BLUE BLUE BLUE
 
 


 
     気付くと、廃墟の中に立っていた。
     あちこちで煙が上がり、崩壊の余韻を漂わせている。
     『…おにいちゃん』
     呼び声に振り返ると、子犬を連れた小さな少女。
     その白い服が、ゆっくりと紅く染まっていく。
     紅く、紅く、血の色に。すべてが深紅に染まって。
     そこで夢はいつも途切れる。
 
     けれど。いつからだろう。
     少女に、ある少年の姿が重なって見えるようになった。
     それと同時に、心が少しだけ軽くなる。
     風になびく三つ編みを目に残して。
 
 
 



「よぉ、デュオ君」
 アパートの自分の部屋の前で手を振ってくる少年の姿に、ヒイロは足を止めた。
「まさかまたオレの名前使ってるとはねぇ。おかげで捜しやすかったからいいけどな。オレの名前を安売りするような真似だけはすんなよ」
 皮肉っぽい口調とは裏腹に、デュオの表情は明るい。
 ヒイロはデュオを一瞥すると、黙って部屋に入る。
「相変わらず生活感のない部屋ー」
「…何の用だ」
 机の上に、手荷物を置きながらヒイロは訊いた。
 当然のようについて入ってきたデュオは、さっさとベッドに腰を下ろしている。
「…今更始まったことじゃねーけど、その素っ気なさ、少しはどうにかならない?」
 溜め息混じりで言うデュオを黙殺し、睨み付けた。
 デュオは知らないのだ。ヒイロがデュオには特に冷たい理由を。今この時も、沸き上がる衝動を必死に抑えているヒイロのことも、気付いてはいない。それがますますヒイロを不快にする。無論、感情を表そうとしない自分にも責任はあるのだが。
「おまえさ、まだアレをカトルのとこに送ってないだろ? 何ならオレのと一緒に持っていってやるけど?」
ヒイロの心境も知らず、デュオはベッドに寝転がりながら、用件を口にする。
 先日《パーフェクト・ピース・ピープル》という武装集団が、地球圏制覇を企て、OZの遺産、モビルドール自動生産工場《ウルカヌス》を奪おうとした事件があった。
 その事件解決後カトルが一つの提案を出したのである。ガンダムも、ウルカヌスとともに太陽に破棄しようと。
 平和な時代にガンダムは必要ない。
 五飛を除く4人のガンダムパイロットは、これに賛同した。
「そうだな。頼む」
 呟くように言うと、デュオがその大きな目を更に丸くした。
「…何だ」
 少し不機嫌にヒイロが見返す。
「…いや、その…。おまえに『頼む』なんて言われるとは、思ってもなかったんで…」
 驚きと困惑の混じった瞳でヒイロを見つめてから、息を吐いた。
「前言撤回するよ。おまえもちっとは柔らかくなってきたんだな。安心したぜ、オレ」
 その笑顔の中にある、瞳の光にヒイロは気付いた。
(…変わっていない)
 目の前にいるデュオは、戦っていた頃と同じ、決して本心を見せない。
 問いつめれば、いつも笑ってごまかす。
 笑って…、けれども瞳は冷めていて。
 どんなに辛くても、どんなに苦しくても、決して表に出さない。
『一人で苦しむなよ、ヒイロ。おまえの分もオレが引き受けてやるから』
以前、デュオが言ったことがあった。
 あの時ヒイロが救われたような気分になったことを、デュオは知っているのだろうか。
 すべてを受け入れて、それでも尚、強く生きているデュオ。そんな彼に惹かれた。信じてもいない神に、出逢えたことを感謝した。
 しかし、彼は自らの辛苦は誰にも分け出さない。それが悔しくて、悲痛に思う。
「どうした?ヒイロ?」
 じっと見つめたまま動かないヒイロを何と思ったのか、デュオが頭を上げた。
(まただ…)
 心配そうに見上げてくる瞳は、ヒイロを見ているようで、見ていない。
 彼が見ているもの、求めているものは何なのだろう。
 何が彼の支えになっているのか。
   …少なくとも、自分ではない。
 どうしようもない苛立ちが身体中を走る。
 気付けば口付けていた。
 想像よりもずっと柔らかいそれの感触を感じ、目を閉じる。
 ゆっくりと唇を離すと、驚きをあらわにしたデュオの顔が下にあった。その顔はやけに彼の年齢にふさわしいもので、ヒイロは笑みを浮かべる。
 もっと、見たくなった。
 見せてほしい。心を開いてほしい。
 …欲しい。心も身体も、彼のすべてが。
 
