さて、ここは天界。
掃除の行き届いた廊下を、金髪の青年がズカズカと歩いていた。
長い髪を一つにまとめ、白い装束をまとった姿、端正な顔は、高潔さを感じさせる。しかし
その鋭い眼光と発する雰囲気が他人を寄せ付けないでいた。
「こーんぜーん!」
「!!」
その青年、金蝉に、背後から勢いよく飛びついてきた少年がいた。
「悟空!てめぇ離れろ!」
風貌にそぐわない乱暴な口調で金蝉が叫ぶ。だが悟空はしっかり金蝉にしがみついて離れ
ない。
「俺、腹減った〜」
余程空腹なのだろう。うるうるとした瞳で見上げる悟空は、年齢よりはるかに子どもに見
える。可愛いとも取れる仕草であるが、あいにくと彼の保護者にそんなもんは通用しない。
「離れろって言っとるだろーが!」
どこから取り出したのか知らないが、ハリセンが小気味よい音を悟空の頭に響かせた。
これまた日常のことである。
目の前に積み上げられた料理が凄い勢いで消えていくのを横目に、金蝉は溜め息を吐いた。
なんでこんなサルの面倒を自分がみているのか、今まで何度考えたかわからない自問を投
げる。考えても仕方ないので、出るのは溜め息ばかりだ。
「なあ、金蝉。金蝉ってば」
食べる口は止めずに、悟空が話しかける。こいつの口と胃袋はいくつあるんだと思いつつ、
何度も呼ぶ悟空に耐えきれずに視線を向ける。
「うるさい。聞こえている。何だ」
「那托見かけねーんだけど、またどっか行ったのか?」
「ああ。何処に行ってるのかまでは俺は知らんが」
「そうか…。せっかく美味い実のなっている樹を見つけたから、教えてやろうと思ったのに…」
誰が見てもわかるくらいに気落ちする悟空に、思わず金蝉の手が伸びる。
「帰ってきたら一緒に行けばいい。『友達』なんだろう?」
優しく頭を撫でてくれる手と、かけられた言葉に、悟空は顔を上げて笑顔を返した。
「うん!」
血の匂いが充満する。もう感覚も麻痺してしまったかもしれない。
那托はぼんやりと地平の彼方を見つめていた。
己の足元には、たくさんの妖怪の死体が転がっている。すべて那托がその手に掛けた者たちだ。
これで何度目だろう。考えるのもうっとうしくなってきた。
破壊人形と呼ばれる自分には、休む間もなく『指令』が与え続けられている。妖怪の殲滅。
命令を与えるのは実の父。自分は父には逆らえない。
繰り返される殺戮。こびりついた血はもう染み込んでしまって、拭うこともできない。
たとえ表面は綺麗になったとしても、奥底は、決して。
仕方がないと納得はしている。諦めてしまっている。
天界で異質な自分は、戦場にしか居場所がないから。戦いでしか必要とされないから。
他に行くところもない。逃げることもできない。…逆らえない。
安らぐ場所など、自分には存在しないのだろう。
【那托は那托だろ?】
そう言って屈託なく笑った奴がいたことを思い出す。
「あいつ…。名前、何ていうんだろうな…」
自分とそう変わらない外見年齢。長い髪と金環。大きな目で見つめてきた子ども。
あんなふうに無邪気に接してこられたのは初めてだった。
今まで自分に向けられるのは、侮蔑と畏怖ばかりだった。父の身分が高いから、表立って
非難してくる者はいないが、それでも悪質な視線は尽きない。
幼い頃からそのような環境で過ごしてきた。厳格な父のため、普通の子どものように遊ぶ
ことも、友達さえもなく、生きてきた。
「……友…達…か」
思い浮かぶのは名も知らない少年の笑顔。
自分のことを知っていて、それでも普通に話しかけてきて。
戸惑いつつも、嬉しかった。
あの時も、目が覚めたら心配そうに見つめているあいつがいて、とても驚いたけれども、
それ以上に嬉しかった。自分を心配してくれる人がいるなんて思ったこともなかったから。
名前も知らない。どんな素性なのかも知らない。会ったのでさえ僅かだ。
けれど、初めてできた、大切な存在だった。
「…あいつは…俺の友達になってくれるかな…?」
彼と、普通の子どものように無邪気に遊ぶことができたなら、どんなに幸せだろう。
ただの夢にすぎないとわかっているけれど、願うだけなら自由だ。破壊人形でも、それく
らいは許されたい。
空を見上げる。
曇っている空は一面灰色でよどんでいる。青い空も太陽も見えない。
今も元気に笑っているであろう彼がいる天界を、じっと見つめていた。
終
後書き
何が書きたかったのか…。自分でもよくわかりません(殴)。とにかくガキ二人が書きたくて衝動的に作った話。
夜に唐突に書いて「小説かいたんだけど送って良い?」と一方的に送りつけた覚えが…(笑)。
あ、こんぜんとなたくの漢字はパソコン上にないので、別の漢字を使っています。
…しっかし、あのこんぜんが観世音菩薩のいとこというのは未だに苦笑ものです。