同訳 スペイン語:Version Popular NUEVO TESTAMENTO,日本聖書協会、1988年、

  およびブラジル移民80周年記念出版,日ポ対照「新約聖書 詩篇つき新共同訳」NOVO TESTAMENTO e SALMOS
  日本聖書協会、
1988年。

 [24] 中国への聖書頒布用(簡体字)で日本語で表記すると旧新約全書と書かれている。奥付はない。

 [25] 『聖経』、1984年台湾で発行されたものによる。

 [26]  『聖書のらい』、前掲書、65,25

 [27]  諸橋轍次『大漢和辭典』巻7、大修館書店、1958初、1968縮寫版2刷、1180頁。

 [28] 韓国で発行されたハングルの聖書、1956初、1984年には、MUN DUNG BYEONG(らい病)とある。

 [29] Hebrew New Testament1976,1990United Bible Societies

 [30] 『ブリタニカ国際大百科事典』19巻「癩」、ティビーエス・ブリタニカ、1975年、873-4頁。

 [31]  海老沢有道、『日本の聖書』、講談社学術文庫、1989年、106-108頁。復刻版として善徳纂(ギュツラフ)『約翰(ヨハネ)福音   之傳』が1984年初に岩崎摂子によって桜楓社から発行されている。

 [32] 『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、前掲書、35-150頁、および海老沢有道、『最初の邦訳聖書』ギュツラフとベッテルハイム訳聖書   ――天理図書館本解説、雄松堂書店、1977年参照。

 [33]  『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、前掲書、157-188頁。

 [34]  HOLY BIBLE 舊新約全書』、英国聖書會社、1906初、1914年7版。

 [35]  『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、前掲書、188-204頁。

 [36] 『舊約聖書(引照付)』(1336頁)、日本聖書協会(神戸)、1934年、および『HOLY BIBLE 舊新約全書』、前掲書。

 [37]  『聖書のらい』、前掲書、59-60頁。

 [38] 『舊新約聖書』、米国聖書協会、1935年(昭和10)。

 [39]  『聖書』、日本聖書協会、1954初、1982年。

 [40] 『新約聖書』共同訳・全注、講談社、19811991年7刷。

 [41]  新共同訳『聖書』、日本聖書協会、198719881991

 [42]  木田献一、「聖書新共同訳発行2周年にあたって」、『聖書翻訳研究』(No.25)、日本聖書協会、1991年、14頁。

 [43] クリスチャン新聞19973月16日付。

 [44]  『聖書』新改訳、注・引照付、日本聖書刊行会、19701975年6刷。

 [45]  『リビングバイブル』、いのちのことば社、1978(昭53)年。

 [46] 『詳訳聖書』新約、詳訳聖書刊行会編、いのちのことば社、1963年。

 [47]  永井直治訳、『新契約聖書』、基督教文書伝道会、1928(昭3)創刊、1971(昭46)修正改版第二刷、

 [48]  口語譯『新約聖書』、キリスト新聞社、1952年。

 [49]  塚本虎二訳、新約聖書『福音書』、岩波クラシックス19、岩波書店、1982年。

 [50] 岩隈直訳、『希和対訳・新約聖書』、山本書店、発行年(マルコ-1973、ルカ-1978、マタイ-1989)。

 [51]  関根正雄訳、新訳『旧約聖書』第1巻律法,教文館、1993年。

 [52]  前田護郎訳、『新約聖書』、中央公論社、1983年。

 [53]  柳生直行訳、『新約聖書』、新教出版、1985初、1994年5刷。

 [54]  佐藤研・小林稔訳、『新約聖書 福音書』、岩波書店、1996年、補注27-28頁。

 [55]  尾山令仁訳,『聖書』現代訳、羊群社、1983年。

 [56]  エ・ラゲ,『我主イエズス・キリストの新約聖書』、中央出版社、1910初、195214版。『日本の聖書』、前掲書、359-360頁。

 [57]  バルバロ―デル・コル訳、『旧約・新約聖書』、ドン・ボスコ社、1964年。同書の全聖書序論34頁参照。

 [58] フランシスコ聖書研究部訳、『新約聖書』、 中央出版社、1985年改訂初版。

 [59] ニコライ訳、『我主イイスス・ハリストスの新約』、1901年初、1961年。『日本の聖書』、前掲書、364-375頁。

 [60] 『大漢和辭典』巻7、前掲書、1209頁。

 [61]  山本俊一,『日本らい史』、東京大学出版会、1993年、1-2頁。

 [62]  『聖書のらい』、前掲書、57-59頁。

 [63] 『実用聖書注解』、いのちのことば社、1995年、196頁。

 [64] The HOLY BIBLE(NIV)、INTERNATIONAL BIBLE SOCIETY USA 197319781984

 [65] Good News Bible、(TEV) American Bible Society,1971,1979

 [66] 日本聖書協会・理事長・吉田信一あて、日本基督教団東中国教区総会議長・横野朝彦、199679日付文書、同様な文書が
   日本聖書刊行会理事長、日本基督教団総会議長、
日本キリスト教協議会議長にも出された。

