笑顔のゲンキ












   君が覚えていなくても、僕はきっと忘れないから。












「今日も暑くなりそうだな」
 黙々と続けていた作業をやめ、照り続ける太陽を眩しそうに見上げた。
 幾つかの土地を渡り、今はこの国に駐屯している遺跡発掘隊。
 大人ばかりが所属するその中にいる、子どもはアスランだけだ。
 だが発掘隊員としてのキャリアや腕については、隊長である母のことを抜きにしても誰もが認める素質を持っていた。
 遺跡に傷を負わせないように、慎重に少しずつ掘り進む細かい作業。そんな神経をすり減らすような地道な作業も、アスランにはまったく苦にならない。
(やっぱり好きなのかな…俺)
 姿を現しかけた古代遺跡の壁を見つめながら思いを馳せる。
 僅かずつでも作業は進行し、やがては大きな発見へと繋がる。そのときの喜びは例え様が無い。
 そう思えば何も苦痛とは感じなかった。
『アスランは本当に発掘作業が好きなんだね』
 そういって笑った人物の声が脳裏に浮かぶ。
 その時はわからなくて『別に…』と答えたけれど、こうして作業しながら改めて考えると、肯定すべきかもしれないと思う。
 直射日光を避けるためのマントをつけただけの状態での、砂漠に埋もれた遺跡の発掘。
 通常なら嫌がって当然だ。好んで行う人間などろくにいない。
 それを淡々とする自分は、少なくとも嫌ってはいない。むしろ。…やはり好きなのだろう。


 アスランは腰を上げて被っていたフードを手で脱いだ。今日は風が無いからマントもほとんど揺れない。
 風が無いと一時の涼しさも無いが、熱砂に脅かされることも無い。
 どちらかを選べばもう一方が残る。どっちにしろ楽ではない。砂漠に雨が降ること自体がそうそう無いのだから。



 せめて彼は涼しい所にいるだろうか?
 不意にそう考えた。が、途端に苦笑する。
 いるに決まっているじゃないか。自分は何を言っているのだろうか。

 その時。
「う、うわっ…!」
 いきなり背後から柔らかいものがアスランの頬に触れて、思わず叫んでしまった。
 同時に、触れたものを咄嗟に捕まえる。
 掴んだそれは、人の手だった。
「…何だ?」
 振り向くと、そこに満足そうな少年の笑顔があった。
「キラ…いや、ひ、姫…」
「びっくりした〜?」
 アメジストの瞳がいたずらっぽく笑う。
 この国の姫であるキラは、アスランに掴まれた手をぱっと無邪気に広げてみせた。
 本来傍にいるべき側近の者は、辺りに見えない。
 アスランは、嫌な予感がする。
「はい、差し入れ。お城の井戸水って、いつでもすっごく冷たいんだよ! そこで冷やしてたんだ」
 呆気にとられるアスランを気にせず、キラは今度は袋に入れていたビンを彼の頬にくっつけた。
「…冷たい」
「でしょ?」
 ぽつりと呟いたアスランに、キラは同意を求めるように首をかしげる。
 その肩が、整わない息にまだ微かに揺れていた。
 ビンは冷たくとも、先ほど触れたキラの手はかえっていつもより熱いくらいだった。
 砂漠の気候に慣れてしまったアスランでさえ、3時間といられない熱射の中。
 城からの、そう近くも無い距離をおそらく走ってきた少年の手が、冷たい訳はなかった。
「飲まないの?」
 促されて、ビンを手に取り口を開けて喉に流す。
 突然冷やされて潤った喉が、刺激を受けるようだ。
「…おいしい」
「良かった!」
 アスランの言葉に、キラの表情が見る見る綻ぶ。
 満面の笑みにアスランも嬉しくなるが、そうも言ってられない状況に気付いて眉間にシワがよった。
 このジュースはどうして此処にあるのか?
「まさか…俺の勘違いだったらいいんだけど」
 静かな口調で、アスランは話しかけた。
「何?」
「井戸の奥底に沈められていたビンを一人で引き上げた…とか」
 砂漠で冷水が得られるような井戸なんて、その深さは相当なものだ。大の大人でも落ちたらかなりの救助を必要とする。
 その危険を無視して子どもが一人でそれなりの重さのビンを引き上げたと言うのか?
「うんっ、当ったり〜。もう少し頑張ったらもっと大きいビンが取れたのに…」
 最後は残念そうな口調になるキラ。
「…で、俺をびっくりさせたくて、中のジュースが冷たいうちにと急いで走ってきた…とか」
「ビンって割れるとダメだから気を遣うよね。あのね、慌てすぎて、途中コケちゃったんだ。ここ」
 キラは自分の赤くすりむけた肘を目で示した。
「けど、ちゃんとビンは死守したんだよ。偉いでしょ?」
 自慢げな様子に、アスランの手がぷるぷる振るえ始める。
「…護衛に呼び止められたけど、無視して町を強行突破してきた…とか」
「無視はしてないよ。ちゃんとごめんなさいって遠くから叫んでおいたもん」
 事も無げに、アスランの当たって欲しくない予想に対し、次々と的中を告げてゆくお姫様。
(当たってほしくなかった…)
 アスランは額に手を当てて困り果てた。
「もう…、…嘘だろ」
「何が?」
 力が抜けてしまったアスランの様子が可笑しかったのか、楽しそうな顔を浮かべたキラ。
 アスランの中で何かが切れる音がした。
「あのな、いつも言ってるけど…。キラはこの国の姫なんだぞ? わかってるのか!」
 大声で怒鳴るアスランの反応に、キラは口をきゅっと結んで顎をひき、上目にアスランを見つめる。
 その様子が可愛いものから、アスランは違った理由で動揺してしまった。
「っ! おまえに何かあってみろ。俺だけならまだ良いが、この国全体や関わるもの全てに影響が出るんだぞ! 少しは自覚しろ!」
(ダメだ! ここで許すとまた後で苦労することになるんだぞ!)
 そう自分に言い聞かせて更に睨みつけるが。
「ごめんなさい…。だって、アスラン、暑いんじゃないかって思って…」
 この瞳でそう言われると、途端にアスランは形成不利になる。
 思わず少し後ずさりしてしまう。
 キラは無意識にトドメを刺す。
「そう思ったら、じっとしてられなかったんだよ! …そんなに怒るなんて、…ごめんなさい」
 しゅんと擬音がつくほどうなだれてしまった。


