シャボン玉飛んだ。屋根まで飛んだ。
             屋根まで飛んで、壊れて消えた。
          風、風吹くな。シャボン玉飛ばそ。
               シャボン玉消えた。飛ばずに消えた。
                 生まれてすぐに、壊れて消えた。
             風、風吹くな。シャボン玉飛ばそ。
 
 
 
      
     仕事から戻ってきたヒイロは、室内から聞こえる歌声に、耳をすました。
     歌っているのは彼だということは、意識する前から気付いていたが、彼が何かを口ずさむことが珍しい
    ため、静かにドアを閉めた。
     邪魔しないように、恒例の「ただいま」の挨拶も言わずに、そっと声の方へ近づく。
     ベランダから泡のようなものがふわふわと漂ってきていた。
     ベランダで洗濯でもしているのだろうかと思ったが、それは不自然であるし、何より普通の泡はこんな
    に長く形を保っていない。そっと触れてみると、はじけて消えてしまった。
     導かれるように行くと、長い三つ編みを揺らす背中が見える。
     ヒイロに気付いた彼が、口にくわえていた小さな棒を手に持ち、振り返っていつもの笑顔を向けた。
    「おかえり、ヒイロ」
    「これは…?」
     デュオの周囲にはいくつもの泡が浮かんでいて、まるで彼を包み込んでいるようだ。
    「シャボン玉。近所のガキから液の作り方教えてもらってさ。ついでに歌もな」
     そういえば先程の歌にもそんな単語があったような気がする。
     シャボン玉というものは知識でしか知らなかったが、実際目にすると、思っていたよりもずっと、幻想
    的に見える。
     それは彼が隣にいる為なのか、それとも儚さ故か。
    「綺麗だろ?」
    「ああ」
     素直に肯定したヒイロに、デュオは微笑み、再びシャボン玉を作り出す。
     デュオの息によって次々と生まれていくそれは、ふわふわと浮かんで、やがて消えていく。
     大きさには大小さまざまあるのに、すべてが透明な球体で、静かに消えていく。
     よく見れば、透明ではあるけれど、ヒイロやデュオや周囲の景色を映し出していたり、虹色に光ったりし
    ていた。
     ゆらゆらと映る景色。光のプリズム。はじけて消えていく透明な球体。
     世界とはこんなものかもしれないと、ふと思った。
     いや、生命だろうか。
      生まれてきた生命。死んでいった生命。
     人知れず消えていった生命。
     今更、罪が消えるなんて、思いはしないけれど。     
 
 
 
 
     死ぬなら一人。生きるなら一人じゃない。
     そう願うのは、傲慢かもしれない。
     けれど、願わずにはいられない。自分が生まれて初めて望んだものなのだから。
 
 
 
 
    『おまえは悪くない』
     そんな言葉はただの偽善で、虚言にすぎない。
    『お前のせいじゃない』
    『誰も悪くないんだ。この世に悪なんてないんだ』
    『おまえはただ護っているだけだ。それを罰する者などいやしない』
    『護るために戦うことは罪じゃない』
    『お前は時代に必要とされている。赦しを与え続けられる』
     組織にいた指導員はいつもそんなことをヒイロに言い聞かせていた。
     ヒイロが迷わないように。ガンダムのパイロットとして闘い続けられるように。
     その言葉に特に何かを感じたことはないけれど、耳には残り続けている。
     許してほしいと、何処かで自分は願っていたのかもしれない。
     血に汚れた殺戮者の手を、拭い取ってくれる人を欲しがっていたのかもしれない。
     …救われたいと、何処かで、ずっと、祈っていた。
     今やっと、気付いたことがある。
 
 
 
     視線を空中から隣の愛しい彼に動かす。
     大切なことを気付かせてくれた彼を、自分を【人間】にしてくれた彼を、守りたいと思う。
     ずっと、傍にいたいと思う。
     自分を救ってくれたのは彼だから、今度は独りで震えている彼を抱き締めてやりたいと思う。
     罪は消えないけれど、未来を願うのは、見ている憧憬は、二人同じだから。
     傷付いた過去がある。けれど消すわけにはいかない。だからこそ、望む未来がある。
     互いに誰かに声を聴いてほしくて、互いの声を受け止めて。手に入れた憧憬。
     許されなくても、祈る気持ちがここにあって。
 
 
 
     自分たちの前にあるのは、数多くの選択肢。
     何処を選べば良いのか判らなくて、一歩も動けない。
     しかし、歩き出さなければ、道は見えてこない。
     後悔するのは後でいい。一つ一つの痛みを連れて歩いていこう。
     今を恥じないで、逃げないで生きていこう。
     今までの生き方を後悔はしていない。罪を忘れたくもない。
     だから、背負って、歩いていこう。
     今まで捨ててきていたものを、これからは捨てずに。
     夢中で伸ばした指の先に 触れるものが何か、わからなくても。
     大切な人が共にいるということ。それだけで、現実も歩いていける。
 
 
 
 
    「ヒイロ。虹だ。綺麗だなー」
     いつの間にか、空に虹がかかっていた。あれもシャボン玉と同じ、すぐに消えてしまう、だけれど美し
    く人々の目に留まるもの。大いなる自然の生み出した、世界がどんなに変わろうと存在続けるもの。
     二人は寄り添いながら、空を見上げていた。
 
     いつか、自分たちの心にも、虹の橋は架かるだろうか。
 
 
 
 
 
 
     後書き
      1122hitを取った水月緋色ちゃんからのリクエスト「かっこいいヒイロ様」がでてくる小説でした。
      「何処が?」っていうツッコミは無しということで(殴)。
      だってどういうヒイロがかっこいいのか、わからんもーん(開き直る奴)。とりあえず包容力を見せよう。
      自己中心野郎なヒイロでも書いたほうがいいのか?けれど優しい男ってのもかっこいいと思うんだよな。
      情けないとかじゃなくて、本当の優しさがわかる男というのは結構貴重でないか?
      あ、けれどこれじゃやはり「ヒイロ様」にはなってないな。…ごめん、水月ちゃん。 
 
 
 
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