飲み会準備編<悟空の場合>


その日、悟空は忙しかった。
忙しいのは彼にとっていつものことであるが、この日の忙しさは格別で、久々に時間に追われる感覚を味わっていた。
そう、今日は飲み会当日。
会場は大阪の某所だというのに、昼になろうかというこの時間、彼はいまだ兵庫県の相生(姫路市の近所)の某研究所で、仕事をしているのだった。
「いつもの事ながら、やってらんねーぜ」
学生という人生に置いてもっとも暇を謳歌できるはずの身分とはあまりにかけ離れたこの現実に思わず溜息をついてしまうのだった。
「悟空、博士がお呼びだぞ」
「ああ、今行く。」
呼ばれた悟空は気持ちを切り替えこの境遇に陥れたニイ博士のもとへと急ぐのだった。
「や、悟空」
「呼んだ?ニイ博士?」
「僕が呼ばなきゃ、来ないの」
「いや…そうゆうわけじゃないけどさ」
ニイ博士の部屋へたどり着いた悟空はどこか不穏な空気を感じていた。ニイ博士がこういうときはろくな結果になったことがないのだ。
「ま、いいや。ところで…今晩も残んない?」
「やだ、今日は用事があるって前々からいったじゃん」
今日は久々に酒が飲めるのだ。泊まり込みになれた悟空も今日は帰りたかった。
「それにニイ博士今日は帰るって電話で約束していたじゃん」
「ああ……。でも背中に爪立てられるのも、飽きちゃった」
「帰んないとおこられるよ。もう一週間近くいえ帰ってないし」
「……人生帰るに値するところがあるのだろうか」
そういって、椅子から立ち上がったニイ博士は研究室のドアを開きながらいった。
「……反語だよ」
ドアが閉まってひとり取り残された悟空は思わずつぶやいた。
「そりゃあ……まずいんじゃないの」
午後一時。悟空と博士の手下ご一行は雨の中帰り支度をしていた。
「いやあ、明日は娘の運動会だから帰らないと……」
「家に帰るのも一週間ぶりかな」
一緒に帰る博士の手下たちの呟きを聞き流しつつ最後までごねていたニイ博士を車に押し込んで悟空は車を発進させた。車は雨の中目的地である神戸に向かって走り出した。

高速道路に乗る頃、雨はすっかりあがっていた。さすが地方都市を結んでるバイパスだけあって緑を満喫できるはずなのだが……
「ひえっ!私には帰りを待つ娘がっ!」
「一週間ぶりの帰還なのに」
外の景色がそれ相応のスピードで流れていく。遠景も近景も変わらぬその変化にニイ博士がメーターを覗くとその針は100キロを超していた。
流石に危ないと思った博士はくわえたタバコに火をつけながら悟空の表情をうかがった。そこには急ぎながらもどこかうれしそうな悟空の表情があった。
「悟空。何かうれしそうだけど、どーしたの」
「友達に久しぶりに会うんだ。楽しみだよ」
その返答にあきれてなにもいえなくなった博士は,沈黙を隠すためにタバコに火をつけた。120キロを超えた警告音が鳴り響く中悟空はさらにアクセルを踏むのであった。
神戸市のの目的地に着いた,悟空がみたのは半分以上魂のぬけた博士の手下の姿だった。
「じゃあ、俺は用事があるからじゃあ」
走り去る悟空の後ろ姿をみながら,博士は思い出していた。彼が普段の行動とは裏腹にかなりのスピード狂で,かつつい先日神戸市内を60キロでとばしスピード違反で捕まっていたことを。
「保険。新しいのにはいっとくか」
そんなことを考えつつ,彼は車に乗ってから普段の三分の二程度の時間で帰ってきたことは頭のどこか遠いところに追いやったのだった。彼自身の今後の幸せのために。


 悟空は南京町へとやってきていた。
あらかじめ聞いておいた酒とつまみを手に入れるためだ。
はじめにいつも立ち寄る酒店を訪れると、今日は在庫が少ないという。それでも市価の6割程度で買えるこの店で酒を買わないことには悟空の予定した金額を超えてしまう。
「どうか全部ありますように」
そうねがいながら店員に拙いドイツ語と英語のチャンポンで尋ねていく。
そう、この店は元々貧しい外国人相手にあいているのであって、店員たちは決して日本語を話してくれない、いくらなんでも日本語が通じないわけはないが、それだと定価でしか売ってくれないのだ。
ちなみに今回はレモン酒(アルコール度数の高い方と低いほう)を頼まれており、特に低い方は他のみせでもほとんどみたことがなく、悟空自身存在を疑っていた。
案の定、低い方は売ってなかった。それでも陽気なラテン系の兄ちゃんは「It’s ok,isn’t it?」と気にしなく念を押してくるし、今日来るメンバーの顔ぶれ考えると、別に低い方はなくてもいいかと言う気がしてくるのだった。(理由はこのhpの飲み会その1参照)
 結局、希望した酒がないことを理由にさらに値引きをさせ酒を安く手に入れた悟空は次なる目的である水餃子を手に入れるため。南京町のメインの通りへと向かった。
「げっ!なんだよこれ」
今日はまだ土曜日なのに通りは人であふれかえっていた。
特に最近建てられた朱色の楼閣風の建物の周辺は前に進むのも困難なほど人が多かった。それほど背の高くない悟空はその人々をかき分けながらとある事に気づいた。どうもここにいる人々の年齢層が偏っている気がする。いつもは様々な年齢の人が均等にいるのだが、今日に限ってみょうにおばちゃんが多いのだ。
 その理由は前に進んでみてわかった。ツアーの旗が4本もたっているのだ。人が多いのもうなずける。
 とっとと買って三蔵と八戒のところへ行こう……そう心に決めて悟空はおばちゃんたちの壁に突進していくのだった。
 めざしていた店はすぐに見つかった。そこで水餃子を頼んで包んでもらうときにみた注意書きに悟空は疑問を覚えた。
『味の素を400ccの水で溶かしてください」
……味の素……?まさかあの某メーカーの……?それではここまで水餃子を買いに来た意味がない。インスタントで彼らの舌を満足させることはできないだろうし、第一悟空自身がそれは納得できなかった。
「あのー、味の素って、店で買うの?」
唐突な悟空の質問に店員はいぶかしげな表情を見せた。
「はあ?」
「いや、だってそこに味の素で溶かしてくださいって書いてるからさあ」
なんのことか店員は解らなかったようで……
「いや、ここに味の素はいってるですけど……」
そういって指さされたところには確かにスープの基が入っていた。
「なんだぁ、味の素ってそのことかあ」
内心そんなややこしい書き方するんじゃないと思いながら表面は取り繕って
「あ、そう。じゃそれ頂戴」
と受け取って三蔵と八戒のところへと向かうのだった。
このことはいわないでおこう、きっとネタにされる。と思いながら……


おまけ
もちろん、この通りネタになりました。

<おしまい>

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