「マクベスくんからの贈り物」


 マクベスと銀次は学生時代の友達だ。

 卒業後、銀次は学校のあった大阪に残り、マクベスは実家に戻ってしまったので今はイベントの時以外ほとんど会うことはない。

 それは学校を卒業後、銀次がすぐに借りたマンションでのことである。

 そのマンションはとても古く、頻繁にゴキブリが出没する驚異の場所だった。

「暑いよーっ」

 真夏の暑い日、銀次が部屋でゴロゴロしていると、ピンポーンと玄関のチャイムが鳴った。

「はーい」

 出ていくのもうざくて、とりあえず返事だけしてのろのろと立ち上がる。

「宅急便でーす」

 ガチャっと玄関を開けると、配達のお兄ちゃんが薄い包装紙に包まれた小さな箱を持って、何やら笑いを堪えるように口元を歪ませていた。

「まいどー」

 銀次の荷物を渡すと、配達のお兄ちゃんは逃げるように去っていった。

「なんだろう?」

 ドアを閉めてマジマジとその荷物を見つめる。

 マクベスからのお中元のようだった。

「はあ?!」

 差出人を確認して、その下の欄に目をやったところで、銀次は仰天した。

 品名の欄におもいっきり「ゴキブリホイホイ」と書いてあったのだ。

 ……いや、あの、せめて……「生活用品」とか……。じゃなくて、何でお中元にゴキブリホイホイなのさ!

 包装紙を開けて見なくても、それが「ゴキブリホイホイ」であることは明白だった。

 薄い包装紙から、おもいっきりパッケージが透けて見えていたからである。

 銀次は早速その日の夜、マクベスにお礼の電話を入れた。

「あ、マクベス、今日とってもいいものが届いたよ。どうも有難う。……でも、何でゴキブリホイホイなの……? それに、伝票の品名の欄にそのまんまゴキブリホイホイって書かなくても……」

『あはは、銀次さん新しい住まいはゴキブリが出て困るって言ってたから。それに、品名の欄にそのまま書いたのは、包装紙からパッケージが透けて見えてたでしょう? だから、今更誤魔化すのもなーと思って』

「そっかー。そうだよね。見事に透けて見えてたもんね。とにかく有難うv これから早速セットするよ」

 とりあえず、愛想よく言葉を交わし、電話を切った。

 その瞬間、銀次がハアっと大きなため息をついたことは言うまでもない。

 

 ゴキブリが出没するマンションは、それから数ヵ月後に引っ越した。

 それが現在の住所、蛮と一緒に暮らしている3DKマンションである。

「ふうー、終わった終わった」

「疲れたねー」

 引っ越しが終わったその日、蛮と銀次がキッチンでくつろいでいると、玄関のチャイムが鳴った。

「宅急便でーす」

 外から聞こえてくる声に、蛮と銀次は不思議そうに顔そ見合わせる。

 二人は今日引っ越してきたばかり。

 なぜ、宅急便が届くのか?

「はーい」

 不審に思いながらも、銀次はドアを開けて、荷物を受け取った。

 銀次宛ての荷物で、差出人はマクベスだった。

 何だかよく分からない、四角柱の包み。

 けっこう軽い。

 それを持った瞬間、銀次は「これはもしや……」と思った。

 手触りとその大きさ、重さだけでそれが何であるのかに検討をつける。

「まいどー」

 配達のお兄ちゃんが去ると、銀次はテーブルの上にその荷物を置き、真っ先に品名を確かめた。

 品名の欄にはただ一文字「紙」と書かれている。

 銀次はそれを見た瞬間、自分の予想が外れていなかったことに確信を持った。

「やっぱり、トイレットペーパーだーっ!!」

 開けてみると、案の定12ロール入りのトイレットペーパーだった。

 しかも、ピンクの花柄、香りつき。

 蛮はガラスのダイニングテーブルと叩いて、ゲラゲラ笑っている。

 ちなみに蛮は、以前に銀次の元にゴキブリホイホイが送られてきたことも知っている。

「いいもん、貰ったじゃねえか」

「ホントにね」

 銀次は早速そのトイレットペーパーをひとつ、新居のトイレにセットした。

 どちみちこれから買いに行こうと思ってたものだったので、まさにグッドタイミングとしか言いようがない。

 ……品名の欄が「紙」ってのは、以前の「ゴキブリホイホイ」よりはマシだと思うんだけど……。でも、あんまり変わんないような気がする……。

 それから後も、銀次は何かにつけてマクベスからいろいろと贈り物をしてもらった。

 ちゃんとまともなものをくれることもあるのだが、どうも彼から送られてくるものはギャグを狙ったものが多いような気がするのは、おそらく気のせいではないだろう。

 いつかの誕生日、誕生日のお祝いセットと称して、スポンジケーキを焼く材料と、大量の酒のつまみが送られてきたこともあった。

 同人で知合った人と人間関係で悩み、どうも胃の調子がよろしくなかった時、イベントで会ったマクベスからの差し入れは「大正漢方胃腸薬」だった。

 マクベスはいつも銀次にとって、必要なものをプレゼントしてくれる、とてもいい友達だ。

 

