不登校について

あっきーは幼稚園の時 まあちゃんは小学校2年生の時でした
そのとき考えたこと 感じたことを書いてみようと思います

あっきーのこと

あっきーが幼稚園に行けなくなったのは入園してすぐ…5月の連休が明け
から…
入園当初はとっても張り切って楽しそうに過ごしていたのに 連休が明けて
幼稚園から帰ってくると次の日から突然『行かない!!』と言い始めました
理由を聞いても 黙りこくってなにも言わないあっきー
あんなに楽しそうだったのになんで?と私ははじめてのあっきーの強硬な
態度に混乱をしてしまいました
それでも なんとか毎日叱りつけるようにして幼稚園へ行かせている内に
あっきーの様子が段々変わった来た
なにを言っても聞き入れない… 叱っても動じない… なになに?なにで
こんな事になってしまったんだろう…
相談する相手も見つからず 子どもの心がまったく分からなくなってしまい
すごく孤独だった

そうしている内に 幼稚園の担任の先生から電話が掛かってきた…
『お家でなにか変わったことはないですか?』という問いかけでした
私はその電話にすがりついて泣きながら今の状態を先生に訴えました
救いの手が見えた… そんな思いでした
先生は黙って話を聞いてくださって『そうですか…園でも最近様子がおか
しいと思っていたんです あんなに元気だったのに最近はすぐ泣くように
なってきました…』 周りの友達からも泣き虫と思われ掛けているので少し
話をしませんか?という電話でした

それから 幼稚園に出来る限り一緒に通うようにする
お弁当を持っていき一緒に食べて一緒に帰る…
よくよく考えれば こんなにもあっきーと一緒にすごした時間はなかった
ように思います
1歳8ヶ月でまあちゃんが生まれ それから体調の悪い弟が最優先の生活
をしてきていたあっきー
あまり集団生活の準備もないままに幼稚園に入り しばらくはその世界が
新鮮に映っていたらしいけど ふっと気がついたらしい…
『ぼくが幼稚園に行っている間 まあちゃんとおかあさんはなにをしている
んだろう…』そう思うと家にかえりたくなって泣いていたと随分後になって
話してくれた…
淋しかったから… おかあさんをまあちゃんに取られた気がしたんじゃ…

本当なら 下の子が産まれたときにあってもいいあかちゃん返りというもの
があっきーにはなかった気がする
いつも黙ってまあちゃんの病院に着いてくる生活…
外に出られないまあちゃんと一緒に家の中で過ごした未就園の時期…
あまりにも幼児期に必要な経験をさせていなかった事にそのときはじめて
気がついた

それから 幼稚園の先生と相談し 毎日毎日あっきーとの時間を取った
あっきーの為だけに何かをして上げる…
たとえ数分でもいいから その子だけを見つめる時間を取ってみたら…
というアドバイスを実践してみた…
あっきーを膝に乗せて 毎日絵本を読んだ…
いつも まあちゃんの指定席だった所にいる自分がはずかしかったのか
初めはモゴモゴしていたけど そのうち落ち着いていられるようになった
一番大好きだったのはエリックカールの絵本『はらぺこあおむし』という本
今でも大切にあっきーの本立ての中にある…

しばらくして『もう 幼稚園にこんでもええよ…』と出掛ける用意をしている
私にあっきーが言った…
『もう こんでもええけん 自分で歩いてかえってくるけん…』そう言って一人
で家を出掛けていったあっきーを私は呆然として見送った…
それからのあっきーは まあちゃんがひざにいたらどかして自分が入って
来ることが出来るようになった
私に抱きついたり 我が儘を言ってくれるようになった…
振り返って思えば なんていい子を演じていたんだろうと思う…
いい子でいることが自分の位置だと思っていたのかもしれない…
辛い思いをさせていたんだ… それに気がつかなかった私は本当に未熟
者です…
担任の先生にそう話をした私に 先生は『おかあさん 早くにあきちゃんが
表現をしてくれて 信号を出してくれてよかったね… 今からなら取り戻せる
からね 大丈夫だから…』そう言ってくださった

それから 私はあっきーをお兄ちゃんと呼ぶことをやめた
2歳しか違わないのだから 同じようにしようと決めた
だから まあちゃんは未だに『あきちゃん』と呼ぶ… 
お兄ちゃんとは呼ばない
そのうち 二人の中で兄と弟という自覚が出来てくるまでそうしようと思って
いる…

まあちゃんのこと

まあちゃんが突然学校に行かなくなったのは 小学校2年の夏休み明け…
学校の裏門まで送っていっても車から降りないまあちゃん…
『今日は休む…行きたくない…』というまあちゃんとなんとか行かせようとす
る私との押し問答を出勤されてきた数人の先生が見かけて声を掛けてくだ
さった… 担任の先生も来てくれて『じゃあ 今日だけ休んでもいいけど明日
は来るんだよ…』という約束をしてその場から家に連れてかえった…

