ゆかいな飲み会

 ある土曜日の夕方、仕事を終えて自宅に戻ってきた八戒は大慌てで自室へと飛び込んだ。  土曜日と言えば、たいていの人は仕事は休みなのだろうが、八戒の場合そうではない。 「これをあっちにしまって……」  自室の中央に置かれてあるテーブルの上から量りを持ち出すと、八戒は今度はわたわた とキッチンの方へと歩いていく。  自室にあった量りを、元の場所に戻す為にだ。  テーブルの上にあった量り、それに散らばった封筒と筆記用具、あとは為替や切手など が錯乱していては、見るものが見ればそこで何が行なわれていたのか、一目瞭然である。  そこへ、訪問者を示す玄関のチャイムが鳴り響いた。 「はーい」  思ってたより、早かったですね……。  八戒は急いで玄関の方へ駆け寄ると、その訪問者を招き入れる。 「よお、八戒、食いもん持ってきたぜ! あと、もちろん酒も!!」  第一の訪問者は、いつも元気いっぱいの悟空であった。  酒よりも食べ物の方を先に口に出すところが、彼らしいところだ。 「早かったんですね。ちょっとまだ片付いてないんですけど」 「うん、思ったより早く着いちゃったんだ。あ、これ美味そう! 食べてもいい?」  勝手知ったる人の家、遠慮なしにずかずかと上がり込んできた悟空は、キッチンに用意 されてあったたくさんの料理を目敏く見付け、その瞳を輝かせる。 「これ八戒が作ったの?」 「ええ。今日はさすがに時間がなかったので、昨夜作っておいたんです。食べるのは悟浄 が来てからですよ」  八戒はそう言うと、すでに料理を覆っているラップを剥がそうとしていた悟空の手をと めた。 「ちぇー」 「三蔵は遅くなるらしいですから、先に始めておいてくれということです」  料理に手を付けることを拒まれてぷくっと膨れ上がっている悟空を見て微笑しながら、 八戒はそう説明した。  そう、今日は言わずと知れた飲み会の日。  彼らの盛大なストレス発散の場なのだ。  もちろんここで、彼らがストレスを溜め込むようなことをしているのか? という突っ 込みはいれてはならない。  彼らだって、それなりに人並みに働いているわけで、各々が知らないだけで彼らにも 一応苦痛と感じる時間は存在するのである。 「ふーん」  いつもは三蔵が居ないと寂しがる悟空も、今日ばかりは三蔵の到着が遅いことに文句は 言わない。  とりあえず、三蔵を待っていれば食べ物と酒にありつける時間は遅くなるわけで。  それは悟空にとって、一番避けたい事態だったからだ。 「あー、通販処理やってたの?」  キッチンにある料理から気を逸らすためか、八戒の部屋に入ってきた悟空はそのテーブ ルの上に散らばっているものを見て、呟いた。 「ええ、昨夜少し……」  そう言いながら、手早くテーブルの上にあるものを片付ける。 「あーあ、悟浄早く来なねえかなあ」  悟空がそう呟いたちょうどその時、再び玄関から来客を告げるチャイムが鳴り響いた。 「来たみたいですね」  八戒が出迎えると、そこにはやはり悟空と同じく、大量の酒とつまみを入れてあるの だろう大きな袋を持った悟浄が突っ立っていた。 「よお」  彼の挨拶が短いのもいつものこと。  余計なことはしゃべらず、ズカズカと部屋の中に上がり込んでくる。 「じゃあ、少し早いですが始めましょうか」 「やったー!」  八戒の部屋のテーブルに大量の酒と料理が並べられれば、それで準備は完了である。 「あー、オレが持ってきたのコレと、コレな」  悟浄のカバンの中から、次から次へと酒ビンが出てくる。  毎回のことながら、よくこれだけの量の酒ビンを持ってこれるもんだと、八戒はそん な悟浄の様子を見ながら感心していた。  そしてまた、その大量の酒を一晩で空けてしまう自分たちにも。 