 [67] 日本聖公会(八代崇首座主教)、『「らい予防法」廃止とそれに伴う十全な措置を求める宣言』、1996523日、日本聖公会
   第
49(定期)総会。

 [68] カトリック司教協議会 (濱尾文郎会長)、1996411日付

 [69] クリスチャン新聞19973月16日付1頁。

 [70] 『聖書』新共同訳(NI 44の小型版)、日本聖書協会、1997年。

 [71]  クリスチャン新聞19934月11日付1頁。

 [72]  『実用聖書注解』、U歴代26:16-23(千代崎秀雄著)いのちのことば社、、1995年、485頁。

 [73]  『実用聖書注解』、前掲書、レビ記(三野孝一)、196-198頁。

 [74]  J.R.ポーター、ケンブリッチ旧約聖書注解3『レビ記』、樋口進訳、新教出版、1983年、88-107頁ほか。

 [75] 日本福音同盟委員長(山口昇・社会委員長油井義昭)よりの文書、1992910日付。

 [76] 日本福音同盟理事長(舟喜信・社会委員長村瀬俊夫)199762日「『らい予防法の廃止に関する法律』の制定を受けて」。
   クリスチャン新聞
1997622日付。

 [77]  「ハンセン病に関わる真宗大谷派の謝罪声明」、真宗大谷派宗務総長/能邨英士、199645日。

 [78] 「『らい予防法』廃止とそれに伴う十全な措置を求める宣言」、日本聖公会、1996523日。

 [79] 日本基督教団東中国教区総会議長・横野朝彦、199679日。

 U

 [80]  『聖書の中の「らい」』、前掲書、12-13頁。

 [81]  『聖書のらい』、前掲書、19-20頁及びw・エプシュタイン『旧約聖書の医学』、梶田昭訳、時空出版、1989年、72頁。

 [82] Biblia Hebraica StuttgartensiaBHS),StuttgartDeutsche Bibelgesellschaft1967,77,90.

 [83] 『聖書の中の「らい」』、前掲書8頁。

 [84] 『聖書のらい』、前掲書、21頁。

 [85] Sir. Risdon Bennettは医学博士、文学博士、英国学士院会員1886年に著したBy-paths of Bible Knowledgevol.H,

  The Deseases of the Bibleにおいて有力に主張された意見としてケロッグは自著『レビ記』で紹介している。

 [86] 加納政弘、「レビ記」『新共同訳・旧約聖書注解T』、日本基督教団出版局、1996年、221223頁。

 [87] 『岩下壮一全集』、前掲書、10頁および『聖書の中の「らい」』、前掲書、2530頁。

 [88] 『聖書の中の「らい」』、前掲書36頁。及び、岩隈直、『新約ギリシヤ語辞典』、山本書店、1971年初版、1993年増訂4版、283頁。

 [89] 『聖書のらい』、前掲書、127頁。

 [90] 出村彰・宮谷宣史編、『聖書解釈の歴史』、日本基督教団出版局、1986年、133137頁。

 [91]  Origen,Homilies on LeviticusTHE FATHERS OF THE CHURCH Washington,1990,Homily8 pp.160-168

 [92]  Saint ChrysostomHomilies on the Gospel of Saint MatthewNICENE AND POSTNICENE FATHERS Vo.x

  Michigan1969p.173

 [93] トマス・アクィナス、『神学大全』13巻U―1、稲垣良典訳、 1994初版、306313頁。

 [94]  W.バークレー聖書註解シリーズ1,3,4、マタイ、マルコ、ルカ、1967初ヨルダン社および 
    S.H.ケロッグ、『旧約聖書註解レビ記』、榊原康夫訳、聖書図書刊行会、1965初、19904刷、236,242頁。

