silver rain


『ただいま、留守にしております…』
 受話器の向こうから聞こえる、留守電のメッセージ。
 聞き慣れた声なのに、どこか違和感を覚えるのはデジタルに記録された物だから…だろうか?
 彼の声は、常から淡泊で…その平坦さは寧ろ機械的とも言える。けれど…とても優しい。深く静かな中に、相手を労り包み込むような穏やかさ。それが好きで、それが聞きたかったのに。
「っかやろう!なんでいねーんだよ」
 八つ当たりだと、分かってはいたが。
 メッセージを促す電子音に、罵倒にも似た言葉を投げ付け、乱暴に受話器をフックに戻した。
 


「あっ」
 扉を開いた瞬間、彼女は酷く驚いた顔をした。
 否、そうではない。開くまでは開いてそこに立つ姿を認識するまでは、確かに嬉しそうな笑みを浮かべていた。
 ソレが、驚愕に変わり、一瞬の後、戸惑いと迷いの入り交じったモノへと、移行する。
「…っと、ごめん。急に…」
 ソレをどこか客観的な…良く出来た映像でも見るような感覚で捕らえながら、言った。
「誰か、待ってた?もしかして…」
 言いながら、動きを止めた彼女の様子を伺う。
「…え、えぇ」
 曖昧に頷き、左手で口元を押さえる彼女。その薬指に光る、プラチナのリング。
「…あ、結婚したんだ」
 最後に会った、一月前にはなかったソレ。
「うん。あの、まだ。式は明後日なの…。でも…あの、ね。知らせようとは思ったのよ、でも、考えたら…私、貴方の連絡先知らなかったの。だから…」
 住所も、TelNoも、メールアドレスも。何一つ。彼女が知っているのは、ただ、名前だけ。アルファベットでたった三文字の名前、本名かどうかも定かでない、それだけ。
 早口に、言い募る彼女が、やけにかわいらしく見えた。
 肩先で揺れる、癖のない真っすぐな、ライトブラウンの髪。皓い、常なら理知的な面は淡い朱に染まり、穏やかなグリーンアイズも困惑の色を映し出している。
「そう…だったんだ。悪い、邪魔した」
 小さく笑んで謝罪し、一歩後ろに下がった。
「デュオ…」
 そのまま、立ち去る気配を見せれば、困惑を残したまま、名を呼ばれたけど…。
「…おめでとう、お幸せに…」
 言い置いて、逃げるようにその場を後にした。
 


「バッカみてぇ…」
 薄汚れた路地裏。細い道が入り組んだ繁雑な下町の一角。落書きが目につく壁に背を預け、息を
整えて、呟いた。
 本当は、知っていたのだ。
 彼女が自分に向けるのが、ただの同情だと言う事くらい。
 けど、気づきたくなくて、目を逸らしていた。
 半年あまり前、馬鹿な喧嘩に巻き込まれた揚げ句、怪我した所を拾われた。
 何も言わず、何も聞かずに手当してくれた人。素性を気にする事なく、ただ仄かな笑みを覗かせて。柔らかく、受け入れてくれた。
 傷が癒えるまで厄介になって、その後も。たまに顔を見せれば、変わらぬ笑みを見せて美味しい珈琲を御馳走してくれた。
 それだけ。
 でも、とても、好きだった。
 たぶん、ずっと以前に亡くした女性に、似ていたから。或いは、とても好きな誰かに、似た空気を纏っているから…。
 甘えていた。
 言葉にしなくても、柔らかく包み込むように抱きしめて…くれたから。
 ずっと、そこが逃げ場になるのだと、思っていたかったのかもしれない。
 その上。
「あいつもあいつだ。いつでも電話してこい、なんて言っといて…」
 以前、別れ際に渡されたTelNo。彼らしい優しさで、何かあれば、連絡しろ…と、そう言われた。
 くだんない悪戯電話してやる、そう返して、結局、ずっとかけていなかった。
 それでも、ずっとそのメモは持っていた。お守りみたいに…。
 だから、かけたのに…。
「…の、馬鹿野郎」
 低く小さく呟いて。ため息を一つ。
「ま、しかたねぇよな…」
 気持ちを切り替えるよう、言って。
 家路についた。
 


