ゆかいな飲み会2


 二〜三ヵ月に一回のペースで、すでに二年近く続いているこの飲み会だが、それは今
年五月ついに至上最大の人数での開催となった。
 三蔵と八戒が二人で暮らしているこの3DKマンション。
 ここにある布団の数は宿主二人のものを合わせても七組。
 そしてそれ以上の布団を敷くスペースはむろん何処にもない。
 ようするに、このマンションにお泊り出来る人数は宿主二人を含めて、最大七人とい
うわけだ。
 あまりにも窮屈なのが嫌いな宿主の意向により、今まではずっとこの定員は守られて
きた。
 しかし、二十世紀最後の年、五月五日にその定員が破られる時は訪れたのである。
 この日の人数は全員で九名。
 三蔵が昼頃から出掛けてしまった為、八戒は一人でこの九人分の空腹を満たすための
料理を作らなければならなかった。
「さすがに疲れましたね……」
 かれこれ三時間近く俎板と鍋とフライパンと睨めっこを続けてきた八戒も、そろそろ
しんどくなってくる。
 予定していた料理はほぼ出来上がり、あと残すところは二〜三品ばかり。
「今帰ったー」
 ちょうどその時、用事で出掛けていた三蔵が帰ってきた。
「ちょうどいいとこに帰ってきましたね。僕もう疲れたんで後は頼みます」
「はあ?」
 時刻は夕方四時。
 もう一〜二時間もすれば、ぞくぞくと今日のメンバー達が集まってくる。
「そのアスパラベーコンに火を通して、あ、それからそっちの炒め物に使う調味料も合
わせておいてください。このメモに分量書いてますから。えーと、それからおにぎりも
にぎっておいてくださいね」
 有無を言わせない言動に、三蔵は帰ってきたばかりだというのに八戒にいいように使
われている。
 やはり一人でやるよりかは、二人の方が幾分早く、あっというまにその日の料理は出
来上がった。
「疲れました〜」
 八戒は食卓の椅子に座るなり、ガラス張りの円テーブルに突っ伏すように項垂れる。
 そしてその横で、炊飯器いっぱいに炊いた炊き込みご飯を、三蔵が一人で黙々と握っ
ていた。
 ハタから見れば、異様な光景であったであろう。
 四人がけのガラス張りの円テーブルの上には、大量の酒と料理。
 そして一人は突っ伏したまま暫らくボーっとしたままで、もう一人はひたすら無言で
器用におにぎりをにぎっている。
 だがそれも、これからのどんちゃん騒ぎを思えば、ほんの一時の平穏な時間でしかな
かった。
 
 その日、一番にやって来たのは、常連ではないがたまにこの飲み会に参加している紅
孩児であった。
 もちろんその”たまに”というのは、イベント前日に限るのだが。
「聞いてくれよ! 連休あけに提出の英文のレポートが八枚もあるんだよっ! どうす
りゃいいんだ〜っ」
 紅孩児は部屋に落ち着くなり、持ってきたバックから英文のびっしり詰まったプリン
トを取り出した。
「こんなの、八枚も訳すのか?」
「悟空にやってもらったらどうですか? 彼、意外に頭いいですから」
 三蔵と八戒はそのプリントを見るだけでも目眩がしてきそうだった。
 真面目に(?)勉強していた学生時代ならいざ知らず、今の彼らにこれだけの英文を
訳そうなんて気力は何処にもない。
「そりゃあ、あいつが手伝ってくれれば言うこと無しだけどな」
 悟空が何かと忙しいのは、彼を知るものなら誰でも分かっていること。
 家に居ることは滅多になく、連絡手段はほぼ携帯電話のみ。
 何故普通に働いている三蔵達より、学生である悟空の方が忙しいのか。
 それは、それぞれの選んだ職業に関係しているのだから仕方がない。
 悟空と紅孩児の選んだ職種は似たものらしく、二人は何かとその業界でしか分からな
いうっぷんを言い合っていることが多い。
 もちろん二人ともまだ学生であり、決まった職を持っているわけではないのだが。
 学生は学生で、何かとその業界からコキ使われて大変らしいのだ。
 ちょうどその時、二人目の来客を告げる玄関のチャイムが鳴り響いた。
「たぶん、悟空だろ。この時間に来ると言っていた」
 三蔵のその言葉が、外れる筈はなかった。
 