 [95] 『聖書の中の「らい」』、前掲書、48頁。

 [96]  『岩下壮一全集』、前掲書、45-46頁。

結論

 [97] 『ハンセン病の歴史を考える』、皓星社ブックレット・21995年、33頁(世界失明防止協会副会長のW.G.ホームズは、
  「レプロシーは恐ろしい病気で、遠ざけねばならないという欧米社会の偏見は、実は、バイブルとキリスト教会が二千年にわた
   って、人々の心に植え付けたものだ」と述べている)。

引用文献目録 前記の「注」をもってこれに替える。


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  EVANGELICAL THEOLOGY  28  December,1997

Published by The Japan  Evangelical Theological Society

     Prize-winning article:

        “On the Problematic Translations of ‘Leprosy’ in the Bible”

                                                                                           
              Writer  
Mieko Oshima

                                    Translator   Uruo  Oshima
                Adviser Wesley Biblical Seminary
                 International student instructor  Wayne Woodward 

    Contents

       The problem

      T. Translations of “Leprosy” in the Bible

      U. “Leprosy” in the Bible

      Conclusion

      Notes

The problem

     “Leprosy” in the Bible has been confused for a long time with Hansen’s disease.  But originally “leprosy” in the Bible did not mean Hansen’s disease. “Leprosy” in the Bible was a generic word of wide meaning.

How did “leprosy” in the Bible come to mean Hansen’s disease ?

     This thesis investigates the process how “leprosy” in the Bible was confused. Until recently the “tsara'ath” of Hebrew has been understood as the disease that was punished by God, and it has been used as a symbol of sin. In this thesis, we are going to consider it, and inspect both the “tsara'ath”  of Hebrew and “lepra” of Greek from the angle of the Bible. Recently, the translation of leprosy in the Bible was reconsidered, and in the 1961 edition of the New English Bible there is a note: “leprosy does not mean Hansen disease.”

So, leprosy in the Bible has been translated as “terrible skin disease” or “infectious skin disease” and so on. We are going to consider such a tendecy, and make remarks about it in this thesis. 

                                        

  

T.  A translation of “leprosy” in the Bible

Why has “leprosy” in the Bible been confused with Hansen’s disease?  I investigated the translation in the Bible from Hebrew to Greek, to Latin, to English and to other Languages.

1.  History of translations (1) Translations of the Bible in other languages

The Bible has been translated for communities with different cultures and languages. According to The Japan Bible Society, there were Bibles in 33 languages before 1450 AD. notes[1]  When The England Bible Society organized in 1804, there were parts of the Bible in 67 languages and the completed Bible in 39 languages. According to statistics at the end of December in 1991, including parts, the translation was in 1978 languages; they can be divided into the following 3 types, 898 the parts, 758 the NT only, 322 were NT and OT. And it is still being translated in 608 languages. notes[2] Now I will take up examples of “leprosy” in the Bible.

Greek translation ( Septuagint )

Originally the OT was translated into Greek as the Septuagint.  For Jews who were scattered in the Diaspora, the OT was translated into Greek which was used at the time. It was translated in Alexandria on the Mediterranean coast of Egypt in 250 BC. The word “tsara'ath” was translated as “lepra” in Greek in the translation. notes[3]

“Tsara'ath” means a generic condition in which human skin, cloth,  leather, and the wall’s of a house are spoiled on the surface. “Lepra” is a scaly and scabby a generic condition, and it is dirt, spots, bruise, dandruff, speck of human skin and others things. notes[4]  “Tsara'ath” and  “lepra” are not the names of a particular disease but surfaces which are spoiled.

Also “tsara'ath” has the meaning of religious or ritual uncleanness, but “lepra” does not have any religious or ritual meaning. According to the result of archaeological evidence, Hansen disease did not exist at the time of the compilation of the Pentateuch.notes[5]

Hansen disease was brought to the west after Alexander the Great (356-323 BC) went on an expedition to India. Hippocrates (450-370 BC), the father of western medicine, and other ancient medical doctors called Hansen disease Elephantiasis.notes[6] If the translators of the Septuagint thought “tsara'ath” was exactly Hansen disease they would have translated it as elephantiasis instead of “lepra”.

“Lepra” means a generic condition in which human’s skin, cloth,  leather, and the wall’s of a house are spoiled on the surface. The reason will be to make Galenos (131202 AD) was a medical doctor in Alexandria, he wrote that elephantiasis could sometimes be seen in parts of the Mediterranean coast about 150 AD.notes[7]  And he named “lepra” for a type of elephantiasis. So elephantiasis was gradually called “lepra”.notes[8]  In those day the Roman Empire dominated, so Latin began to be used in place of Greek. Then there was a Latin translation of the Bible.

