水玉時間
「じゃあな」
そう言って去っていく背は、遠かった。
何かを言わなければいけないような気がした。しかし言葉が見つからないうちに、彼の姿は小さくなっていった。
遠く、手の届かないところへ行ってしまう。そんなことを暗示しているような背を見つめて。
それでも、ヒイロは止めることができなかったのだ。
彼を見たのは、それが最後だった。
笑顔しか知らない子どもだった。
いつも曖昧に笑っていた。
何もかも笑顔の下に隠して、気紛れを装って行動する。
そんな子どもだった。
「…強情」
呟きが漏れる。けれど、彼だけではない。自分も強情な人間だ。
だが、そういうのが人間なのだとも言えるのだと、気づいたのはいつだったか。
「デュオ…」
呟いてみる。心地よい響き。
何かが頬をつたう。
彼の顔が浮かぶ。
温かい。柔らかい。切ない。苦しい。痛い。
様々な感情が波のように、繰り返し繰り返し沸き上がる。
人を想うということに気がついた。
遅すぎたかもしれない。
けれど、やっと気づいた。
遅かったかもしれないけど。
追いかけてみよう。
昔、彼が自分を追いかけていたように、今度は自分が彼を。
いや、もう出逢ったときから追いかけていたのかもしれない。自覚できなかっただけで。
ジャンパーを羽織って、簡単な荷物を待って、扉を開けた。
思考が止まる。
扉の脇に立っているのは。あれは。
驚きのあまり瞬きもできないヒイロに、彼はゆっくりと顔を向ける。
追いかけようと思ったばかりだったのに、一体いつからそこにいたのだろう、彼は。
わからないけれど、彼が恥ずかしそうに少し笑うから、衝動的に抱き締めた。
「…おかえり、デュオ」
今自分が言えることを、精一杯伝えると、デュオは嬉しそうに笑った。
「ただいま、ヒイロ」
この瞬間から、本当の二人の生活が始まる。
【漂流楽団】掲載。入稿締切15分前、2P足りないことに気付いて慌てて書いた代物です(爆)。構想からプリントアウトまで15分。人間やればできるもんだと実感しましたよ(殴)。
しかし突発な分、タイトルが無かったんですよね。ファイル名は次作品のタイトルを適当に付けていたし。今回付けたのも、ほぼ適当(死)。