「よお」
          突然の訪問客は、屈託のない笑顔で手を振ってきた。
         「………」
          何故ここに彼がいるのか。
          ここは彼が住むコロニーではなく地球で、しかも大学の構内である。
          驚きのあまり固まってしまったヒイロに、近づいてきて肩をポンと叩く。
         「ちょっとさ、仕事でこっちのほうに来たから、久しぶりにお前の顔でも見ようか
         と思って。元気そうじゃん。って、おまえにそんなこと聞くだけ無駄か」
          一人で喋りながらころころと表情を変える。相変わらずなその人物にホッとして。
         「デュオ…」
          ヒイロはやっと彼の名を口にすることができた。
 
 
 
          戦争が終わり、ガンダムも破壊され、残ったのは不要な兵士だった。
          はっきりとした「これから」を見つけることができないまま、その日暮らしを
         続けている。
          デュオと再会したのは本当に久しぶりで。
          ヒイロは感情を抑えながら、自分の通う大学を案内しつつ、デュオと歩いていた。
         「…しっかしさ、おまえって本当に学校好きだよな。俺なんか勉強なんてかったる
         いとしか思えねーぜ。クラスメートと遊ぶのは楽しいけどさー」
         「俺たちの年齢では、これが普通だろう」
         「だろうけど…」
          デュオは目の前にあるジュースに刺したストローをいじりながらぼやいた。
          昼休みのテラスはそれなりに学生がいて、明るい雰囲気をかもしだしている。し
         かしこころなしか騒がしく思えるのは気のせいではあるまい。
         「ところでさ、さっきから気になってんだけど、俺ってなんか目立ってる…?」
          デュオがちらりと周囲に目を配る。ヒイロはそれにため息を吐いた。
          先程からデュオを見ながらこそこそと話しているのは、ヒイロと同じ専攻の者で
         あることには気付いていた。戦時中よりはいくらか柔らかくなったとはいえ、まだ
         まだ社交性に乏しいヒイロである。その自分が人と食事などしていることが珍しい
         のだろう。いや、もしかしたら、デュオを女性と思っているのかもしれない。
          理由がわからないデュオはただ居心地悪そうにしている。
         「部外者は入っちゃいけないってことはないよな。何かあるのか?」
         「気にするな」
         「んなこと言われたってさー。こうも見られちゃ落ち着かねーよ」
          気配に敏感である自分たちはちょっとした視線も感じ取ることができる。無視す
         ればよいだけの話だが、困惑しているデュオにはそれができなかった。
          ヒイロは再びため息を吐く。
          おそらく自分の恋人と思われているに違いないらしく、少しずつではあるが、確
         実に見知った顔が増えてきている。これは早々にこの場から立ち去るべきだと判断
         した時、頬に冷たいものが当たった。
         「あ、雪…」
          デュオにつられて空を見上げると、白い雪がちらちらと舞い降りてきた。
          空は晴れて青空のままであるにもかかわらず、風の中で雪が舞う。
         「へぇ。すげー」
          積もるほどの量ではない雪が日差しを反射して光る。。
          穏やかな風が幻想的な光景を生む。
         「なあ、これって確か『風の華』って言うんだよな。何かの本で読んだことある」
          目をやれば、デュオはその光景に見入っていた。
          まるで幼い子どものような表情。
          見たことのない表情に、ヒイロは目を細める。
          白い雪。まるで小さな自分たちを包み込むように漂う。
          周囲を純白に包んで、今ここに二人しかいないような錯覚を起こさせる。
          世界にたった二人しかいなければ、どんなに…。
         「…ヒイロ。俺たち、『普通』に生きられるかな?」
          デュオの言葉がヒイロの思考を中断させた。
         「戦争の中だけで生きてきた俺が、平和の中でいられるのかな?」
          平和という名の、きれいな世界。血で汚れた自分たちには痛すぎる現実。
          まだ完全に平和になったわけではなく、小さな紛争や事件はあちこちである。
         しかし、自分たちが必要とされるほどのものではない。
          望んで得たはずのもの。だがそれに自分たちは満足できるのか?耐えていけるの
         か? …幸せになれるのか?
          任務の達成感とともに感じた、これからに対する不安。
         「…独りでは辛くても、誰かとともになら耐えていける。そういうものだ」
          『誰か』という言葉の中に、ちょっとした意味を含ませる。
          自分は耐えていけると思った。彼がいるから。彼に負けたくはないから。
         「独りじゃない、か…」
          呟くように反芻し、デュオは手の中に落ちてきた雪を見る。
          まるで純白の羽根が散っているようにも思える。このまま世界も自分たちも覆い
         尽くされてしまえば。
          白く、隠して、清められれば。そうすれば…。
          どのくらいそうしていただろうか。やがてデュオが顔を上げた。
          普段の笑みを浮かべたその顔は、さっきまでの表情が嘘のようだ。
         「あのさ、実は俺、当分の間こっちで仕事することになったんで、しばらくの間
         おまえん家に厄介させてもらうぜ」
          ダメとは言わねえよな。おまえって結構優しいし。
          ずうずうしくも嬉しい提案にヒイロは苦笑する。
          『もしも』とか『だったら』ということを考えても仕方がない。今ここに自分た
         ちが存在していることが真実であり、現実なのだ。
          そう、一人では無理でも、二人でなら大丈夫。
         「しばらくと言わず、ずっといればいい」
          ずっと。一緒に。
          きっぱりと言い切るヒイロに、デュオは目をしばたかせ、そして。
          とてもきれいな満面の笑顔を向けてくれた。
         
          
 
 
 
 
          後書き
             何が書きたかったんだ?オレは。甘々を目指すつもりが…(汗)。
             押し掛け女房なデュオを書く予定が…どこでどう間違えたんだろう…。
             所詮単に甘いだけの話なんてオレには無理ってことか…。無謀だったな。
              「風の華」ってのは、なんか使いたかったので話に入れました。見ている分には
             きれいですが、その中を外出するのは厳しいですね。
           
 
 
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