Latin translation (Vulgate)

Hieronymus (C. 340-419 AD) translated the OT into Latin 405 AD.  There were several Latin OT translation at the time, but his Latin OT was recognized as the Vulgate ( meaning common, general ) and officially accepted instead of them in the 7-8 century. The Vulgate was formally authorized by the Council of Trent in 1546.notes[9] When Hieronymus translated the OT into Latin, he did not translate “lepra” but transliterated it to lepra.notes[10]  405 AD was 200 years after Galenos’s death, however “lepra” still wouldn’t indicate Hansen disease or elephantiasis.  But, the archbishop of Constantinople, Gregory of Nazianzus (329-389 AD) used elephantiasis and lepra” as synonyms when he preached.notes[11]

The next problem, Jerome translated naga of the Hebrew was hit by God ) in Isa. 53:4  as “became like a leper.”notes[12] This is neither the text of OT nor the Septuagint. at a later date This turned a result to interpret wrongly a figure of hardship servant to Hansen disease patients.notes[13] The Vulgate was widely used as the official Bible of the Roman Catholic Church, was a standard which and was translated into the languages of various countries.  This mistranslation has had a bad influence.

English translation

The English translation which Wycliffe (1329-84 AD) made on the basis of the Vulgate in1382 was well known. The Tindal translation was translated from the Greek  in 1525.  The King James Version which was published in 1611 was a revised translation of the Tindal version. This is widely used for more than three hundred years in the English speaking world. All these translations used the word leprosy.notes[14] notes[15] The English Bibles In recent years, have used leprosy. These include the Revised Standard Version,notes[16] New English Bible,notes[17] New American Standard version,notes[18] and Moffatt version.notes[19]

An Englishman, Stanley G. Brown, was a medical doctor, a Christian and the secretary general of the International Leprosy Learned society. He wrote the book “Leprosy in the Bible.”  According to this book, in medieval English, the meaning of “leprosy” is the following: “a disease of humans”,  “animals and plants”, “a germ which spreads in crops”, “a mold which grows in wet grain” and “scabies of livestock.”notes[20]  Because Galenos used “leper” for a type of elephantiasis, it has become fixed as the word to indicate Hansen disease.                      German translation Luther’s Version translated “tsara'ath” and “lepra” as “ Aussatz “. notes[21] The German-Japanese dictionary described  “Aussatz“ as “Lepra”: “Hansen disease”.  The meaning of “Aussatz“ as abandonment came from “Hansen disease patients were abandoned at the outside from the communities ”.notes[22]  The Spanish and the Portuguese versions simply used the word “ lepra.”notes[23]

The Chinese translation                                             

In both the OT and the NT of the Chinese Bible, “tsara'ath” and “lepra” are translated to “大麻風” (Da-Ma-Feng) in simplified Chinese charactersnotes[24] and “大痲瘋” (Da-Ma-Feng) in the original complex form of the  Chinese characters.notes[25]  The oldest Chinese medical book (2697 BC) correctly describes the symptoms of Hansen disease as paralysis. So Hansen disease existed in China at that time. According to a document in the era of “” (song, 960-1279 AD), Hansen disease was called “大麻風” (Da-Ma-Feng-Du).notes[26]  Concerning it, the Chinese character-Japanese encyclopedia describes “痲瘋” (Ma-Feng) as “Hansen disease” and quotes the following explanation from a large Chinese character dictionary : “, 痲瘋, 癩病也, 又名大痲瘋, 病原為癩病菌” (paralyze, Hansen disease, it is leprosy, another name is “Da-ma-feng”, the pathogenic germ is a bacillusMycobacterium leprea ).notes[27]

Korea version etc.

 In the Korea version the word “tsara'ath” and “lepra” translated “MUN DUNG BYEONG”.notes[28]

The modern Hebrew version of the New Testament uses “tsara'ath”.notes[29]   In this todays “tsara'ath” means Hansen disease. In the Encyclopedia Britannica (Japan) the article on “leprosy” was all an explanation of Hansen disease and the languages of various countries used the  same words which the Bible translated. As follows, leprosy (English), lepra ( Spanish, Portuguese), lepre (French), lebbra (Italian), Aussatz (German), Ma-Feng: 麻風 (Chinese), Rai: (Japanese).notes[30]

2       History of translation (2)――translations of the Bible in Japanese

(This chapter is a summary)

     The first Japanese translation of the Bible was the Gospel of John published at Macao by Gitulff in 1837.notes[31] [32]

