「ゆかいな飲み会最終話〜生還おめでとう物語〜」


 9月7日の飲み会を前にして、いつもの飲み会メンバーの間には不審な空気が漂って

いた。

「悟空と連絡とれませんねー」

「そうだな……」

 飲み会の数日前、八戒と三蔵は連絡のとれない悟空について話し込んだ。

 彼との連絡が経ったのは、七月の始め頃だったと思う。

 もう二ヵ月近く、彼らも彼らの知り合いも、悟空の消息を知らない。

 メールを送っても返事は返ってこず、FAXを送ってももちろん音沙汰はない。

 メールとFAXが一応ちゃんと入っているということは、本人がそれを見ているかど

うかは別として、電話料金は払っているということである。

「やっぱり、腐乱死体説有望ですかね……」

「そうだな」

「病気で入院してるってことも……」

「ありそうだな」

「誘拐だったりして」

「いや、それはないだろう」

「じゃあ、かけおちとか?!」

「それこそありえん」

 悟空についてのいろんな説を話し合う中、結局それらをうまくまとめたのは、三蔵だ

った。

「今お前が言った中で一番有り得そうなのは、腐乱死体説だろう」

「やっぱり……。この季節じゃご近所にさぞかし迷惑がかかっているでしょうねえ」

「臭くてたまらんだろうな」

 仲の良い友人が言う台詞ではないかもしれないが、ソレがもっとも有り得る可能性と

いうのが、悟空のよく分からないことである。

「……ていうか、なんで皆メールは送るのに、電話はしないんでしょうね?」

「誰も本気で心配してない証拠だろう」

 確かに、心配なら本人に電話するとか、家に行ってみるとか、悟空の家族と連絡をと

ってみるとか、いろいろと彼についての情報を得る方法はあるだろう。

 だが、誰もそれを行なわないのは、三蔵が言うように、本気で心配していない証拠で

ある。

 悟空が何かと忙しいのは皆知っているし、彼がとんでもなく頑丈で強いということは、

さらによく知っている。

 ちょっとやそっとでくたばるとは思ってないのだ。

「飲み会はどうでしょうね?」

「来ないだろうな」

「まあ、悟空の交替要員は悟浄に頼んで手配してもらってるんですがv」

「手回しがいいな……」

 八戒の発言に、三蔵の口からため息が漏れる。

「人数が減ると淋しいですからv」

 そう、この時点で、……いや、飲み会前日まで、彼らは誰一人として、次の飲み会に

行方不明の悟空が参加するとは思ってなかったのである。

 9月6日、飲み会前日。

 その日の早朝、八戒は携帯に入ったメールの着メロの音で目が覚めた。

 朝は寝呆けているので、携帯が鳴っていても、それが目覚まし代わりにセットしてあ

る音楽なのか、メールなのか、はたまた電話なのか、八戒自身はよく分かっていない。

 ただ何か鳴っていて、うるさいから手に取ったというだけである。

「…………」

 すでに止まっている着信音を寝呆けた頭で耳の中に残したまま、八戒は携帯の画面を

見た。

 メールが入っていることの表示。

 しかも、音信普通だった悟空からであった。

 ………あ、生きてたんですね。

 八戒は、それしか思わなかった。

 もう少しびっくりしてもいいようなものである。

 内容は『仕事の都合でしばらくの間、南米とアフリカに行っていた。予定より向こう

での滞在期間が長くなってしまった』というようなものだった。

 ……ふーん。そうだったんですねえ。

 忙しい悟空なら、そんな仕事もあるのだろうと、八戒はそれ以上は何も考えず、再び

眠ってしまった。

 携帯を右手に握り締めて、俯せの状態のまま……という不思議な格好で。

 だが、八戒の幸せな眠りは長くは続かなかった。

 ウイーン、カシャ、というFAXから紙が吐き出される音と、それを切る音とで再び

眠りが妨げられた。

 ……うるさい。

 八戒は少し不機嫌になったが、とりあえず起きた。

 なんとなく胸の辺りが苦しかったからである。

 目を覚ましてみて、ようやく自分が俯せの状態で携帯を握り締めたまま眠っていたこ

とに気がついた。

 ……起きよ。

 目覚まし代わりのメロディーも鳴りだしたので、八戒はようやく起き上がった。

 そして、とりあえずFAXから吐き出された紙を手に取る。

 再び、悟空からだった。

 二度も八戒の眠りを妨げた彼の罪は重い。

 内容は、なんだか向こうでいろいろあったのだということが、おおざっぱに書かれて

いた。

 ゾンビになりかけだったとか。

 やはり腐乱死体説が一番近かったらしい。

 ……大変だったんですねえ。で、明日の飲み会は来るんでしょうか?

