遺書
かつてここに存在した街は、活気に満ちて華やかな所であったらしい。
しかし今は、崩れかけた廃墟がその面影を残すのみでしかない。
住人の温もりなどは何処にも残っておらず、寂れた風だけが吹きすさぶ。
本来ならば、もう誰も近付かないはずの幽霊街。
ただ一人、少女はそこを気に入り、時間を見つけては訪れていた。
そこが少女の生まれた地であったかどうかは彼女自身も誰も知らない。だが彼女は確かにその廃墟となった地の空気に安穏を感じていた。
少なくとも、現在自分が住んでいる教会よりは、よほど。
白く清楚な空間は嫌いではない。しかし自分には合わないように感じられるのだ。何故だろう…?
今日も少女は廃墟へと足を運ぶ。しばらく街の中を歩き、外れにある、街を全貌できる丘の上に立つ。
静かだった。何よりもその静けさこそが少女を安楽へと導いた。
何の温度もなく、生命の息吹も鼓動も感じられない静寂。
微笑み、少女は街を見下ろす。
少女の名は、花楠。
翡翠色の瞳を伏せ、花楠は息を大きく吸う。この場の空気を身体に取り込むかのように、深く呼吸する。静かな風が胸を充たすことを感じて彼女は眼を開ける。
花楠は孤児だった。親を亡くし、唯一の肉親である双子の弟の所在は不明。
そう珍しいことではない。平和と言われていても、悲しみがまったく無いわけではなく、天涯孤独となった子どもは少なからず存在する。
だが、花楠はその中でも特別だった。
異端であると、誰よりも彼女自身が理解していた。
知っている。自分はあの人たちに受け入れられてないことを。
表面上は慈悲深く接しながら、心の読めない自分のことを陰で疎んでいるシスターたち。
それでも孤独でないのは、何処かにいる自分の片割れの存在を感じるから。
わかる。彼もきっと自分と同じ想いを感じている。自分のいるべき場所はそこではないと知っている。
自分たちは互いでしか空白を埋められない、と。
生まれ出る時に別れてしまった分身。血と肉を分け合った存在。
たった一人の。
共有できる人。
「…けどね」
(それは見せかけでしかないのよ)
本当は誰も充たすことなどできはしない。他人を充たすことなど神様にだって不可能だ。
だから皆、孤独から抜けられない。なのにそれを嫌がって、必死に何かにしがみつく。
…なんて愚かな存在。
人も、妖怪も、神様も、もがき続けるだけ。
他人を救う? そんなこと本当にできると思うの?
他人を理解する? そんなこと本当にできると思うの?
他人を赦す? そんなこと本当にできると思うの?
ねぇ貴方?
そんなこと、本当にできると思う?
誰も、できるわけないのに。
おかしいわね。そうでしょう?
何処にも罪も汚れも無い。
だって綺麗なものなんて何処にも存在しないもの。
見せかけだけを取り繕って、それで嬉しいの?
おかしいわ。そう思わない?
それとも私がおかしいのかしら。この世界には合わないの?
どうすればいいと思う? ねぇ?
このまま眠りにつけたら、幸せになれるのかしら?
大丈夫。私は絶対に貴方の目の前でしか死なないから。
貴方の姿を目に焼き付けながら死ぬわ。貴方はそんな私を見ていて。逸らさないで。
その腕の中で終わらせて。
声もなく泣いて。叶わぬ明日を思って自分を責めて。
骨を埋める場所なんていらないわ。髪の毛一本残らず焼いて。
そして灰になったこの身体を両手に抱いて、風に乗せて世界へと還して下さい。
大丈夫。私はこの世界が嫌いではないの。
むしろ大好きよ。貴方と同じくらいに愛しているわ。
だから私の願いを叶えてちょうだい。
風になって世界を見届けるから。
どんなに傷付いて壊れていくか、ちゃんと見続けるから。
ねえ、もう一人の私。愛しい貴方。
貴方はきっと私を愛するでしょう。そして傷付くでしょう。
私はそれを待ち望んでいるの。
何よりも…。
花楠は空を見上げる。
何処までも続くような空。流れる雲。輝く太陽。
その下に在るのは、暗い廃墟。
ほら。世界はこんなに綺麗でくだらない。
「愛してるわ」
まるで空を包み込むかのように両手を大きく掲げ、風を全身で受ける。
そして少女は軽やかに微笑んだ。
終
Coccoの同名曲を聴いていて浮かんだ話です。以前から友人達に「この歌は花楠の歌だよ!」と言われ続けていましたが、ある日ふと聴いたところ 、いきなりネタのカミサマ降臨(笑)。一気に話ができてました。結構前に書けてはいたんですが、アップするのに時間かかってます(汗)。
花楠は作中にあまり登場してないので、いまいち性格がつかみづらいキャラですが、八戒の双子の姉ってことを考えると、結構怖い性格だったのではないかと思うわけで…。女版八戒のような感じかなーと。それに峰倉さんのサイトにある彼女のイラストにも影響されました。執念の聖女ってイメージですね。この場合の「聖女」という言葉にはそれなりに含みがありますけど。