それから 毎日裏門での押し問答が始まった
行きたくないというまあちゃんと行かせたい私… 
登校拒否にはさせたくないと必死だった気がする…
泣きながら先生に連れて行かれた日もあった…
毎日毎日 学校の玄関で親子げんかをしていた
私はなんで登校拒否なんかになってしまったんだろう 私の育て方がやっぱ
り悪かったんだ… でも学校にはなにがなんでも行かせなくては…
という変な意地があったと今から思えばそう思う…
ガンガン泣くまあちゃんを保健室の先生に引き離してもらって家に帰った事
もあった… 
でも それが仇になってとうとうまあちゃんは完全に学校に行けなくなって
しまった

そうすると今度は 毎日先生がやってくる…
『明日はこれる?』と宿題を持って毎晩7時に来て下さるんだけど 今度は
その時間が辛くなっていくまあちゃん…
そのときの担任の先生は私に『僕のやり方が悪かったと上の先生に叱られ
ました…だからまあちゃんに来てもらえるまで毎日来ます…』と言われた
自分の失敗を埋めるために ここに来ているのなら来てくれない方がいいと
思った
明日はこれる?という答えにはNOは用意されていなかった…
うなずくしできない質問… YESを期待されていることが伝わってくる…
私は担任の先生に しばらく家で様子を見させてください…とお願いをした

先生の姿を見て 私も気がついた…
私もまあちゃんに『なにがあったん?なにかいけんのん?なにが辛いん?』
と質問責めにしていた
その中からまあちゃんの学校にいけない原因を探ろうと必死だった
でも 答えなんてなかったのかもしれない… あったとしても説明できなか
っただろう… 

しばらくして なにかの用で学校に行っていたときにある幼なじみの女の子
がまあちゃんに向かって言った一言…
『まあちゃん いつまでそんなことしょうるん!みんな心配しとるんで!』と少し
きつく言われたらしい…
それからまあちゃんはころっと変わった…
『明日から学校にいくけんな いくけんな… でも教室にはいかんけん…
保健室でもええかなぁ?』と聞いてきた
びっくりしたのは私の方で なにかあったのか不思議で仕方なかった…
『○○ちゃんが 怒ったんじゃ… なにしょうるんならゆうておこったんじゃ…』
とすごく困った様子…
その様子がおかしくておかしくて 泣き笑いをしてしまったことを覚えている
親や先生のどんなやさしい言葉より 友達に自分のしていることを正面から
指摘されたことがかなり響いたらしい

それから まあちゃんの保健室登校が始まった…
初めは1時間だけ・・そのうち2時間・・給食まで・・給食を食べてから・・
そのうち最後まで保健室で過ごすことが多くなった…
絵を描いたりプリントをしたり のんびり過ごしていたようだ…
でも 教室にだけは入れない状態が続いていた…

給食は学級から給食係りさんが保健室まで運んでくれていた…
それを取りに行かせる かたづけに行かせるようにし始め… その内には
教室で給食が食べられるようになった…
かなり時間が掛かったけど それでも1日1日とすこしずつ気持ちが変わっ
ていっているのが分かった…

約半年くらいかかったけど 3学期はなんとか教室に戻ることができた…
でも その後もちらちらと『行きたくない』コールが掛かる…
そんなときは『やすめばええがぁ〜〜 しっかり休んで元気になったらまた
学校にいけばええがぁ〜〜』と言ってやることにしている
するとしばらく考えて『やっぱり行くけん…』と支度を始める…

不登校になって 慌てるのはどこの親もおなじだと思う
子どもの心が分からない… どうして どうして…
なんでうちの子が… なにが悪い? 誰が悪い?
原因を探す日々はとてつもなく不安で孤独…
周りの元気に通っている子ども達がうらやましく 劣等感に覆い被さられた
ような…言いようのない親としての敗北感…
こんなにも子育てが辛いと思ったことはなかったように思う…

最近になってまあちゃんが話してくれた事がある
『ぼくなぁ 淋しかったんじゃ… 学校いっても友達おらんかったし いっつも
ひとりじゃったし… できんこといっぱいあったし… 淋しかったんじゃ…』
もう5年も経っているのに まあちゃんは忘れてはいなかったんだなぁ…
学校に行けなかった自分を懐かしんでいる気がする…
『今は学校がたのしいでぇ 友達もできたしなぁ〜〜』と話せるようになった
病気が分かって 出来ないことも増えたのにあの頃より学校をたのしんで
いる気がする…
やっぱり 友達って大切なんだなぁと改めて思う
今 まあちゃんにとって【保健室に行かないこと】が【がんばっている自分】を
表現する方法になっている…
保健室はまあちゃんにとって逃げてもいい唯一の場所だったんだなぁ
それから先 またおなじ事が起こるかもしれないけど… 
でも できるだけ焦らずに行こうと思う…