青の時代


 
(…海?)
 目の前には、壮大な碧が広がっていた。
 透けるような空に眩しさを感じて足元を見やれば、白い砂浜に水が打ち寄せる音が静かに響く。
(何故…)
 どうして自分はここにいるのだろう?
 人間界の海辺などに、どうして。
 コエンマは少し前の時間帯を思い出す。確か仕事をやっていて一段落ついたから、気分転換がてら審判の門を抜け出した。そこで記憶は途切れている。
 それから後は覚えていない。どうやってここまできたのか。どうして、ここに。
 記憶にある海だった。しかし以前訪れた時はコエンマ一人ではない。遠い、過去の。
 もういない人々との思い出。顔や名前すら朧気だけれど、その笑顔と声だけは覚えている。
 もう返らない時間。
 そんな時間を幾度となく渡ってきた。長い短い思い出と、繰り返される邂逅。
 巡る螺旋のように、時だけが過ぎる。
 短い生命。それを見届ける自分。生まれては消えていく輝きを。
「いつか消えていくのだろうな…このワシも…」
 ぼんやりと呟く。すべてに《終わり》が存在する以上、例外なく自分もいつか死ぬ。
 見届ける側の存在が消える時は、誰がそれを見るのだろう?
「貴方らしくないですね」
 突然降ってきた声に驚いて周囲を見渡すが、コエンマ以外の姿はなかった。
「わかっていても、どうしようもなく不安になる時はありますよ」
 続けて降ってくる声は知人のものだった。気配はするが微弱なものだ。おそらく離れた所にいて声だけ送ってきている。長い髪の、銀狐。
 警戒する必要もない気配に目を伏せた。
 視覚を封じれば、波の音が耳に付く。
「《ワシらしい》など…そんなもの、ワシ自身にもわからんよ」
 重責、立場、期待、役割、そして罪。
 それらを背負って生きてきて、何かを得て、失って…。
 自嘲気味に苦笑すれば、笑う気配を感じた。
「何じゃ」 
 少し不審に思いながら視線を巡らせても、彼の表情すら知ることはできない。
「いや…?」
 返される声が、若干低いものになる。
「…たまには、おまえも泣いていいんじゃないのか…?」
 それきり風と共に気配は途切れた。声ももう聞こえない。
 波の音だけが響く。何度も何度も、繰り返され続ける音。
 打ち寄せては消え…、また打ち寄せて…。
 この世界が生まれた時から変わらず繰り返される自然。
 それと同時に存在するのは、瞬きのように消えてうつろいゆく生命。
 瞬間的な輝きと共に失われていったもの。もういない光。
 自分がここにいなければ、一体誰が彼らの存在を証明するというのだろう。
 泣けない。泣くわけにはいかない。
 自分だけが、彼らの生き様を知っている。それが自分の宿命。享受した運命。
 けれど。思う。
 いつになれば、終わるのか。と。
 いつまで繰り返せば、続ければ、目にしなくてすむのか。と。
 置いて逝かれること。見送ること。
 手の届かないこと。
 指の隙間からこぼれ落ちていく、小さな、けれど確かなもの。
 泣けない。泣くわけにはいかない。
 自分は霊界の統治者。すべての魂の行く末を見守る者。
 その自分が、涙を流すわけには。
「…くっ」
 奴があんなことを言うからだ。考えが妙な方向に行ってしまったではないか。
 先程まで傍に気配を漂わせていた人物に、心の中で八つ当たりしながら、それでも碧の光景から目が離せなかった。
 その碧が、歪んで白くぼやけ霞んでも、決して。
 何かが頬をつたったけれど、触れることもしなかった。
 
 生命の根源。母なる海。
 波の音は生命を哀しんだ海の泣き声だと、何処かで聴いた。



9/9の幽白オンリーイベントに突発で書いた短編です。チラシの裏にコピーして配布。
何故コエンマ?いや何となく…(殴)。
コエンマも好きなキャラです。お坊ちゃんだけど、ちゃんとそれを自覚しているし、世間知らずでもない。自分のできること・できないことをしっかり理解して行動するし、了見も広い。
良いじゃないですかー。こういう男性、どっかに転がってないかな?是非玉の輿に…(殴殺)。
それは冗談として(本当か…?)結構思い入れがありますねコエンマには。彼にとっては幽助が実は魔族だったことはかなり救いになったんじゃないかな。



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