パラダイス銀河
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いつもと変わらぬ朝。いつものようにアスランは目覚ましの音で起きた。 カーテンの隙間から覗く光が眩しい。コペルニクス市の今日の天候は快晴である。 ピピピピピ…。 アラームを止め、もぞもぞと動き出す。 もう少し寝ていたいという気持ちがないわけではないが、学校に遅刻するわけにはいかない。生来の生真面目さに動かされて、身体を起こした。 本当なら、まだ時間に余裕がある。それなのに彼が少し早めに家を出るには理由があった。 彼の幼馴染みは「後5分〜」と言いながら、放っておいたらそれこそ昼まで寝ているような人物だ。 愚図る幼馴染みを叩き起こして学校まで引っ張っていくことが、アスランの朝の仕事だった。 身だしなみを整え、母の作ってくれた朝食を食べる。 ここまではいつもどおりの朝だった。 「おっはよ〜! アスラ〜ン」 「………はい?」 思わず間の抜けた声を出してしまっていた。 今、物凄く聞き覚えのある声が外から響いた気がする…。 しかし、いつもなら決して聞こえるはずの無い声が。 そう、普段のこの時間なら、夢の中にいるはずの幼馴染みの声。 「アスラン。キラ君が迎えに来てくれたわよ。早く行ってらっしゃい」 母の言葉にトドメをされ、アスランは手にしていた食パンを落としていた。 「おはよう、アスラン。どうしたの?寝不足?」 ドアを開けると、待っていたのは満面の笑みの幼馴染み。 「おはよう…。どうしたって訊きたいのはこっちだ、キラ。なんで寝坊常習犯のおまえがオレより先に起きてるんだ」 いつも相手の家まで迎えに行くのはアスランのほうだ。キラは、アスランに起こされ、母とアスランの注意を受けながら朝食と着替えをし、学校に行くのだ。 余程楽しみにしている用事でも無い限り、きちんと時間に起きないキラが、こんなに早起きしている。 アスランは素早く今日の予定を考えるが、キラがそれほど早起きに燃えそうな事項が思い浮かばない。 「なんとなく。たまにはボクがアスランを迎えに来ようかなーと」 「なんとなくって…」 「そんなことはどうでもいいからさ、学校行こ。遅刻するよ」 どうでもよくはないのだが、キラの言動は突飛なものが多いため、アスランはそこで深く考えるのを止めた。 キラを起こすのも結構な体力を使うのだ。早起きしてくれて越したことはない。 …少し、寂しいような気はしたけど。 (…おかしい) アスランは不審な目をキラに向けていた。 今日はキラの様子がおかしい。 いや、正確に言うとおかしくはない。むしろ【生徒】としては正しいのだ。 何処か抜けているキラは忘れ物が多く、課題さえもしてこないことも少なくない。だからいつも起こすついでにアスランが持ち物を確認している。 なのに今日は、授業に必要なものも提出物もすべて完璧で、授業中の居眠りも無い。 正しい優等生の姿がそこにあった。 良いことだ。良いことなのである。 が、優秀なくせに不真面目で天然なキラにしては、普通の姿とあまりに違う。 他の人にはそう大きく感じないかもしれない。しかしアスランにはキラが別人のように思えてならなかった。 (昨夜おばさんに思い切り叱られでもしたのかな?) キラのあまりのルーズさに、彼の母が怒ったとか。 アスランにはそれくらいの理由しか思い浮かばず、それならありうるかもと自分を納得させていた。 昼休み。昼食は食堂か弁当持参となっているが、2人は食堂で食事することが多かった。 アスランの母が忙しい人であるために弁当を作ることが難しく、キラもそれに合わせているためで、今日も2人は食堂に向かった。 「あ」 本日のランチを受け取ったキラが声をあげる。アスランが覗き込むと、トレーの上にはキラの嫌いなものが乗っていた。 「あ〜あ」 これをキラに無理にでも食べさせるか、代わりに食べてやるか。