静けさに怯える子猫のように、細く鳴くの。         
        わたしを呼んで。声を聴かせて。
        離れないで、傍にいて。
 
 
 
 
 
        こんなふうに、誰かを好きになるなんて、思ってもみなかった。
        あの戦争で死ぬと思っていたから、平和な世界の中で生きているなんて、ましてや誰かととも
       にいるなんて、考えてもみなかった。
        けれど手に入れた現実はひどく曖昧だ。
        世界も。今隣にいる彼も。
        何気なく彼を見やれば、彼はシャトルに乗り込むリリーナをじっと見ていた。
        今回の自分たちの任務は、このコロニーにリリーナが滞在する間、その身辺警護をすること。
        それを考えれば、任務の対象に気を張るのは当然のことなのだが、デュオは複雑な思いでヒイ
       ロを見つめていた。
        風になびく髪。揺れている瞳。
        それらが遠いものに感じられて、思わず手を伸ばそうとして、やめた。
        手を伸ばしても、それが掴めなかったら? 擦り抜けてしまったら?
        そんなことに怯えてしまって、目を逸らした。
        平和の女神を乗せたシャトルが発射していく。
       「任務終了だ。帰るぞ」
        ヒイロは踵を返すと、さっさと歩き出した。
        後ろを振り返ることなく歩く姿は見慣れたもので、デュオは目を細める。
        それがいきなり振り返ってきたから、驚きと嬉しさと、ちょっとの悲しさを感じた。
       「デュオ? 早く来い」
        その場から動こうとしないデュオにじれたらしく、ヒイロが呼ぶ。
        その声は優しいもので、何故か淋しくなった。
       「わかってるって。お前、歩くのが速いんだよ」
        心中は笑顔で隠して、駆け寄って二人で並んで歩き出す。
        今日の夕食のメニューとかテレビ番組の内容だとか、たわいのないことを話しながら、二人の
       家に向かう。
        消えることのない不安は、胸の内に佇むまま。
        
        こんなに愛しても、今を重ねるほど怖くなる。  
        好きだ、愛している、とヒイロはそう言ってくれたけれど、そんな想いはいつか醒めていくも
       のだ。 
        いつか離れていく。
        いつか、二度とデュオに振り返ることなく、去ってしまうのだろう。
        去っていく先が、あのお嬢さんか、他の誰かなのか、それはわからないけれど。
        贅沢なセリフなんかいらない。         
        優しい態度もいらないから。
        ただ、心をつなぐ、永遠が欲しい。            
 
 
 
        疲れて眠った子どものような寝顔を、月明かりが照らす。     
        デュオは横になったまま、薄く目を開ける。そっと、ヒイロを起こさないように。
        まるで人形のようなきれいな寝顔。微かに上下する胸だけが、彼が生きていることを示す。
        どんな夢を今見ているの?        
        その夢の中に、自分はいるのだろうか。   
        抱きしめるだけ擦り抜けてゆく。そんな気がして、涙があふれた。         
        今、二人で一緒にいること。           
        このまま時が止まればいいのに。
        このままでいられたら、何も怖くはないのに。
        こんなに愛したら、優しさ以上に奪ってしまう。    
        何処へも行かないように、ヒイロを壊してしまうかもしれない。   
        いつか嘘になる約束は口にしないでいい。            
        二人をつなぐ、永遠が欲しい。
        …永遠なんてものが存在しないことは、何より自分が一番知っているけれど。
        多分、彼が去ったら、自分は『死んで』しまうだろうから。           
 
 
 
 
 
 
 
 
        どうして信じてくれないのだろう。
        デュオが寝息をたてているのを確認して、ヒイロは重く息を吐いた。
        自分がいくら口にしても抱き締めても、デュオは信じてくれない。
        傍から離れる気など無いのに。
        昔は逆だった。ヒイロのほうが、いつも笑顔でごまかす彼が消えてしまうことを恐れていた。
        それがやっと捕まえられた時、どんなに喜びを感じたことだろう。
        なのに、今度はデュオが怯えている。
        自分の死さえ恐れない兵士が、たった一人の存在にこれほどまでに心を揺らして。
        夜を越えるたびに二人はただの子どもになっていく。
         何の力も持たない、相手に伝える術を知らない。幼い子ども。
         本当に伝えたいことは何も伝わらない
         誰もが胸に秘めた迷いを抱き締めて、やっとの末に手にした温もり。
        それをデュオは信じきれない。
        大切な物を失うばかりで、傷つきながら生きてきたデュオ。
        裏切って裏切られながら、それでも這い上がりながら生きてきたデュオ。
        彼にとってヒイロを信じきることは容易くはないだろう。
        だからヒイロは待つ。
        彼が偽りの笑顔を見せないですむようになるまで。
        それしか、怯える彼を守る方法がわからない。
        わからないままに、ただそっと、強く手を握った。
        離れることのないように。
        今ここに二人は傍にいるのだと、確認するように。
        安心できるように。
        
 
        デュオの頬をつたう涙の冷たさと、繋いだ手の温かさが、夜を包んでいた。
 
 
 
 
 
 
 
         後書き
            元ネタは相川七瀬の「こんなに愛しても」。すれ違いな二人ですな。
            うちのデュオって、普段は壊れているが、一皮むけば置いて行かれることに怯える子どもなんですよね。
               で、ヒイロは…。たまには包容力というものを見せてくれ…(苦笑)。
 
 
 
                               戻る              TOP