     「…好きだ」
 
 目を見開いて言葉を失っているデュオの肩口に顔を埋める。
 もう止められそうになかった。この欲望を。
「…や、やめろ、ヒイロ!」
 ヒイロがやろうとしていることに気付いたデュオがもがきだす。
 抗おうとする両手を片手で握り、頭上で押さえつけ、片腕は服を脱がし始めた。
「デュオ…」
 耳元に吐息がかかる。デュオはぞくっと身体を震わせた。
 髪の付け根、首筋を辿り、白い肌をきつく吸い上げる。
 白く細い小さな身体は、欲情を煽ると同時に、今にも折れそうで、儚い印象をヒイロに与えてくる。この腕でガンダムを操り、この背にすべてを背負うのだ、死神として。
 そう思うと、哀しくなってくる。
 ヒイロの唇が胸をさまよって敏感な部分を捕らえた。
「…っ」
 デュオが声にならない声を漏らす。
「もっと声を出せ…」
 囁くように耳元に届けると、僅かに反応が返された。
 手を胸から腰、そして下肢へと滑らせる。
 繰り返される愛撫に、デュオは自分の手がとっくに戒めから解かれていることさえ気づけなかった。
「ん…!」
 デュオのものは既に立ち上がっていて、握り込まれると先走りの液を漏らした。
 唇を自分のそれで塞いでヒイロは手を動かす。デュオが苦しそうに顔を振るが、ヒイロは逃がさず、執拗に舌を絡めた。飲みきれない唾液がつたい落ちる。
「あっ」
 一瞬デュオの身体が硬直し、ゆっくりと力が抜けていく。
 ヒイロは顔を離し、デュオの放ったもので濡れている指を奥に挿し入れた。
「やっ…ヒイ…」
 ヒイロは指を一本ずつ増やしながら慣らしていく。同時にデュオの声が次第に痛み以外のものに変わっていった。
 そろそろかとヒイロは指を引き抜き、代わりに自分のものをあてがって、ゆっくり身体を進めた。
「うっ…くぅ……」
 慣らしたはずなのに、そこはヒイロを拒むように締め付けてくる。
 構わず一気に押し込むと、デュオが悲鳴に近い声をあげた。
 さすがに少し罪悪感を感じ、ヒイロは慰めるようにデュオの頬をつたう涙を舐め取り、額、瞼とキスを送る。
 デュオは痛みをごまかすために、無意識に腕をヒイロの首にまわした。
 耳に吐息を感じ、ヒイロは抽送をはじめる。次第に動きが激しくなっていく。
「あっ…ああっ」
「デュオ…」
 ヒイロが呼ぶ声は既にデュオには聞こえない。駆けめぐる熱で何も考えられなくなり、口から出るのは意味のない喘ぎだけになっていた。
 自分も限界が近くなったヒイロはデュオを強く抱き締め、思いきり突き上げた。
 ヒイロが自身を解放すると同時に、デュオは闇の中に意識を落としていった。
 
 


 デュオが目を開けると、心配そうに覗いているヒイロの瞳が間近にあった。
「デュオ…」
 ベッドに腰掛け、片手でデュオの髪を梳き上げる。
 ヒイロのその仕草も声も瞳もあまりにも優しくて、デュオは先程の行為を責めることも忘れて戸惑う。
 もうヒイロは自分の感情を隠そうとはしていなかった。何よりもその瞳が語っている。
(こいつはいつからこんな目でオレを見ていたんだろう?)
 デュオは決して鈍いほうではない。なのに何故気付かなかったのか。
(ヒイロがオレを好き…?)
心の中で呟いて、まさかと否定する。
 ヒイロはいつも強く純粋な瞳で世界を見ていた。そんな彼が同姓を好きになるなんてことをするはずがない。そう、ありえない。あってはならないのだ。
「…ヒイロ、寝ぼけんのも大概にしろよ。おまえにはお嬢さんがいるじゃねえか」
「リリーナは関係ない。オレに必要なのはおまえだ」
 嘲笑じみた言葉は即座に否定された。
「オレの傍にいろ」
 愛しい者だけに見せる微笑みを浮かべて、顔を近づける。デュオは逃げなかった。
 逃げられなかったのだ。
 驚きとも困惑ともとれない感情がデュオの動きを止めていた。
 強すぎる視線が逃げることを許さない。
 デュオは無理に目を逸らし、シーツに顔を伏せてヒイロに背を向けた。
「…ちょっと、考えさせてくれ…」
「…わかった。待っている」
 背中にかけられた声に、思わず過敏に反応してしまった。
(どうして…)
 背を向けていても感じる。視線を、想いを。
(どうしてこいつはこんなにオレが好きなんだろう)
 はねつけるのは簡単なはず。しかし何故かデュオにはそれができなかった。
 
