イベント前日〜当日の朝
年々早くなっていく年始めのイベント。 今年の一月六日という日程は、何なんだろう。 八戒は年末年始の休みを利用して、実家に帰っていたのだが、それもこのイベントのせいで予定より一日早く大阪に戻ってくるしかなかった。 仕事は七日から。 普通に考えれば、六日に戻ってくれば十分だ。 だが、その六日にイベントがあるとすれば、そういうわけにもいかず、八戒は一月五日の午後四時前、大阪へ戻るために新幹線に乗り込んだ。 ……まったく、一週間ズラしてくれればいいのに、何でこんなに早くから開催するんでしょうねえ……。 文句があるなら申し込まなければいいのに、ちゃっかりイベントの誘惑には勝てない自分がいる。 八戒が新幹線の指定席の座った頃、ちょうど携帯の着メロが鳴った。 悟空からだった。 内容は「今日泊まってもいい?」というもの。 すぐさま「いいですよ」と返そうとして送信したが、間もなく発車した新幹線がトンネルに入り、送信は失敗。 八戒はハアっと一つため息をつき、大人しく新幹線が次の停車駅に着くまで送信を待つことにした。
八戒と三蔵が一緒に暮らしているマンションは、身内の中ではイベント会場であるインテックス大阪に一番近い。 ということで、イベント前日になると、このマンションの人口密度はいっきにあがるのである。 だが、今日はあまりお泊りの予定を聞いていなかった。 遠方からの来客がないせいもあるが、いつも来てるメンバーからも泊めてくれとは聞いてないような気がする。 昨日三蔵に連絡をとった時点では、悟浄が来ると言っていたが……。 午後七時すぎ、疲れ果てて帰宅した八戒が適当な夕食をとっていると、三蔵が悟浄を連れて帰ってきた。 仕事帰りに、一緒に食事をしていたらしい。 「あー、悟空が八時頃来るって言ってましたよ」 持っていたコンビニの袋をガサガサと探っていた三蔵が、八戒のその言葉にピクっと反応した。 「何?! ヨーグルトが一人分足りなくなるじゃねえか?!」 どうやら、コンビニ袋の中身は明日の朝食だったらしい。 「それに、今日は紅孩児も来るって言ってたぞ。本人は年末の忘年会の時に、八戒にちゃんと伝えたと言っていたが?」 咎めるような三蔵の視線に、八戒は思わずビクっとした。 そう言えば、そんなことを言っていたような気もする。 ちなみに忘年会は、三蔵は不参加だった為その時の状況は知らない。 「オレもさあ、今日泊まってもいいのか、ちょっと悩んだぜ。一応泊まってもいいか?とは言ったのに、返事がないからさあ」 悟浄の発言に、八戒は心の中で小首を傾げた。 ……そんなこと、聞かれたっけ?…… いや、聞かれたのかもしれないが、本人はまったく覚えていない。 なんとなーく気まずくなった八戒は、一つ息をつくとニコっと笑った。 「皆さん、お酒が入ってる時のボクに大事なコトを言っちゃダメですよ」 自分が悪いのに、人のせいにするあたり、かなり身勝手である。 あとでやってきた紅孩児に「ゲスト原稿頼んだことはちゃっかり覚えてたくせに」と突っ込まれたが、そのへんはあえて笑って流した。 きっと紅孩児は素晴らしいゲスト原稿をくれるのだろう、という期待を込めた、口元だけの薄い笑みで。
それから、悟空もやってきて、一応全員が明日の支度を済ました後、いつものごとく「お酒の時間」になった。 しかし、今日の酒は悟空が持ってきた「杏露酎」一本だけ。 しかも、つまみは紅孩児のお土産のチーズケーキだけ、という妙な組合せだ。 杏露酎が空になるのは、とても早かった。 これでも八戒本人はかなりゆっくり飲んだつもりなのだが。 いや、他のメンバーだってそうだったに違いない。 「やっぱ、たんないよなあ」 そう言って悟浄が立ち上がりかけた時、ギロっと彼を睨み付けた人物が居た。 三蔵である。 酒ならキッチンに幾らでもあるのだが、どうやら今日の彼はそれらに手をつけることを許さないつもりらしい。 「ダメだっ! 今日はこれで終わりだっ!!」 飲み会メンバーの唯一のストッパー。 彼が止めなければ、このメンバーは心行くまで飲み続ける。 イベント前日ということもあってか、三蔵の口調はキツかった。 渋々と腰を下ろした悟浄に、他のメンバーも残念そうに苦笑いを浮かべる。 そして仕方なく、他にやることもないので、明日に備えて寝ることにしたのだった。
次の日の朝、慌ただしく身仕度を終え、バスに乗り込んだ時のことであった。 八戒は後に座っていた悟空にチョンチョンと背中を突かれ、「何ですか?」と振り返った。 「先にいっとくけど、オレが壊したわけじゃねえからな」 言い訳がましくそう言って、悟空が八戒の前に見せ付けたものは………。 壊れたバスの停止ボタンだった。 ……さすがにコレはマズイんではなかろうか……と思ったが、八戒は口には出さなかった。 その代わり、からかうように悟空に言う。 「本当に悟空じゃないんですか?」 彼のバカ力はよく知っている。 いつもイベントの荷物を運ぶのを、会場で手伝って貰うのだが、彼はとても重たいダンボールを平然と一人で運ぶのだ。 そんな悟空なら、こんなボタン一つ壊すくらい、わけないだろう。 「違うって。なんとなくぼーっとこのボタン眺めてたらポトって落ちたんだって。いっとくけど、オレ、念力の類はいっさいないから!!」 いろんな意味で意表をついた行動をしてくれる悟空だが、これで念力まで持っていたら確かに恐い。 おそらく、このボタンはもとから壊れていたんだろう。 八戒はそう思うことにした。
バスを降り、ニュートラムに乗り込もうと駅のホームに立った彼らは唖然とした。 「なんなんだ、これは……?」 口数の少ない三蔵が思わず愚痴を零す。 彼らが会場に向かうルートは、普通の人たちとは少し違う。 普通は、西梅田からやたらと混雑した地下鉄に乗って、その混雑を引きずったまま住之江公園でニュートラムに乗り換えるのだが、彼らは地下鉄という過程をいつも無視している。 八戒と三蔵のマンションの近くから、住之江公園までのバスが出ているからだ。 よって混雑を引きずってニュートラムに乗り込むことはなかったのだが……。 この日は違っていた。 ホーム一帯に、人、人、人。 駅員さんたちも、慣れたものでてきぱきと列を裁いている。 「ここって駅員さんの研修にはいいかもねえ……」 のん気に悟空が呟いた。 「イベントの日限定だけどな。この日のこの駅を捌けたら、合格ってか?」 悟浄も呆気にとられながらも、悟空の言葉に返事をしてやる。 まったく、いったいどこからこれだけの人が湧いてきたのか。 年始め早々、まさかこれだけの混雑になっていようとは。 「とりあえず、列に並ぶぞ」 三蔵の一言で、彼らはゾロゾロとその後に従った。 「この分だと、帰りも大変だろうな……」 「「「「………………」」」」 紅孩児がぽつりと呟き、他の四人がそれを想像して沈黙する。 彼らの長いようで短すぎる一日は、まだ始まったばかりだった。 |