ヤカンにキノコ
「ちょっとお、ウソでしょ?! こんなに税金払わなきゃいけないの?!」 「何分今年は大幅に利益が上がってますからねえ。切り詰めてもこれが限界なんですよ」 此処はシュミットが働いているいつもの不動産事務所。 今会話をしているのは、社長であるミハエルとうちの税務面を見てもらっている会計士だ。 「何で僕が、税金で馬を買ったり、ム○オハ○スを建ててるようなヤツの為に、こんなに払わなきゃいけないわけ?!」 「そうは言われましても……」 今はちょうど確定申告の時期。 そして色々と政治家の国家資金の横領の事件が発覚している時期でもある。 誰だって、高すぎる税金など払いたくはないだろう。 それを会計士に向かって堂々と文句の言えるミハエルは、言うまでもなくかなり肝が座っている。 本人曰く、警察官とやりあったこともあるらしい。 ……ミハエルもいい加減折れりゃ、いいのに……。 シュミットはそう思いながら、何気に給湯室に足を向けた。 何となく、お茶でも飲もうと思ったからである。 「………?」 しかし、シュミットはそこで意外なものを見た。 それは、コンロの上でシュワシュワと煮立っているヤカン。 夏に麦茶を沸かす為のヤカンなのだが、こんな時期には必要のないものだ。 とりあえず火を弱火にし、シュミットはそのヤカンの蓋を開けてみて、絶句した。 「………!」 ヤカンの中で煮立っていたものは、なんとバカデカイキノコだったのである。 ……キ、キノコ……?! な、なんで、キノコがヤカンの中で煮立っているんだあ?! ミハエルがやったに決まっているのだが、これが何の為のものなのか分からなくて、シュミットは思わず頭を抱えた。 ……しかもこのキノコと、それを煮立てているお湯、ヘンな匂いがするぞ! もうこのヤカンで麦茶は沸かせないじゃないかあっ……! 声を出して言いたかったが、それは来客中の為グッと我慢する。 それから何とか自分を落ち着かせ、お茶を飲んで一息し、シュミットはミハエルが会計士と話し終わるのを待った。 この際、税金のことなど問題ではない。 それより、ヤカンの中のキノコの方が大問題である。 しばらくして、ミハエルと会計士の話しは終わった。 ミハエルの方が折れたらしい。 「ミ、ミハエル、あのヤカンの中のキノコは何なんですか?!」 シュミットは会計士が事務所から出ていくのを見届けると、速効で尋ねた。 「ああ、アガリスクだよ。知らないの? 末期ガンでも治るらしいよ」 アガリスクとは、現在ヤカンの中で煮立っているキノコの名前だ。 確かに、その名前なら聞いたことがある。 しかし、なぜソレがこの事務所に? ていうか、なぜミハエルがそんなものを?! 「ミハエル、ガンなんですか?」 「違うよ」 「じゃあ何で?」 「ガン予防にもなるんだって」 「ミハエルの家系にガンの人がいるんですか?!」 「居ないけどね」 シュミットの慌てぶりとは違って、ミハエルは平然としたものだ。 思えばこのミハエル、健康極まりないのだが、サルノコシカケやら何やらたくさん何処からか仕入れていたような気がする。 今回のアガリスクも、その一つにすぎないのだろう。 「それより、問題は税金だよ! 何であんなに利益があがってるわけ?!」 「何でって、収益マンションの家賃とそれを短期で転売した分の利益がすごいんだってさっき会計士が言ってたじゃないですか。建て売り住宅の販売自体も去年に比べたらかなり増えてますし。それより、問題はあのキノコですよ! もうあのヤカンで麦茶沸かせないじゃないですか?! 新しいの買って下さいよね!」 「ヤカン一個買ったところで、経費が増えるのは知れてるよ! こうなったらアガリスクを買い捲って、経費で落として落として落とし捲るしか……」 どこの会社でも「経費削減」があたりまえのこの時代。 ミハエルの考え方は、贅沢極まりない。 「やめてくださいよ!」 「どうせ税金でとられるなら、アガリスクいっぱいの方がいいじゃんよ!」 「嫌ですってば!」 二人が言い争っている間中、アガリスクは異様な匂いを漂わせながらヤカンの中で煮立ち続けるのだった。
おしまい |