 さすがにそんな大変なメにあって帰国した直後に、飲み会に訪れるとは思えない。

 ……不参加の可能性が高いですけど、とりあえずきいてみますか。

 八戒は悟空に、明日の飲み会は来るのか? とメールを打った。

 それから朝の支度を済ませて、いつもどおり仕事へ行った。

 夕方、悟空からの返事はまだだった。

 が、しばらくすると悟空からの返信メールが来た。

『お邪魔じゃなかったら、参加してもいい?!』

 この内容を見た時、八戒は正直驚いた。

 まさか、帰国直後で飲み会に参加するとは思ってなかったのである。

『ぜひ来てください。悟空がいないと、カクテルを作れる人が悟浄しかいませんからv』

 八戒の返したメールも、かなり非常識な内容である。

『オレは酒作り係かよっ?! いや、喜んで作るけどね』

 悟空からこんなメールが返ってきても、文句は言えない。

「三蔵ー、悟空来るらしいですよー」

「何?! 生きてたのか! アイツ?!」

「朝、メールが入ってませんでしたか?」

「は? そうだったか?」

 悟空のメールは恐らく仲間内全員に入っていると思われる内容だったのだが、三蔵だ

けはどうやらそのメールが入ったこと自体気付いてなかったようだ。

「入ってるな……」

 カバンの中から携帯をゴソゴソと取出し、その内容を確認した三蔵はやっと悟空の安

否を確認した。

「南米とアフリカだって?」

「ええ、なんだかとても大変だったみたいですよ。ちなみに腐乱死体説が正解だったよ

うです。ゾンビになりかけてたとか」

「で、そんな状態で帰国したばかりで明日来るのか?!」

「みたいですよv」

「ホントにアイツは、酒の匂いを嗅ぎ当てて帰ってきたみたいだな……」

 三蔵は苦笑いしながら項垂れた。

「悟空ですからね」

「そうだな……」

 その一言ですべてが片付けられてしまうあたり、悟空という人物への認識は、皆どこ

か間違っている。

「悟空、生還おめでとう、って垂れ幕でも作りますか?」

「ハハ……よく見える位置に貼らないとな。あそこの壁なんて入ってきてすぐ目に付く

んじゃないか?」

「そうですね。ハハハ………」

 だがさすがに垂れ幕は作らなかった。

 いや、時間さえ許せば作っていたかもしれないが。

 なんせ二人は、明日の飲み会の為の準備で忙しかったのである。

 飲み会には、お金があってそれらを買うことさえできれば、酒も食べ物も大量に胃に

詰め込める悟空と、いつも可哀相な生活を紅孩児がやってくる。

 この二人の為に、大量の料理を用意してやらなければいけないのだ。

 いつもまともなものを食べていないらしい二人の為に……仲間思い(?)の三蔵と八

戒である。

「これで、明日は九人ですね」

「何? そんなに来るのか?! 寝るとこあるのか?」

「さあ。雑魚寝ですよ。一部屋三人ずつ。キツイですね」

 飲み会メンバーがこんなにも膨れ上がってしまった理由、それは、悟空と連絡がとれ

てしまったという誤算と、あともう一つ、八戒の計算間違いによるものだった。

「七人になるように呼んだつもりだったんですけどね、よく考えたら八人だったんです

よ。で、来ないと思ってた悟空が来るからこれで九人です」

 かくして、やたらと多人数となった飲み会前日の夜は更けていったのだった。

 悟空生還の喜び(?)と驚き(?)と共に。

 飲み会当日。

 続々と集まってくる飲み会メンバー達の中で、一際悟空が誠意をもって迎えられた。

「悟空ー、生きててよかったですーv」

「いやー、ゾンビから復活!」

 それから、悟空の話を聞くところによると、彼はどうやら本当にとんでもないメにあ

ってたらしかった。

 こんなとこでは、決して書くことのできないようなことである。

 いや、本当に絶対に、書いてはいけないのだろう。

 とにかく、全員心から「よく生きて帰ってきたな」と思うような出来事だった。

 しかも悟空は、本国を離れていた間の情報がまだ把握できていないらしく、あのワー

ルドカップがどうなったのかも知らなかった。

「何?! あんなに盛り上がったのに知らないのか?!」

「ブラジルが優勝したんですよ! えーと、ドイツが負けたんです」

「そう、ブラジルが優勝で、ドイツが準優勝だ。日本だって決勝リーグに進んだんだぞ

?!」

「えーっ?! そうなのーっ?!」

 日本が決勝リーグに進んだことすら知らないとは、本当にその間時代に取り残されて

いたとしか言い様がない。

 なんだかいろいろあったみたいだが、とりあえず悟空は心行くまで食べ、酒を飲み、

とても幸せそうだった。

 そして、その晩、悟空の寝相の被害にあった者は、珍しく誰も居なかった。

 とっても楽しい、久しぶりの飲み会だった。

 おしまい

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