「銀次、ほら……くくくっ」

 ある日の夜、仕事から帰ってきた蛮が笑いながら銀次にソレを手渡した。

 マクベスからの郵便物のようである。

「は?」

 銀次はそれを受け取った瞬間、目を見開いた。

 定型外の大きめの封筒には、ここぞとばかりにシールがたくさん貼られていたのだ。

 いや、それだけならよくあることなのでまだいい。

 問題は封筒の表面にデカデカと貼られた「カレーせんべい」のシール。

 他にもたくさん同人のシールが貼られているのだが、ただひとつ妙な異様さを醸し出すこの「カレーせんべい」のシールには笑った。

 本当に、こんなシールどこからゲットしてきたのか。

 そして、その封筒にはマクベスの字で「必殺シール返し」と書かれている。

「何だよっ? ソレ?!」

 蛮がその封筒を指差して楽しそうに笑っている。

 実は銀次、いつもマクベスへの手紙にはわざといっぱいいっぱい同人シールを貼っていたのだ。

 同人シール、はっきり言って使い道のないものNO.1だと銀次は思っている。

 いらないのなら買うな、と思う人もいるだろうが、身内からもらったものに関してはどうにもならないのだ。

 そんなシールを、マクベスの手紙や封筒に銀次はベタベタと貼っていた。

 そしてマクベスも、銀次宛ての手紙に同じようなことをしていた。

 お互い使い道のないシールに悩まされていたことに、変わりはないのである。

「あのさ、この前オレ、マクベスに新刊送るついでに手紙出した時、封筒いっぱいにカラーの同人シール貼って『わーい、同人シールいっぱいで恥ずかしいでしょー?!』って書いて送ったんだよね……しかも、もろ封筒に……」

「それで、『必殺シール返し』ってか?! ハハハッ、こりゃあいいやっ。このシール勝負、お前の負けだな」

「うん、これにはさすがにまいったよ。アハハハ」

 こうして、銀次VSマクベスの間で繰り広げられていたシール合戦はマクベスの勝利で幕を閉じた……わけではない。

 もちろんこのシール合戦はそれから後も続くのである。

 

 

 これは、一番最近の大阪でのイベントの話。

 その日はマクベスは来ていなかった。

 変わりに、マクベスと共に仲のいい朔羅が、銀次に誕生日プレゼントを届けてくれた。

「少し遅れましたけど、お誕生日おめでとうございます。これ、私とマクベスからのプレゼントです」

 そう言って、朔羅が銀次に手渡してくれたのは、間違いなく酒ビンだった。

 プレゼント用に綺麗に包装してあるので何のお酒かまでは分からなかったが、銀次はとりあえず大好きなお酒を貰えてとても上機嫌だった。

「有難うv」

 そして、何気に貰ったプレゼントを眺めてみる。

 するとその包装には、朔羅とマクベスからの誕生日のメッセージが書いてあった。

 朔羅のメッセージはいつもの柔らかい口調の祝いの言葉だったが、マクベスの方はおかしかった。

『誕生日おめでどうございます。ああ、銀次さんの誕生日にあなたの傍に居られない僕をお許しくらさい……。代わりに、このプレゼントを朔羅に託します………以下なんたらかんたら』銀次はそれを読んで、思わず吹き出してしまった。

