忘れない
(…嘘だろう?)
ヒイロはただ茫然とするだけだった。
目前にあるのは、《デュオ・マックスウェル》と刻まれた墓標。
「…あの戦争を生き延びたのに…、こんな…! デュオ…どうして……」
カトルの声が遠くに聞こえる。
誰かが話しかけてきたようだが、ヒイロの耳には届かなかった。
先日、あるシャトルが事故で爆発した。生存者は皆無。
そのシャトルの乗客リストの中にデュオの名前があった。ただそれだけだ。
ただそれだけではデュオが死んだという確証にはならない。
死んだなんてわからないのに、何故皆泣いているのだろう。
すすり泣く者。唇を噛みしめる者。
皆が暗く沈んでいる中、ヒイロ一人だけが異質だった。
ただじっと、表情もなく墓を見つめていた。
涙は出なかった。哀しくもない。
ただ漠然とした喪失感のようなものがあった。
何を失ったのだろう、自分は。
戦争中、何度かデュオと寝た。
最初は単なる好奇心。誘ったのはデュオ。誘いに乗ったのは自分。
それからズルズルと関係を持つようになった。
甘い感情はそこにはなかった。そんな余裕はあの頃の自分たちにはなかった。
むしろ、消せない傷ばかり二人増やしたように思う。
傷ついて、傷つけて。そして夢を見た。
まったく相反する性格同士で、受け容れることもなく。
優しくなれるほど強くもなくて、ひたむきに愚かに、ただ現実に己を引き留
めるために抱き締め合った。
彼だけを見つめて、彼だけを傷つけて。
傷付いた彼に優しくしたくて結局できなかった。
後悔さえもできないような、今は遠い過去。
(デュオ、お前は俺に何を求めていた?)
任務で地球にいた頃、彼はいつも自分を追いかけていた。
決して振り返らないヒイロの後ろを、煩いほど名を呼びながら飽きもせずに。
『なあ、ヒイロ。ヒイロってば』
声を出さなければ、無意識のうちに気配を消してしまうデュオがいつ自分の
背後に来ているのかわからなくて、最初は用心していた筈が、いつの間にか馴
れてしまった。
今思えば、背をさらけ出すなんて、エージェントにあるまじき行為。
最後の闘いの時も、振り返れば相変わらずの笑みを浮かべたデュオがいた。
いつも背にデュオの気配を感じていた。
デュオが背後にいることを許していた。
振り返る必要なんて無い。デュオはそこにいるのだとわかっていたから。
なのに、もう彼は何処にもいない。
葬儀が一通り終わり皆が解散してから、ヒイロは目的もなしに街を歩いてい
た。
葬儀の内容など、一切覚えていない。ただデュオのことを考えていた。
失ってから初めて知った感情。
傍にいたいと願ったのは、あまりにも遠い存在だったからだろう。
その微笑みの裏にあるものは何なのか、知りたかったのだろう。
任務のために一緒にいた二人は、平和になって別々の道に進んで。
がむしゃらに生きていたあの頃に慕情がつのる。
思い出と呼べるかさえもわからない記憶は、切なく、悲しい。
しかし、なくてはならないもの。
あの記憶が、自分を支える唯一のもの。
あの頃の自分がいたから、今ここに自分は立っている。
だが、あの頃に隣にいた存在は、もういない。
一人で生きていけると思っていた。なのに、初めて知った、心が凍える感覚。
思わず立ち止まって自分を抱き締めた。
華やかな活気に満ちた町中で、ヒイロだけが取り残されたようだ。
何を失ったのだろう、自分は。
(俺はデュオに何を求めていた?)
……などという感情は、決して考えない。口にしない。
考えるべきではない。
けれど、確かに彼だけはヒイロにとって特別だった。
鮮やかに刻みつけられたもの。彼に出逢って得たもの。
すぐ隣にいても、遙かに離れていても、二度と逢えなくなっても、失われ
ない何か。
それはひどく曖昧なもののようで、それでいて焼き付けられていて。
その答えをあえて知ろうとも思えず、ヒイロは再び歩き出した。
彼のことだ。またひょっこりと現れるかもしれない。
デュオは運は悪いが、悪運は強かった。生きているかもしれない。
ヒイロの肩を叩いて、いつもの一見人好さそうな笑顔を見せて。
ただの慰めにすぎない考えだと苦笑する。
だが、彼とこのまま二度と逢えなくても、自分は生きていける。これは確
かだ。
ほら、振り返れば…。
後書き
ああああ、記念すべき掲載1作目がこれかい…(-_-;)。暗いし、出だしからデュオ死んでるしー。
結局はヒイロの独り言ですね。幸せラブラブがお好きな方、怒らんで下さい。テーマは「失っ
て初めてわかる大切さ」です。ヒイロはね、すぐ行動に出るタイプだが、恋愛感情を自覚する
までにはかなり時間がかかると思うんですよ。…奴は鈍い!