叶うことならば、傍にいたかった。
ずっと、君の夢を見ていた。泣き出したいくらいに。
 
 
 
 
 
 
 大きな歓声と拍手の中、ステージのスポットライトは消えていった。
 余韻を引きながら、大勢いた客たちがテントに帰っていくのを、トロワは幕の影越しに伺う。
 このコロニーでもサーカスは大成功をおさめた。
 元々動物とあまり接することのないコロニーの者たちにとっては、動物たちの演技などは新鮮で、興味あるものなのである。
 客が全員帰ったのを見送ってから、チェックのために客席を回る。
 サーカスを見に来た人々は皆、喜んでくれる。その幸福そうな笑顔を見ることが、何よりトロワは嬉しかった。
 戦争の中で生きてきた自分が、他人を楽しませることができる。
 それが嬉しかった。
 また、サーカスのメンバーは皆、自分を家族として温かく受け入れてくれている。
 帰る場所があるということ。
 人として大切な物を、トロワは取り戻すことができたのだ。
 今までの人生も、決して無駄なことではなかったことを知る。
 あの戦争で、自分は多くの大切な物を見つけた。
 温かな帰る場所。かけがえのない仲間。人間としての心。そして。
「公演大成功おめでとうございます」
 不意に背後からかけられた声に、振り返る。
 いつの間にか、トロワの背後に少女が立っていた。
 周囲に人がいたことさえ気付かなかった。そんな自分に少し驚くが、表情には出ない。
 少女の顔は、抱えられた花束で見えない。しかしハスキーな声からして、なかなかの美少女ではあるようだ。
「すばらしい公演でしたわ。これをどうぞ」
「ありがとう」
 差し出された花束を受け取ろうとした時、隠れていた少女の顔が現れ、トロワは目を止めた。
 少女の姿をしてはいるが、見間違えるはずはない。
 トロワがとても知っている人物。
 そう、とても逢いたかった、人。
「…デュオ?」
「よぉ! 久しぶり」
 声を地声に戻して、デュオは屈託なく笑った。
 
 
 
 
 
「お前が来てるって聞いたからさ、見に来たんだよ。任務を終えて、その足で来たんで、着替える暇もなかったんだよなー。ついでだから、
ちょっと驚かしてやろうかと」
 奥の控え室に案内してトロワが茶を用意している間も、休まないデュオの口に、相変わらずだなと小さく苦笑する。
「…お前に女装の趣味があるとは知らなかった」
「ねーよ、そんなのは! これは単に、化粧品会社に潜入して調査するって任務で、女のほうが入りやすいからってサリィが無理矢理…」
「わかっている。冗談だ。…しかし、似合っているな」
 トロワはデュオの向かいに座り、まじまじと見つめた。
 長い髪をポニーテールにし、白いハイネックのセーターにジャンパーを羽織り、黒のミニスカートをはいた姿は、到底男とは思えないほど、
違和感がない。しかもその上に、化粧までばっちりしているのだ。
 どこから見てもそこらの女性よりもはるかに可愛い美少女である。
「いい男は何を着ても似合うってこと」
「そういうことにしておこう」
「あのな〜」
 たわいない会話。くるくる変わる表情。
(変わっていないな)
 少し成長した。けれど中身はあの頃のままであることに安堵する。
 感慨にふけるトロワに気付かず、デュオはしゃべり続ける。
「ヒイロなんかさ、俺のこの格好を見た途端、目を丸くして固まっちまってよ。あいつのそんな表情なんてなんて滅多に見ないから、皆で大
爆笑。そんで、正気に戻ったと思ったら、いきなり『その姿で表に出るな!』って怒りだすし。何考えてんだか」
 デュオの口から出た人物に、現実を認識させられた。
 同じガンダムパイロットであり、今彼と一緒に暮らしている、人物。
 碧く強い瞳が思い浮かぶ。
 …そう、デュオが想うのは、彼。
「ヒイロも来たがっていたんだけど、あいつはまだ任務が終わらなくてな。お前によろしくって言ってたぜ」
「そうか」
 何でもないように返事を返す。こういう時だけはポーカーフェイスに感謝する。
 ヒイロも自分にとって大切な仲間だ。
 奪うつもりがないといえば嘘になる。しかし、今の幸福を邪魔するつもりはない。
「ま、あいつが来ないからこそこの格好のままで来れたんだけどな。あいつがいたら絶対に、間に合わなくなってもいいから一度帰って着
替えろって言われただろうし」
「まあ確かに、それで町中を歩いていたら、ナンパは絶えんだろうからな」
 無愛想なくせに実は独占欲が強い少年の、心配している顔が思い浮かび、つい顔がほころぶ。
 悪いとは思うが、今、彼が仕事中だということに感謝する。
 デュオの可愛らしい姿が見れた上、二人きりでいることができた。この瞬間を愛おしく感じる。
 ただ、デュオの輝くような笑顔が、自分によるものではないということだけが、ちくりと胸を刺す。
 戦争中の彼は、笑いながらも瞳は冷めていた。
 本心からは笑っていなかった。
 その彼が今は心から笑っている。それが嬉しい。
 本当に幸せなのだろう、彼は。
 戦争が終わっても尚、プリベンターに入り、闘い続ける道を進みながらも、瞳に明るさを身につけて。ずっと綺麗になった。
 その、決して諦めることなく前を見続ける瞳と、絶やさない笑顔に惹かれた。
 …できれば、自分が彼を幸せにしたかったのだけれど。
 じっとデュオを見つめ続ける。
 出逢うのが遅かったのかもしれない。
 自分と出逢った時、デュオは既にヒイロと出逢っていた。
 もし、自分のほうが先にデュオに逢っていたなら、どうなっていただろう?
 彼は自分の隣にいてくれただろうか?
 自分の傍でいつも笑ってくれただろうか?
 自嘲気味に息を吐く。
 歴史に『もしも』ということはない。過ぎた時間は戻ることは決してありはしない。
 考えたところでどうにもならないのだ。
 彼が最初に出逢ったのは間違いなくヒイロで、今彼と共にいるのはヒイロ。
 自分ではない。
 悔しくも思うけれど、これが事実。
 心配はない。ヒイロは不器用だが、本当の優しさというものを知っている。何より、自分と等しいくらいにデュオを愛している。
 きっと、一生デュオを守ってくれる。不幸になどしないだろう。
 デュオにとって、ヒイロと共にいるということが幸せだというのなら。
 自分はそれを守ろう。
 彼の悲しむ顔だけは見たくないから。
 祝福しよう、彼らを。
 