考えるアスランをよそに、キラは座席にスタスタと移動する。 (じっと睨んじゃって…。これは食べてやったほうがよさそうだな) 席に着いてからランチと睨めっこしているキラの前に座りながら、アスランが苦笑した時。 「えっ!?」 意を決したかのようにキラがフォークを動かし、自分の口に運んでいたのだ。 茫然とするアスランにも気づかないくらいに、キラは必死に口を動かして食べていた。 「…キラ、ピーマン嫌いじゃなかったっけ?」 「うん。嫌いだったけど直すよ。好き嫌いは良くないよね」 「…………」 (いつもなら、オレがどんなに食べさせようとしても、最後まで抵抗するのに…) 結局キラはランチを全部たいらげ、あまつさえ「美味しかったね」とまで言いだし、更にアスランを困惑させることになったのだった。 帰り道で、キラはアスランを自宅に誘った。 一人で留守番をすることが珍しくないアスランにとって、キラの家の世話になるのは今に始まったことではない。ちょうど母も今夜は遅くなると言っていたし、問題なくお邪魔した。 「座ってて。お茶持ってくるよ」 帰宅して素早く着替えたキラはそう言って部屋を出て行った。 (………おかしい) いつもなら、キラはそういうことを面倒くさがって、自分の母に持ってきてもらうのに、今日は自分から動いている。 朝といい、学校といい、今日はキラの様子が本当にいつもと違う。 母や周囲に言われたくらいではここまで変わらない。それはいつも一緒にいていつも彼の世話を口うるさく焼いているアスランが一番よく理解している。 何かあったのだろうか? 自分の知らないところで? アスランは思考を巡らすが、手がかりになるようなことはまったく浮かばなかった。 別に理由はなくても良いかもしれない。キラだっていつまでも他人を頼ってばかりの子どもじゃない。自立するのだ。自分で動くようになることは彼にとって決して悪いことではない。 これでいいのではないだろうか…? 「そうだよな…。キラがしっかりするんなら良いことじゃないか」 そう思って、ふと胸が痛くなった。 (本当に? 良いと思う?) 良いことじゃないか。今まであいつに振り回されて、オレがどんなに苦労してきたことか。それがもう無くなるんだぞ? (もう心配しなくていい) そうだ。気を回す必要もない。自分でちゃんとできるのならば。 (一人でできる。もうオレが助ける必要はない) 泣きついて頼られることも、わがままを言われることも。 (オレは、もういらないの?) 「………っ!!」 胸を両手で押さえた。 痛い。苦しい。…哀しい。 ずっと一緒だった。ずっと、キラが甘えて、アスランが助けて。 それが日常だった。 それが、まだ幼い2人のすべてだった。 失われてしまう。 消えて、しまう。 「……嫌だ…っ!」 オレはもういらないの? キラはオレを必要としないの? オレから離れていくの? いなくなるの? そんなのは、嫌だ。 「アスラン。お待たせ〜」 戻ってきた彼に顔を向けると、いつもと変わらぬ笑顔があって。 不意に、泣きたくなった。 「あのね、母さんがケーキを焼いてくれたんだよ。…アスラン? 具合悪いの?大丈夫?」 顔色の悪いアスランに慌てて、キラは持っていた盆をテーブルに置き、駆け寄る。 「アスラン、何処か痛いの?」 自分のほうが具合悪いんじゃないかと言いたくなるほどに顔を青くしているキラ。 (ああ、いつものキラだ…) その様子に少し心が軽くなって、母を呼ぼうとするキラを諫め、座るように促す。 まだ納得しないキラを前に、アスランは座り直す。 訊かなくては。辛いことを聞くことになるかもしれないけど、このままでは何もわからないのだ。 せめて、理由だけでも知りたい。 そして、できるならば、最悪の事態を避けるための努力を。 思い切って口を開いた。 「…ねぇ、キラ。もしかして怒ってる?」 「え?なんで?」 きょとんと小首をかしげるキラに悪意は感じられない。 