「オレのはねー」  続いて悟空も自分のカバンの中を探り出したのだが、彼がその中から取り出したもの を見て悟浄と八戒は目を丸くした。 「おい……、それって白衣じゃ……」  悟浄がおそるおそるといった感じて、悟空がカバンから取り出したものを指差す。 「あー、うん。酒くるむものがなかったからさ。これでくるんできたんだ。ちゃんと血 のついてない綺麗な白衣だから大丈夫だよ」  悟空はそう言うと、何事もなかったかのように白衣にくるんであった酒ビンをテーブ ルの上に置いた。 「今日の午前中もさ、変死体の解剖だったんだよな。まったく最近は自殺者が多くてこ まっちゃうよ」  同然のことのようにそういう悟空を眺めながら、悟浄と八戒は、ははは……と乾いた 笑いを浮かべることしか出来ずにいた。  食べることと、飲むことと、遊ぶことしか頭にないように思える悟空だが、実は彼は 医学に携わっているちょっと凄い人間なのだ。  その上、数ヶ国語ペラペラという、まったく人は見かけによらないというか何という か、とりあえずとんでもない知識の持ち主なのである。 「で、お前、午前中に変死体解剖した後で、いつものようにたらふく食えるわけ?」 「そんなの当たり前じゃん。それとこれとはベツなの」  たまに、医学に携わる者は皆、悟空のような素晴らしい神経の持ち主ばかりなのかと、 疑問に思わずにはいられなくなる。  そして、もし自分が変死したら、悟空のようなヤツらに解剖されるのかと思うと、ぞっ としない。 「まあまあ、仕事の話はそれくらいにして、そろそろ始めましょうか」  これ以上悟空の話を聞いていたら、変死体の解剖シーンを勝手にイメージとして膨ら ませてしまうと思った八戒は、二人に飲み会の開始を促した。   「でさあ、そのコがまたいいんだよ〜。金色の髪、あの首筋、たまんねえんだよなあ」  それから数十分後、微酔加減にも入ってはいないのだろうが、悟浄はさっきから何度 も何度も最近のお気に入りのコについて語っていた。  悟浄がこれだけ一人のコに執着するのも珍しいので、悟空も八戒もついつい彼と一緒 にそのコについて語ってしまう。 「分かります。今時そんないいコも珍しいですよねえ」  もちろん、そんな話をしている間にも、テーブルに並べられた料理と酒はちゃくちゃ くと無くなっているのだ。  まだ飲み初めて数十分というのに、この空になった酒ビンの数はなんなのか。  そしてまた、それだけ飲んでもまだ誰一人酔っ払っていないのが、このメンバーの恐 ろしいところなのである。 「なあ、コレ飲んでみようぜ」  とりあえず食べ物には満足したのか、悟空は先程の白衣にくるまっていた酒を取り出 すと、それぞれのグラスについで回った。  それはまだ、このメンバーの中では誰も口にしたことのなかた新種のお酒。 「ちょっと、味濃いですね」  グラスに注がれた酒を一口口に含んだ八戒はそう呟いた。 「そうだな」  続いて悟浄もその意見に賛同する。 「ああ、これアルコール度数高いからさ、やっぱソーダかなんかで割る?」  そう言った悟空の手には、すでにソーダのボトルが捕まれていた。  しかし、悟浄も八戒もそれを自分のグラスに注ごうとはしない。 「何? 割らないの?」  自分のグラスにはしっかりとソーダを注いだ悟空が、悟浄と八戒の顔を伺いみる。 「聞いてませんでした? 味が濃いと言ったんですよ」 「そういうこと、アルコール度数は問題じゃないの」  そう、彼らにはこれくらいのアルコールはなんともないのだ。  これ以上薄くされたら、「お前のせいでアルコールが薄くなった」と今以上に文句を 言い出すのは間違いない。  それを感知した悟空は、薄ら笑いを浮かべながら、そっと手に持っていたソーダのボ トルを自分の背中の後に隠したのだった。   