「コミックス13巻の表紙」


 朔羅はその頃、とある国家試験を受ける為、仕事を終えた後に学校に通っていた。
 合格率15%という難関な国家試験の試験日まで、もうあと一週間と迫った頃、夕方仕事を終えた朔羅は帰り道でコンビニに寄り、その日発売のマガジンをゲットし、帰宅した。
 これから学校へ行って試験前の直前模試を受けるのだが、それまでにはまだ多少時間がある。
 朔羅はその時間を利用して、自宅でのんびりとマガジンを読んでいた。
 これから模試を受けるというのに、事前に勉強をしておこうという気すらない。
 今日はマガジンの発売日、そして、GB13巻の発売日。
 マガジンはコンビニで買ったが、コミックスの方は学校の近くにある本屋で買うつもりだった。
 ……いつもよりちょっと早めに出て、本屋に寄って、それから学校に行ってテキスト見直して……。
 お目当てのマンガを探して雑誌をペラペラと捲りながら、朔羅はのん気にこれからの予定を頭の中で繰り返す。
 と、その時、朔羅のページを捲る手がピタっと止まった。
 それは、始めの方にあるカラーページ。
 本日発売のコミックスが紹介されているページだった。
「これって………」
 朔羅はそのページに載っていたGB13巻の表紙を見て、思わず声を洩らした。
 ……これは、本当に少年マンガの表紙なんだろうか……。
 いや、べつにヘンなふうに見なければフツーだと思う。
 だが、一歩間違えれば……。
「行こ!」
 朔羅はそう言うと、手にしていた雑誌を放り出し、テキストと筆記用具の入ったバッグを持って猛スピードで家を飛び出した。
 いつも出ていく時より、三十分も早い時間だった。

 朔羅がそんなに早く家を出たのは、もちろん早く学校に行って勉強をする為ではない。
 少しでも早く、コミックスを手に入れる為である。
 ……あったあった、これだこれ、うわーっ、ホントにこの表紙だー………。
 本屋に辿り着き、目的物を手に取った朔羅は思わず顔がにやけるのを感じたが、そこはグっと我慢した。
 平静を装って、スタスタとレジへと歩いていく。
「いらっしゃいませ」
 レジのお姉さんが、愛想よく挨拶をし、朔羅の差し出したコミックスを受け取った。
 そこまでは普通だった。
 だが、それからのレジのお姉さんの行動は……。
 速効でレジを通し、(ふだん見るレジより数倍は早かった)次は、朔羅に有無を言わさず、これまたものすごいスピードでコミックスにブックカバーをかけてくれた。
 それもう電光石火の如く、目にも止まらぬ早さで。
 今まで本屋でカバーをかてもらったことはたくさんあるが、こんなに見事な手捌きでしてくれたのは初めてである。
「…………」
 朔羅はその様子に、暫らく呆気にとられていた。
 レジのお姉さんに代金を支払い、その場を立ち去ろうとして、ようやくその行為が何かおかしいということに気付く。
 ……ちょっとまって! フツー、カバーをかける時は客にカバーをかけるかどうか尋ねるもんじゃないのっ?!……。
 今のレジのお姉さんの行動はどう考えたっておかしい。
 だが、そこで朔羅はあることを思い出した。
 以前にこの本屋でヤンマガで連載している「ちょびっツ」のコミックスを買った時も、まったく同じ反応をされたことを。
 ……此処は、誰にでもカバーをかける本屋なのかもしれない……。
 朔羅は買ったばかりのカバーをかけられたコミックスをじっと見つめ、そう考えた。
 だが、その考えはほんの数秒後に無残にも打ちのめされるのである。
「カバーはおつけしますか?」
 朔羅の背後から聞こえてきた、先程のレジのお姉さんの声。
 朔羅の後に並んでいた客にも、それまた後の客にも、ちゃんとカバーがいるかどうか尋ねている。
 ……な、何で私だけ?!……
 レジの方向を振り返り、驚愕の表情でレジのお姉さんと彼女とやりとりしているお客さんを見つめる。
 今の朔羅の行動と表情は、ハタから見れば不思議なものだったに違いない。
 だが、朔羅はそんなことにかまっているどころではなかった。
 何とか冷静になって、いろいろと考えてみる。
 ……そう言えば、ほかにも此処で本買ったことあるけど、あんなに速効でカバーをかけられたのは、ちょびっツと今回のGBだけだよね……。
 他は、あまり記憶に残ってないが、少なくとも先程のようなことはなかった筈だ。
 ……ちょびっツって、男性が好むようなマンガだったっけ……。そう言えば、あの時買った巻にはちょっとやば気なコトを書いた帯がしてあったし………。
 そこまで考えて、先程買ったばかりのコミックスを再びじーっと見つめる。
 カバーからうっすらと透けて見える、本の表紙。
 主人公二人が一緒に居て、そのうちの一人がもう一人の腹に頭をのっけて気持ちよさそうに眠っている。
 しかも枕にされている方も、別に怒っているようには見えない。
 そして、何より、二人とも、男……。
 思わず、コミックスを持つ手がブルっと震えた。
 ……も…、もしかして、ホ〇マンガ買ってるって間違えられたーっ??!!!……
 フラっと目の前が暗くなるように感覚に襲われた。
 もう何も考えないで、このまま家に帰ってしまいたい。
 だが、これから学校に行って模試を受けるのだから、そうはいかない。
 ……いや、でも、マガジンだよ! 見れば分かるじゃん! 何でーっ?!……
 朔羅は心の中で何度も何度も叫びながら、学校に向かったのだった。
 ちなみにその日の模試の結果は、良くも悪くもなかった。
 一応合格圏内の点数をとれたことにホッとして、朔羅は家に帰った。
 だが、やはり、頭の中はあのレジのお姉さんの反応のことでいっぱいだった。


