7, 私の「聖書のらいの改訂ついて」のホームページを見て、メールでツァラアトに改訂する方が良いと言う方々の意見の一覧(抜粋)。ご意見を下さった方の中より、約130名の方々のメールを載せていますが、氏名、所属教会や勤務場所やそれらが分かるような文章は省かせていただきましたので、自分がメールした文書が載っておりましても、ご容赦下さい。これらご意見があることを、日本聖書協会の聖書発行される方々に知っていただいて、正しい改訂、願わくば、ヘブル語の「ツアラアト」に改訂して頂きたいのです。また、読者の皆様にご参考にしていただきたいのです。

 

◎大嶋先生へ
先生の聖書のらい表記についてのHPを読ませていただきました。先生のご指摘、まことに正しく、正鵠を得たものと、大変教えられました。感謝申し上げます。今後は、ご指摘のように理解をし、その普及に努めたいと思っていま
す。まことにありがとうございました。先生のお働きに主の祝福がありますように。神の栄光が現されますように。    (日本キリスト教団・牧師)

 

◎ メールを有難う。HPもみました。

多摩・全生園や神山・復生園をよく訪問しておりました。いまも、私の「神父」としての仕事を祈りで支えてくださっております。しかし、今回の指摘には、私自身の反省が出てきました。かって「らい」とよび、それを敷衍して「心のらい」としての説教をしていたことがあります。沖縄の愛楽園も訪問しました。どこも、心慰めてくれる人たちで、天国のような「空間」です。私自身、今の仕事で時間を追われていますが、また、聖書学的な知識もありませんので、先生がどうぞ、多くの人々に知らせてくださいますように。カトリック系のリンクにも、登録されては如何でしょうか。すでになさっているかもしれませんが。有難うございました。

(カトリック司祭)

 

◎大嶋得雄先生

 お尋ね頂いた{らい」の用語改定についてのご意見を拝読いたしました。先生のご見識とご努力に驚き、感服いたし、賛同いたします。神様の御栄光の顕現のため、向後ますますご活躍ください。      (カトリック司祭)   

 

◎大嶋得雄先生

メールを拝見しました。「ツアラアト」についてご教示くださり有難うございました。早速、明日の週報に掲載して、今後、「ツアラアト」を使用するように致します。主にあってご活躍をお祈り致します。                    (改革派牧師、講解説教集発行者)

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◎賛成。異議なし。      (著名な神学者で牧師)

 

◎大嶋得雄先生
メールをいただき、ありがとうございました。
私は、勉強不足で、「ツァラアト」が、人間の皮膚に限定されない、衣服や住居にも使用する言葉であるということを、初めて知りました。「らい」という言葉は、決して使ってはいけない言葉であると思います。それは、患者さんたちを苦しめつづけてきた言葉だからです。「重い皮膚病」とか「ハンセン病」という言葉に置き換えて、聖書を読み、メッセージをしてきました。今回の「ツァラアト」の件ですが、説教者の立場ですと、理解できると思うのですが、会員、求道者になると、つまり、聴衆が戸惑いを覚えることだと思います。ですから、「ツァラアト」という言葉が出てくる箇所を説教で選ぶならば、牧師が丁寧に
説明をしなければならないと思います。もし、「ツァラアト」が、人間の皮膚だけでなく、衣服、住居にまで及ぶ言葉であるならば、被差別民のことを指しているといってもいいかもしれません。ハンセン病は、治癒できる病気であるのに、治癒した後も、差別されるということが、あります。そして、日本には、部落差別があります。「くりにしていいのかどうかわかりませんが、当時の被差別民に対して、「ツァラアト」は、用いられてきたのではないでしょうか。被差別部落の人たちは、ぼろぼろの家に住まれ、衣服もぼろぼろであったし、わらじもはいてはいけないという時代もありました。「ツァラアト」という言葉を聖書の中で、そのまま用いることは、いいことだと思います。しかし、その意味合いをはっきりと提示しないと、私のような勉強不足の牧師や、差別問題に無関心な牧師は、さらりとその言葉を流してしまう危険性があります。聖書とともに、「ツァラアト」という言葉の意味を簡潔に説明する文章を各教会に送ってもらえればと思います。         (日本キリスト教団・牧師)

◎愛する大嶋先生、

聖名を崇めます。メール拝見しました。・・・・・・・これで良かったと思います。先生の上に天父の御祝福を祈ります。       (学者、注解書発行者、大衆伝道者)

 

◎ 正直に言って、大島先生が、これほど徹底的に、この問題を追及されてこられたことの、深い敬意を表したいと思います。私も、ツアラットの表現にして、注を付加して、当時の医学のことばではなく、神学的に、神に対するさまざまの欠けている事を表現した言葉とすることに賛成します。共同訳の重い皮膚病もしっくりしません。      (カトリック・神父、神学博士)

 

◎ 委員会等があり、本日メールを開きました。私も「重い皮膚病」では、聖書のいっているものとは異なるという思いを持っています。そして、今回の新改訳第3版のアンケートでは、ツァラアトが現在のところ良いのではと返答しました。今後もっと良い訳語が見つかればと願わされています。メールをありがとうございました。             (福音派牧師)

 

    私は今まで聖書のらい記述について疑問に思ったことはありませんでした。

ですから、それが誤訳であるという指摘には驚きを禁じえませんでした。しかし、レビ記などの記述にある家や衣類のらいについては、へんだなあと思っていましたので、ご指摘を受け、こういうことだったのかと初めて合点が行きました。ありがとうございました。          (福音派・牧師)

 

◎大嶋先生
主に栄光メールをありがとうございます。新改訳聖書第三版においてそれまでの「らい」がどうかわるのか期待しながら見守っていたひとりです。途中、造語「せんぴ」が有力であるような感じがありましたが、このように改訂されたことに喜んでいます。(もっとも、部分改訂ですから、なお必要はありますが)また、いままでの訳出によって、どれほどの方々がいらぬ苦しみを背負ってきたか、思いも及ばぬものがあったことと存じます。また、ホームページを見させていただき(さらっとではありますが)さらにその重みをおぼえました。先生のご労、それを支えられた教会の方々に感謝いたします。
今回の改訂が、さらに垣根をしっかり取り除く力となることを願います。キリストの十字架の力によって正しい理解が与えられますように。  先生のお働き、御教会の歩みに主の豊かな御手がつづいておかれますようお祈りいたします。地に平和。                (福音派・牧師)

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◎大嶋得雄様
「ツァラアト」のことをお教えいただき、感謝します。恥ずかしながら、「重い皮膚病」も、「らい」の言い換えと思っていました。「ツァラアト」のこと、重く心に留めます。私は、ちょうど50年前の1954年11月、オカノユキオ君をたずねて初めて愛生園に行き、玉木愛子様にもおめにかかり、曙教会でもお話させていただきました。今は東北新生園のキリスト教信交会に毎年1回訪問する程度です。主の祝福を祈りつつ。      (無教会系の伝道者)

 

    大嶋得雄さん
メールありがとうございました。考えてみます。

(カトリック・司祭)

◎大嶋様

 E-mail拝見しました。貴重なご意見を感謝します。私の所属する教会もやっと4月からの新改訳聖書の使用を決めました。EMFジャーナル(福音主義医療関係者協議会)にも先生のホームページを紹介してもよろしいですね。

                               (大学医学部教授、医学博士)

 

    私は、教会におりました○○○○です。先生のメールを拝見しました。賛同する一人となりたいと思います。・・・・に参加して先生にお目にかかったことも何度かあり懐かしく思いました。さて、懐かしさだけでなくこれからも取り組みのベクトルを忘れないように思います。現在、○○教会で5年目を迎えています。昨年、風の舞いの上映で改めて風化させてしまう恐れのないようにと正確な情報を伝えたいと思っていました。お伝えいただいたこと感謝します。私は現在教師部にて、60の教会との関わりの中にいます。仲間に伝える機会も多くあります。努めたいと思います。先生のお働きをお祈りします。              (日本キリスト教団・牧師)

 

◎大嶋得雄先生

メールをありがとうございました。先生の熱い祈りと情熱、そしてこのようにメールを誠実に送り働き掛けておられるお姿に、感謝と感動を覚えております。
私も先生のおっしゃっておられることに賛同で、新改訳聖書改訂作業中に行われましたアンケート調査にもそのように応答させていただきました。教会員の方にはすでに話してはおりましたが、この度、先生からメールをいただきましたので、週報に要点を記載し、教会員の方々に認識を深めていただくよ
うにさせていただきました。先生のお働きが守られ、祝されますようにお祈りいたします。                (ルーテル・牧師)

 

◎メール読ませて頂きました。差別という問題は本当に根深い問題だと思いま

す。国家や国民という抽象的な存在が差別の主体ではなく、現実の人間、「私」が差別の主体であるのだと思わされています。確かに今回の改訂は、聖書から「らい」という表現をなくすためには有効でしたが、それでこと足れりとしてはならないと思います。「ハンセン病回復者」(どこかでこのような表現を見たような気がします)の方々の今後の歩みの上に主の恵みをお祈り致します。

(福音派・牧師)

 

◎大嶋得雄先生

 メールを受け取りました。「らい」を「ツラァト」に改訂すると言うご提案に賛成します。

今は注や引照付きの聖書がたくさん出されていますので正しい説明を付ければなじまない「ツラァト」も定着すると思います。「重い皮膚病」や「かび」以外に相応しい言葉を作る必要があるかも知れません。いずれにしても現在なお残る「らい」に対する偏見との戦いはまだ続くと思います。お働きの上に主の祝福を祈ります。      (日本キリスト教団関係者)

 

◎ 改訂のご提案には、基本的にわたしも賛成です。ただ、最終的には、被差別の状況に置かれてきた方々との対話の中で、主の福音の最適な訳語を選択すべきであろうと考えています。「重い皮膚病」とは、いかなる背景の訳なのか、わたしも真意をはかりかねています。おそらく、被差別の状況に生きる方々の思いを共有、共感することのなかった、対話のない説明的訳語という気がしてなりません。そうするぐらいなら、適訳がない言葉として「ツァラアト」ととして、教会のこれまでの関わりの歴史と総括を示す説明が付けられる方がより 良いのではないかと考えます。さらに、先生のご意見に学ばさせていただきたいと思っております。感謝           (日本聖公会・司祭)

 

    大嶋先生へ

主のみ名を賛美致します。メールありがとうございました。 感謝です。
なかなかハンセン病の理解が行かず、申し訳なく思っています。 ツァラアトというのは、初耳でした。以後、これを使いたいと思います。祈 平安

(バプテスト連盟・牧師) 
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    大嶋先生
 はじめてご挨拶を申しあげます。大嶋先生のお働きと、ご労苦を御前に感謝します。ご連絡ありがとうございます。さっそく、これからHPを読みます。単立、長島曙教会については、かつて本で読んだことがあり、存じ上げておりました。数年前、沖縄愛楽園で交流コンサートを開催したことがあり、また個人的にも、かつて文通を通して(宮古島、南静園)の信仰の先輩がおられました。(今は既に召された方です)病の故に、差別と偏見に苦慮される心情を、個人的な付き合いを通して、私なりに理解しております。心理的な差別と偏見、そして社会の制度的な差別と偏見からこの国が自由にされるためには、なおも年月がかかりそうですが、忍耐強く、希望を以って前進していきたいと願うものです。今後共、よろしくお願いします。お働きの祝福を祈ります。御教会の皆様によろしくお伝えくださいますように。在主。

(バプテスト連盟・牧師)

 

◎大嶋得雄先生

「ツァラアト」用語の件、了解致しました。長年のご努力ご苦労さまです。小生の若い友人で、○○姉が貴教会を時々お訪ねし、お世話になっておりますようで感謝致します。なお続く大切なお働きに主のお恵みが豊かに注がれてありますようにお祈り致します。からだの甦りの命を注ぎその実現の希望をお与え下さった主のご復活の祝日の喜びが皆様にあふれますようにお祈り致します。   (日本キリスト教団牧師)

                             

◎大嶋得雄先生
メイルありがとうございました。この問題に関心をもち続けてきました。当事者の方々、この方々を支えてこられた方々のご意見を伺って決めるのが一番よいと思います。私は聖書学者ではなく、聖書翻訳にかかわってはいませんが、
・・・・などいろいろ経験しています。「重い皮膚病」は文章としても馴染みません、こういう場合は言語表記がひとつの解決方法だと思います。ご教示、ご示唆いただいてありがとうございました。                                  (高名な神学者)

 

◎大嶋先生へ。

「ツァラアト」に関するメールを拝見しました。尊い御用でお忙しい毎日の中で、聖書の

重要な訳語に対するお考えと主張を伺うことが出来、感謝です。改革派教会では、

現在新共同訳を公用としていますが、新改訳第三版に見られる多くの労苦を知り、

今後の翻訳事業の働きを期待しています。先生のお働きの上に主の祝福をお祈りいたします。                                  (改革派牧師)

 

◎お働きの祝福を祈ります。             (日本キリスト教団牧師)

 

