旅行記 その4  オランダの売春 と 障害者の性の権利

 

「飾り窓の女」がいる界隈

 「このあたりは、日本でいえば暴力団のいるような地区です。決してカメラで撮さないでください。じっと見つめたり、立ち止まったりしないで、私の後からさっさとついてきてください。」

 ガイドの言葉におそるおそる足を踏み入れたオランダ、アムステルダムの路地は、売春街だった。な、な、なんとオランダでは売春が公認されているという。

 「ここでのセックスは15分間で4〜5000円です。障害者むけの女性や、同性愛者むけの男性がいる店もあります。オランダではマリファナも公認されていて、『coffee shop』と看板に書かれた店で、実はマリファナが売られています。マリファナはときとして素晴らしい芸術を生むからです。タバコではないような匂いがしたら、それがマリファナです。」

  うっそーー!勝新太郎さんかわいそっ、生前お縄頂戴したことがあったでしょ。

 川田龍平 マリファナより、オランダではむしろタバコのほうが人体に害が多いとタバコの宣伝は規制されているよ。日本では野放しだけどね。

 路地を行き交うのは、見上げるような大男ばかり、早足のガイドの後を必死で着いていった。窓から女性(売春婦)がのぞいている風景を想像していたが、それはガラス戸からだった。カーテンを少し開けて、水着か下着のような姿で黒い肌を露出させたアフリカ系の女性が立っていた。部屋の奥には悩ましげなベッドが見える。通りを歩く人と商談がまとまるとカーテンがひかれる。「ここは営業中なのね。」だれかがささやいた。

日本では禁止されている売春がオランダではなぜ公認されているのか

売春を労働と認めよう。「売春婦」とよんで差別せず、「セックスワーカー」と呼ぼう。「売春婦」の人権を認め、性的自己決定権による職業の自由を認めた。

ヨーロッパには、オランダと反対の立場をとる国々もある。

◎ヨーロッパには二つの考え方があり、どちらも女性の人権を大切にしているという。売春を労働とする考え方に対し、スウェーデンでは売春は女性を物として扱う人権侵害だとする。買春(相手が少女に限らずすべて)も禁止され、買春した男は逮捕される。一方デンマークはオランダにならって、最近売春が公認された。

ガラス越しに立つ女性には北方ゲルマン民族は少なく、アフリカ系移民がほとんどである。彼女たちの顔は、みんな同じ表情に見えた。表情が全くないのだ。鉛の様な顔で目をそらす。もっとも私たちが彼女たちには何の利益ももたらさない観光客だからでもあるが。

「彼女たちは『セックスワーカー』と認められ、労働組合も作られ、保障もあり、誇りをもって働いています。」というガイドの言葉に疑問が残った。

 そのとき背後で急ににぎやかな声が聞こえたので振り向くと、10歳から13歳ぐらいの少年たちが5〜6人わいわい言いながらやってくるではないか。飾り窓の女たちをあちこち覗きながら笑ったり、大声ではやしたてて何か言っている。

  こんなところに来る子どもがいると、学校では大変ね。思わず私はつまらぬことを口走った。

 同行のXさん 家庭に帰っては親の責任ですよ。なんでもかんでも学校と言わない下さい。(彼女は小学校教諭らしい) 日本で売春している人は、暴力団に搾取されたり、生命の危険にさらされています。オランダではセックスワーカーとして、収入も安全も守られているし、誇りをもって働いています。売春は人類始まって最初の職業で、人類が滅びるまでなくならないと言われているでしょ、どうせ売春が存在するのなら、どちらが人権が守られていると思う?

  それもそうね・・・・・。 弱気の私であった。

 それでも瞼の裏に無表情の女たちの黒い顔が焼き付いて離れない。耳には少年たちの高笑いの声が残った。

あなたはどう思われますか?

 私の疑問

 1.飾り窓の女はほとんどが移民(アフリカ系人種)なのはなぜ?彼女らは貧しかったり、失業率が高くていい仕事にありつけなかったりはしていないのだろうか。

 2.誇りをもって働いているというが、みんな無表情で目をふせるのはなぜ?

 3.「飾り窓」の男がいないのはなぜ?

 4.妻たちは、夫がそこへ行くのをどう思っているのかな?