 


 間もなく、マリーメイア軍による事件が起こり、二人は忙しく行動することとなった。
 
 


「よぉし。これで終わりっと」
 その日の仕事を終え、デュオは足取り軽く瓦礫の山から飛び降りた。
 事務所へと足を向けたところに、思わぬ人物の姿を見る。
「ヒイロ…!」
 いつからいたのか。
 ヒイロは無言のままデュオに向かって歩いてきた。
「…返事を聞きたい」
 低いけれどもはっきりとした声を紡ぐ。視線を乗せて。
 一度目を伏せたデュオは再び顔を上げた。
 果てしなく深い、プルシアンブルーの輝きがそこにある。
(…ああ、そうか)
 デュオは心の中で納得する。
 自分は初めから捕まっていたのだ。この真っ直ぐな瞳に。
 最初に近付いたのはデュオ。だがそれは単なる好奇心だけだった。
 それがいつの間にか捕らわれ、目が離せなくなった。
(あの時から既にオレは負けていたのかもしれない…)
 デュオは手を伸ばしてヒイロの頬に触れ、そっと口付けた。
 一瞬驚いたようなヒイロだが、腕をまわし抱き締める。
「…オレも好きだよ、ヒイロ…」
 唇が少し離れた瞬間に、囁く。
 ヒイロは何も言わなかったが、抱き締める腕に加えられた力が物語っていた。
 
 
 こうして確かめるようにキスを交わして、どれだけ不安を感じていたかを実感する。
 やっとの思いで手にした自由と平和の中で、生きてゆけるのだろうか。
 共に生きてほしい愛しい人は、自分を受け入れてくれるだろうか。
 他人が思っているほど、自分は強くない。
 けれど、強くなれる。
 大切な人を守るために、どこまでも強くなれる。
 



 
 
     また夢を見た。
     自分が立っているのは、穏やかな草原。
     振り返ると、そこにいるのは少女ではなく、コバルトブルーの瞳の少年。
     生命を刈り取る鎌を持つ手を差し伸ばし、ふわりと微笑む。
     迷わずその手を取った途端、すべてを昇華するような光に包まれ、そして。
 
     大空を自由に羽ばたく翼を手に入れた気がした。
 
 
       もう、悪夢は見ない。
 
 
FIN.
 
 
 
 
 

 ああ、古い…(涙)。GWの初の小説でした。ちょうどOVA1巻が出て間もない頃です。OVAでいきなりラブラブになった二人を見て、とうとう告白したのかヒイロ!と騒いでおりました(笑)。この頃から村瀬絵を諦め、自分の絵柄で描くようになってます。そのほうが好評だったこともあり、以来村瀬絵のGWキャラは描いてません。やっぱね、あの美しさは表現できんよ。
 実はこれを収録した本《アーク》、自分の取り分までも売ってしまい、手元には1冊も残ってなかったりします(アホ)。原稿だけは何とか押入の奥のほうに残ってました。あーよかった。
 タイトルは本も小説も谷山浩子さんの歌から。タイトル考えるのを面倒くさがっているわけではないんですよ、ええ決して(本当かよ)。オレはセンス無いからさー、他者の知恵を借りているわけで…(殴)。
 小説で初めてH書いた話でもありますが…今見ると、よく書けたなオレ…。この頃はH書くことに全然躊躇なかった…。 つーか、何このラブラブな二人は!?
 『一人で〜』のセリフはGWの初本《風を忘れて》(マンガ)内に収録していた《業風》に出ました。あれはいわゆる19話ネタ。ヒイロがデュオを助け出したんだけど、実は現状に最も傷付いているのはヒイロ(まだノベンタの件を引きずっていた)で、精神的にはヒイロのほうが助けられたって内容でした。それに続ける感じでこの話は書いてます。包容力のあるデュオと、純粋なヒイロ。いやぁ、昔はかなり夢見てたんだねぇオレ…(今も充分妄想の世界に入っているが)。
 
 しかし今よりこの頃のほうがボキャブラリー豊富ってどうよ、オレ…?



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