◎大嶋得雄 先生
私は現職時代、聖書研究や説教のおりにふれて、「ハンセン氏病」を含んだかもしれないが、「らい」と訳しているのは、適していないとしてきました。原語を活用する知恵がございませんでした。他の箇所では、「アラム語では、」という注釈付きで、原語を紹介することをしてきているのに、この大きな問題点の解決に時間がかかってしまったのですね。しかし、先生の長年のご尽力によって、改正されたとのこと、ごくろうさまでした。機会をつくって、私の周辺には、貴ホームページを紹介させていただきます。    (聖公会・司祭)


◎長島曙教会牧師 大嶋得雄さま
イースターあめでとうございます。ホームページのツァラアトに関するご意見を拝見しました。新改訳聖書に馴染みがなかったので、改訂に気付きませんでした。新共同訳の「重い皮膚病」よりも適切な訳であろうと思います。差別の歴史や皮膚病に限らないことなど説明していると、「重い皮膚病はないだろう!」という気持ちになりますから。ツァラアトというストレートなカタカナは、意味が分からないという弊害はあるものの、間違った理解を与える言葉よりは良いと思われますし新共同訳は、わけのわからんカタカナを好む傾向もありますから、私は改訂の可能性ありだと思います。私は聖書出版作業に何の影響力も持っておりませんが、せっかくご案内を頂きましたので、賛意を表明いたします。              (日本キリスト教団・牧師)

◎ 頌主 メールありがとうございます。ホームページを拝見いたしました。深い愛を感じました。 私も先生と全く同じ意見でございます。○○○教会では新改訳聖書をつかっておりますが、今次々の3版に変えているところです。 会員の多くがまだ2版を使っていますが、ファラアトのところがテキストに出てくるときには、プロジェクターでは3版のもので写しだしています。一昨年でしたでしょうか、新改訳聖書の方から「らい」という差別語をどのような語にしたらいいかというアンケートを頂き、私も先生と同じ見解に立ち、ファラアトが最善である旨の返答を致しました。 聖書協会の訳もそれになることを願っています。 ○○○教会のホームページにも今週先生のホームーページをリンクさせて頂きたいと願っております。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 感謝とともに。 在主             (福音派・牧師)
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◎大嶋得雄先生

  主の聖名を賛美いたします。 本日は先生からのメールを喜んで読ませていただきました。 私は○○教団からタイに派遣されている○○と申します。 タイに遣わされてから、好善社の阿部姉妹や、タイ人クリスチャン女医のガンチャナー氏との交わりをいただき、タイにあるハンセン氏病の患者さんや完治されている方々とその家族がすむ地区、コロニーを訪問させていただいてきました。 そこに教会があり、クリスチャンがキリストにある命をあかしされています。6箇所をガンチャナー氏に同行して訪問させていただきました。ハンセン氏病治療の現状や課題をうかがわせていただいて訪問させていただきました。

  訳10年前に始めて伺った際は、阿部姉妹が傷口の治療をされているのを横で見ながら貧血をおこすほどでしたが、訪問を重ねるにつれ、かえって励まされて帰ってくるようになりました。また、社会から差別をうけてきたことで、心に深い傷を受け、それがその家族にも影響していることを見ています。

 私自身もバンコクでスラムに住んでいた人たちが救われて建てられた教会で奉仕しています。教会員のうちにも、コロニーの方々と同じような心の傷を見ます。私には何もできませんが、イエス・キリストがその傷を癒してくださるようにと祈らせていただいています。

  以前、クリスチャン新聞で「ツァラアト」の訳について読ませていただき、喜んでいました。背後に大きなご苦労があったことと存じます。タイ語聖書は新約の改訳は進んできているのですが、旧約は専門家が少ないこともあって、なかなか進んでいません。旧約聖書改訂委員会のなかに、バプテストから派遣されている日本人宣教師、○○ 氏があたっておられます。タイでも正しく改訳されることを願います。

 それでは、いつか、御教会を訪問させていただき、タイでもいただいている主にある交わりができることを願っております。大嶋先生のお働きに神様の豊かな祝福がありますように。           (福音派宣教師)

 

大嶋先生、

メールありがとうございました。先生の御説明で、はっきりしました。私も「らい」というように訳すべきではないと信じていました。30数年前に,米国の神学校で学んだとき,「らい」と訳すべきではない、と悟りました.。しかし日本でその意見を述べても、なかなか納得をしてもらえませんでした。聖書が先生の言われるように改訂してもらえたから、話は別になるでしょう。良き働き、感謝です。    (メノナイト牧師)

 

    大島先生

全能の主を崇めます。ご多忙のところを、ご丁寧な感謝のメールを下さり有難うございます。未だ広く一般に根深く残るハンセン病への偏見と差別と闘っておられる先生のお働きに感謝し、あわれみ深い主の御祝福をお祈り申し上げます。新共同訳では「洗礼」となっていますが、口語訳も新改訳も「洗礼」を原語のまま「バプテスマ」としているのですから、「らい」も原語のまま「ツアラト」とするのが適切であると思います。日本語訳のすべての聖書が、先生の貴いお働きに賛同するように願っております。天父の御祝福を祈り、要件のみで失礼いたします。                               (名誉神学博士) 

                  

    拝見させていただきました。翻訳のことについては、私も「ツァラアト」と

するのが、現状において最も適切であろうと考えます。先に、新改訳改訂に際してのアンケートが求められた際も、そのように回答しました。むろん、「ツァラアト」という表記では、ふつうに読んで、ほとんどの人にとっては何を意味するのかわからない、ということは承知しています。でも、このことに関する経緯と、また、すでに広がってしまっている誤解を考えるならば、「一見してわからない」ということは、むしろ適しているのだろうと考えます。つまり、いったいこれはどういうことなのだろうか、と、ちゃんと意識して問い直し、聖書がそれらのことについて書き記していることの真意を探求する意欲という言いますか、必要性を引き出されることになるからです。それは確かに、「わかりやすさ」の観点からすれば煩わしいことなのかもしれませんが、あえて、その煩わしさを、読む者も、あるいは、聖書を語る者、教える者たちも、担う必要性があると、思います。将来、社会的状況が変化し、この現象についての適切な言葉が解明される時が来るとしたら、そのときは、別の訳語を用いることも可能になることがあるかもしれませんが(もっとも、今の時点で考える限りでは、聖書に記されている現象の複雑を思うときに、それを一言で表記するのは、かなり困難であろうと思いますけれども)、そのような状況が到来しない限りは、翻訳技術としての善し悪しなどの議論があることは承知していますけれども、やはり、単なる音訳に、あえてとどめる以外には、方法は見あたらないように、思っています。このことは、単に翻訳者たちの課題や責任と言うことではなく、教会が、それぞれの場において、少なくとも、これから聖書を語り伝えていく中で、心して取り組むべきことであろうかと、思っております。残念ながら、こういったことは、ある種、無意識に取り込まれている部分もあるので、新たに意識が浸透するには、ある程度の時間がかかるのだろうとは思いますが、でも、結局はそういう姿勢が、神の御言葉に対する真の敬意を表明することになるのだろうと、考えています。お知らせ、ありがとうございました。

    (保守バプテスト・牧師)
 

◎大嶋得雄先生

 先生、メールありがとうございました。 先生のホームページを読ませていただきました。本当にありがとうございました。 ツァラアトと言う言葉の意味を、先生のHPを通して理解することができました。 心からお礼申し上げます。 先生の上に、主の祝福をお祈りして。

 主に在って感謝して。                   (改革派博士)

 

◎長島曙教会 牧師 大島得雄 先生
 前略 Emailありがとうございます。 私は73才のものですが、へブライ語のことを良く知りませんで本当に申し訳ございません。先生の御手紙によって学ばせていただいた事を感謝申し上げます。 へブライ語を日本語に翻訳する事の難しさを教えられました。先生のお働きのうえに主イエス・キリストの豊かな祝福をお祈り申し上げます。敬具                           (聖公会
司祭)

◎療養所教会というのはカトリックでは、かつて静岡県の神山に療養所があり、岩下壮一神父という大先輩が活躍されたと聞いています。ツアラットという表現のこと、わたしはぜんぜん知りませんでしたので、教えていただき有難うございました。         (カトリック・神父、神学博士)

◎大嶋得雄様

 メールを頂いてずいぶん経ちましたが、ご返事いたします。 「ツァラアト」の適当でない訳についてのお考えよく判りましたし、何とかならないものかと、考えさせられておりました。

 レビ記を見ると、皮膚病だけでないことが明らかです。ですから、「ツァラアト」とするのも一つの道でしょうが、どうしてもそれを説明せねばならないでしょう。その場合どのように説明するかも、問題だと思い、苦慮します。 それで、わたしの提案は「心配される表層症」・・・こんな言葉があるのかとも思いますが、そんな訳を作ったらどうでしょう。「心配される」というのは、主観的なもので心配する必要のないものを心配しているという面もあるでしょうし、また、砂漠の民が衛生上心配せねばならないものもあるでしょう。また、人にとっては心配なという意味を含めて。 「表層症」・・・単なる表面的なものかそうでないかがあるでしょうが、主として見えるところによって心配しているという面があるでしょうから、このように表現しました。ご一考願えれば嬉しいです。主に在りて!        (日本キリスト教団牧師)

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◎ メール有り難うございました。昨年、光明園家族教会を訪問したとき、曙教会も訪問させていただいたのですが、聖日礼拝の始まる前でしたので、ご挨拶もせず、失礼しました。

さて、お返事が遅くなりましたことを、お許しください。この問題は、以前から、ずっと考え続けていたことであり、私自身、すぐには、答えを出せない状態です。「重い皮膚病」という訳語には、強い抵抗感を覚えていました。以前、学校で、同和教育の担当になったときから、

言葉を「言い換え」ただけで、問題が解決したかのように思い込む、行政側、そして、運動側の、安易さに、不満を感じ続けていました。差別する側は、「同和」を、「エタ」と同義語として使い、自分たちの、差別体質を変革せずに、それを隠蔽するための、安易な「言い換え」として、「同和」を使っているのです。さらに、「差別語」「不快語」という基準を作って、

それを使って、差別を、検閲、摘発、解消しているように見せかけています。しかし、それは、自分たちを守るための、「擬態」に過ぎません。聖書の翻訳について言えば、障害を表す訳語に神経を使うのは、運動側からの糾弾を恐れる、「先制防衛」ではないでしょうか。そういう「コトナカレ」姿勢で、果たして、福音を堂々と伝えることができるのでしょうか。以上が、「動機面」「意識面」の問題点ですが、「語学面」から、考えると、ヘブル語の「ツァラアト」を

、旧約、新約を通して、そのまま使うことは、整合性という点からは、いいと思いますが、

新約の、ギリシア語「レプロス」を、無視していいのか、という問題が残ります。さらに、聖書の訳語の中に、原語の発音をそのまま使う傾向が、これ以上増えると、原語についての、ある程度の知識がなければ、聖書が分からない、ということになりかねません。ルターの、「聖書を一般民衆の手に」という姿勢が、聖書翻訳の原点ではないか、と、私は、思っています。 

以上、勝手なことを、申し述べましたが、ご批判、ご教示いただければ、幸せです。

 (高校同和教育担当教師、社会問題を幅広く論議しHPを公開されている)

 

◎正しい判断の資料提供のお仕事ご苦労様です。   (日本キリスト教団関係者)

 

    大嶋先生

私は、ハンセン病問題について特に活動は行っておりませんが、以下の理由で特別な関心を持っております。ハンセン病に限らず、病気にまつわる偏見や差別はいけないこと。私は、1966年、高校生のころに信仰に導かれましたが、そのころから知り合い、文通していた、お二人の方々がハンセン病療養所に療養しておられる方々でした。お二人のお人柄を慕う思いがハンセン病に対する理解と関心を強くしました。大嶋先生のように、召命を担ってハンセン病者、社会復帰された方々の人権に取り組んでいらっしゃる方を尊敬しています。こちらこそ、よろしくお願いします。お働きの祝福を祈ります。

              (バプテスト連盟・牧師)

◎ 主のみ名を讃えます。聖書の「らい」の言葉に関してのメールをありがとうございます。

翻訳は、対応する言葉の無い言語では、言い回しや似た状況の言葉があてはめられるようで、しばしば原意が伝わらない事があるようですね。「重い皮膚病」は、原意が伝わらないほかに別の印象を与える悪訳と個人的には思っています。今日、教育界、行政、政府関係、キリスト教会にも、言葉の置き換えで差別をしていないのだとする風潮があるように感じています。どんな差別も、聖書に反するものと思っています。大変なお働きと思いますが、先生のお働きと差別を受ける方に主の祝福をお祈りいたします。在主。

(日本キリスト教団牧師)

 

◎大嶋先生 メールを拝見しました。5月21日にも同じメールをいただいて、そのときホームページをも読ませてもらい、先生方のお考えや趣旨を納得することが出来ました。単なる差別用語、ことばの概念の違いとだけ理解していましたが、当事者の皆さまのご意見を伺えて、なおのこと理解できました。ツァラアトと原語の読みを当てる以外に何かもっと適当な言葉があればと思いましても、相当する言葉がないのですから、バプテスマ等と同じく、そのままにして、その言葉の意味を聖書の記述から汲むのが、やはり最良かなと思っています。お働き感謝します。           バプテスト・牧師)

 

    大島得雄牧師先生

メールをどうも有り難うございました。先生のお考えに共感致します。そのためにはこれまでの聖書に述べられてある言葉を、聖書協会で改訂されることが必要とおもいますね。先生のご努力を神様が祝福して下さいますように。