 さて、この話はこれで終わったように見えるが、そうではない。
 実はまだ続きがある。
 本試験が終わった週の土曜日の夜、朔羅はとある大失態を起こして救急車で運ばれた。(その内容については問い詰めないでほしい……)
 普通、こういう時、次の日一日くらいは、家でしっかり体を休めるべきなのだろうが、朔羅はそういうわけにはいかなかった。
 次の日の日曜日は、友達と会う約束をしていたのである。
 朔羅と一緒に暮らしている花月は、用事があったらしく彼女が眠っているうちに朝早く出掛けていった。
 家には朔羅一人。
 朔羅は約束の時間、一時間半前に起きだし、家を出た。
 体はなんともなかった。
 意外にタフである。
「マクベス、久しぶりーv」
「やあ朔羅、試験終わったんだって? お疲れ様」
 梅田の地下で待ち合わせしていた朔羅とマクベスは、軽く挨拶をかわし、近くの喫茶店へ。
 そしてそこでひとしきりしゃべった後、(おしゃべり内容にはオタクトークも含まれる)本屋へ立ち寄った。
 そこで朔羅は、平積みにしてあった、あのGB13巻を見付け、マクベスにあのレジのお姉さんのことをペラペラと話し始めた。
「……っていう、反応されたの? この表紙でだよ? どう思う?」
「うーん、そこまでするほど怪しい表紙ではないと思うけど」
「そうだよねえ」
 GBの表紙を指差し、朔羅の話しを聞いていたマクベスが首を傾げる。
「……でも、そのレジのお姉さんが僕達と同じよーな人なら、そう見えたかもしれないね」
 マクベスの言葉に、朔羅はハッとした。
 そうかもしれない。
 普通の人が見れば、普通に見える表紙。
 そして、そういうふうに見れば、そういうふうに見える表紙。(ちなみに朔羅はそういうふうに見てしまっていた)
 本屋で働いている同人姉ちゃんなんて、いくらでもいる。
 いや、たとえ同類でなくても、ああいう反応をするということは、少なからずホ〇マンガや小説を読んでいる人間の可能性は高い。
 ……そっか、そういうことか……。
 朔羅はここにきてやっと、納得した。
 ちょうどその時、朔羅の携帯の着メロが鳴った。
 花月からのメールである。
 内容は「体は大丈夫か?」というようなものだった。
 どうやら花月は、朔羅は今日一日家で休んでいるとばかり思っていたらしい。
 朔羅は「大丈夫。今、マクベスと遊んでる」と返した。
 遊んでるどころか、今はGBの13巻の表紙について熱く語ってる真っ際中。
 体がどうのこうの言っている場合ではない。
 朔羅にとっては、あのレジのお姉さんの反応の方が大問題なのである。
「朔羅、もう一件、喫茶店行く?」
「うん、行く」
 そして、場所を移動した二人は、心行くまで今自分が書いている作品について等など、いろんなことを話したのだった。
 だが、この時の朔羅の姿は、よりにもよって勤めている会社の社長の息子に発見されていたらしく、後で恥ずかしい思いをした。
 オタクトークを聞かれていたかどうかは、不明である。
 聞かれていなかったことを祈りたい。

 とりあえず、あのレジのお姉さん問題については、「あの人は同類だったんだ」ということで朔羅は納得し、割り切ることにした。
 その後、朔羅は一度たりともあの本屋で本を買ったことはない。

 でも、13巻の表紙はホントに可愛いかったよねv 銀ちゃんが。

 

                                   おしまい

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