楽しい宅急便
本人がイベントに直参出来ない場合、友達のサークルさんに隣接でスペースをとって もらって、一緒にスペースの面倒を見てもらうということは、サークルをやっている者 にとってよくあることである。 それは、その荷物が送り返してこられた時にすべては始まった。 「エーリッヒくーん、宅急便だよー!」 「はーい」 宅急便を使用することの多いエーリッヒにとって、宅急便屋さんとは切っても切れな い関係にある。 名指しなのは、完全に覚えられている証拠。 その日もいつものとおり、ちゃんとエーリッヒが自宅にいる夜間にその荷物は届けら れた。 特に「夜間配達」と指定しているわけでもないのにだ。 「じゃあ、これね」 いつも荷物を届けてくれるペ〇カンのおっちゃんから売れ残りの在庫が詰まったダン ボールを受け取ると、エーリッヒはあることに気が付いて首を傾げた。 「あれ? 軽い」 確かこの荷物をイベント会場へ送ったときは、もっと重かったはずである。 「売れた?」 「は?」 エーリッヒに向かって「売れた?」と尋ねてきたのは、間違いなく目の前にいるペ〇 カンのおっちゃん。 売れた? エーリッヒは頭の中で、その言葉の意味を捜し当てる。 そして、それを理解したエーリッヒは何も言えずに、ハハハと笑うことしか出来なか った。 それは、そうだろう。 他にいったいどういう反応を返せというのか。 ダンボールの中身が軽い。 イコール、在庫がかなりはけたということ。 そしておっちゃんの「売れた?」という一言。 いや、バレてるとは思っていたが、どうやらこのおっちゃんは同人誌即売会というも のの内容まで、ちゃんと把握しているみたいなのだ。 でなければ普通「売れた?」なんて尋ねたりはしないだろう。 「よかったね、じゃあまた」 おっちゃんは笑顔でそういうと、足早に去っていった。 そして玄関の扉を閉めたエーリッヒは、これ以上ないというくらいケラケラと笑いだ したのである。 「あははは、バレてるじゃないかっ」 奥の部屋で同居人であるシュミットまでもが、お腹を抱えて笑いだす。 エーリッヒとペ〇カンのおっちゃんとのやりとりを聞いていたシュミットも、頑張っ て笑いを堪えていたらしい。 「いや、バレてるとは思ってたけどなっ」 「あははは、どうしよう、笑いすぎで苦しいです〜っ」 それから一頻り二人でお腹を抱えて笑いあった後、二人は笑いすぎで疲れたのかはあ はあと荒い息をついては、また思い出してはクスクスと笑いだしていた。 イベントの関係上、本を会場に送るときはたいていペ〇カンを使用するのだが、実は このへんにペ〇カンの取次店は少なく、他の荷物を送るときはク〇ネコを使用すること の方が多い。 エーリッヒはヘロヘロになりながら、出来上がった原稿を送る為に、近所のク〇ネ コの取次店まで歩いていた。 この取次店は、仕事の関係でよく顔を出すので、店の人にも完全に覚えられている。 だがここは、エーリッヒにとって一番融通のきく取次店でもあった。 例えば、宅配の集荷時間をすぎてエーリッヒがヘロヘロになりながら原稿を持ってい くと、この店の人は親切にも集荷用のトラックを再び呼び戻してくれたりするのだ。 集荷を行なっているク〇ネコの人には申し訳ないが、エーリッヒにとってはかなり有 り難い存在である。 その日、宅配の集荷時間には間に合ったが、出来上がった原稿を厚紙で梱包する力の 残っていなかったエーリッヒは、親切な店の人にこう頼んだ。 「これ、折り曲がらないように送ってください〜」 ロクに寝ていないせいか、言葉の語尾が力なくふにゃふにゃと流される。 「OK。じゃ、このダンボールではさんで送っといてあげるよ」 「有難うございます〜」 この時のエーリッヒに、この親切な店員が神様に思えたのは言うまでもない。 