 5.女性であれば、同性が少年たちの笑い物になっていることを不快に感じるはずだ。女性のXさんの言うことは、「売春はなくならない」ということわざをよく口にするこの旅行の団長(性教育のオーソリティの男性)の受け売りの感がある。そういうことわざ自体、男がつくったものではないか。ちなみに団長は、「オランダが売春婦をセックスワーカーと認めていることで、人権が守られている」と認めている。福祉の充実と同じく、ヨーロッパの売春に関しての人権感覚も先進的といわんばかりだ。しかし私は1.の理由で彼の考えに同調できない。

フログネル彫刻公園

(ノルウェー)

グスタフ・ビーゲランが半生を捧げた200の作品と650体の人物像がある。テーマは「人間の生と死」、迫力があり素晴らしかった。

 

次に私たちが訪問したのは、やはりオランダのアムステルダムにある、障害者のセックスケアを行う財団だった。

 選択的人間関係財団 (SAR) 1982年設立

 (直訳は、「今までにあまりない交際仲介のためのもうひとつの協会」)

 ヨーロッパは障害者(老人も含む)のノーマライゼイションの先進国だ。ノーマライゼイションとは、障害のある人も、可能な限り障害のない人と変わらぬ暮らしの実現ということだ。日本に数十年も先んじて、あらゆる福祉を充実させてきたヨーロッパの国々では、近年最後の仕上げとして、性におけるノーマライゼイションに取り組んでいる。

 ここでは自慰行為や性交が難しい障害者を手伝ったり、障害者同士のカップルのベッドインを手伝ったりしている。障害のために性の目覚めの遅い人にセックス指導もしている。(視覚障害者には、裸の異性にさわらせるなど) サービスを利用しているのは、身体、知的、精神障害者、(老人を含む)である。

 私が驚いたのは、その財団では、ボランティアが性交の相手もしていることだった。(売買春では人間的ぬくもりが感じられないとして)

そして私たちはボランティア2人にも会ったのだ。

 性的サービスに携わるボランティアの話

 ふたりの女性が私たちの前に現れた。薄化粧で清楚な身なりの30代か40代の方だった。とても堂々としていて、自分たちの活動について、丁寧に説明してくださったが、「写真は撮らないでください。」と念を押された。

 私たちは、セクシャルな補助を障害者に与える仕事をしています。

●ボランティアはここには15人います。12人は男性障害者のための女性ボランティア。2人は女性障害者のための男性ボランティア、ひとりは男性障害者のための男性ボランティアです。

●相手が必要なとき、この協会に電話をしてきます。年齢・性別・障害の程度・住所を知らせます。

●協会は近くのボランティアに連絡し、ボランティアが相手に連絡をとって、日時・場所を設定します。たいていが相手の自宅、たまにホテルを利用。

●知的障害者のときは、専属の生活指導員が連絡をとり本人に説明します。(喋れない人のときも)

●施設に入っている人の場合は、施設内に特別な部屋を設定してもらいます。

1時間30分で約10500円で、交通費こみです。

●相手が満足したとき次の予約をすることもあります。感想を施設で聞いてもらって報告してもらいます。

●この財団の歴史・・・20年前、ある障害者の青年が性に悩み、「死にたい」と医師に訴えたのを医師が止め、ワークグループやボランティアでセクシャルな補助を無料で始めることにしました。最初無料だったサービスが、障害者にはちょっと高いなという料金になったのは、交通費の負担が大きかったり、注文が殺到して困ったりしたからです。国内20の自治体が障害者に公的補助を出し始めましたが、そのことには反対もあります。年間1300件ぐらいの利用があります。

●このようなサービスはスウェーデン・ノルウェー・デンマーク・アメリカなども行っています。

 障害者のセックスケアをし、障害者の性的ノーマライゼイションに力を入れている国々の中も、売春に対する2つの考え方に準じて、ボランティアが性交の相手までするか、しないかに分かれている。売春を禁止している国(スウェーデン・ノルウェー・アメリカ)では、ボランティアは売春行為までしないようだ。

 私の疑問

1.性交までいかなくても、相手を安心させるスキンシップはできるのではないか。

2.ボランティアの人権を保てるから、行っているサービスだろうが、お金を受け取ったら売春と同じになってしまわないか。障害者は料金を支払うべきだが、ボランティアは交通費だけ受け取り、あとは協会の資金にしたらよいのではないか。

3.肉体的のみで、心の方はどうするのか。恋愛のノーマライゼイションはないのか。

 日本は障害者福祉も、老人福祉もヨーロッパより40年は遅れている。障害者の性的ノーマライゼイションに取り組むことができるのは、まだまだ先のようだ。

 オランダでは、飾り窓の女とセックスボランティアが私には大変衝撃的だった。性に対する価値観は国によって様々だ。その国をよく知らないと何が正しいとも言い難い。

 ただ、失業率も高い現在の状況で国が売春を認めるのは疑問が残る。東南アジアでの少女や若い人妻の売春は生きるため、家族を養うため仕方なしにやっているのがほとんどだ。オランダという国は移民に対しての差別がたとえほとんどないと聞いても、「売春婦の人種にかたよりがあるのは、なにか理由があるはず」と、私は思う。経済的弱者や、女にしわよせがくるのは許せないから。

スウェーデンに住む日本人から、私の旅行記の感想がE−Mailで届きました。はたして、私の見方は正しかったのでしょうか。