「アハハハ、蛮ちゃん見てよ、このマクベスからのメッセージおっかしいのっ」

 たまたま銀次のSPに来ていた蛮にそれを手渡す。

「ハハハ、マクベスってこんなんばっかだよなっ」

 そして、イベント終了後、昼食件夕食をとるために近くのレストランの前で順番待ちをしていた時のこと。

 暇だったので、銀次は士度にそのメッセージを見せていた。

「ハハハハ、何だよ、コレ?」

 やはり、誰に見せてもおかしいようである。

「おっかしいでしょー?」

「ああ、てか、その酒なんだ?」

「さあ、ワインかな?」

 士度に言われて、銀次は初めてこの包装紙の中身が何なのか気になった。

 お酒であることに間違いはないハズなのだが。

「おいおい、ここで開けるか?」

「ちょっとだけだよ」

 さすがに公共の場で大っぴらに空けるつもりはなかったので、包装紙の先端の方だけをひっぺがしてみた。

 頭を除かせたのは、酒ビンのキャップの部分。

 そこには漢字がふたつ書いてあった。

「おい、コレ、銀盤じゃねえか?」

 士度がイチ早くソレに気付いて、声をあげる。

「ええ?! 銀盤?! もしかして、わざと?!!」

「アハハ、オメーらいつもそんなことしてるよなっ」

 銀次が驚いている傍で、蛮が笑っている。

 銀盤とは辛口の日本酒の名前である。

 しかも、かなり美味しい。

 だが、確かに美味しいのだが、その名称が気に入らないことは、きっと誰もが分かってくれるだろう。

「うっそーっ、マクベスったら、もう許さないもんっ!」

 銀次は怒った。

 だが決して朔羅のせいにはしない。

「まあいいじゃねえか」

「そうですよ、銀盤美味しいじゃないですかv」

「そうだねv 美味しいもんねv 今度の飲み会に皆で飲もうねv」

 士度と花月に宥められて、銀次の機嫌は簡単に直った。

 単純である。

 いや、旨い酒の誘惑に弱すぎるというべきか。

 とりあえず、上機嫌で夕食を終え、蛮と二人で我が家に戻った銀次はあることに気がついた。

 ちゃんと包装紙を開いて見てみると、そのお酒は「銀盤」ではなく「銀盤という会社で作った銀という名前の焼酎」であったことが判明したのだ。

「なーんだ、銀盤じゃなかったんだ」

 嬉しいような、悲しいような。

 だが、ラベルのおっきく書かれている「銀」の文字を見て、銀次は思わずにっこり微笑んだ。

 お酒などほとんど飲まないとマクベスと朔羅が、きっと銀次を喜ばす為に一生懸命選んでくれたのだろう。

 それを思うと嬉しかった。

 思わぬアクシデントはあったが、おそらく彼らは「銀盤」の文字には気付いていなかったに違いない。

 いや、せめてそう思いたかった。

 じゃなけりゃホントに、友達じゃなく悪友だ。

「ま、いっかー。焼酎も好きだしv 焼酎はやっぱりストレートだよねv」

 とりあえず、その日は上機嫌なまま一日を終えた。

 それから数週間後の飲み会前日の夜。

 銀次は蛮があることをしているのに気付き、思わず尋ねた。

「蛮ちゃん、何してるの?」

 蛮は例の銀焼酎を手にもち、何やらマジックで細工をしている。

「いや、マジックで矢印書いて文字をひっくり返せば、盤銀になるかなーと。クソっ、うまくいかねーな」

 どうやら、銀盤の文字に拘っていたのは、銀次よりも蛮の方だったらしい。

 

 

 それから、しばらくしたある日のこと。

 またもやマクベスから宅急便が届いた。

 伝票の品名の欄には「ビン」と書かれたいた。

 恐らくお酒だろうと銀次は検討をつける。

 はっきり言って、それ以外のビンなどもらっても仕方がない。

「それにしても、またドハデなダンボールだよね……」

 銀次はその荷物をテーブルに置いて、ため息をひとつ。

 ホントは普通のダンボールだったのだろうが、その箱の表面いっぱいにはシールが張り巡らされていた。

 側面には大量のメトロポリスのシール。

 蓋の部分には、金色のハート型のシールがびっしりと貼られていた。

 いったいどうやってこんなにシールを集めてきたのやら、想像もつかない。

 中を空けると、案の定そこにはワインのビンが何本か入っていた。

 マクベスはお弁当屋さんで働いていて、そこでは花見シーズンに無料でワインを配るらしい。

 銀次の元に届いたのは、ソレの残りらしかった。

 手紙も入っていたので、読んでみる。

 内容は「朔羅の誕生日本を作るから、原稿を書いてくれ」というものだった。

 ……もしかして、このワインは賄賂?

 銀次がそう思ったのもムリはない。

 そうこうしているうちに仕事から帰ってきた蛮が、そのドハデなダンボールを見て目を顰めていた。

「何だ? コレ?」

「お酒」

「誰から?」

「マクベス」

 銀次がマクベスの名前を口に出した瞬間、案の定蛮はまたいつものように笑いだした。

「そっか、そうだよなーっ、こんなすげえシール貼ってくるやつなんてなーっ、アハハ」

 ダンボール一面に貼られた煌びやかなシール。

 最近ではあんまり手紙のやりとりもしてなくて、シール合戦も休戦状態に入っていたのだったが、このダンボールが届いた瞬間、銀次はこの戦いの完敗を悟ったのだった。

 

 おしまい

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