 
 
 
 
 周囲が暗くなってきた頃、デュオは帰っていった。
「またな」
 テントの外まで見送ったトロワに、そう言って、明るく笑った顔が目に焼き付く。
 彼はトロワの想いを知らない。
 知らないままでいい。知ればきっと、優しい彼は苦しむから。
 想うだけでいい。
「おや? もう帰ったのか、あの子?」
「ああ」
 片づけの作業が一通り終わったのか、数人の団員がトロワを囲んできた。
「しかし、お前にあんなに可愛い恋人がいたとは知らなかったな」
「いや…」
 《恋人》という言葉を否定しようとして、少し躊躇した。
 これくらいは許されるかもしれない。
 女装していたために、団員はデュオだと気付いていない。
 ヒイロもデュオも今ここにはいない。
 少しくらいは、良い気分を味わっても、善いだろう?
「ああ、そうだな」
 その優しい瞳と柔らかな笑みに、団員たちは驚いて目を見張った。
 トロワが本当にあの少女を想っていることがわかる。
 無口で無表情なトロワの友人関係を密かに心配していた団員たちは、そんなトロワに安心すると同時に、《家族》として喜ばしく思う。
「今度俺たちにも紹介しろよ。トロワ」
「ああ。…いつかな」
 《いつか》なんて日は来ることはないけれど。
 ひやかす男たちから目を逸らし、振り返る。
 既にデュオの姿はない。
(幸せに…デュオ)
 静かに目を伏せて、願う。


 道化師の仮面が泣いていたことを知る者は、誰もいなかった。
  
 
 


                                   
 
 
 
 


   突発で出した3×2コピー本に載せた小説。別名「不倫本」でした(笑)。
   この小説の他にマンガも掲載してましたが、どちらも1×2が根本にあって、思いを断ち切れないけど、
デュオを哀しませたくないからただ幸せを願うトロワの話。ヒイロなんて1カットしかでてこねー(笑)。
   本を出したきっかけは友人からの電話ですが、この頃から3×2もいいなーと転びかけました。
トロワ、すげー大人で優しくて甲斐性あるもん! ヒイロじゃこうはいくまい。
けど、逆に上手くいきすぎて、話に盛り上がりが欠けるってのが難点です。
だからヒイロをからませて、取り合いを繰り広げさせたりしてんだよね(笑)。

 
 
 
 
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