 …ダメだ。

 今日も負けだ。勝負はついた。
 これ以上怒れない自分を悟ると、心機一転、アスランは腰をかがめて顔を覗きこみ、諭すように優しく言い聞かせた。
「別に怒ってるんじゃないんだ。ただ、一国の王位継承者であるお姫様が一人で出歩くなんて危険すぎるから…」
「みんなそう言うけど…。この国にはそんな悪い人なんていないもん」
「そりゃ俺もわかってるよ。だけど、やっぱり…。外部からやってくる奴もいるし。頼むからわかってくれ!」
 アスランは半ば必死だった。
 実際、この国に来るまで自分が体験してきたことを。
 外の世界が、此処と、どのくらい違うのかということを。
 この純真なキラにいつか自分が教えてやらなければと思いながら、暗い顔を想像すると、ついつい言えなくなってしまう。
 だからせめて、この国を平和だと信じているキラの気持ちを壊したくない。
 キラのためにも、自分のためにも。
「…アスラン、心配してくれてるんだよね? ありがと。…これからは気をつけ…ます」
「本当だな?」
「…うん」
 呑気なお姫様も、少しは反省した様子に、アスランは心から安堵する。

 自分のためにこの熱砂の上を、息をきらして走ってきてくれたキラ。
 そのことが嬉しくないわけがない。可愛いと思わないわけがない。
 あったら、そいつの感覚はおかしいと断言してやる!と自分のセンスは省みずにアスランは思う。
 でも、だからこそ、そのために姫が万が一危険な目にあったとしたら?
 どんなに責任を感じ、どんなに後悔することだろう。
 民間人である自分に、それを理由に隔たりを感じさせられるのを嫌がり、時にはこうして自分に対し敬語さえ使ってしまう。
 このお姫様は、そんな子だった。

「僕、皆を困らせちゃったのかな。ミリアリアたち、怒ってるかな」
 キラが心配そうな顔を浮かべるから、アスランは頭を撫でながら言った。
「後でお城に送って行く時、もし会えたら一緒に謝ってやるよ。…もし必要なら、王様にも」
 最後の一言は消え入りそうな小さな声で呟いただけだったが。
 できることなら王には顔を合わせたくない。キラを溺愛しているカガリにこんなことがばれたらどんな怒りを向けられることか。恐ろしくて考えたくもない。
「ほんと・・・僕って自覚足りないよね」
 はう〜と小さく呟きながら、まだ落ち込んでいるキラを見て、アスランは思わず力を込めて言ってしまう。
「だ、だけど! そういうキラのお姫様らしくないところが、俺は…!」
 キラはうなだれていた顔をパッと上げた。
「俺は…、なあに?」
「え?な、何って…何だ?」
「何だって、僕が訊いたんだよ?」

