「まいったな…」
 グラウンドを濡らす雫を見て、アスランは深々と溜息を吐いた。
 夕方から雨が降ることは知っていた。しかし、まさか委員会がこんなに長引くとは思わなくて、傘は持参していなかったのだ。
「…仕方ないか」
 今日は確か母の帰りは遅かったはず。濡れて帰っても怒られることはないだろう。走って帰れば、学校から自宅までは風邪を引くほどの距離でもないし。
 先に彼を帰しておいてよかった、と心底思う。
 会議が終わるまで待つ、と言った親友を、いつまでかかるかわからないからと無理矢理帰した数時間前の自分の判断は正しかった。彼も傘は持参していないから、もしあのまま待たしていたら二人して濡れ鼠になっていたことだろう。
 それだけでも免れたことが、唯一の救いだ。


 鞄を抱え込み、一呼吸置いて、一気に駆けだす。
 夕暮れの雨の中を出歩く人は少ない。誰にもすれ違うことも追い越すこともないまま、ちょうど中間の河原の横にさしかかった時、やっと人影が見えたくらいだ。
 雨の中に傘も差さずに佇んでいる人影を目の端にかけながら、通り過ぎようとして。
「…キラ?」
 まさか、と思いながら口に出た名前に、人影はゆっくりと振り返る。
 何故ここにいるのか。
 こんな所で何をしているのか。
 疑問はいくらでも湧き上がってくるけれど、そんなことは些細でしかない。
 アスランは足を止め、先に帰ったはずの親友の元に進路を変えた。
 彼はどこかぼんやりとした表情で、己に近づくアスランを見ている。その手には何もなかった。鞄は何処だろうと軽く周囲を見渡すと、少し離れた木の下に置かれているのが視界に入った。何の建築物もない河原で雨をしのげる唯一の場所だ。あそこなら鞄は濡れていないだろう。
 だけど、キラは…?
「濡れるぞ、キラ」
 既に二人ともびしょ濡れの状態なのだから意味のない台詞だが、言ってしまうのはもはや癖だろうか。
「いいよ。このままで」
 キラは再び河へ視線を戻す。
 雨のせいで常より増水した河は、濁った色をしていた。
「いいわけないだろ。風邪引く」
「いいんだ」
 聞く耳持たないキラに、アスランは違和感を感じた。
 キラが突飛でもない言動をすることは日常茶飯事だ。妙に頑固なところがあることもよく知っている。
 けれど、今のキラは、いつもとは明らかに違っていた。
 雨に打たれながら、何処か遠くを見つめるキラ。
 滴り落ちる水滴に霞んでいく風景の中に、キラさえも霞んでいくようで。
 漠然とした不安が背筋を走った。

「キラ…」
 衝動的に抱きしめた。鞄が地に落ちるが、雨音に消されて二人の耳には届かない。
 キラは一瞬目を見開き、ゆっくりと伏せながらアスランに体重をまかせる。


 雨の中で二人、静かに互いを感じていた。






 あの時、キラが何を思っていたのか、アスランが知れることはなく。


 ただ、怖かった。
 何がだろう。理由も原因もわからずに、ただ不安を拭うために腕を回した。
 キラも何も言わず、けれど決して邪険にはしなくて。


 二人とも、何かに怯えていたのだ。



 身体だけでなく精神もまだ未熟な子どもたちは、愛の重さをまだ知らない。

 この雨のように彼が泣かないように。

 ただ、手を絡め合って、身体を寄せ合っていた。
 木陰で寄り添い合う小鳥のように。
 雨の冷たさを忘れるために、互いの温もりを求めるように。





















 あの時と同じ雨が降る。
 静かに、傷付いた大地に降り注ぐ。
 きっと、炎の中に消えた自分の愛機にも、彼にも、この雨は変わらずに。

 彼の傷も苦しみも、この雨がすべて包み込んでくれればいいと、そう願って。

 アスランは窓から覗く色のない空を見上げ、目を閉じる。


 愛の重さを知らなかったあの頃。
 何も知らずにいられたあの頃こそが楽園のようだったと、今なら思える。

 手を繋いだ先の互いの温もりだけで、何処までも行けると信じていた。
 彼を護るためならどんな痛みも耐えてみせると誓った覚悟は、ただの自己満足だった。

 本当の孤独も、
    哀しみも、
    苦しみも、
    痛みも、
    傷も、
             罪も。

 何も知らなかった。こんなに冷たいものだなんて。

 護りきれなかった。
 耐えられなかった。


 手の届かない所で、独りで泣いていた彼。
 これ以上傷ついて壊れていく彼を見ていたくなくて、自らの手で撃った。


 彼は、解放されただろうか…?


 自分の涙はこの雨と共に消えるだろう。

 もう彼が傷付くことはない。もう自分が傷付くことはない。

 この雨は、彼の涙だろうか。泣いてばかりいた彼の。

 自分の心はもうこの空と同じで、二度と色が付くことはない。
 …もう、二度と。
 それが自分の望み。
 これが自らへの罰。
 彼のいない、色の無い世界で、独り生きること。







 雨は静かに降り続いていた。



end







31〜32話の頃。キラを殺したと思ったアスラン。
気分的にはアスランがザフトの艦に回収された後なんだけど、その時には雨なんて降ってないじゃないかというツッコミは敢えて無視(殴)。イージス自爆直後は雨降ってたから、それを引きずって下さい。

タイトルは、Kids Aliveの同名曲から。「愛の重さを知らない僕に 降りそそぐ雨…」のフレーズがすっごく好きで、CDも持ってないのに歌詞だけ覚えてしまった。
しかし、歌詞の意味の1割も表現できていない気が…。文才が欲しい…(T_T)。




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