(カトリック・司祭)

◎大嶋得雄様
メールを頂いたままで失礼致しました。ホームページの文、何度も何度も読みました。その通りだと思います。そして、えらい人だなぁーと感動しました。
4
年前に引退して今は静かに過ごしています。日毎に、み言葉によって新しくされ、喜びと感謝の恵みの日々をすごしております。ありがとうございました。
                                                               
  (日本キリスト教団・牧師)

大嶋得雄先生

 貴重なご提言、資料等を読ませて頂きました。頂いてすぐ一気に読んだのですが、今頃になって何の応答もしないでいたことに気付きました。ずいぶんと教えられたことを感謝します。奥さま(だと勝手に思いましたが違っていたらお許し下さい)の論文も聖書のいろんな訳を丁寧に調べて問題を示して下さいました。 

・・・・・・・・・・・です。先生方の提言を読みたいへん教えられたことを報告するために、あわせて、自己紹介を兼ねて、返信します。先生方のお働き、教会の皆様に、主の祝福を祈ります。                   (日本キリスト教団牧師)

 

◎大嶋 得雄 先生
初めておたよりします。いただいたおたよりから先生のHPを訪れました。
これから繰り返し学ばせていただきます。裁判での法的な決着はいちおうは
つき始めていますが、具体的な解決は未だいろいろの問題をはらんでおり、
あらためて朝鮮統治時代の強制隔離された生存者が韓国で提訴を準備されて
いるとも伺っています。HPのなかの尾崎先生の名前をみて、かつて京都みぎわ教会でのひとときを思い出しております。とりあえず。

(日本キリスト教団・高校教師)
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◎大嶋得雄先生

 お尋ね頂いた{らい」の用語改定についてのご意見を拝読いたしました。先生のご見識とご努力に驚き、感服いたし、賛同いたします。神様の御栄光の顕現のため、向後ますますご活躍ください。    (カトリック司祭)    

 

◎大嶋先生

主に栄光をささげます。メールをありがとうございます。新改訳聖書第三版においてそれまでの「らい」がどうかわるのか期待しながら見守っていたひとりです。途中、造語「せんぴ」が有力であるような感じがありましたが、このように改訂されたことに喜んでいます。(もっとも、部分改訂ですから、なお必要はありますが)また、いままでの訳出によって、どれほどの方々がいらぬ苦
しみを背負ってきたか、思いも及ばぬものがあったことと存じます。また、ホームページを見させていただき(さらっとではありますが)さらにその重みをおぼえました。先生のご労、それを支えられた教会の方々に感謝いたします。
今回の改訂が、さらに垣根をしっかり取り除く力となることを願います。キリストの十字架の力によって正しい理解が与えられますように。  先生のお働き、御教会の歩みに主の豊かな御手がつづいておかれますようお祈りいたします。地に平和                (福音派・牧師)

 

◎大嶋 得雄先生
はじめまして。○○女子中高・聖書科の○○です。私も先生のご意見に賛成で
すし、日本聖書協会への働きかけに賛同いたします。私自身、1997年からですが、日本におけるハンセン病問題を高校生の聖書の授業に取り入れています。そして、「重い皮膚病」と、単なる言葉狩り的な書き換えでは根本的な問題解決にはなっていないと主張しています。本校は井深八重さんの出身校でもあります。今、私たちができることや、もとハンセン病患者の人々と共生していくためにできることをさまざまな形で模索しています。4年前から、聖書科で呼びかけて東京の多麿全生園を訪問させていただいています。私たちにできることを、ご指導いただければ幸いです。先生のお働きと教会の方々のご健康を心よりお祈りいたします。      (私立中・高等学校の聖書科教諭)

 

◎大嶋得雄先生

メールを拝見しました。「ツアラアト」についてご教示くださり有難うございました。早速、明日の週報に掲載して、今後、「ツアラアト」を使用するように致します。主にあってご活躍をお祈り致します。                         (バプテスト同盟牧師)

 

◎大嶋得雄先生へ

 これから新改訳聖書改訂第3版を導入しよとしている私たちの教会にとって、とても大切なことを教えていただき、心より感謝いたします。この2月に大島青松園の霊交会から曽我野一美兄にお話していただく機会を教会で持ったばかりです。      (福音派牧師)

 

    長島得雄 先生

栄光在主、お便り感謝します。表題の「ツァラアト」表記について貴HPを拝見させて戴きました。主によりて与えられたお役を一生懸命、誠実にされているご様子を知らされました。
表題について、丁度、今日の午前11時に超教派○○○牧師会が開かれますので紹介いたします。貴HP「ツァラアト」を、ご依頼により「○○誌」に掲載させて戴きます。小生も聖書翻訳にはまだまだ、日本では研究が必要と考える者です。そのために、自分なりの訳を記しています。主にありて。

                         (福音派・牧師)

 

◎メールありがとうございました。聖書の、「ツァラアト」についての説明、理解できました。これ

までのご労苦を感謝いたします。先生と貴教会のお働きが主に祝福されますように。

(改革派学校教師)

              

◎ 私は、先生などと呼ばれる事に大変恐縮をしております。○○で書店の代表経営者であります。○○聖書研究会の一員であります。祖父が内村鑑三聖書研究会に参加しておりました、○○聖書研究会も同志と共に創立した。三代にわたり書店を営み現在に至りました。大正の初めに○○に書店を、聖書の販売をそれと聖書の研究会の設立しました。現在も日曜日に集会が内村鑑三の設立で立てられた記念館で集会をしております。
 大嶋様のご趣旨には大変重要なご提案で日本聖書協会の聖書にも取り上げられる事をお願いしようと思います。○○社とも取引が有りますので、問い合わせをしたいと思います。会員の皆様に伝えたいと思います、有難うございました。パソコンの会員に転送をしたいと思います。返信が大変遅れてしまい申し訳ございませんでした。言い訳になりましたが、月末、新学期の教科書販売に追われてしまいひらくのが遅くなりました、お詫びを申し上げます。
今後とも宜しくお願いを致します。       (無教会派・会員)

    大島得雄先生

メールを送ってくださりありがとうございました。早速、HP内の文書も読ませていただきました。また、この度の新改訳聖書改定の際にも同様な文書を読みました。「ツァラアト」が「らい」や「ハンセン病」ではないということは認識すべきことです。今後は教会からこの過ちを社会に対して発信していくことが必要かと思います。同時に、「ツァラアト」の言葉、読み方を受け止めていくための作業の問題もあります。根本的に外来語、カタカナ語が聖書に多く出てくることに、日本では違和感があります。また本来は、その時代や地域に適切にあった言葉に置き換えて訳すべきでしょう。その意味で、なおこの国の基督教化と取り組みの模索が続くかと思います。私自身、東北の漁師町の中で多くの異教、因習が残る現代で戸惑いも覚えています。いずれにせよ再度、興味深く拝読させていただきました。ありがとうございます。

(バプテスト・牧師)

受難週を迎えました。お元気で活躍のご様子で感謝です。先生のメ−ルとホ−ムペイジを拝見しました。新改訳聖書が新しく改訂されて。JばいぶるのCD− ROM SOFTWARE 買いました、バジョン アツプをします。先生夫妻の熱心な研究と熱意が伝わってきました。感謝                (福音派牧師)

                                                       ◎大嶋先生
はじめまして。○○県で伝道しています○○というものです。メールありがとうございました。あらためて聖書における「ツァラット」の背景について学ぶことができました。主にありて。          (カトリック・司祭)

◎レプラは使えないから、ツァラトとなったのであろうと中会会議は推測しましたが、私達にもよい知恵は今ないけれども、完全な訳とはいえないことを覚えて、今後の課題だ、というような話合いをしたと思います。

(改革派・神学者)

頌主。メール並びにホームページを拝見いたしました。レビ記等におけるライの語に違和感を持ってきたのは決して小生だけではないと思います。先生がご奉仕のお立場から、まことに適切有益な研究と提言をされた事に、深く敬意と感謝を捧げます(数年前の日本聖化交友会総会の席にて御説に初めて触れました)。小生、35年前、曙教会の盲目の方々の集会にお招き頂いた事があります。御教会と先生のお働きに、主の祝福が更にありますように。                    (福音派牧師)
 

    頌主、ひとことお礼もうしあげます。蒙を開いてくださり、あらたに目を

らいてくださり感謝します。早速、その部分に触れるときには、会衆にそのように説明いたします。言葉とは、その言葉以外で表現できないものがたくさんありますね。ほとんど、そうかもしれません。ありがとうございます。

(日本キリスト教団・牧師・神学博士)

 

◎ メールを頂き感謝します。新改訳改定委員会では当初「潜被」後で「潜微」に決定したようですが、私たちの教団理事会の席上で私たちは猛反対をし、委員を通してつたえました。私も愚作だと指摘し、「ツァラート」が良いと主張しました。今回この言葉になった事は神の導きだと喜んでいるひとりです。先生のお働きの上に神の恵みがありますようにお祈りいたします。                (福音派牧師)

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◎ メールをありがとうございます。早速、コピーして、読まさせていただきます。私たちにとって大切な聖書の中に、聖書が書かれた意図とは別なイメージでもって、受け取られてしまう、受け取ってしまう個所があるのでは、と思っていますが、先生のご指摘の個所もその一つなのだ、と学ばせていただきます。高校生に、教職員の方々に聖書の言葉を伝える時、これからも、心して歩んでいきたいと思っています。先生、ご教示ありがとうございます。どうぞこれからもよろしくお願いいたします。                

(日本キリスト教団牧師、高等部宗教主事)


◎ メールをありがとうございました。以前の訳が「らい病」となっていたために、ハンセン病の方々に苦しみを与えたことを聞いていました。さらに、「重い皮膚病」という訳も適切ではないということも、ある牧師さんから聞きいていました。・・・・・・・・・加盟団体である聖書協会に対しても、何の権限も持っていませんが、不適切な訳のために、人が傷つくことは、神の御心に反することだと思いますので、機会を捉えて、このことを取り上げ、皆さんと勉強していきたいと思っています。     (日本キリスト教団○○教会会員)

◎ 人の痛みを誰よりも敏感でなければならない、キリスト者が、聖書のなかに、まだまだ無神経な翻訳があるのが、痛ましいことです。新改訳聖書に携わった先生方に神学校で学ぶチャンスがあったのは私にとっておおいなるめぐみで、宝です。委員長の○○○○先生は「これ以前の聖書に改定を求めても権威を主張して、応じてくれないため、別バージョンの出版を志した」と語ってくれました。「よりよい聖書は教会が作るもの、一人一人がその現場から、より良い訳の、指摘を続けてほしい。」とも言われていました。その精神がいまも健在であることが嬉しいです。曙教会は20数年前に一度うかがったことがあります。その後は光明園に数度。いずれも本当に力づけられました。・・・・・・・・・差別偏見は本人が不幸であることを。自分を含めもっと学ぶべきことを。             (福音派牧師)

 
◎長島曙教会 大嶋得雄先生
聖名を賛美いたします。聖書の「らい」の言葉の改定についてというメールを送信いただき有難うございました。私どもの教会では新共同訳聖書を使用していますが、大嶋先生がご指摘の通り、「重い皮膚病」と改訳されたことは、一歩前進であったと評価しています。しかし、皮膚病かどうかが確定できない現状で、新共同訳がこうした訳にしたのは問題であるとわたしも素人ながら思います。「ツァラアト」という言葉が「新改訳聖書」と同じく、新共同訳聖書にも取り入れられることを願っております。

(日本キリスト教団・大学教授、名誉教授、博士)

 

◎大島得雄様
聖書の「らい」の表記についてメール拝受いたしました。このような言葉による差別的表現の問題は、聖書新共同訳、翻訳そして出版準備の段階でかなり議論を重ね、さらに可及的速やかに適切な表現をするために取り組んだことを記憶しています。もっとも、かなり時間がたちましたので、正確なことを記憶しておりませんが、議論を重ね、いろいろな委員会、また当時このような問題に取り組んでおられた皆様のご助言をいただいた記憶があります。
 私個人としても、かなり気を使い、いろいろな方、機関にご相談して取り組ませていただきました。しかし、完全な、どなたにもご満足いただける訳語を選定するには時間が足りず、大方のご了解を得て採用させていただいたことを覚えています。ただ時間がたちましたことと、私は定年で、職場を離れて6年になりますので、細かいことは記憶にありませんが、当時かなり多くの議論を重ねて結論を出し、出版に至りましたことを覚えています。という訳で、今の時点、そして私の立場では具体的にご質問にお答えできかねますことと、仮にお答えしても、資料がありませんので正確にお答えができかねると思います。というわけで、ご満足のいくお答えができませんことをお侘びいたしますと共に、ご理解いただきたいと思います。なおこの問題は、その後も最優先課題として取り組みました。なにとぞ、ご了承くださいますようお願いいたします。もし、お答えが必要であれば、聖書協会の方へご質問のほどお願いいたします。主の平安が豊にありますように。お働きの上に祝福が豊にありますように。

(日本聖書協会、前あるいは元、総主事の佐藤邦宏先生)

                                        