     The first Japanese NT was published by England Bible Society and American Bible Society at Tokyo in 1880.  The members of translattion commission were the missionaries J.C.Hephurn, S.R. Brown, D.Green, N. Brown, and the Japanese  Masatuna Okuno, Koichi Matsuyama, Goro Takahashi.notes[33] [34] The first   Japanese OT translation was published in 1888.  It was a secondhand translation of the King James version.notes[35][36][37]  In 1917 the NT was revised.notes[38]  In the NT and OT written in the literary style of that time called bungo (the colloquial Japanese of the 13th century, and now hardly understood) leprosy was translated “癩病” (Rai-byo, Hansen disease).

     The Japan Bible Society was organized in 1937. The Society published the NT in modern colloquial Japanese (kogo) in 1953, and the OT in 1954.notes[39]  In it “tsara'ath” and “lepra” were translated “らい病” (Rai-byo, Hansen disease).notes[40]

     In 1987 the Catholics and Protestants cooperated in producing the New Cooperative Translation Bible published by the Japan Bible Society. In this Bible “ tsara'ath ” in the OT was translated as a serious skin disease or mold, and “lepra” in the NT was translated “らい病” (Rai-byo, Hansen disease).notes[41][42][43]

     In evangecal side the New Revised Translation Bible published in 1970,notes[44] the Living Bible in 1978,notes[45] and The Details Translation NT in 1963.notes[46]  But these translated “らい病” (Rai-byo, Hansen disease) “tsara'ath” and “lepra” .  In Japan almost all private translations Bible published were translated “らい病” or “癩病” (both Rai-byo, Hansen disease) too.notes[47][48][49][50][51][52][53] [54][55]  In 1910 the NT (bungo) by the Cathlic missionary E. Raguet,notes[56] and in 1964 the NT (kogo) by the Catholic missionary F. Barbaro.notes[57][58]


This article was originally a graduation thesis that was handed in to The Osaka Christian College and Seminary.

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Notes


 [1]  Kiyosi Kadowaki and Hisasi Ohsiba. A Kadowaki library Japanese Bible history of translation. Sinkyo publish company, p.381, Tokyo, 1983.

 [2]   Kunihiro Sato. Bible road. Kyobunkan, pp.107-108, Tokyo, 1992.

 [3]   The Septuagint, Samuel Bagster and Sons Limited, London, 1794.

 [4]   Kazuo Saikawa. Leprosy of the Bible. Sinkyo Publishing Company, p.127, Tokyo, 1994.

 [5]   Stanley G. Browne. Leprosy in the Bible, translated by Morizo Ishidate, The Christian News Co. p.25, Tokyo, 1981.

 [6]   Leprosy in the Bible. op. cit. pp.28-29, 41. Elephantiasis has a noun ending in Greek.

 [7]   Leprosy of the Bible. op. cit. p.96.

 [8]  Leprosy of the Bible. op. cit. pp. 111-112,127. In the medicine of Arabia filariasis was called elephantiasis, so the elephantiasis Arabia meant    filariasis. Also Hansen disease was called elephantiasis Greece.

 [9]   An Christian Encyclopedia. Kyobunkan, p.132, Tokyo, 1963,1968. Balbaro-DelCol. OT and NT, DonBos Ko co., pp. 26-30, Tokyo,       1964.

 [10]   Leprosy of the Bible. op. cit. p.56.

 [11]   Soichi Iwasita. Work of Soichi Iwasita, vol. 8, Tyuou publish company, p.22,Tokyo, 1962.

 [12]   Biblia Sacralatina.Vulgate, Samuel Bagster & Sons,  The Vulgate added as ”he became like leper.”(quasi leprosum)

 [13]   Leprosy of the Bible. op. cit. p.57.

 [14]   Leprosy of the Bible. op. cit. p.58.

 

[15] Holy Bible, King James Version 16111985A.B.S.New YorkThe BibleAuthorized Version
 
  1954,1959,B,B,S.LONDON

 [16] The Bible, Revised Standard Version1881-1885and19011952The Bible Societies

 [17] New English Bible (NEB)New TESTAMENTOxfordCambridge uni.press,1961

 [18] HOLY BIBLE(ASV)Thomas Nelson& Sons1901,1929. 