そして送り状を書き終えたエーリッヒは、またフラフラと元来た道を戻ろうとしたの だが、それは親切な店員によって呼び止められた。 「エーリッヒくん、おつり忘れてるよ! おつり! これは梱包代にはちょっと高いよ ! それにこの送り状の住所〇〇区のとこが抜けてるよ、いつものとこだね? 書き足 しといてあげるよ」 「すみません〜」 もうこの時のエーリッヒに、プライドとか、バレて恥ずかしいという気持ちは何処に もなかった。 とりあえず、出来上がった原稿が無事に印刷会社に届けば、何でもよかったのである。 それから数日後、この前入稿を終えた新刊は直接搬入で会場に届くからいいとして、 他の在庫は新たにダンボールに詰めて会場に送る必要があった。 「会場近いんだから、自分で持っていけばいいだろう?」 エーリッヒがせっせとダンボールに在庫を詰めている隣で、シュミットは呆れながら そう呟いた。 シュミットが言うように、実はいつも行っているイベント会場はこの家からかなり近 いのである。 自力で在庫を持っていけない距離ではない。 「当日重いのはイヤなんです」 シュミットの言葉にそう反論すると、エーリッヒは梱包の終わった在庫の入った大き なダンボールを、よいしょと持ち上げた。 あまりの重さに、少しだけよろけるが、すぐに体制を立て直す。 「じゃ、送ってきますから」 「はいはい、いってらっしゃい」 シュミットはよろよろと大きなダンボールを持って外に出ていくエーリッヒを、ため 息混じりに見守った。 「これ、お願いします」 自宅から一番近いペ〇カンの取次店に着いたエーリッヒは、ふうっとその重いダンボ ールを床に下ろした。 「はい、じゃあこれ書いてね」 まだ若いお姉さんが、エーリッヒに送り状を渡してくれる。 「あ、そこ、荷物の価格のとこちゃんと書いてね。本の値段と冊数の合計よ」 急いでペンを走らせていたエーリッヒだったが、そのお姉さんの言葉に、ピタっとそ の手の動きが止まった。 本の値段と冊数の合計……? やっぱり、ここでもバレてる。 まあ、見る人が見れば、送り先で一目瞭然なのだが。 このお姉さんも同じ業界の人間なのか、それとも取次店をしている関係上、知ってし まった事実なのか。 だがこのお姉さんはペ〇カンのおっちゃんと違って、直接イベント会場で仕事をして ることは無いはず。 ということは、本の値段とか冊数とかイベント自体を見ていないのならば、分かる筈 はない。 同類か……。 結局勝手にそう結論付けたエーリッヒは、荷物の価格の欄を適当に埋めて、その荷物 をお姉さんに引き渡した。 それからというもの、エーリッヒは宅急便に携わる人たちと次第に仲良くなっていっ た。 一時期、ストーカーまがいの変なク〇ネコの兄ちゃんとひともんちゃくあったりもし たが。 とりあえず、同人をする上で切っても切れない関係にある宅急便を有効利用出来る環 境にあることは、有り難いことこの上なかった。 そんなある日。 エーリッヒが出掛けている時にシュミットが受け取った宅急便の荷物が、リビングに 置かれていた。 「これ、ペ〇カンのおっちゃんがくれたぞ。いつも荷物出しに行くの大変だろうから、 これからは取りにきてやるって。これが問い合わせ先」 シュミットはそう言うと、ペ〇カンのおっちゃんからもらったそのメモをエーリッヒ の前に突き出した。 「はあ……、でも確か、取りにきてもらうと100円割高になるんですよね……」 「たかが、100円がなんだ。そもそもお前が自力で持っていけば、タダじゃないか」 シュミットが言うことももっともなのだが、エーリッヒに自力で会場まで荷物を持っ ていこうなんて気はさらさらない。 「シュミットが手伝ってくれるんなら、自力で持っていきますけど?」 「いつも会場内では運んでやってるだろうが。修羅場の時は手伝ってやってるし。