◎ 聖書の不正確な翻訳が、歴史的にらい患者に対する偏見と差別を生み出し、また、助長して来たことは否定できない事実です。しかしまた、多くのクリスチャンがらい患者のために身を捨てて尽くしてきたことも事実です。私たちの間でも、この問題に対する公平な理解が必要だと思います。黒川温泉ホテルの例でもわかるように、一般の人たちは非常に感情的な対応をしています。 御存知のように、熊本県はこのらい問題に深く関わっています。例えば昭和27年でしたでしょうか。私は門外漢で不確しかのですが、当時の厚生省がらいの伝染はすでに抑えられたと判断し、患者の子供たちを近くの小学校に通わせる方針を打ち出しました。ところがこれが表ざたになったとたんに一般市民の中にパニックが陥り、反対の署名運動が起こり、瞬く間に3万人の署名を集めたわけです。それで、厚生省を始め関係者は恐れをなしてそれを引込めてしまったわけですね。 一般の人たちのらいに関する理解の低さが解決されなければなりません。政府もそのために働かなければならないと思います。らい患者の方々はまだまだ多くの苦労を重ねて、誤解を解く努力をしなければならないでしょう。教会の中からは差別を無くしたいと考えています。私も政治運動はしていません。自分と、教会の生きる姿勢と捕えています。フイリピンの山岳地で文明に取り残された人々、第二次世界大戦で日本兵に蹂躙された人々、いまでも、差別のなかに生きている人々と生活を共にして来たのはそのような考えからです。 このような困難なお働きをしておられる先生に、主の豊かな祝福がありますように。

(福音派牧師、元・宣教師

 

◎大嶋得得先生

  私のような者の質問に、詳細なご説明をいただき心から感謝申し上げます。よく分かりました。教会員にも機会を見て報告します。○○教会のHPにもリンクできるアドレスとして、掲載させていただきたいのですが。 ツアラアトを今後は使うようにいたします。

(福音派牧師) 

 

◎大嶋得雄先生

早速の御返事、ありがとうございます。私は現在仙台に在住しております。陰ながら先生のお働きのために祈っております。どうかまたいろいろ教えて下さいますよに。

                (日本キリスト教団神学博士、注解書、神学書著述)

 

◎今朝メールを拝見させていただきました。今朝は、今からテレビ番組収録です。ラジオ制作、テレビ制作関係者に、ホームアドレスと共にお手紙をコピーして渡しておきます。
ご労に主が祝福をお与えくださいますように祈ります。ありがとうございました。                      (福音派・牧師)

 

◎大嶋先生:「ツァラアト」についてのメールとHPを拝見致しました。以前、熊本におりましたおりに、宣教師のリデル・ライト姉妹が人力を尽くしました熊本のハンセン病療養所に少し関わりを持っておりましたので、ご主旨はよくわかりました。わたし自身も、改訂されました訳の「重い皮膚病」は適訳ではないし、歴史を隠蔽する訳語になっているのではないかと危惧しておりました。
「ツァラアト」に関してはご指摘の通りだと思います。病状が明確ではないので、適切な訳語が見つからないだろうと思いますが、どういう表現がよいか、考えるところではあります。ご指摘、ありがとうございました。

(ルーテル教師)
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◎大嶋得雄先生
メールを有り難うございました。本当に驚きました!実は、本日、当教会員を対象とした講座があり、丁度そのテーマが「日本の教会とハンセン病――聖書の「らい」の言葉の改訂について」なのです。本当に、このようにタイミング良く先生からメールでお教え頂き、感謝にたえません。神様の不思議なお導きを覚え、感謝の祈りを捧げました。
早速、今晩の集会でこの情報をお伝えし、一緒に討議をする素材にしたいと考えています。主にあって、心から感謝もうしあげつつ。先生と、教会のみなさまのためにお祈り申し上げております。

(日本キリスト教団牧師、大学教授)

 

◎大切なご教示を感謝致します。     (聖公会司祭)

 

 

◎大嶋得雄牧師様

 私、今朝あなた様から表記のメイルを受け取りました、日本聖公会の○○○と申す者です。  ホームページは膨大な文書のため、大嶋美枝子姉の論文を読ませていただきました。 とても分かりやすい学術的な論文で、お教えいただくところが多く感謝に耐えません。

  私、1972年8月に沖縄の愛楽園で初めてハンセン病の方と知り合いとなり、この夏も訪問させて頂きました。その中でも感じることで、先生が主張されることはそのとおりだと思いますし、聖書の言葉を正さなければならないと思います。と共に、差別してきた側が、本当にハンセン病の方々を受け入れるためには差別してきた歴史を学ばなければならないと思います。 私どもの教会では「重い皮膚病」と読み替えていますが、この言葉か用いられるとき、聖書朗読ではそのように読みますが、説教で用いる時は、あえて「らい病」と呼びます。そして、いわれのない差別を受けてこられた歴史に触れます。つまり、表現を変えるだけで現実が変わらなければ何の意味もないことになるように思うのです。ここに、私たちの罪性があるのだと考えています。 このような考え方は先生にはどのようにうつるのでしょうか。

 お忙しいと思いますが、ご教授頂ければ幸いです。 現在、主に使っていますメイルアドレスは以下のものです。                        (聖公会司祭)      

 

◎大嶋得雄先生

主の平和をお祈り申し上げます。HP案内のメールありがとうございました。私どもの教団では、聖書の「らい」に関する啓発文書を作成中で、近く発行の予定です。したがって、先生の開設されたHPを参照し反映させることはできなかったのですが、学びは継続したいと考えていますので、参考にさせていただきます。取り急ぎ、お礼のみにて失礼いたします。

(福音派牧師)

 

大島得雄様

 メールとホームページ読ませて頂きました。私は旧約学者ではありませんが、ヘブル語の「ツァラアト」がさまざまな症状を表す単語であって、それにぴったりあてはまる日本語はないということはよく分かります。過渡的な措置として「ツァラアト」とカタカナ表記にすることに賛成です。注をつける必要がありますので、その注の表現に気をつけなければならないでしょう。大学在職中に学生と一緒に東北新生園に何回もワークキャンプに行きましたので、ハンセン病者に対する偏見と差別に心を痛めています。お働きに心から感謝いたします。主にあって、

(日本キリスト教団大学講師)

 

Dear Mr. Ohshima,   Thank you so much for your Email.  God Bless You.   . O.   Ph.D.

 

◎主のみなを賛美します。尊い御働きの祝福をお祈りします。当教会でもご趣旨を紹介し、偏見や誤解のないようにしていきたいと思います。折を見つけて一度御教会をも訪ねさせて

頂きたいと思っています。取り急ぎにつき、まずはご挨拶まで。      (福音派牧師)

 

◎ご丁寧なご説明ありがとうございます。主の祝福がありますように。 (福音派牧師)


◎「新改訳聖書」の中の「らい」に関するニュースをお伝えくださって感謝します。このような啓蒙の活動の継続こそ、理解を深め、偏見や誤解を払拭する大切なことと思っております。私は、知的にあるいは理性的に、病識を分かってはいても、現実の対応には壁が存在することを(内なる心のどこかに)認めなければなりません。それを偏見とか差別とか言われると困惑するのです。それほど、1947年生まれの私が育った時代の誤った国家医療と風評とで、私の内面に刻まれた、一種の怖さがあるのです。それと、新改訳聖書の旧版には、「らい」と言うことばが使われ、その怖さを、陰で保証したようなところがありました。端的に言えば、私の人格の未熟さなのですが、それでも中々超えられない壁には違いがありません。療養所と長島曙教会の守りのために祈ります。
                          (福音派・牧師)

 

◎大嶋先生

 栄光在主、 メールありがとうございました。 心から応援させていただきます。 まずは返信まで。いのりつつ                            (福音派牧師)

 

◎メールをありがとうございました。 ツァラァトの訳語をめぐる問題について、ホームページを見て納得しました。私は礼拝では「ツァラァト」を口語訳の「らい」と一応そのまま読んだ上で、説教で訳語の問題を取り上げて言うようにしています。うちの教会では、説教後にすぐ対話をしますが、必ずその訳語のことに誰かがひっかかってきます。こうする方が、啓発していくにはより意識的になってもらえると思います。ただ、これまで私は「白くただれる皮膚の病一般」と考え、そう説明してきました。しかし、考えを改めねばならないかもしれませんね。 「重い皮膚病」との訳はたしかに正確ではありませんね。「重い」かどうかは現代医学的に見た症状の重さと必ずしも一致するわけではないし、軽症でもツァラァトになれば共同体から追放されたと記されてますから、こういう改定に首をひねっていました。 差別の視点から考えた時、未だに聖書を霊感説的に受け取っている人のことを考えると、偏見を正していくには早い対処が必要ですね。私も身近なところから、しっかり訴えていこうと思っています。

                                 (日本キリスト教団牧師)

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◎大嶋得雄様 
「ツァラアト」についての御提案に賛同します。若い頃に何度か鹿屋の敬愛園を訪れた者として、貴重なお仕事に敬意を抱いております。
                 (福音派・牧師、神学校名誉教師)

大嶋先生

ツァラアトに関する深いお考えとご提言ありがとうございました。「ツァラアト」が「らい」を指すものではないことは聖書学、医学の上からも定説になっていますが、問題はこの言葉の日本語化にあると思っています。聖書協会訳では「重い皮膚病」としていますが、私はなぜ「重い」という言葉を用いたのか常々疑問に思っていました。「重い」「軽い」はかなり主観的な判断を含む把え方であって、訳し過ぎだと思っています。 私は単に「皮膚病」でよいと思っています。しかし先生もご指摘のように、「ツァラアト」は人間の皮膚だけでなく衣服や皮や壁の表面が損なわれた状態をも指していますので、ツァラアトを「皮膚病」という一語でまとめてしまう不条理も私は理解しています。・・・・・・・・・・・。        (日本キリスト教団牧師)

 

◎大嶋得雄先生

 始めてご通信申し上げます。先生の国立ハンセン氏病療養所内のキリスト教会のご奉仕に対し心から敬意を表します。先生のご提案について一言、個人的な感想を申し上げます。 聖書中の「らい」に関する記載用語の取り扱いにつきましては、少なくともハンセン氏病に関わりのある方々をはじめ、この病気の治療、患者さんの心身の救済に関わってこられた多くの方々の重荷を取り除く用語が用いられるべきであると思います。私自身は言語学者でもなく、聖書学者でもありませんので、聖書時代当時の言語の意味する病態や身体的な症状、あるいはその言葉が用いられていた事物についての知識が不十分です。先生のご指摘の通り、現在の医学によって理解されているハンセン氏病の症状と聖書の記載する症状が合致しないのであれば「ツァラアトを用いた方が誤解を生じる余地が少ないように思います。・・・・・・・。        (セブンスデー大学教授、哲学博士)

 

◎大嶋先生
 メールありがとうございます。大変役立つメールです。私も「重い皮膚病」という表現には、心の中で、なんとかならないかと思っていました。「ツアラート」という訳出はより適当だと感じています。多くの御苦労の中で、果たせた、恵みの訳出だと思います。感謝       (日本キリスト教団・牧師)

 

 

◎栄光在主、先生のお働きに感謝します。実は私も曙教会に伺った事があります。・・・もう20年も前のことです。・・・・お体を大切に主のわざにお励みください。               (日本キリスト教団・牧師)

 

◎ メールありがとうございました。重い皮膚病という訳に私も違和感をもっていました。先生がおっしゃるように、聖書の示したい意味を充分に現していないと思い、説教では、先生が書かれているようなことを補足して語ってきました。聖書の改定にむかって努力下さったこと本当に感謝です。一方で、自分の感性のなさと言いますか、社会の狭間でいきることを余儀なくされている方の痛みを感じ取れない自分が情けなくもあります。先生方のお働き、ありがとうございます。・・・・・・・・。  (聖公会・司祭、大学のチャプレン)

 

    メール受信しました。大変結構な注と存じます。私事で恐縮ですが、私は

インターン終わった頃、沖縄のらい療養所に勤めたいと思ったことがあります。結局父の反対と私の意思の弱さで、整形外科の臨床医になりましたが、らい療養所で献身されている牧師先生や医師などの方に尊敬の念を持っております。・・・・・・・・。      (日本キリスト教団・医学博士)
 


◎ 大嶋先生 メール拝読しました。さっそくホームページを拝見しました。なるほど、と思いますが、もっと考える時間がほしいと思いました。教会でも話題にしようと思っています。ご苦労に感謝致します。       (日本キリスト教団大学教授)

 

◎ 貴重なメイル有り難うございます。
私も一昨年に曙教会に妻と訪問させていただきました。言葉の問題だけでなく、信仰者としての姿勢の問題ですので、読ましていただき本当にありがとうございました。これからの先生の働きをお祈りしています。

(バプテスト連盟・牧師)
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◎大島得雄先生へ
 ホームページを拝見いたしました。重い皮膚病と訳されるようになったのだなと思いましたが、壁などにも出るというのを不思議に思っていました。改めて納得いたしました。ありがとうございました。   (福音派・牧師)
          

◎ 大嶋先生

ホームページを見ました。クリスチャン新聞に「ツィアラト」の難しいことが記載されていたことの意味を少しわかりました。誤解があること、先入観に囚われていることを解除することは難しいですね。・・・・・その意味で、始めに教えることの責任と、いい加減な情報提供は危険だと思います。