「連休明けまでに、コレ八枚も訳さないといけないんだっ!」
「そんなのまだいいじゃないか、オレなんか二十枚だぞっ……、それに、それに、他に
も何かいっぱいあるんだよ!!」
「二十枚っ?!」
「うわーーーっ!!!」
 悟空が来てからというもの、彼と紅孩児はずっとこんな調子である。
 彼らの声は、開けっ放した窓からまる聞こえ。
「あははは、大変ですねえ二人とも」
「まあ、頑張ってくれ」
 お子さま二人(?)の悲痛な叫び声を聞きながら、三蔵と八戒は軽くうすら笑いを浮
かべた。
 自分たちは無関係だと言わんばかりに。
 
 ちょうどその頃、初めて三蔵宅を訪れる他のメンバー達を引き連れて、悟浄はマンシ
ョンの前までさしかかっていた。
「着いたぜ。あの最上階の端っこの部屋だ」
 そう言って、七階建てのマンションの最上階の角部屋を指差す。
「ふーん」
 悟浄につられて他のメンバー達が上を見上げたその時……。
「「うわーーーーっ!!!!」」
 悟浄の指差した最上階の部屋から、悟空と紅孩児の大声が降ってきた。
 何というタイミングの良さ。
「あそこだ……」
 何て分かりやすいお出迎えの第一声だろうか。
 ……恥ずかしい奴ら……
 悟浄は上から聞こえてきた大声にそう思いながらも、せっせと皆をエレベーターホー
ルへと促すことにした。
 
 それから無事全員揃ったところで、とりあえず初対面の者同士の為に簡単な自己紹介
をして、いつもの約二倍の人数での飲み会は始まったのである。
「あー、そっちの食べたーい」
「次はこの酒あけようぜ」
 大量に作っておいた筈の料理はまたたく間に消えていき、酒ビンも次から次へと空に
なり、新しいものがあけられる。
 お酒とつまみに関しては皆で持ち寄ったので、当初八戒と三蔵が用意しておいた量よ
りはるかに増えていた筈だった。
 しかし、このペースの速さは何なのか。
「カルーア飲みたいーっ! カルーアー!」
 飲み会初参加の一見酒に弱そうな李厘も、自分の大好きなお酒が用意してあることを
知って早速おねだりだ。
「ほい、カルーアのリキュールとミルク」
「有難う」
 李厘は悟浄に作ってもらったカルーアミルクを手に取ると、嬉しそうにそれを飲みは
じめた。
「俺もそれほしー」
「俺もー」
 周りにいた皆も李厘と同じものを要求するが、もちろん彼らにとってそれが酒である
という実感はほとんどない。
 幾分飲んだ後の骨休めに、飲むつもりなのだ。
 その場に居たほとんどのメンバーがカルーアミルクを飲んでいる間、八戒は見てしま
った。
 始めにそれを飲み干した李厘が、カルーアのリキュールだけをグラスに注ぎ、一口二
口と飲んでいる姿を。
 だが八戒はそれを見て見ぬ振りをすることにした。
 李厘に付き添うように座っている独角兇が、何も注意していなかったからである。
「ええっ、同郷?!」
「そうかそうかっ、何処の学校だった? 何だすぐ近くじゃないか!」
 話をしていくうちに仲良くなった初対面の面々もそれなりに勝手に盛り上がっていた
。 どうやら、紅孩児と観世音菩薩は今はそれぞれ違う場所で暮らしているが、もとも
とは同郷だったらしい。
 故郷の話と言うのは、その場所を知らない者にとってはまったく分からないもの。
 二人で盛り上がっている彼らはとりあえず放っておいて、他のもの達もそれぞれの話
で盛り上がっていた。
 だが、それぞれが好き勝手に喋っている間、一人だけ言葉を口にする事無く静かにし
ているものがいる。
 それは、やはり飲み会初参加の八百鼡だった。
「ああ、彼女、大人しいけどちゃんと『うんうん』って皆の言葉に相づち打ってるから、
気付いてやってくれよな」
 そしてその八百鼡をカバーするのは、いつでもどこでも女性に優しい悟浄の役目。
「分かってるって」
 こんな感じで、この飲み会の時間はゆるゆると過ぎていったのである。
 