 カタカタと、何かを刻む音。
 それに、鼻を擽る香ばしい匂い。
 隣家からだろうか…、思いながら起き上がる。
 だが、
「うそ…」
 ソレは、紛れも無く、自身の家の台所…と言える程のモノでもなかったが…からだった。
 その上。
「何で、お前がいるんだよ」
 口調が、詰問に近くなったのは、余りにも驚いたせいかも知れない。
「…あぁ、起きたのか。顔を洗ってこい、もう出来る」
 お粗末な簡易キッチンに立ち、手際よく何かを作っていた彼が振り向いて、言った。
 表情の伺えない理知的な面差し、明るいライトブラウンの髪と、穏やかな光を宿したグリーンアイズ。
「そうじゃなくて…」
「デュオ。話は後で聞く」
 恐らくは、作為的なモノではないのだろうけれど、はぐらかすような言葉に、尚も言い募ろうとすれば有無をいわさぬ様子で言い切られた。
 


「で、本当になんでいるんだ」
 身繕いを済ませて、彼が用意した食卓に着くと改めて問いを口にした。
 彼が、来たカモ知れないのは、知っていた。
 昨夜帰り着いた時、玄関に残されていたミネラルウォターのペットボトル。
 ドアノブに、ビニール袋に入れられて吊るされていた。
 ソレを見た時、もしかしたら…、そう思った。
 彼の他に、そんな事をしそうな相手に、心当たりがなかったのが、理由の一つ。もう一つは、そうであって欲しいと言う、希望的観測。
「…あぁ。電話しただろう?」
「でも、あれは…」
 一方的に、八つ当たりに近い言葉だけを残した留守電のメッセージ。
「デュオ」
 言い訳を…或いはその場しのぎの、当たり障りない言葉を探そうとするのを遮るように、名を呼ばれた。
 向かいから腕を伸ばし、髪に触れる彼の指先。
「元から、ここに来るつもりだった。その予定で移動中にメッセージを聞いた」
 彼が現在生活するコロニーから、デュオが住むコロニーへと向かうシャトルを降りた直後に。留守電をチェックして、聞いたのだと。
 柔らかく、髪に触れながらそう付け加える。
「だが、此処に辿り着いた時、お前はまだ帰っていなかった。だから…」
 一先ず、途中で購入したぺットボトルをドアノブに残し、冷蔵庫の中身が空であるだろうことを予想して補給に向かっている間にデュオが帰ってきたのだと言う。
「それで、コレ?」
 動揺を押し隠し、テーブルに並んだ朝食を指させばあっさりと頷かれる。
 当然、デュオは鍵をかけていた筈だが、…どうやって入ったのか等、聞くだけ無駄だろう。
 鍵などなくても、容易く開く事は出来る。それはデュオも同様。寧ろ、滅多にそんな事をしない彼と違い、デュオの方は常習犯と言っても良い。
「でも…なら、さ」
 どう聞けば良いのか、分からない。
 けれど、知りたい事がある。
 昨夜デュオが電話した時、留守電になっていたのは彼が既にこっちへ向かっていた為。
 だとすれば、彼が此処へ来たのは、電話が原因ではない。
 なら…どうして。
「デュオ」
 問う気持ちを見透かしたように、柔らかく名を呼ばれた。
 頬に触れる、暖かな指先の感触。
 真っすぐ向けられたグリーンアイズ。穏やかな光りを宿すその中に、吸い込まれて行ってしまいそうな、錯覚。
「会いたかったからだ」
「…っそ」
 そうして、静かに告げられた言葉。
 信じられず、短く呟けば、トロワの口元に苦笑が零れる。
「嘘じゃない。デュオ。お前が、多分昨夜俺の声を聞きたかったのと、同じように。俺はお前に会いたかった。…だから、会いに来た」
 淡々と、綴られる優しい声。その眼差しが、嘘ではないと、伝える。
「…じらんねぇ」