「でさあ、そのコがさあ〜」 「アハハ、今度オレにも紹介してくれよな〜」 「悟空彼女いるじゃないですか、とったら駄目ですよ〜」  数時間後、一人だけ遅れてやってきた三蔵は、彼らの様子を見て一言こう呟いた。 「おまえ等……、完全に出来上がってるだろ………」  酒の注がれたグラスを離すことなく、悟浄が気に入っているコの話で盛り上がってい る他のメンバー達。  それは、一人仕事の為に疲れてやってきた三蔵には、呆れているとしかいいようのな いため息を盛らす原因となった。 「つーか、悟浄来たときからその話ばっかりじゃん」 「いいだろ、べつに」 「あ、三蔵も飲みましょうよ」  八戒に誘われてとりあえず皆の輪のなかに入っていった三蔵だが、ただ一人完全に正 気の彼にこの雰囲気に溶け込む勇気はない。 「ほら、飲め飲め」 「食いもんもまだいっぱいあるぜ」  悟浄が酒を、悟空が料理をそれぞれ三蔵に勧める。  本当は料理も酒もそんなに欲しくはなかったのだが、三蔵は一人だけこの雰囲気にと り残されるのが嫌だったのか、とりあえずなみなみと注がれたグラスに口をつけた。  そう、自分も酒に酔ってしまえばいいのだ。  そうすれば、この異様な雰囲気に溶け込んでいくことも不可能ではないだろう。  しかし……。 「あれー、悟浄寝ちゃったぜ」 「さっきから、お気に入りのコのことで、ずっと一人でハイテンションでしたからね」  いつもはこれくらいで潰れるような悟浄ではないのだが、今日に限って盛り上がりす ぎて疲れたのか、悟浄は安らかな眠りに入ってしまっていた。 「まったく、人がせっかくこれから飲もうと思ったときに……」  三蔵の口から愚痴が漏れるのも無理はない。 「大丈夫ですよ。僕達がちゃんとお付き合いしますから」  そしてメンバーは入れ替わってしまったが、その日の飲み会はまだまだ続けられるの である。    着々と三人で飲み勧めていたハズだったのだが、気が付けばいつのまにやら悟空まで もが安らかな寝息を立てていた。  これで残ったのは、三蔵と八戒の二人だけ。  そして何故かこの時の二人は、神棚の話を真剣に語っていた。  何故仏道に携わっているハズの三蔵が神棚の話をするのか、そんな細かいことは気に してはいけない。  この時の二人は、もうすでに酒の回った思考回路で真面目ぶった話をしていただけな のである。 「僕の実家には家の中に、何箇所か神棚がありましたよ」 「なるほど。私のとこにはなかったがな、ああ、そうだ。確か神棚ではないが、仏壇を 神道まがいのものにしたものはあったぞ」  神仏混合のこの日本で、何があろうが決して不思議ではないのだが、この時の八戒に は何となく三蔵の言っているものが想像できなかった。 「うん、あるよ」  そして三蔵の言葉に返答出来なかった八戒の代わりにそう答えたのは、眠っていたの だとばかり思っていた悟空だったのだ。  悟空は、先程三蔵が言っていたものを知っている。  流石に知識は豊富だな、と八戒は感心したが、すぐにそれが何かおかしいということ に気が付いた。 「何だ? お前、起きてたのか?」  三蔵が横になている悟空を伺い見るが、返事はない。 「寝てるフリしてただけか?」  しかし、やはり返事はない。 「もしかして、寝言?」  何とタイミングのいい寝言だろうか。  まるで三蔵と八戒の会話を聞いていたかのような、タイミングのよさ。 「寝てますよね?」 「ああ」  三蔵と八戒は二人でそれかやはり寝言であったのだと確信すると、二人で顔を見合わ せて笑いだした。  そしてひとしきり笑った後、おかげですっかり酔いの覚めてしまった二人は、これか らどうしようかと考えを巡らすことにした。 「そう言えば、悟浄が持ってきたビデオがありますよ。それでも見ます?」 