 しばらくすると、皆思い思いに隣の部屋に転がったり、落書をしたりして過ごすよう
になっていた。
 相変わらず飲んでいるのは、観世音菩薩と八百鼡、それに八戒の三人のみ。
 大人しいと思っていた八百鼡だったが、実はかなり酒には強いらしい。
 悟浄もとなりの部屋で他のメンバー達の相手をしながら、ゆっくりとグラスに口をつ
けている。
 と、その時だった。
 観世音菩薩が八戒のベッドの下から何かを発見して、それを手に取った。
「酒?」
 それは何故かベッドの下に転がっていた、まだ開けていない酒ビン。
「まさか、隠してたのか?」
 観世音菩薩がギロっと八戒を睨んだが、彼は慌てて否定した。
「いくら僕でも、隠してなんかいませんよっ! たまたま転がっただけですって」
 確かにそれは今日誰かが持ってきた酒の中の一本。
 以前から此処にあったものではない。
 本当に酒をベッドの下に隠していたとしたら、八戒という人物、とんでもない酒好き
……いや、そんな言葉では言い表わせない恐ろしいヤツである。
「そうだよな、いくらなんでもな」
 観世音菩薩がとりあえず納得したと思ったその時、隣の部屋でごろごろしていた悟空
がひょこっと戻ってきた。
 どうやら、また飲む気らしい。
「あ、もう氷ないね、持ってくるよ!」
 とりあえず眠気が襲ってこない限り元気な悟空は、そう言って氷をとりにキッチンへ
と駆けていった。
「はい、氷」
 そして持ってきた物体をドンと、テーブルの上に置く。
 しかし………。
 その瞬間に八戒達の口から飛び出したのは、「有難う」の言葉ではなく、大爆笑の渦
だった。
「そっ、それ、枝豆……っ」
 観世音菩薩が腹を抱えて笑いながら、悟空が持ってきた物体を指差す。
 大人しい八百鼡でさえ、笑いを堪えきれないでいるのだ。
 その大爆笑に隣の部屋でゴロゴロしていた三蔵達までもが、悟空のミスを察知して大
笑いを繰り返す。
「それのどこが氷だよ……っ」
 そう、悟空が冷凍庫から持ってきたのは、氷ではなく、冷凍の袋に入った枝豆だった
のだ。
 確かに氷も同じように袋に入っている市販のものなので、同じような包装はしてある。
 しかし普通、氷と枝豆を間違うだろうか?
 当の本人である悟空は、さすがに愛想笑いで誤魔化すことしかできない。
「まったく、お前はいつかのきゅうりのきゅうちゃん事件といい、笑わせてくれるぜ」
 悟浄の言った、きゅうりのきゅうちゃん事件とは、それもまた悟空の妙な勘違いから
巻き起こった大爆笑の事件である。
 その事件を簡単に説明する。
 もう一年近く前になるだろうか。
 その日は皆の集まりが遅く、八戒と泊りにきていた紅孩児がちょうど夕食を取り終え
た時のことだった。
 八戒の部屋の電話が鳴り、近くまできていた悟空が「何かいるものある?」と尋ねて
きた。
 何かいるものとは、もちろん飲み会の為にいるもののことである。
 しかし、本人に自覚はないが、この時の八戒の返答は少し可笑しかったらしい。
 暫らく考えた後、電話の向こうの悟空に向かって、彼はこう言ったのだ。
「カードキャプターさくらの9巻買ってきてください」
 飲み会でいるもののことを聞いているのに、何故マンガを頼むのか?
 八戒の後で食後のお茶をすすっていた紅孩児は思わずずっこけた。
「わかった!」
 だが悟空はそれに何の疑問の抱かずに、明るく応えを返すと、電話を切ったのだった。
 八戒は信じて疑わなかった。
 悟空がカードキャプダーさくらの9巻を手に、此処に現われることを。
 しかし……。
「きゅうちゃんって、きゅうりのきゅうちゃんでよかったんだよなあ?!」
 悟空が玄関先で放った第一声。
 手には、しっかりと「きゅうりのきゅうちゃん」が握られている。
 言わずと知れた、きゅうりの漬物だ。
「え……?」
 それを見た八戒の脳裏は一瞬凍り付いた。
 いまいち、状況が把握できない。
「カレーとか作ったから、きゅうちゃん買ってきてって言っただろ?!」
 そして次の瞬間、八戒と紅孩児は思わず吹き出した。
「ち、違いますよ。僕はカードキャプターさくらの9巻買ってきて、と言ったんですっ」
「は……?」
 そう、悟空は八戒の言葉「カードキャプターさくらの9巻買ってきて」を「カレーと
か作ったからきゅうちゃん買ってきて」と聞き間違えたのだ。
 それから暫らく、やっと事態を飲み込んだ悟空とともに、三人の大爆笑は続いたので
ある。
 今思えば、紅孩児があれだけ笑っている姿を見たのも、あの時が始めてだったような
気もしないでもない。
 もちろんその話は、遅れてやってきた悟浄にも三蔵にも大受けで、暫らく笑いのネタ
には困らなかった。
 というわけで、今度の「枝豆事件」も暫らくは笑いのネタにされることは間違いない
であろう。
 そんなこんなで、その日の飲み会は深夜まで続いたのである。
 