大嶋得雄先生
 ご無沙汰しています。寒い毎日ですどうぞ健康が主に支えられて、いよいよ豊かに主のご用に当たられるようお祈り申しあげます。
 さて、お申し越しのこと、一層順調に運びますようお祈りいたします。「ツァラアト」は、ハンセン病のことでも、重い皮膚病の事でも、カビのことでもない訳ですから、それらの状態が、神と人とに出会うことが出来ない「穢れた」状態であるとされることは、大変なことです。そのような聖書解釈が生まれないような、細心の注意をするのは当然だと信じます。賛同者として、名を連ねていただいても結構です。どうぞ、お働きが祝されますように。改定された聖書を楽しみにしております。  主にありて!
                                                  日本キリスト教団 牧師

大嶋先生

○○とと申します。○○教団○○教会の会員です。
私は医療従事者であり、長年アジアを中心とした発展途上国の保健医療活動から
様々に教えられてきたものです。20年程前のネパールやパキスタンのハンセン氏
病患者さんとの出会いから「らい」という言葉に込められた根深い差別とそれにより
彼らがどれほどの苦しみを受けているかをを初めて教えられました。差別による痛
みは病による苦しみ以上のものであることを知りました。

恥ずかしながら、クリスチャンであり、医療従事者でありながら、それまでは無関心
であり、聖書翻訳の中にある差別、聖書のメッセージを介して助長されている差別に
鈍感でいました。アジア各国の方々と出会うまでは日本国内の患者さん元患者さん
方についても無関心であり、どれほどの差別を経験してこられたかを知ろうともして
きませんでした。それまでは聖書の訳語にも違和感すら覚えませんでした。
様々な方々と出会い、教えられる中で聖書の訳語が差別を助長し、クリスチャンの
中に根深く偏見を築き上げてしまっていることを実感しました。
牧師も教会員も意識して差別しているつもりはないにしても、無知であることで、無関心
であることで言われない差別を受けている方々をみことばにおいても差別し、更に苦し
めていることを強く感じ、私自身深く恥じました。

以前は所属教会等でこのような問題を語ってもなかなか関心を持っていただけません
でしたが、久しぶりに帰国し2004年に新改訳聖書を購入したところ、「らい」を差別語と
認識し、ツァラアトを使用するようになったことを本当に嬉しく、深い感慨を覚えました。

しかし、聖書の表記が変わったとしても、クリスチャンの意識や考え方が変わったとは
言い切れません。
遅ればせながらではありますが、今後しばらくは日本に居りますので、自分のかかわる
教会やクリスチャンの友人たちに聖書翻訳の問題を介して私たちが差別を助長し、
それにより苦しむ人々がいることを伝え、共に考えていけるように働きかけていきたいと
思います。仕事柄カトリック教会から無教会まで様々な教会に属するクリスチャンとの交流
がありますが、私自身も所属する「福音派」と称する教会のグループの中に特に無理解が
根深いように感じています。「みことば」に忠実にという姿勢が、誤訳にさえ忠実にしている
のかと感じることもあります。この社会にある「痛み」と無関係に聖書を読むことへの戒め
でもあると思います。
勇気を持って発言してくださった大嶋先生に感謝します。
聖書の言葉を介していわれない痛みや苦しみを負う方々がいることはキリストの教え
に反します。私も自分の中で考えているのみでなく、きちんと伝えていける者になりたいと
思います。お祈り下さい。私もこの問題のために続けて祈っていきたいと思います。

大嶋得雄先生

 ご無沙汰しています。寒い毎日ですどうぞ健康が主に支えられて、いよいよ豊かに主のご用に当たられるようお祈り申しあげます。

 さて、お申し越しのこと、一層順調に運びますようお祈りいたします。「ツァラアト」は、ハンセン病のことでも、重い皮膚病の事でも、カビのことでもない訳ですから、それらの状態が、神と人とに出会うことが出来ない「穢れた」状態であるとされることは、大変なことです。そのような聖書解釈が生まれないような、細心の注意をするのは当然だと信じます。賛同者として、名を連ねていただいても結構です。どうぞ、お働きが祝されますように。改定された聖書を楽しみにしております。     主にありて!日本基督教団 牧師

大嶋得雄先生
「ツァラアト」についての、くわしいお知らせをいただき、まことに浅学菲才を
恥じます。
また○○さまを、ご案内いただき、感謝にたえません。
                               牧師、執筆家

 

大嶋得雄先生

主の御名を賛美致します。メールを有難うございました。「らい」誤訳の訂正について、3月21日に共同訳聖書委員会で結論が出るとのこと、訂正の決定が決議されますようにお祈りしております。神の御言葉である聖書は、一点一画も誤りがないように努力するのが私たちの神に対する責任と思います。関連のホームページも拝見させていただきました。これまでのご努力の実が結びますように、お祈り致します。

この度は、私たちの会員○○姉が、長島愛生園をお訪ねし、大変、お世話様になりましたことを厚く御礼申し上げます。次週の主日礼拝の折に、報告を伺うことになっております。その際、「らい」誤訳訂正の問題についても、出席者にお話ししたいと思っております。では、長島愛生園の皆様の上に主の御祝福をお祈り申し上げます。                                                       

牧師

 

大嶋先生

尊いお働きのゆえに感謝いたします。
憐み深い神様の御心がなりますように、お祈りさせていただきます。
ご報告ありがとうございました。
                           牧師

 

大島先生

貴重な情報をお知らせ頂きありがとうございました。

お祈りさせて頂きます。

取急ぎ、お返事まで

○○牧師

 

大嶋得雄先生

 

主の平和をお祈り申し上げます。

丁寧なメールをありがとうございました。

その後、私どもの教団では、「『らい病』と私たち」という啓発用のパンフレットを作成し、教団内諸教会に配布しました。また、牧師の集まりである年会で簡単な紹介をしたほか、全生園での学習会を企画するなどしてまいりました。

また、戦前のホーリネス史の中の、患者向けの伝道をした安倍千太郎牧師と明星團の働きや、ホーリネス出身の三上千代も関係した諸活動について調べるため、草津へ出かけたりしました。恥ずかしながら、明星團関係者の墓地が、草津の聖公会の墓地の一画にあったことを初めて知り、清掃などをしてきました。

それでも、教団内に理解が行き渡っているとは言い難く、更に啓発活動を持続していこうと考えていました。

ところがそんな矢先、私どもの教団が発行している教会学校教案誌の中に重大な誤りが見つかり、差替え版を関係者に発送するなどの対応に追われました。まことに恥ずかしく、また申し訳ないことです。執筆者には悪気もなく、しかも執筆者なりに配慮をした上でなお、このようなことが起こることに、問題の深さを改めて実感しております。

先生のお働きの尊さを思います。日本の教会が差別や偏見から真に自由になれるよう、またそのために必要な知恵が与えられるよう祈ります。

○○牧師

 

大嶋得雄先生

主の平和!
初めて、メールいたします。
先ほど、同じ教団に属する
○○牧師よりメールを受けました。
とは言っても、まだまだ十分な理解が
あるとはいえないものです。
聖書の「らい」のことについて
今後も学びを深めつつ、
牧師として教会員への指導を
して行きたいと願っています。
3月21日の共同訳聖書委員会において
正しい結論が出るように祈っています。
主の御名を賛美します。
               牧師

お忙しい中でのメールの返信を感謝します。
出来れば、こちらからのメールの直後に応答が欲しかったです。
理由は一つです、偏見や誤解を解き、社会的な溝を取り除くためには、対話しか道が無いように思うからです。前回は、私の方から窓を開きたいとの思いからメールをしました。どうぞ、少しでも窓が開いたら多くの方々との対話をお続けください。いつか、主の栄光の時が来るでしょうから。
                              牧師

 

大島先生へ
尊いお働きに感謝しています。
新共同訳聖書の翻訳の件、了解しました。
お祈りしています。
                   牧師
 

大嶋得雄様

 

メール有り難うございました。

3月21日に委員会の結論が出るとのこと、み心にかなう

答えがあたえられるようにお祈りしています。

来週から2週間ほどドイツに行きますので、結論を

すぐに聞くことができないのが残念です。帰国後

ただちに先生のホームページをみさせて頂きます。

どうぞお元気で。

主にあって、牧師。

 

大嶋先生

分かりました。明日ですね。私は聖書協会には何の発言権もありませんが、聖書協会が正しい結論を導き出せるようお祈り致します。                神学博士。

大嶋様
明日結論が出るのですね。差別を受けて苦しんだ人たちが、これ以上苦しむことのないよう、良い結論が出ることを祈っています。今回は、率直に過ちを認めてほしいですね。結果をお知らせくださいますか。           

NCC関係者
                

大嶋 得雄 先生

  聖書に用いられている「らい」の、用法に対する大嶋先生の年来のお働きの実がが実りつつあることを喜ばしく思います。「ハンセン病」であるという理由で差別を受けてこられた方々の深い苦悩を考えますと本当に心が痛みます。先生の御奉仕の上に、神様の絶えざるお導きがありますよう心からお祈り申し上げます。                    大学教授

おはようございます。

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大嶋先生
お便りをありがとうございます。
また、聖書改訂の困難な奉仕をご苦労様です。

私の関わる多くの教会で用いています聖書は「日本聖書協会や共同訳聖書委員会」とはちがって、前身は「日本聖書刊行会」で現在は「いのちのことば社」発行の新改訳を用いています。今は第3版になりました。この第3版ではメールの内容で指摘しておられるような言葉にも配慮がなされております。

添付は「改訂のあとがき」を写真に撮り、メールで送ります。
この訳語と翻訳姿勢が、バランスのとれたものであるかどうか、大嶋先生に見てもらいたく存じます。そして、もしも、聖書翻訳に関して「いのちのことば社」と意見交換がまだでしたら、こちらとも交渉をされたら如何でしょうか。

お忙しい中、お体をご自愛ください。
主に在りて・・・                  ○○牧師

追伸。

先ほどのメールの後に、
HPを拝見しました。
「いのちのことば社」とは、十分な理解が得られていることが分かりました。
ありがとうございます。

大嶋得雄先生

 

主の平和をお祈り申し上げます。

教団牧師の○○です。

先日お知らせいただいた日本聖書協会の件、前進していないと聞きましたが、今後の好転を祈りたいと思います。

先だってお知らせしましたように、私どもの教団の教会学校教案誌に誤りがありました。今後はこのようなことがないよう、気をつけていきたいと思っています。

私どもの教団のホームページにも上記の件がのっています。

取り急ぎ、ご連絡まで

先生の健康と御働きが祝されるよう、お祈り申し上げます。 

                                              ○○牧師

                                                    

大嶋得雄先生
「ツァラアト」の件、3月21日に聖書協会で結論を出すということでしたが、
いかがでしたか。先生ご指定のhttp://ww1.tiki.ne.jp/~uruooosima/が開かな
かったのでおたずねします。
                              ○○牧師
大嶋得雄先生
くわしくお教えいただき感謝です。
今後ともよろしく。 ○○牧師

 
大嶋先生
○○と申します。○○教団○○教会の会員です。
私は医療従事者であり、長年アジアを中心とした発展途上国の保健医療活動から
様々に教えられてきたものです。20年程前のネパールやパキスタンのハンセン氏
病患者さんとの出会いから「らい」という言葉に込められた根深い差別とそれにより
彼らがどれほどの苦しみを受けているかを初めて教えられました。差別による痛
みは病による苦しみ以上のものであることを知りました。
恥ずかしながら、クリスチャンであり、医療従事者でありながら、それまでは無関心
であり、聖書翻訳の中にある差別、聖書のメッセージを介して助長されている差別に
鈍感でいました。アジア各国の方々と出会うまでは日本国内の患者さん元患者さん
方についても無関心であり、どれほどの差別を経験してこられたかを知ろうともして
きませんでした。それまでは聖書の訳語にも違和感すら覚えませんでした。
様々な方々と出会い、教えられる中で聖書の訳語が差別を助長し、クリスチャンの
中に根深く偏見を築き上げてしまっていることを実感しました。
牧師も教会員も意識して差別しているつもりはないにしても、無知であることで、無関心
であることで言われない差別を受けている方々をみことばにおいても差別し、更に苦し

めていることを強く感じ、私自身深く恥じました。
以前は所属教会等でこのような問題を語ってもなかなか関心を持っていただけません
でしたが、久しぶりに帰国し2004年に新改訳聖書を購入したところ、「らい」を差別語と
認識し、ツァラアトを使用するようになったことを本当に嬉しく、深い感慨を覚えました。
しかし、聖書の表記が変わったとしても、クリスチャンの意識や考え方が変わったとは
言い切れません。
遅ればせながらではありますが、今後しばらくは日本に居りますので、自分のかかわる
教会やクリスチャンの友人たちに聖書翻訳の問題を介して私たちが差別を助長し、
それにより苦しむ人々がいることを伝え、共に考えていけるように働きかけていきたいと
思います。仕事柄カトリック教会から無教会まで様々な教会に属するクリスチャンとの交流がありますが、私自身も所属する「福音派」と称する教会のグループの中に特に無理解が根深いように感じています。「みことば」に忠実にという姿勢が、誤訳にさえ忠実にしているのかと感じることもあります。この社会にある「痛み」と無関係に聖書を読むことへの戒めでもあると思います。