「ああ、そうしようか」  確か、それは悟空が見たがっていたアニメのビデオだったハズだが、とりあえずやる ことのない二人はそれをビデオデッキにセットする。  そして、ビデオを持ってきた本人とそれを一番見たがっていた者は、ほったらかしに して、深夜の上映会は幕を開けた。   「ストーリー構成がなってませんね。だいたいあのヒロインのコ、出てる意味あるんで すか?」 「まったくないな。それに作画もどうかと思うぞ。光を当てすぎだ」 「音楽も効果音も中途半端ですよね」  深夜の上映会は、いつのまにやら品評会へと変わっていた。  何をとっても中途半端な作品に、見えてくるのは欠点ばかり。 「アレのどこが、駆け引きだ。つまらんな」 「僕ならもうちょっと違う方法で、話を作りますね」  別に自分が考えていることに自信を持っているわけではないのだが、最近三蔵も八戒 もおもしろいと思える作品に出会っていなかった欝憤であろうか。  話は次第に、ここは自分ならこうするという話に変化してくる。 「イマイチだったな……」 「そうですね……」  ビデオを見終えた三蔵と八戒は、期待外れだったその内容にため息を盛らした。 「まあ、いいんですけど。それなりに品評会は楽しめましたし」 「まあな」 「それじゃあ、僕達ももう寝ましょうか。まだ明日もありますし」  そして深夜二時すぎ。  最後まで残っていた二人も、やっとのことで眠りについた。  一日の疲れを癒し、明日にそなえる為に。      翌朝、眠い目を擦りながら起きてきた悟空を見て、三蔵は尋ねた。 「お前、昨日寝言言ってただろう?」 「は? 寝言?」  もちろんそんなことを言った覚えがあるはずのない悟空は、三蔵の顔をみて首を傾げ る。 「昨日、僕と三蔵が神棚の話をしている時に悟空寝言言ってたんですよ。「うん、ある よ」って。それがまた、いいタイミングで、てっきり起きてるのかと思ったんですけど ね」  三蔵の足りない言葉を補ったのは、もちろん八戒だ。 「ああ、うん。オレ夢のなかで「うん、あるよ」って言ったぜ。確かちょうど薬品を数 えてる夢見ててさ。友達に何かの薬品ある? ってきかれて、それで「うん、あるよ」 って答えたんだ」  悟空の話を聞いた三蔵と八戒は、ああなるほどと納得した。  いかにも、悟空らしい夢である。  彼にとって「うん、あるよ」の言葉の意味は神棚を差すものではなく、薬品のことだ ったのだ。 「でも何だって、神棚の話なんかしてたんだ? それこそヘンだぞ」 「気にするな」 「さあ、何ででしたっけ」  この時の三蔵と八戒が悟空の問いを適当にはぐらかしたのは、うっとおしかったから ではない。  本当に、何故そんな話をしていたのか、覚えていなかったからである。  その時だった。  この日一番の訪問者を告げる、玄関のチャイムが鳴り響く。 「あ、八百鼡ちゃんだ」  彼女が来るのを心待ちにしていた悟空が、ぱたぱたと玄関の方へと走っていく。 「オレ、彼女の為に特別に酒持ってきてたんだぜ」  悟浄はそう言うと、もうすっかり空なのだとばかり思っていたカバンの中から、また 一本酒ビンを取り出した。 「まだあったんですか……」  八戒が呆れ顔で見つめるが、そんなことは誰も気にしてはいない。 「こんにちは、わあ、綺麗な色のお酒ね」  悟空と一緒に部屋に入ってきた八百鼡は、悟浄の持っているさくら色の酒を見て嬉し そうに顔を綻ばせた。 「女の子が好む色だと思って、けっこう軽めだし」  その間にまたまた運ばれてきた酒と料理によって、再び飲み会の準備は始められる。 「それじゃあ、今日も朝から元気に飲もうぜ!」  そして、新たなメンバーを迎えたその日の朝、二日連続の飲み会は開始されたのであ った。  

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