 信じたくないわけではなく、ただ、本当に信じられない。夢のような、…現実。
「マジ?」
 呟くように、問を重ねる。
「疑り深いな…そんなに俺は信用できないか?」
「そうじゃねぇけど」
 デュオ自身は、確かに彼が好きだった。否、勿論今も。恋とは少し違うかもしれないけど、辛い時悲しい時、一人でいたくない時に、聞きたいのは彼の声。側にいて欲しいのも…けれど。
「だってよ、何で、お前が…」
 自分に会いたいのかが、わからない。
 彼は誰にでも優しいから、自分が特別だとは思えなかった。連絡を取らなかったのも、彼に似た女性に甘えたのも…彼に頼らない為。
「お前が連絡をくれないからだ、デュオ。待っていても…会えないのなら、こちらから動くしかないだろう」
 どこか面白がってもいるような、言葉。
「だから、そうじゃなくて、そうじゃなくてさ」
 どうして、彼を前にすると、言いたいことが上手く『言葉』にならないのだろう。
 これじゃまるで、初恋に戸惑うあどけない少女のようだ。否、それより尚頼りない。
 そんな気がする。
「だから、何で、俺に会いたかったんだよ」
 やっと言えた言葉に、返って来たのは、小さなため息と苦笑。
「言ってなかったか?それは、俺が、お前を好きだからだ」
 そうして、言い聞かせるように綴られた告白。
 ソレを理解するのに、少し時間がかかった。
 いや、本当は知っていたし、分かってもいた。
 だけど、信じられなくて、知らないフリをしていたのが本当。
「…って、嘘」
「嘘じゃない。つくづく信用がないな…」
「ったって、んな事聞いてねぇよ」
 もしかしたら、そんなくらいの予感はあった。けど、ハッキリと『言葉』にされた事がなかったから…。
 期待して、裏切られたくなくて。
 逃げていた。
「なら、覚えておいてくれ。俺は…デュオ、お前が好きだ。お前が誰を好きでも構わない。いつも側にいなくても良い。だが、俺がお前を何よりも大事に思っている事を、お前が困った時何を投げ出してでも助けたいと思っている事を。それだけで構わない」
 静かに、柔らかく。押し付ける訳でなく。伝えられる気持ち。
 彼らしい、穏やかな距離の取り方。
 居たたまれなくて、俯く。
「…だぞ、そんなの」
 そうして、小さく呟いた。
「デュオ?」
 怪訝そうな、困ったような声。
「束縛されんの嫌いだけど。構われ過ぎるのもヤだけど…」
「だから…」
「でも、全然構われないのもヤだからな」
 顔を上げて、睨みつける勢いで言った。
「デュオ?」
 珍しいくらい、本当に驚いた表情を浮かべるトロワに、身を乗り出して口づける。
 それは、掠めるような微かなモノだったけど。
「俺が、好きなの…お前なんだからな。今は、だけど。他の誰か…なんて言ってんじゃねぇよ」
「悪かった。覚えておこう」
 啖呵を切るように言って、そっぽを向くデュオに、トロワは苦笑交じりの謝辞を口にした。

happy end?



 トロワがかっこいい〜v デュオが可愛い〜v ラブラブですねー。
 気の利く男性って良いなー。大人で包容力があるトロワだからこそ、デュオも好きに甘えられるんですよね。ホゥ…(溜め息)。
 未来恵さんから「3×2でよければ幾つか小説あるんやけど、いる?」と言われて「ありがとーv」と即答したオレ(殴)。それが飲み会時だったことがまた笑えるんだが、帰宅してからすぐに送ってくれました。3本一緒に。飛び上がって喜んだのは言うまでもない(笑)。
 未来さんところのトロワを婿に欲しい…。




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