 ―――一体、俺は何を言おうとしたんだろう。

 アスランは長い睫毛を何度も瞬かせるキラから、目をそらした。
「いやっっ。別に、なんでも・・・何でもないです」
 キラは、大切なことをはぐらかされたのにも気付かず、別のことに頬をふくらませた。
「あ〜もうっ。敬語禁止だってば!」
「だけどさっき、キラも使っただろ?」
「あれ?そうだった?」
 顔を一瞬見合わせて、ぷうっと噴出す。
 ペタンと腰を同時におとして、あはは、と声をたてて笑った。



 何が面白くって、何が楽しいのかわからないけど。
 とにかく、こうしてキラといるだけで、自然と笑顔がでてくる自分にいつも気付く。
 母がこれだけは失ってはダメよと、いつも言い聞かせている笑顔。
 この笑顔をアスランが持ち続けていられるのは、キラがいるからだ。
 幼馴染という頼りない糸で結ばれた、王族と民間人。

「もう少ししたら一区切りつくから、そしたらお城まで一緒に行こう」
「うん、わかった」
「それまで、そこの遺跡の壁の影にいるんだ。絶対、そこから出ちゃダメだぞ」
「アスランはこの暑い所でお仕事してるのに? 僕だけ?」
「そこにじっとしていられないんだったら、今すぐお城に送っていくからな」
「ええっ。それはっ、やだ! …ここで大人しくしてる」
 また頬を膨らませて一瞬恨みがましく自分を見たキラに、こっそりと笑いを浮かべながら、その視線に背を向けた。




 真昼の砂漠は、熱ばかりでなく音さえ吸収してしまうようだ。

 岩に片足をかけて身を伸ばし、遺跡らしき建造物から長年降り積もった砂を丁寧に取り除くアスランの仕草を、キラはずっと目をそらさずに見つめていた。





 言葉など必要なく、傍にいるだけで満足だった日々。
 それは、もう遠くなってしまったあの日。
 それはもう、砂漠の砂だけが知っている、記憶のかけら――――



fin













 なんかめちゃくちゃキラが乙女と化しております。設定はCLAMPの【ツバサ】より。9/19のアスキラonlyに無料配布したコピー本です。
 アスランはレノアと共に遺跡発掘隊に所属する少年で、キラはその駐屯国のお姫様。男の子だけどお姫様(笑)。アスランたちが幼い頃から駐屯しているので二人は幼馴染です。
 ラストが寂しい感じなのは【ツバサ】の内容がアレだから。細かく説明すると、遺跡に起こった事故でさくらの記憶がばらばらになってあちこちの世界に飛んでしまい、小狼はその記憶の欠片を全部取り返すために魔女の力を借りて旅に出るっていう話です。さっさと記憶を取り戻さないとさくらは死んでしまうので小狼必死です。しかし記憶を取り戻したところで小狼に対する記憶だけは戻らない契約が魔女と交わされているんですね。…切ないけど可愛いです、二人とも。

 これまでアスキラが何かとダブるなーと思ったら、【カードキャプターさくら】の小狼とさくらでした。
 頭良し顔良し金持ち坊ちゃんで、魔力使えて優しくてしっかりしていて冷静で、不器用だけど真っ直ぐな性格の、今時こんな出来る男いないんじゃないのか!?と叫びたくなるような少年、小狼。
 可愛くて素直で、普段はほえほえ〜としているけれども結構芯が強くて、スポーツ万能で家事も得意で、人の感情を自分のことのように受け止める優しい少女、さくら。
 物凄く好きなカップルで、当時はまっていたガンダムWでCCさくらパロ本を出してしまった覚えもあるほどです(笑)(ちなみにその本はかなりの勢いで完売したために現在手元にも在庫はありません)。今連載されている【ツバサ】も当然のごとく読んでます。
 うちのキラが原作より天然で可愛い傾向にあるのは、オレの中でさくらとダブッているせいと思われます。実際のキラはもっと男の子っぽくてやさぐれているような感じですけどね…。良いじゃん、可愛いんだから!(殴)

 
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