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……Far away
君が変わってゆく全てを みつめていたいから
Fairy
それ以上離れていかないで
I’m waiting for y
look into my eyes.……
マリーメイアの乱の後、疲れを癒す為に…とカトル=ラバーバ=ウイナーは、他の4人のガンダムパイロットを己の所有する地球の別荘に招待した。その日から丁度一週間目。
「……はよ」
朝…と言うよりは寧ろ昼に近い時刻、一応の身繕いは済ませているものの、まだ半分以上眠っているような様子で日当たりの良い食堂に顔を見せたデュオが、眩しそうに瞬きながら低く、小さく言った。
「おはよう」
一人、珈琲を飲んでいたトロワがそれに答えると、彼は俯きがちだった視線を上げ、驚いたように軽く目を見開く。それを見やり、トロワは小さく笑みを零した。
この別荘で生活する間、夕食以外の食事の時間は特に強制されていない。だらら、昼前に起きてきて朝昼兼用の食事をしても、さして問題はないのだが。『闊達』或いは『元気』の代名詞のような印象のあるデュオが、実は五人の中で一番『朝に弱い』のだと分かったのは別荘についた翌日の事だった。
それ以前にも、ピースミリオンで五人が共に寝起きしていた時期はあったがあの頃は、船自体が常にいつ何時『戦闘』に突入するか分からない緊迫状態にあったから、朝も夜もなかったので。その為、それを知る事はなかったのだろう…。
「あぁ。…おはよう、他のヤツラは?」
ゆっくり瞬き、それから幾分ハッキリした声音でデュオが問を口にする。
窓から差し込む日差しを弾いて、彼の栗色の髪は淡い琥珀にも見えた。
「カトルは書斎だ。本社から仕事が送られて来たらしい。ヒイロと五飛は道場に行った。昼も近いしそろそろ帰ってくるかもしれんな…」
一応はオフであるものの、ウイナー家当主はなかなか忙しいようで、2・3時間から長ければ半日書斎に籠もっている…籠もらざるを得ない…事もある。
また、大の『東洋贔屓』だったと言う先々代の趣味とかで、この別荘の裏手には道場があった。最も、それは、剣道場と武道場の掛け合わせのような…どっちつかずの代物ではあった。だが、それを見つけてから五飛は当然のように一日の大半をそこで過ごし、今朝は手合わせの相手としてヒイロを連れて行った、のである。
「ふ〜ん」
自分から話を振っておきながら興味なさげに呟き、デュオがゆっくりとトロワの腰掛けるテーブルに近づいて来る。
そして、空いている隣の椅子に腰掛けるのか…と言う予想を裏切ってトロワの直ぐ近くまで歩みよると、何も言わずに手を延ばして来た。
「デュ…オ?」
それに驚く間もなく、大腿の上に膝で乗り上げて来る。右手はしっかりと項に回され、左手は襟元に置かれて、どことなく気怠るげな顔が、トロワを覗き込む。
「それ、美味そう…一口くれよ」
その時、テラスに続くガラス戸が開いた。
とてつもなく間の悪いタイミングで。
ついで、ガチャンと派手な音を立てて乱暴に引き開けられたばかりのガラス戸が閉まる。
トロワは、真っすぐ庭に面する位置に腰掛けていたから、デュオはテラスに背を向けていて、そこから入って来た人物の視界に入った二人の体勢は…ある意味とても不穏…或いは、曰くありげに見えたであろう。
誤解されるに十分な、構図と角度だ。
最も、敢えて『ソレ』を狙った可能性も十分にあったが…。
ソレくらいの事はやり兼ねない人物から、テラスの方へと視線を動かしたトロワは、そこに走り去って行く黒髪の少年の後ろ姿を見つける。
項に回された指先に、ギュッと力が入った気がした。
キツく、噛み締められた唇。
虚空を見据える瞳に、常の明るく悪戯な光りはなく。大きく、零れ落ちそうなそれは僅かに潤んで、今にも、泣き出しそうに見えた。
だけど、それでも彼…デュオが決して泣かない事をトロワは知っている。
知り過ぎるくらいに。
「デュオ…」
低くトロワが名を呼ぶと、デュオはゆっくりと視線を降ろして来た。
デュオ・マックスウェルがヒイロ・ユイを好きである事。
それは仲間内では知らぬ者のない事実だ。
なぜなら、デュオがそういった事柄に関して全く臆面と言うモノがないからだ。
とは言え、彼が特別同性が好きな訳ではない。