他に も……」 何やかんやと自分がエーリッヒにしてやっていることをまくしたてるシュミットに、 もちろんエーリッヒの荷物を会場まで運んでやろうという気はなかった。 まあ、当たり前だろう。 誰が好き好んでこんな大きな荷物を持って、あのニュー〇ラムの混雑に入っていこう と思うものか。 「とにかく、せっかくペ〇カンのおっちゃんが親切にしてくれてるんだから、それ無駄 にするんじゃないぞ」 「はい……」 一応そうは答えたものの、この時のエーリッヒにはシュミットに渡されたこのメモを 使う気はまったくなかった。 そう、たかだか100円がもったいないという感情のせいで。 しかし、そうは言っていられなくなる事態もたまにはある。 次に行なわれるイベントで、エーリッヒは複数のジャンルを申し込んでしまっていた のだ。 もちろん、その分荷物もいつもより多くなる。 ということは………。 案の定、エーリッヒにはその荷物を持ち上げることは出来なかった。 「仕方ないですね」 エーリッヒはそう呟くとシュミットからもらったメモを取出し、ペ〇カンの営業セン ターへ電話を入れたのである。 「荷物取りに来たよ!」 数時間後、エーリッヒとシュミットの家の玄関先に現われたのは、やはりいつものお っちゃんだった。 「すみません」 「あ、送り状もいっぱい持ってきたから、とっときなよ」 「有難うございます」 これからも末永い付き合いになるであろうペ〇カンのおちゃんから、送り状を受け取 ると、その一枚に素早く記入をした。 「あ、これ、ちょっと重いね。まあいいか、一ランク値段下げといてあげるよ」 「すみません」 料金までまけてもらって、これではエーリッヒもこのおっちゃんに頭が上がらない。 「こっちに送り返す時は、夜間配達の方がいいよね?」 「はい、夜間でお願いします」 指定しなくても夜間に届く宅急便。 配達時間を記入し忘れた時には、とても有り難い。 「この荷物、東京行きだけど、東京行くの?」 「ああ、はい。たまには。その後にすぐ大阪の会場に送るんで、こっちの自宅に配達さ れるのは〇日になると思うんですが」 「ああ、そうだね。また大阪もあったね。分かった〇日に夜間で届けるよ」 「お願いします」 エーリッヒとおっちゃんは笑顔で会話を繰り返しながら、次のイベントについて情報 を交換していた。 いつのまに、ここまで仲良くなってしまったのか。 そしてなぜに、このおっちゃんはこんなにもイベントに詳しく、それをまったく嫌が らないでこんなに楽しく話せるのか。 「ああ、そうそう、来月から料金値上がりするらしいよ」 「ええ? そうなんですか?」 そして、ペ〇カンの料金の最新情報まで。 「うん、友達とかにも教えといてあげて。いきなり会場で「高いじゃないですか!!」 って怒られたら、たまったもんじゃないからね。まあ、あんまり重くなかったら大丈夫 だと思うけど」 「そうなんですか。分かりました。重くなきゃいいんですね?」 「そういうこと」 エーリッヒはペ〇カンもおっちゃんから、いろいろな情報を聞き出すと、その荷物 を預けて彼を見送った。 そして玄関を閉めると、ぱたぱたとシュミットの居る部屋へと駆けていく。 「えらく、楽しそうだったじゃないか」 「ええ、もう仲良しですから」 それからとあえず、おっちゃんとの会話の一部始終をシュミットに教えると、暫らく の間そのおっちゃの人柄について笑いながら話をした。 「ホントに、いいおっちゃんだよな」 「そうですね」 ペ〇カンのおっちゃんとエーリッヒ達との関係。 それは彼らが同人をやめるまで、もしくはおっちゃんがペ〇カンをやめるまで続くの であろう。 「でも、料金値上げってホントなんですかね?」 「さあ、次のイベントで送り返す時に高くなってればそうなんだろう」 おっちゃんの盛らした料金値上げの噂。 それは、5月7日に彼らがペ〇カンを使用する時に明らかにる。