勇気を持って発言してくださった大嶋先生に感謝します。
聖書の言葉を介していわれない痛みや苦しみを負う方々がいることはキリストの教え
に反します。私も自分の中で考えているのみでなく、きちんと伝えていける者になりたいと思います。お祈り下さい。私もこの問題のために続けて祈っていきたいと思います。
                                 ○○○○
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大島得雄・美枝子先生へ
ご無沙汰しております。
○○教会時代に大変お世話になりました。○○出身牧師の○○です。本日説教準
備のため検索をしている時お懐かしいお名前が見えましたので目を留めましたが。読
むうちに先生の声に自らの無知、いや無関心であったことに今ホームページを一気に
読み。申し訳なさに身が震えて、言葉がありません。「先生、申し訳ございません。
私がしなければならないのに。」
先生、まずは文部科学省選定のハンセン病「今を生きる」と言う下記の映画を見せて
いただきませんか。

送り先住所は・・・・・・・・・・・です。○○教団 ○○教会 牧師 ○○○○
先生方の使命とご健康のためお祈りいたします。
 

大嶋先生

お忙しい中、丁寧に詳しくお答えいただいて本当に感謝です。とっても分かりやすく書いていただいて嬉しいです。良い論文が書けるように頑張りたいと思います。ありがとうございました。上智大4回生、○○○○。

大島先生

 ホームページを読ませていただき感謝します。

気になりましたのは113日開催の共同訳聖書委員会で

どのような結論が出たのかということです。

 もし何らかの情報がありましたら教えていただけると

幸いです。

 

大嶋得雄先生

 突然でぶしつけな私のメールに早速、丁重かつ先生の熱意が

伝わる文面を拝見し、感激いたしました。問題意識を与えられ、

私なりに考え始めております。年来の先生の「ツァラアト」と

すべきというご主張に敬意を表します。かつてヘブライ語を学

んだものとして、旧約聖書ヘブライ語原典でのレビ記1314

を読み直しています。私なりの読み方ではありますが、ひとつ発

見がありました。先生の主張を側面から支える一助になればと思

い、もう少し調べてまとめてみたいと思っています。

 どうぞ、ご自愛くださいますように。

まずは御礼まで。

 

 

○○大学○○部3回生の○○○○と申します。
3年前(高校3年生の時)にボランティア部として○○先生と共に、邑久光明園を訪れ、大嶋牧師のお話を伺いました。トンボが指にとまったという話は今でも鮮明に覚えております。
「ツァラアト」に関するお話もしていただき、新改訳聖書も見せていただき、新共同
訳聖書と見比べたのを思い出します。

そこで、改めてご質問させていただきます。
僕自身はキリスト者ではありませんし、聖書を深く研究しているわけでもありませ
ん。同志社というキリスト教教育の学校で学び、得た知識や経験だけです。そんな学
生の意見ですが、キリスト教に深く関わっていない学生だからこその意見だと思って
聞いていただきたいと思います。
「ツァラアト」を「重い皮膚病」や「かび」と訳している件について、大嶋牧師が反
対されている意味はとてもわかります。僕自身もわずかな期間だけでしたが、光明園
で学び、少しはわかっているつもりです。
しかし、「重い皮膚病」や「かび」と聖書に書かれてあったことによって、情景が頭
に浮かび、聖書に書かれてある内容がよりわかりやすくなったのは事実です。僕は
「ツァラアト」が何を指しているのかわかりませんが、対象が人になれば「重い皮膚
病」となり、対象がモノになれば「かび」となることによって、聖書に書かれている
シチュエーションが頭に浮かびやすくなります。「ツァラアト」のままでは、意味が
わからず情景が頭に浮かびません。
日本人にはわかりにくいという指摘は正しいように思います。確かに大嶋牧師が言う
ように訳せない言葉は本来の言葉のままカタカナにするべきなのかもしれませんが、
聖書に書かれている情景がより頭に浮かびやすくなり、より身近に感じることができ
るためには、「重い皮膚病」「かび」という訳は決して間違っていないのではないで
しょうか?
「重い皮膚病」=「らい病」=「ハンセン病」と考えることによって、ハンセン病元
患者の方々が悲しい思いをしたり、うつ病に苦しむ人が増えてしまうのかもしれませ
んが、それはとらえ方の問題であって、必ずしも読んだ人全員が「重い皮膚病」=
「ハンセン病」とはとらえないのではないでしょうか?
13:45
重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、
「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。
13:46
この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住ま
ねばならない。と聖書に書かれているのは事実であり、この「重い皮膚病」を「ツァラアト」に戻しても、事実は変わりません。僕自身にとっては余計に難しくなるだけです。文脈からして「重い皮膚病」という訳は通じると思うので、決して間違った訳だとは思えません。意味をとりちがえる可能性があるからという理由で元来の言葉をそのまま用いることは、聖書を読みにくくわかりにくいものにしてしまう効果もあるように思います。
適切な訳が見つからないのかもしれませんが、それらをハンセン病をはじめとする病
気に置き換えず「重い皮膚病」とするのであれば、問題ないのではないでしょうか?
長々と申し訳ありません。
僕が言いたいのは、「聖書のわかりやすさも大事にしたい」ということです。僕はキリスト者ではありませんが、聖書の言葉に何度も助けられました。それは聖書の言葉がわかりやすく、頭にイメージしやすかったからです。
僕はハンセン病についても学びましたし、実際に光明園家族教会で大嶋牧師の話も聞いているので、「ツァラアト」に戻すという案については反対しません。しかし、「重い皮膚病」や「かび」という表現についても反対できかねます。こんな一般学生の意見ですが、どのように思われますか?

○○大学○○部3回生の○○○○様
  12月11日にメールを下さったのに
 返事が遅れてすみませんでした。まとまりませんが、
 私の考えを書きました。

  三年前の夏に、光明園家族教会での皆さんの
 キャンプの集会で私がお話をしたことを、心に
 とめてくださり、ありがとうございます。

  トンボが指に、7,8回も止まった話は、私の牧師に選ばれた
と言う大切な根拠です。覚えてくださっていて感謝です。

 さて、新共同訳聖書と口語訳聖書は、従来の聖書の「らい」と言う言葉を
人の場合、「重い皮膚病」、衣服、壁、皮の場合は「かび」にに改訂しました。
  このように訳したもとの原語はヘブル語の「ツァラアト」です。
  「ツァラアト」には「らい」と言う意味はありません。「重い皮膚病」の内の
一つの分類に入るかはわかりません。でも、非常に、重い皮膚病と言う
非常に広い訳にするのには、誤りだと思います。抽象的で人の主観によって
特に、聖書では、「重い皮膚病」の人は汚れ者、宿営の外で住まなければならない
とあります。真面目な人は、神の言葉がそうなっているなら、汚れており、社会から
離れて住まなければならないと思ってしまいます。
  同じ、原語を人は「重い皮膚病」、衣服などに出来た「ツァラアト」は
「かび」に訳すことはおかしい。「ツァラアト」には「かび」の意味はない。
「重い皮膚病」はかびの一種かと思ってしまいます。
 「重い皮膚病」は「らい」を連想し、「らい」のただ、置き換えに過ぎない
と思う人が多いこともふさわしくない一つの理由です。
 ○○様がおっしゃるように、、「重い皮膚病」や「かび」と聖書に書かれて
あったことによって、情景が頭> に浮かび、聖書に書かれてある内容がより
わかりやすいとは、共同訳聖書委員会の意見でもあります。でも、間違った訳を
もって人にわかりやすいと誤解させることはおそろしい誤りです。
 「ツァラアト」は確かに汚れた状態であり、営所の外に住んだり、ものならば
焼かなければならないのですが、「らい」の人や物の「らい」、「ツァラアト」で違う
「重い皮膚病」は、「ツァラアト」でないから、もともと、汚れたものでもなく、営所
の外に住まなくて良かった。隔離されなくて良かった。「ツァラアト」の訳に、
「らい」、「重い皮膚病」、にした、するから、汚れた病、隔離されるものになった。
隔離されるものになる。
 新約聖書では、確かに、「ツァラアト」は、何かしら大変な状態だとはわかりますが、
具体性がないのは事実です。新改訳聖書刊行会の編集委員方は私の主張を調べ、
研究し、最もだと言うことで、旧約聖書、新約聖書とも、「ツァラアト」にし、
新約の「ツァラアト」には、レビ記13章を参照と脚注に書いています。レビ記13章を
よめば、「ツァラアト」はどういう状態かは、よくわかります。
  私は、長年も聖書の誤訳がハンセン病者を差別、偏見、隔離に追い込んだのだと
思うようになっています。教会員も自分は聖書に書かれいる「らい」だと強く思っている
人があり、私の悩みの一つです。
 私のホームページも、整理されておらず、わかりにくいかと思いますが、また、読んで
見てください。以上、述べたことを書いていると思います。2007年は「重い皮膚病」、
「かび」の改訂は進みませんでした。今年は、教会員とよく話して、どのように前進させていくべきかを検討したいと思っています。
 今年は、4回生になりますね。どういう方向にすすまれますか?神様の祝福とお導き
をお祈りします。2008年1月7日、大嶋得雄。
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大嶋先生へ 

返信ありがとうございました。ご丁寧に説明していただき、自分自身の認識を改める
部分があると痛感いたしました。率直な疑問を大嶋先生にぶつけて正解だったと思っ
ております。
ツァラアトの訳を、人だから「重い皮膚病」とし、物だから「カビ」とするのであれ
ば、「重い皮膚病」=「カビ」と認識してしまうことになり、とてもおそろしいこと
だと思いました。聖書にツァラアトという言葉がでてくることに関しては、まだまだ
疑問は残ります。やはりもう少しわかりやすい表現がないものなのか、何とかならな
いものなのか、考えてやみませんが、これは大嶋先生こそ長年考えておられる葛藤だ
と察します。
ツァラアトのわかりやすい訳が無いからといって、重い皮膚病やカビと訳すというの
はあまりにも乱暴であり、それによって傷つく人が存在するという現実を思うと、こ
の問題は安易に考えられるものではなく、『聖書』に関わるすべての人が改めて考え
るべき問題のように思いました。
一人の学生の単純な意見にも関わらず、ご丁寧に答えていただき、本当にありがとう
ございました。
 僕は現在、就職活動中ですが、神様の祝福とお導きがあれば幸いに思います。
               同志社大学商学部3回生の○○です。

大嶋先生
主の聖名を賛美いたします。
突然のメールをおゆるしください。クリスチャン新聞記者の○○と申します。
もうご存知かとは思いますが、昨日、聖書・新共同訳「重い皮膚病」につきまして、
JBS
からの公式発表文が届きました。クリスチャン新聞のニュース面で、まずはニュー
ス記事として短く記事掲載したいと考えております。
つきましては、先生からひと言、短くコメントをいただければと思い、メールをさせ
ていただきました。今日、明日中で、お電話させていただくのに差し支えのないお時
間など、ご相談させていただけますでしょうか?
よろしくご検討いただけましたら幸いです。
                            在主
○ ○様
 下記の通り、コメントをお送りします。
         記
聖書 新共同訳の「重い皮膚病」の見解に反対。
現代、「ツァラアト」は現実に無いので、ツァラアトのままにしておく方
が差別、偏見、誤解を生まない。「ツァラアト」を、「重い皮膚病」と「
かび」という二つの言葉にするのは問題であるし、重い皮膚病患者を苦しめ
ることになる。また、将来どんな重い皮膚病が流行するかも知れないから
「ツァラアト」が最善。(ハンセン病国立療養所長島愛生園内、長島曙教
会牧師・大嶋得雄)
 
大嶋先生
先ほどは、夜分の電話にもかかわらず、快く取材に応じてくださり心より感謝いたし
ます。ありがとうございました。早速、メールをお送りくださり感謝です。的確に、
また簡潔に要点を得た内容にまとめてくださり、ありがとうございました。そのまま使
わせて頂きたいと思います。先生の上に更なる特別な油注ぎがありますように、心から
お祈り申し上げます。取りいそぎ御礼まで。在主

 -- いのちのことば社 ジャーナル出版事業部 --
  クリスチャン新聞記者  ○  ○
 

大嶋さま
  
 メールをいただいておりましたのに、返信が遅れまして申し訳ありませんでし
た。異動してしまったこともあり、こちらの業務に追われている面もあって、ま
だ、聖書教会に取材もできていない現状です。
 公告はいつごろになる見通しなのでしょうか。
 
○○様
 
失礼しました。連絡せず、申し訳ありませんでした。
 公告などは下記の通り、出ました。
 苦慮しつつも、何も出来ないで、日々が過ぎています。
もし、記事になるなら、していただけませんでしょうか。
 私は、時期を見て、月一回くらいは、 日本聖書協会ビル前に立ち、
 新共同 訳聖書のレビ 13:45-46を、すなわち、次の御言葉、
 「重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない」を帯状のきれに書き、旗として立ち、このような誤訳の言葉が聖書があることを示し、国民の皆様がどのように思うか尋ねてみたいと思うほどです。多くの「重い皮膚病」の皆さんを不幸に落としいれると思います。あまりにも、非常識で、国民が知らない、クリスチャンはきびしく抗議をしないことを良いことにして、レビ記13の45,46を公表しない。かくしている感じです。「重い皮膚病」を公告までするなら、レビ記13の45,46の訳文も示して堂々と公告すべきである。