 [19]  THE BIBLEMoffattHodder& Stoughton,London1957

 [20] スタンレーG.ブラウン,『聖書の中の「らい」』、石館守三訳、キリスト新聞社、1981年、46,47頁。

 [21] Die Bibel D.Martin Luthers 1912 P.W.B.Stuttgart

 [22] 『クラウン独和辞典』、三省堂、1991初、199613128頁。

 [23] 日西対照「新約聖書」日本語:新共同訳 スペイン語:Version Popular NUEVO TESTAMENTO,日本聖書協会、1988年、

  およびブラジル移民80周年記念出版,日ポ対照「新約聖書 詩篇つき新共同訳」NOVO TESTAMENTO e SALMOS
  日本聖書協会、
1988年。

 [24] 中国への聖書頒布用(簡体字)で日本語で表記すると旧新約全書と書かれている。奥付はない。

 [25] 『聖経』、1984年台湾で発行されたものによる。

 [26]  『聖書のらい』、前掲書、65,25

 [27]  諸橋轍次『大漢和辭典』巻7、大修館書店、1958初、1968縮寫版2刷、1180頁。

 [28] 韓国で発行されたハングルの聖書、1956初、1984年には、MUN DUNG BYEONG(らい病)とある。

 [29] Hebrew New Testament1976,1990United Bible Societies

 [30] 『ブリタニカ国際大百科事典』19巻「癩」、ティビーエス・ブリタニカ、1975年、873-4頁。

 [31]  海老沢有道、『日本の聖書』、講談社学術文庫、1989年、106-108頁。復刻版として善徳纂(ギュツラフ)『約翰(ヨハネ)福音   之傳』が1984年初に岩崎摂子によって桜楓社から発行されている。

 [32] 『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、前掲書、35-150頁、および海老沢有道、『最初の邦訳聖書』ギュツラフとベッテルハイム訳聖書   ――天理図書館本解説、雄松堂書店、1977年参照。

 [33]  『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、前掲書、157-188頁。

 [34]  HOLY BIBLE 舊新約全書』、英国聖書會社、1906初、1914年7版。

 [35]  『門脇文庫日本語聖書翻訳史』、前掲書、188-204頁。

 [36] 『舊約聖書(引照付)』(1336頁)、日本聖書協会(神戸)、1934年、および『HOLY BIBLE 舊新約全書』、前掲書。

 [37]  『聖書のらい』、前掲書、59-60頁。

 [38] 『舊新約聖書』、米国聖書協会、1935年(昭和10)。

 [39]  『聖書』、日本聖書協会、1954初、1982年。

 [40] 『新約聖書』共同訳・全注、講談社、19811991年7刷。

 [41]  新共同訳『聖書』、日本聖書協会、198719881991

 [42]  木田献一、「聖書新共同訳発行2周年にあたって」、『聖書翻訳研究』(No.25)、日本聖書協会、1991年、14頁。

 [43] クリスチャン新聞19973月16日付。

 [44]  『聖書』新改訳、注・引照付、日本聖書刊行会、19701975年6刷。

 [45]  『リビングバイブル』、いのちのことば社、1978(昭53)年。

 [46] 『詳訳聖書』新約、詳訳聖書刊行会編、いのちのことば社、1963年。

 [47]  永井直治訳、『新契約聖書』、基督教文書伝道会、1928(昭3)創刊、1971(昭46)修正改版第二刷、

 [48]  口語譯『新約聖書』、キリスト新聞社、1952年。

 [49]  塚本虎二訳、新約聖書『福音書』、岩波クラシックス19、岩波書店、1982年。

 [50] 岩隈直訳、『希和対訳・新約聖書』、山本書店、発行年(マルコ-1973、ルカ-1978、マタイ-1989)。

 [51]  関根正雄訳、新訳『旧約聖書』第1巻律法,教文館、1993年。

 [52]  前田護郎訳、『新約聖書』、中央公論社、1983年。

 [53]  柳生直行訳、『新約聖書』、新教出版、1985初、1994年5刷。

 [54]  佐藤研・小林稔訳、『新約聖書 福音書』、岩波書店、1996年、補注27-28頁。

 [55]  尾山令仁訳,『聖書』現代訳、羊群社、1983年。

 [56]  エ・ラゲ,『我主イエズス・キリストの新約聖書』、中央出版社、1910初、195214版。『日本の聖書』、前掲書、359-360頁。

 [57]  バルバロ―デル・コル訳、『旧約・新約聖書』、ドン・ボスコ社、1964年。同書の全聖書序論34頁参照。

 [58] フランシスコ聖書研究部訳、『新約聖書』、 中央出版社、1985年改訂初版。

     ★The later, English translation has been left unfinished.

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