少女めいた容貌ゆえに勘違いされがちだが、異性にだって興味はある。十分過ぎるくらい。
単に、好みであれば『性別』と言うモノをあまり…否全く気にしない、と言うだけの事。
彼にしてみれば性別等と言うモノは、身長だとか、体重だとか、髪や目の色の違いのように個体を形成する要素の一つでしかなく、恋愛対象を検討する場合に、特別ハードルになる要素ではないのだ。
ついでに言えば、デュオは非常に『面食い』でもあった。
それに加えて、遊べる…揶揄いがいのある相手を好む傾向がある。
だからこそヒイロなのだ。
『顔』だけで言えば、寧ろトロワやカトルのような端正な中にも穏やかさがある方が、勝手気ままなわりに、甘え癖のある彼の好みに合致する。
しかし、カトルには怖い『彼女』と、別の意味で怖い『お姉様達』がいる為、デュオもむやみに手を出さない。基本的に、人のモノにも食指は動かす気はないので。それは面倒だからだだが。
そして、だから、五飛にも手は出さない。
彼だって十分にデュオの好みの範疇に入っていたし、揶揄い甲斐があると言う利点(?)もある。がしかし、しっかりと未来の『姉さん女房』が背後に見え隠れしている為だ。
そうしてトロワは、ある意味デュオと『同類』だった。
つまりは、恋愛対象にタブーが少ないと言う点において。
両者の違いと言えば、デュオが極めて他者との拘わりに(本人の気が向く限りにおいて)積極的であるのに対し、トロワが幾分受動的である…と言うくらいだろう。
であるから、『遊び』相手としては大変良好だが、それ以外には向かない。
ゲームは…つまりは彼に取って恋愛と言うモノがゲームの域を出ていないわけだが…難攻不落であってこそ面白い。簡単に陥せては、張り合いがない…。
だからこそ、ヒイロなのだと言えた。
潔癖で、生真面目で、真っすぐで。
これ以上はないくらい揶揄って楽しい逸材。
デュオ自身に『興味』を覚えている癖に、その潔癖さゆえに、無理やりソレから目を逸らそうとしているヒイロ。おまけにその顔は若干キツ目ではあるものの、十分に彼の好み…というか、許容範囲を軽くクリアするレベルの高さ。楽しい事が大好きなデュオが、それを見逃す筈はなかった。
とは言え、現在の所デュオの負け続き。
少なくともデュオはそう思っているのだろう。それゆえの行動。紛れも無く、ヒイロに対する当てつけ。
「なんだよ…」
暫く、間をおいて漸くデュオが言った。
不満気で、その癖、少し…甘えるようにも見える微妙な表情。
手を伸ばせば、無言のまま顔を寄せて来る。
「今のはどう見ても逆効果だったと思うがな…」
その彼に、宥めるよう軽く柔らかく口づけてトロワは言った。
「だってよ……」
「そんなにヤツが『好き』なら、お前から折れてやれば良いだろう?」
「冗談。俺が今までに折れてないとでも?信じられねぇくらい出血大サービスしてやってるぜ。なのにあの野郎一向に反応しやがらねぇ。ふざけんなっての!」
呆れ交じりで告げたトロワに、デュオは心外だと言い返す。憤懣やる方なし、と言わんばかりなその表情は、けれど、何故か『年相応』に幼げに見えた。
どこか達観したような、瞳の奥の冷めた光りがナリを潜めているからかも知れない。
それはとても『良い』事の筈なのに、少し寂しくも思えて、そんな自分にトロワは内心で苦笑を
もらした。
「なら、アイツをヤメて俺に乗り換えるか?」
だから、敢えて『答え』の分かりきっている問を投げかける。
「えっ。…っと。んー…考えとく」
一瞬、驚いたように軽く目を見開いて、それからデュオは思案するように軽く首を傾げた。
柔らかな日差しに透ける琥珀の髪が、サラリと揺れる。
「そだな、アイツに完全に振られたら…」
そうして、トロワの膝からストンと床に降り立つと、淡い笑みを零して言った。
その時にはもう、彼の笑みにいつも通りの悪戯な輝きを取り戻していて、自然、トロワの口元に苦笑が顔を覗かせる。
勝手で、気ままで、その癖甘えるのが大好き。丸っきり猫のようだ…。
絶対に手なずける事など出来ない。
それでも、出来ることなら、『ずっと側にいたい』、そう思いながら…。
「楽しみにしておこう」
前向きに、新しい策を練ろうとしている彼に柔らかな笑みを向けてトロワは言った。
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