 カトリック新聞(03−5632−4432)とキリスト新聞社(03−3260−6445)は
1月27日に、日本聖書協会の公告を広告の形で、 日本聖書協会の文書を下記の
通りで、掲載をしました。私は、両新聞社の編集長(社長)に、広告だからと言って問題のある記事を載せるのは新聞人として、ふさわしくないのではないかと抗議しました。キリスト新聞社は、最後まで、検討していると言いながら載せました。
 クリスチャン新聞は、わたしのコメントを載せて、広告の形ではなく、記事として下記の通り1月27日付けで載せました。
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 カトリック新聞とキリスト新聞は、 日本聖書協会の原稿のとおり。
『聖書 新共同訳』「重い皮膚病」について
 
財団法人 日本聖書協会は、「聖書 新共同訳」に関して、読者から「重い皮膚病」と訳出される旧約聖書の原語「ツァラアト」及び新約聖書の原語「レプラ」を、すべて「ツァラアト」に翻訳訂正してほしいという要望を受けました。そのため、『聖書 新共同訳』を管理する共同訳聖書委員会(委員長・木田献一:山梨英和学院院長・山梨英和大学学長)の委員8名で約2年間にわたり協議した結果、下記のように結論にいたりましたので、読者の皆様に公告いたします。 協議の中で確認されたのは次の2点です。聖書の中で過去に「らい病」と訳されたことは、ハンセン病が特定されたのは歴史的に近代であり、それを特定した翻訳は不適切であったこと。次に、その原語である「ツァラアト」「レプラ」をそのままカタカナで表記しても一般名詞として説明しても説明がつかないことがあり、文脈の中で「重い皮膚病」「かび」と訳すことが現在考えられる最適な訳であることです。 「重い皮膚病」がハンセン病やその他の病を連想させる言葉だという批判に対しては、「用語解説」を付記することによって、今後聖書を読む方に誤解が生じないように努力することで一致いたしました。 「重い皮膚病」は、旧約ではヘブライ語「ツァラアト」の訳語として使われています。旧約のヘブライ語原典が「七十人訳」によってギリシヤ語に訳されたときヘブライ語の「ツァラアト」は「レプラ」に訳され、新約聖書も「レプラ」を踏襲しています。『聖書 新共同訳』は1987年の発行当初、旧約聖書の「ツァラアト」を「重い皮膚病」と「かび」に訳し分け、新約聖書の「レプラ」を「らい病」と訳していましたが、1997年版からは新約聖書の「レプラ」を「重い皮膚病」に変更しています。 旧約の「ツァラアト」は、祭儀的な汚れの観点から書かれているため、病理学的にいかなる病気か明瞭でなく、ただそれが人体について言われる場合には、一般的に皮膚の疾患であることに異論を唱える学者はありません。別の箇所では、衣服や革製品、家屋の壁などにも生じるとされているので、その場合には、「かび」と訳出しています(レビ記13章47節以下27回)。 そのためレビ記13−14章では、「ツァラアト」を「重い皮膚病」と「かび」に訳し分けています。その理由は、ヘブライ語聖書では両者は外見上の類似によって、共に「ツァラアト」と言う同一の語で表しうると考えられていたからです。 ハンセン病が旧約の時代のパレスチナにすでに存在していたかどうかは、病理史的に疑問とされ、否定的な見解が多数を占めています。 レプラは、新約聖書では福音書にのみ現われますが、必ずしもハンセン病を指すわけではなく、ツァラアトと同じように祭儀的な汚れの意味で用いられています(マルコ1章40−45節と並行箇所)。 一般的に日本語で「らい」、英語で「レプロシー」と言われてきた病気は、ノルウエー人の医師ハンセンが「らい」の病原菌を発見するまでは、そもそもこの病気についての正確な診断がなされる保証はありませんでした。「らい病」に類似した病状が認められれば、通俗的に「らい」とい語が適用され、またその病気に対する無理解のために、世界のいたるところで、不当な差別と隔離が行われました。ハンセンによる病原菌の発見とプロミンをはじめとする特効薬の開発以後、現在では、かって行われていたハンセン病者の隔離や差別が極めて不当なものであったことが、わが国でも公的に確認されています。 旧約時代においても、新約時代のパレスチナにおいても、聖書で「ツァラアト」あるいは「レプラ」と呼ばれる「重い皮膚病」にかかっている病者に対して不当な扱いがなされ、隔離と差別が広く行われていたことは否定し難い事実です。そのような状況の中で、旧約の預言者たちが、また特にイエスが、祭儀的な「汚れ」とされていた「重い皮膚病」から人々を救い出したことが、聖書の中で奇跡的な出来事として記されているのです。 「ツァラアト」というヘブライ語は日本人には全く理解不可能な単語であり、訳としての意味をなさないだけでなく。このヘブライ語が旧約の中ですでに差別語として使われていたのではないかと思われる例が見られます。列王記上11章26節に北イスラエル王国の最初の王となったヤロブアム一世の母の名はツェルアであったと記されていますが、この名は「ツァラアトにとりつかれた者」の意味であり、ヤロブアムを批判する立場から使われていたであろうとケーラー・バウムガルトナーの『ヘブライ語・アラム語辞典』は指摘しています。「重い皮膚病」と訳出したヘブライ語の「ツァラアト」およびギリシア語の「レプラ」が実際にどのような皮膚疾患であったのかを確実に判断しうる資料がないので、一般の読者に理解しうる訳語として「重い皮膚病」を採用し、巻末に「用語辞典」を付記することにしました。                    2008年1月                 財団法人日本聖書協会                   総主事 渡部 信クリスチャン新聞の記事は次の通り。訳語「重い皮膚病」を堅持新共同訳の翻訳訂正要望に結論巻末に用語解説の付記で対応 「聖書 新共同訳」の読者から、「重い皮膚病」と訳出した旧約聖書の原語「ツァラアト」(ヘブライ語)及び新約聖書中の「レプラ」(ギリシャ語)をすべて「ツァラアト」の翻訳訂正をしてほしいと要望を受けていた財団法人日本聖書協会(JBS)は、同聖書の巻末に「用語解説」を付記する前提で「重い皮膚病」を採用することを決めた。同聖書訳文を管理する共同訳聖書委員会(木田献一委員長)は、この問題について2年間にわたり協議を続けてきた。今回。最終の委員会決定として、旧約の「ツァラアト」は祭儀的な汚れの観点から書かれているため、病理学的には正確にいかなる病気か明確でなく、ただそれが人体について言われる場合には、「一般に皮膚の疾患であることに異論を唱える学者はない」こと、また「ツァラアト」ということばは、人名や地名などの固有名詞と違ってそのままカタカナ表記しても一般名詞として説明がつかず、日本人には全く理解不可能な単語であることを挙げている。これに対し異論を唱えてきた大嶋得雄氏(単立・長島曙教会牧師)は、「現代、「ツァラアト」は現実にないので、「ツァラアト」のまま用いる方が誤解、差別、偏見を生まない。また、1つの「ツァラアト」という言葉を「重い皮膚病」と「かび」という2つのことばにするのは問題であるし、重い皮膚病患者を苦しめることになる。また、将来どんな重い皮膚病が流行するかもしれないから「ツァラアト」のままが最善」とコメントした。JBS総主事の渡部信氏は、今回の公告による発表が対個人のものではなく、「すべての読者の方々に対してJBSの立場を明らかにするためのもの」とした上で「反対意見の主張点は、「重い皮膚病」という表現が、かって訳語として用いていた『らい』。またはハンセン病を『連想させる』と言う点であり、以前の訳語に触れたことのない新しい世代の読者にとっては「重い皮膚病」が必ずしも『らい』を連想するとは限らないこと、また、そうでない多くの読者の方々に対しても、その配慮として『用語解説』を付記することによって、「重い皮膚病」が『らい』またはハンセン病でないことを説明し、誤解を生じないよう努力することで意見が一致した」と説明した。新共同訳聖書では従来の訳語「らい病」がハンセン病との誤認を招く可能性があることから1997年版から暫定的に「重い皮膚病」に置き換えていた。なお、私は、1月27日(日)の長島曙教会の礼拝で次の礼拝プログラムと予告をして、下記の説教をしました。 2008年1月27日付長島曙教会週報裏記事第2328号週報 2008年1月27日 長島曙教会、聖日礼拝 一月二七日午前9時15分 「「重い皮膚病」と「かび」の訳について」 司会 大嶋美枝子副牧師 奏楽 二宮鐘秋兄前奏讃詠  546交読  5 詩篇19篇讃美歌 9 ちからの主を聖書  レビ記13章45−42節           口語訳聖書  153頁           新共同訳聖書 210頁           新改訳聖書  193頁祈祷 司会者主の祈り 564讃美歌 301(山べにむかいて)使徒信条 566説教  大嶋得雄牧師讃美歌 338(主よおわりまで)祈祷 一同頌栄 543祝等  大嶋得雄牧師聖日当番 今井静香姉、大嶋良兵兄 今日の聖日礼拝には、大嶋得雄牧師が説教のご用に当たります。日本聖書協会出版の口語訳聖書、新共同訳聖書は「らい病」と訳していましたが、暫定訳として、人の場合は「重い皮膚病」、衣服・皮・壁の場合は「かび」と置き換えました。大嶋牧師はいのちのことば社の新改訳聖書のように原語のヘブル語の「ツァラアト」に改訂することを要請してきました。しかし、日本聖書協会は、一月二六日(土)付のカトリック新聞とキリスト新聞、二七日(日)付のクリスチャン新聞に暫定的ではなく正式に「重い皮膚病」と「かび」に決定して今後も使用し続けると公告しました。「重い皮膚病」と「かび」の訳には次の問題点があります。@一つの原語を意味の異なる「重い皮膚病」と「かび」に訳す誤り。A読者はこの二つのことばが同じ原語であるとはわからない。B人に関して、重い皮膚病と訳せばアトピー、アレルギー性皮膚炎他の重い皮膚病がある。昨夏、私の友人(牧師)は、百万人に四、五人と言われる重い皮膚病(スティーブ・ジョンソン氏症候群?)になった。口語訳聖書、新共同訳聖書に「重い皮膚病の人は・・汚れた者と呼ばわらなければならない。・・すまいは宿営の外でなければならない」と書かれていると、これらの重い皮膚病の人を苦しめる。 大嶋牧師はクリスチャン新聞社からこの公告についてのコメントを求められたので反対理由として、「現代、『ツァラアト』は現実にないので、ツァラアトのままにしておく方が差別、偏見、誤解を生まない。『ツァラアト』を『重い皮膚病』と『かび』という二つの言葉にするのは問題であるし、また将来どんな重い皮膚病がおこるかも知れないからツァラアトが最善」と意見を述べた。1月27日の礼拝説教説教の原稿は次の通り。ほとんど、変わっていません。 「重い皮膚病とかびの訳について」  (レビ記一三章四五〜五二節)2008・1・27(日) 本日付けの週報をご覧になられ、ただいま司会者に読んでいただいた聖書の箇所、説教題をお知りになられて、今日の説教題は妙だなとお思いになられる方が多いことと、思います。皆様方は、重い皮膚病とかびの訳と聞けば、すぐ、これは、以前の「らい」の言葉の改訂された言葉だとお分かりになられたと思います。私は、「重い皮膚病」と「かび」の言葉はふさわしくないから、二〇〇五年に日本聖書協会へ、口語訳聖書と新共同訳聖書の「重い皮膚病」「かび」の言葉を改訂するように要望しておりました。ところが、日本聖書協会は、昨日、1月26日付けのカトリック新聞、キリスト新聞に、「重い皮膚病」と「かび」の訳が最適な訳であると確定的に、このように大きく公告を出した。クリスチャン新聞は私の反対意見のコメントを書いて、記事として一月27日付け新聞に掲載しました。こういうことで、神様は、今日の講壇で語るようにお示しくださったのだと思います。さて、日本で読まれている三大聖書は日本聖書協会発行の口語訳聖書、新共同訳聖書といのちのことば社発行の新改訳聖書である。これらの従来の聖書の中には、約六四回の「らい病」「らい病人」の言葉があった。アメリカやヨーロッパなど世界の国々の聖書でもその国の「らい病」「らい病人」の言葉で訳されていたと思います。主だった国の聖書を調べてそうでありました。約五〇年前に医学博士のS・G・ブラウン、同じく医学博士R.G.コクランとアメリカのカービル療養所の入所者で薬剤師のスタンレー・スタイン氏が聖書の中の「らい」は医学上の「らい」ではないと訴えていた。カービル療養所に、コクランが出入りし、彼は「聖書に描写されている白色の症状は、絶対にハンセン病ではない」、「聖書に描写されている症状に、ハンセン病の特徴を示すものは一つもない」、「この病気は宗教的な罪のしるしとみなされているので、かかった人は自分を呪われた人間と考えて精神的に苦しむ。古来よりこの考えは、患者に筆舌につくしがたい苦しみを与えてきた」と言う論文を医学雑誌に掲載した。確かに、古い古典的な聖書の注解書には、「この病気は、罪の最もいきいきとした驚くばかりの雛形である」等と書かれている。 スタインはカービルでスター(星)と言う新聞を発行し、編集長でもあったのでスターにこの論文を乗せた。今でも、スターは発行されている。スタインは次のように言った、「私が30年にわたる戦いを続けることが出来たのは、・・・多数の学識ある人々がコクラン博士の論文を支持してくれたからである。・・・これで、私がレプロシー(らい)、レパー(らい患者)と言う忌まわしい言葉に戦いをおわかりいただけよう。これら二つの言葉が使われている限り、この病気と罪との誤った関係は続き、不当な聖書の烙印が消えることがない」と。しかし、スタインの働きは報われないまま、召されて行った。元世界失明防止教会副会長の W.G.ホームズ博士も、「レプロシーは恐ろしい病気で遠ざけねばならないという欧米社会の偏見は、実は、バイブルとキリスト教社会が、2千年にわたって、人の心に植え付けたものだ」と言った。このように、キリスト教界は長年、「ツァラアト」と言う原語を「らい」と誤訳して、罪やけがれの譬えに、あるときはイエス・キリストの愛を最高に表すものに用いてきた。らいと誤訳しないでも、いろいろな真実なものや出来事で、罪をあらわし、イエス・キリストの愛を、原語の「ツァラアト」のままで、それらをあらわすことが出来るのにである。日本では、一九九六年に「らい予防法」が廃止された。呼応するように、日本聖書協会は一九九七年に新共同訳聖書は暫定的に、人のらいを「重い皮膚病」に、衣服などのらいを「かび」に置き換えた。聖書のらいはハンセン病と異なると言う理解も出てきたが、「らい予防法」が廃止されたことと、「らい」は差別語であることが言われかけたので対応した感が強い。二〇〇二年には、口語訳聖書も同様に置き換えられた。いのちのことば社は二〇〇三年に新改訳聖書の「らい」の言葉を原語のヘブル語「ツァラアト」に改訂した。いのちのことば社は色々な言葉を造語を模索したが、結果的に私の主張どおり、「ツァラアト」にした。  暫定だと言った日本聖書協会の「重い皮膚病」「かび」の訳が8年も過ぎたので、私は、同協会へ、二〇〇五年八月に「重い皮膚病」「かび」の言葉を次の理由から「ツァラアト」に改訂するように要望した。 @現代、現実に、これがツァラアトだというものはない。 A「重い皮膚病」と訳せば、色々な重い皮膚病患者がいて、特に、レビ記一三章四五、四六節によって苦しめられることになる。アレルギー性皮膚炎、アトピー,紫斑病、その他多くの「重い皮膚病」がある。 B一つの言葉であるツァラアトを、意味の異なる「重い皮膚病」と「かび」に訳すのは誤りである。 Cらいを置き換えた言葉であるので、ハンセン病と違うのだと言われても、連想してしまう。 しかし、日本聖書協会は、この度、カトリック新聞、キリスト新聞に、「重い皮膚病」と「かび」の訳が最適な訳であると確定的に公告を出した。残念である。 クリスチャン新聞は公告ではなく、記事として扱い、私のコメントをも載せて発行した。昨夏、私の友人の牧師は、多分スティーブ・ジョンソン氏症候群ではないかと言う100万人に4,5人の発祥と言う大変ひどい全身の「重い皮膚病」になった。彼に、口語訳聖書と新共同訳聖書の重い皮膚病」の訳の感想を聞いた。十羽一からげに言ってくれたら困ると言われた。そして、自分のほーページに「ツァラアト」を「重い皮膚病」と訳すことに無理がある、家族と離れて一人、住まなければならないは問題であると掲載した。関東にいるある牧師さんが昨日手紙をくれた。新共同訳が修正をしないと発表したことに心を痛めていますと。なぜ、「重い皮膚病」と「かび」の訳にこだわるのか。誰が、子供が考えても、レビ13:45 重い皮膚病にかかっている患者は、衣服を裂き、髪をほどき、口ひげを覆い、「わたしは汚れた者です。汚れた者です」と呼ばわらねばならない。13:46 この症状があるかぎり、その人は汚れている。その人は独りで宿営の外に住まねばならない。おかしいと思う。こんな言葉が聖書の中にあることを、社会の人が知ると、驚くと思います。色々な「重い皮膚病」で苦しんでいる人は怒るであろう。なぜ、「重い皮膚病」を確定し、堅持することを公に公告したのだろうか。ある牧師さんは説教の中で、『ここでいう「重い皮膚病」と訳されておりますのは、多分らい病、ハンセン病のことではないかと思います』と説明して、ホームページ載せているとおり、聖書のらいは、ハンセン病でないとは表向きにはいいながら、ただ、「重い皮膚病」に置き換えただけに過ぎない。 「らい」は差別語だから、「重い皮膚病」に置き換えただけだと勘ぐってしまう。もう一つ、「改訂すると、多額のお金がかかるからである。誰が考えても、おかしい、「重い皮膚病」の文章に変えない。この度の、 日本聖書協会の大々的な新聞公告は、非常に残念だと思う。悲しくなる。これは、皆さんを苦しめてきた聖書のらいの誤訳の延長である。力のある 日本聖書協会がこんなに強圧的にしてこられたら、どうする事も出来ない。でも、神様にお祈りして、神様に助けを求めて。小さくはあるが、改訂をなお、求め続けたい。ご理解とお祈りの支援を御願いする次第であります。----- Original Message -----From: "宮城良平 Miyashiro Ryohei" <miyashiro.ryohei@kyodonews.jp>To: "Uruo Oshima" <uruooosima@mx1.tiki.ne.jp>Sent: Wednesday, January 30, 2008 12:44 PMSubject: Re: 聖書の「重い皮膚病」の改訂に関して。(修正)> 大嶋さま>  >  共同通信の宮城です。今は異動になりまして大阪で仕事をしています。その節> は大変お世話になりました。>  メールをいただいておりましたのに、返信が遅れまして申し訳ありませんでし> た。異動してしまったこともあり、こちらの業務に追われている面もあって、ま> だ、聖書教会に取材もできていない現状です。>  公告はいつごろになる見通しなのでしょうか。>>> On Fri, 18 Jan 2008 07:08:46 +0900> "Uruo Oshima" <uruooosima@mx1.tiki.ne.jp> wrote:>>> 宮城良平様>>>>  昨夜、下記のメールを送らせていただきました。>>  どのように、お受け取りになられるかは、わかりませんが、>> 少し、私が、あわててしまいました。>>>>  キリスト教新聞に掲載されましたら、その公告をお送りします。>>  もし、働きかけをしてくださるならば、この後で御願いします。>>   昨夜、少し、きびしく私のホームページに書きましたが、今、>>  削除し、少し、やさしい文書にしました。 お元気でご活躍のことと、思います。一昨年はお世話に>> なりました。そのとき、東京新聞、中日新聞、南日本新聞などに>> 載せていただき、啓発になりました。>>  ご存じのことを書いて恐縮ですが、 日本聖書協会が1,996年>> の「らい」予防法廃止のとき、暫定訳として、「重い皮膚病」に変えました。>> この訳は問題があり、あるので、記事にしてくださったと思います。>>  その後も、改訂運動をしていますが、このたび、「重い皮膚病」こそ、>> 最もふさわしい訳だとカトリック新聞、キリスト新聞、クリスチャン>> 新聞に公告すると言ってきました。>>   こんな聖書の訳をし、人々を困らせると思うのですが、ごり押し>> です。>>  すみませんが、このことについて、わたしのホームページの最初に>> 載せています。一度、見てくださいませんでしょうか?これは、>> ただ、キリスト教界だけのものでなく、聖書は日本でも、ベストセラー>> と言われ、人々に関係するものです。どうか、ごらんになってください。

