すでに数か月に一度の恒例行事になっている飲み会。 これは、いつもためまくっているストレスを発散し、皆で大騒ぎした後の出来事である。 五時間以上は軽く騒ぎ立て、飲みまくり、全員が寝床に入ろうとしたのは何時だっただろうか。 詳しくは覚えていないが、すでに日付が変わっていたことだけは確かだ。 皆がそれぞれ布団の中に入ってしまった後、このマンションの居住者である八戒は困ったように自らのベッドを見て首を傾げた。 本来八戒が寝る筈のそのベッドには、すでに悟空が大の字に転げて規則正しい寝息を立てている。 飲んだ後の片付けをしている間に、布団を敷くのを待ち切れず、いつでも寝れる状態にあった八戒のベッドで悟空は眠りこけてしまったのだ。 悟空が寝る筈の八戒のベッドの横に敷いた布団は空いたまま。 ……起こすのも可哀相ですしね……。 八戒はそう思い、気持ちよさそうに眠る悟空を起こす事無く、本来悟空が眠る筈だった布団の中へと潜り込んだ。
それから、どれくらいの時間が経っただろうか。 八戒の記憶によれば皆が寝静まってからまだ一、二時間程度しか経っていないと思われる真夜中。 何気に目の覚めた八戒は、ベッドの方をぼんやりと眺めていた。 そこには、ベッドの端から今にも落ちそうな悟空の体。 ……まあ、落ちはしないでしょう……。 そう思って、八戒はそのことをさして気にもとめず、ベッドとは反対方向に寝返りをうって再び目を閉じた。 普通人間というのは、ベッドから落ちそうになって妙な体制で体が傾けば、必ずと言っていいほど目が覚める。 そしてたいていの人は、ちゃんとベッドの中央に戻って寝直すのだが、どうやら八戒は悟空を甘く見ていたらしかった。 そう、まさか、そんなことが起きようとは思ってもみなかったのだから。 八戒が目を閉じて数分も経たないうちに、ドスンと何かが落ちたような音が響いた。 ………? 正常には働いていない頭で、八戒はその音が響いた方にゆっくりと寝返りをうちながら視線を向ける。 ……落ちてる……。 その瞬間、八戒が思ったのはその一言だった。 先程ベッドから落ちかけていた悟空が、本当に落ちてしまっていたのである。 しかも、悟空が起きているのか寝たままなのかは定かではない。 ボーっとした頭でその対処方法を考えることは出来ず、「ま、勝手に這い上がるでしょ」と勝手に結論づけて、八戒はそのまま目を閉じてしまった。 だが、今思えばそれがそもそもの間違いだったのだ。 悟空がベッドから落ちて暫らくして、それは起こった。 悟空が落ちた場所は、幸か不幸か、八戒の寝ている布団の上だった。 ちょうどその頃八戒は悟空が落ちた場所とは反対方向の布団の隅っこに転げていたので、幸いにも彼の下敷きになることはなかった。 だが、落下の直撃を免れたからと言って、それで安全ではなかったのだ。 ドン! ドカン! 「……ぐわっ」 八戒は胸と太股当たりに受けた衝撃によって、再び目を覚ました。 「な……」 さすがに今度ばかりは、はっきりと頭も回転している。 当たり前だ。 これほどの衝撃を受けて、目が覚めない方がどうかしている。 恐る恐る、衝撃のあった胸元に目を向けると、そこには大の字に開いた悟空の左腕。 ついでに、太股には悟空の左足がのっかっていた。 どうやら彼は、ベッドから落ちた後、ベッドに這い上がることなく、そのまま八戒が寝ていた布団を占領していたらしい。 「悟……悟空……?」 悟空の手と足の下から抜け出しながら八戒は彼の名を呼んだが、返事はない。 返ってくるのは、気持ちよさそうな寝息だけ。 「悟空……? 起きて……るわけないですよね………」 起きててわざと八戒に攻撃を食らわしたのなら、反撃にでも出ただろうが、相手が眠っていて無意識のうちなら仕方ない。 暫らくその場に座り込んでボーっと悟空を眺めていた八戒だったが、ふいにすくっと立ち上がると、本来の自分の寝る場所へと移動していった。 そう、先程まで悟空が寝ていたベッドへと。
次の日の朝、すがすがしく目の覚めた八戒は、ベッドの上でにっこりと笑ってこう言った。 「僕、昨夜、悟空に酷い目にあわされたんです」 「………?」 もちろん、寝ていた悟空が八戒の言葉の意味を把握することは出来ない。 隣の部屋で寝ていた悟浄と紅孩児も不思議そうにこちらを見ている。 「えっとですね……」 八戒は皆の表情を一通り確認すると、笑顔を崩すことなく、昨夜の出来事を話し始めた。 「オ、オレ……、始めっから此処に寝てたんだと……」 「いや、起きたら悟空と八戒の位置が入れ替わってるから、おかしいとは思ったんだよな……」 「…………」 案の定、昨夜の出来事について知っている者は誰もいなく、悟浄と紅孩児は「またやったか、こいつは……」というふうに顔を見合わせている。 本当に、悟空ほど飲み会の度におもしろいネタを提供してくれる人物はいない。 「まさか、無意識でボケかましてるとは思わなかった……」 どうやら悟空は八戒のベッドで寝ていたことも、そのベッドから落ちたことも、さらには八戒に攻撃をしかけたことも、まったく覚えていないようだった。 「でも、オレ、普段はすっげー寝相いいんだぜっ! 酒飲んでる時だけ悪くなるみたいだけどっ、ホントだかんなっ!」 悟空の言い訳に、誰もが「ウソつけ……」と思ったことは言うまでもない。 確か前にも、悟空と紅孩児が二人で同じ部屋に寝ている時、布団に入った時と、朝起きた時とで、彼らの位置か入れ替わっていたことを八戒は知っている。 八戒だけではない。 この時の事実は今回飲み会欠席の三蔵だって知っている筈だ。 「ホントのホントに、オレ、普段は寝相いーんだかんなっ!!」 悟空の虚しい言い訳を信じる者は、少なくとも今このメンバーの中には存在しなかった。 そして、これから先、なんらかの形で今回の事件を知った者もおそらく、彼の言い訳を信じはしないだろう。
おしまい |