 
 そして翌日の夜、李厘と独角兇は用事があるとかで帰ってしまった為、人数は七人へ
と減っていた。
 七人、つまり一人ひとつずつの布団で寝れる、定員ちょっきりの数である。
 パソコンルーム兼、在庫置場と化しているその部屋で、三蔵と紅孩児はかちゃかちゃ
とディスプレイ上の画面を操作していた。
 二人の声と、かちゃかちゃというマウスの音と、そして何やらざわざわと隣の八戒の
部屋に何かを運んでいる音。
 そしてそのざわざわという音が消えた次の瞬間に、隣の八戒の部屋から聞こえたのは
三蔵と紅孩児以外の五人の声と、グラスの触れ合う音だった。
「「「「「かんぱーい!!」」」」」
 マウスを操作していた三蔵の手が、思わず止まる。
「あいつら、今日も飲む気か………」
 正直、イベント前日である今夜再び飲むということは予定していなかったのだ。
「俺の分も残しとけよーっ」
 呆れている三蔵とは裏腹に、紅孩児もちゃっかり自分の分の酒とつまみをとっておく
ように、呼び掛ける。
「おう、早くこいよ!」
 三蔵が止める間もなく、再会される飲み会。
 すでに、彼らの勢いを止めれるものなど、何処にも存在しない。
 イベント前日に飲むと、次の日イベントでしんどいから、という理由でイベント前前
日に行なわれた飲み会だったが、結局は何の意味も持たなかった。
 酒とつまみと、酒に強い人間が集まっている時点で、始めから二日連続は頭に入れて
おかなければならなかったのかもしれない。
 
 
 そしてイベント当日。
 七人が七人とも、とても爽やかに清々しく朝を迎えた。
 もちろん、二日酔いの人間など誰一人として存在しない。
 始めから、そんなヤワなメンバーは集めていないのだから、当然と言えば当然だ。
「うわーっ、ハデーっ」
 そして朝っぱらから、凄い衣裳で現われる者も。
「観世御菩薩様とお揃いなんです」
 八百鼡は少し恥ずかしそうにそう言うと、微かに顔を赤らめた。
「似合うだろう」
 恥ずかしがっている八百鼡とは打って変わって、観世音菩薩はとても楽しそうにその
豪華な衣裳を皆に見せびらかす。
「はははは………まあ、何処にいても分かるから……迷子にならなくていいよな………」
 もちろん他のもの達にそれ以外のコメントはない。
「まあ、何でもいい。支度が出来たらさっさといくぞ」
 そして二日連続の前夜祭を経て、祭りの本番を迎える為、一同は三蔵に引きつられて
イベント会場へ向かったのであった。
 
                         おしまい
 
 
 
  おまけ
 
 夕食の買物を済ませた八戒は、スーパーの袋をテーブルの上に置き、ふうっと一息つ
いてからそこにある酒ビンを見つめた。
 この前の飲み会で残ったものだ。
 皆かなり飲んでいるとはいえ、何せ持ち寄る量が半端じゃないのだから、多少は残っ
てしまっても仕方がない。
 八戒はその中にある飲みかけの一本を手にすると、何気にそのビンのラベルを眺めて
みた。
 そこにははっきりと「リキュール」と書かれている。
 アルコール度数も、しっかり20度を越えている。
 しかし、八戒にはこの酒を何かで割って飲んだ記憶はなかった。
 たしか、ストレートでそのまま………。
 もちろん、八戒以外の人も飲んだ筈だが、誰一人として何かで割って飲んでいる者は
いなかったような気がする。
 皆これをリキュールだとは思わなかったのだ。
 20度を越える酒を飲んでも、誰一人としてそれが何かで割って飲むものだというこ
とに気付く人間はいなかった。
 ある意味、素晴らしい集まりだったのかもしれない。
「リキュールだったんですね……。まあ、残った酒を処理するのは僕の役目ですし」
 八戒はそう呟くと、冷蔵庫の中からミネラルウォーターを取り出した。
 そしてそのリキュールと、ミネラルウォーターをこぽこぽとグラスに注ぐ。
 それを適当に混ぜ合わせると、八戒はすきっ腹にいっきにそれを流し込んだ。
 自分はリキュールをきちんと水で割って飲む、常識ある人間だと自負しながら。
「まだ半分ほど残ってますけど、まあ今日一日で飲めるでしょう。もちろん水割りで」
 八戒は飲み終えて空になったグラスをガラステーブルの上に置くと、もう一度そのリ
キュールで水割りを作り、夕食の準備に取り掛かった。
 しかし、そのリキュールとミネラルウォーターの割合については、突っ込んではいけ
ない。
 そして、彼が飲みながら夕食の準備をしていることについても…………。

 

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