                               大嶋得雄。

 ◎2007年夏、大変「重い皮膚病」(診断名つかなかった・多分、スティーブ、ジョンソン氏症候群ではないかと言われた)大阪の高原幸男牧師からのメール一回目。

  さて、ホームページもさーっとですが、拝読し、正直「重い皮膚病」でしたら、私もヒゲを伸ばしましたので、それに覆いをして「汚れた者、汚れた者」と叫びつつ、人々から離れ、除外されねばならない者ですね。・・・・・・・。
 証しと、病気の時の写真を添付しておきます。参考にして下さい。
 また、木田先生始め、聖書翻訳に関わる先生方に知らせていただいても結構です。
「重い皮膚病」であった私です。この病気は一切感染しないと大学病院のお医者さんが明言し、自由に院内を歩くことを許して下さっていました。見た目は醜い存在でしたので、院内で私を見るなり、ハッとしていた人がいたことがたびたびでしたが、多くの人は、別に意識もしておらず、売店で自由に買い物をしていました。私は自由でしたが、「重い皮膚病」も感染する物も当然あるでしょうが、無い物もあることを考え、十把一絡げで「言葉を限定」することは、如何かな、と思いますね。
 
 高原牧師からの2回目のメール。
 大嶋先生、長い文章になりましたが、結論的な答えを持ちません。正直、私には知識が足りません。神様に祈っています。同級生と言うことと、「重い皮膚病患者」であったことで、お返事をしておきます。
奥様にもよろしくお伝えください。
よろしくお願いします。   高原幸男
ブログを見てください。 http://jpnmission.blog42.fc2.com/
アガペ宣教会・日本ミッション    
 534-0012
大阪市都島区御幸町2-2-9

━━━━━━━━━━

 

先生、頑張ってくださいね。
私のブログに「重い皮膚病」のことで書きました。
読んでみてください。参考になるかも知れません。
また、多くの人に私の経験を通しての見解を知って貰うために、紹介および、ブログアドレスを添付して自由に使ってください。   高原幸男

On Fri, 18 Jan 2008 07:08:46 +0900
"Uruo Oshima" <uruooosima@mx1.tiki.ne.jp> wrote:


大嶋さま

 
 共同通信の宮城です。今は異動になりまして大阪で仕事をしています。その節
は大変お世話になりました。
 メールをいただいておりましたのに、返信が遅れまして申し訳ありませんでし
た。異動してしまったこともあり、こちらの業務に追われている面もあって、ま
だ、聖書教会に取材もできていない現状です。
 公告はいつごろになる見通しなのでしょうか。
>
共同通信社・宮城良平様
>
 昨夜、下記のメールを送らせていただきました。
>
 どのように、お受け取りになられるかは、わかりませんが、
>
少し、私が、あわててしまいました。
>
 キリスト教新聞に掲載されましたら、その公告をお送りします。
>
 もし、働きかけをしてくださるならば、この後で御願いします。
>
  昨夜、少し、きびしく私のホームページに書きましたが、今、
>
 削除し、少し、やさしい文書にしました。
>
               記
>
 お元気でご活躍のことと、思います。一昨年はお世話に
>
なりました。そのとき、東京新聞、中日新聞、南日本新聞などに
>
載せていただき、啓発になりました。
>
 ご存じのことを書いて恐縮ですが、 日本聖書協会が1,996年
>
の「らい」予防法廃止のとき、暫定訳として、「重い皮膚病」に変えました。
>
この訳は問題があり、あるので、記事にしてくださったと思います。
>
 その後も、改訂運動をしていますが、このたび、「重い皮膚病」こそ、
>
最もふさわしい訳だとカトリック新聞、キリスト新聞、クリスチャン
>
新聞に公告すると言ってきました。
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こんな聖書の訳をし、人々を困らせると思うのですが、ごり押し
>
です。
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 すみませんが、このことについて、わたしのホームページの最初に
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載せています。一度、見てくださいませんでしょうか?これは、
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ただ、キリスト教界だけのものでなく、聖書は日本でも、ベストセラー
>
と言われ、人々に関係するものです。どうか、ごらんになってください。
>
御願いします。           1月18日、大嶋得雄。


大嶋先生へ
 こんにちは、○○○○と申します。
私は金沢大学の学生です。先生が覚えていらっしゃるかは分かりませんが、昨年の9月にバイクで西日本を一人旅していた時に、牧師である父親の○○○○から紹介してもらい、曙教会をお尋ねしたことがあります。先生には教会で直接お会いし、少しの間交わりを持っていただきました。さらに、愛生園でハーモニカの上手な近藤さんを紹介していただき、近藤さんとも交わりを持たせていただいきました。本当に大切な時間をすごさせていただき、とても感謝しています。ありがとうございました。
当時は先生がどのようなお働きをなさっているのかをよく存じ上げずに訪問したものですから、特にそのようなお話にはならなかったのですが、ふとしたときに先生の聖書訳改訂のための多くの働きについて知ることになり、HPを拝見させていただきました。そして今回このようにメールをさせていただきました。
僕もツァラアトについて多くの誤解を持っていたことを深く反省しました。そしてHPによってきちんとした聖書の言葉に触れることができることに喜びを感じました。
 また、ツァラアトについてもさることながら、先生のお働きに対する先生の姿勢を見るときに、キリスト者としての姿勢を深く教えられました。「君が代、日の丸問題」など、教会内においてもきちんとした目を持たなければ簡単に間違った方向に流されてしまうことを思います。先生のように、開かれた目と、告白する勇気と、学ぶ姿勢を、僕も持っていくことができたらと強く思いました。
 先生のお働きのためにもお祈りいたします。
 僕は今年大学を卒業して献身します。また機会があれば長島を訪ねたいと思います。お会いできる日を楽しみにしています。
                                                              2008年9月12日、○○○○

 



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