「じゃあ、オレのこと、嫌いになった?」 「え!? どうして?」 キラは何がなんだかわからない。 アスランが何故そんなことを言い出すのか。 「だって、今日は朝から変だよ。早起きして、忘れ物もなくて、嫌いなものも食べて…オレがやることが何もない」 最後の言葉尻はかなり弱々しいものだった。 自分で言っていて悲しくなる。してあげられることが何もないなんて、どうすれば良いのか。 「あ、それはね。いつもボクがアスランを振り回しちゃっているから、今日くらいは頑張ってみようと思って」 ボク善い子だったでしょ? と照れたように笑う。 「あ…そうだったんだ…」 予想していなかった言葉に、呟きが漏れた。 「けど、なんでいきなり…?」 キラの言動がいくら突飛でも、これはまた突飛すぎる。 まだ理解できていない幼馴染みに、キラは溜息を吐いた。 「アスランって、ボクに対しては細かいけど、自分のことは結構無頓着だよね」 「へ?」 「ハッピーバースデー! アスラン」 クラッカーの音と共に聞こえた言葉が、アスランの頭に降りかかる。 「すっかり忘れてたでしょ。だと思ってたんだ〜」 楽しそうに笑うキラに、やっと現実に帰ってきたアスランは事態を理解した。 「…そっか…」 10月29日はアスランの誕生日。何かに履歴を記載する時はしっかり覚えているのに、肝心の当日をすっかり失念していた。 キラはしっかり覚えていてくれていたのだ。そういえば母も今日はなるべく早く帰ると言っていた気がする。 本人だけが忘れていたのか…。 「ありがとう、キラ」 今日のキラらしくない行動は、全部キラなりの誕生日プレゼントだったのだ。そう理解して、思わず笑みが漏れる。 「プレゼントはこっち。はい」 差し出されたのは綺麗にラッピングされた小箱。それを受け取りながら、胸の痛みがすっかり消えていることに気づいた。 キラは自分を必要としなくなったわけじゃない。むしろこんなに大切に思ってくれている。それだけでこんなに嬉しい。 「驚いたよ。今日はキラがいきなりしっかりしていたから」 「これからはね、頑張るから」 意気込むキラと対照的に、アスランに影がよぎる。 「これからって…。ずっと…?」 「だって、ボク、いつもアスランに迷惑かけてばっかり…」 思わずキラを抱きしめていた。 何よりも大切な存在が、これ以上なく愛しかった。 「いいんだよ。キラは、いつものままで」 「でも…」 いつも自分がどれだけ負担を強いているか、キラにだって自覚はある。それでも甘えてきていたのは、相手がアスランだったからで。 アスランは絶対に自分の味方だと信じているから。 けれどこのままではいけないのだ。自分のためにも、彼のためにも。 「でないと、オレのやることが無くなっちゃうじゃないか。世話焼かせてよ。…こう見えても割と楽しんでいるんだから」 「本当?」 途端にキラの声のトーンが変わる。 (やば…。余計なことを…) アスランは己に舌打ちした。自分で墓穴を果てしなく深く掘ってしまった気がする。 「じゃあ、前言撤回。アスランにいっぱい面倒見てもらおうっと!」 やっぱり、こう来てしまった。 己の失態に、アスランは頭を抱えた。 自分を必要としないまででなくとも、せめて頭を痛くされないほどの言動に抑えて欲しいではないか。それを、更に暴走させてしまってどうするんだ。 キラはもうすっかり好き放題する気まんまんである。もはや発言撤回はできそうにない。 何が頭が痛いかって、それでもいいと思ってしまうアスラン自身に対してだ。 キラに頼られることに少なからず喜びを感じている自分がいることを、アスランは知っていた。 終わっているのは、何よりアスランかもしれない。 「じゃ、改めて」 向き直って、キラは微笑む。 「誕生日おめでとう。アスラン」 君と出逢えて良かった。生まれてきてくれてありがとう。君が生を受けたこの日に感謝を。 それは、何よりの歓喜の言葉。 |