浸食される…! そう気付いた瞬間、感覚のすべてが遠くなっていった。 (此処は何処だ…?) 上も下もわからない空間。立っていられる所を見ると重力や地面はあるようだが、自分の立っている位置さえわからない。 何故自分はこんな所にいるのだろう? 記憶を辿るが思い出せない。 いつものように起きて、朝食を作って、学校へ行って。それから? …何があった? 「…一騎。一騎」 聞き覚えのある声がする。呼んでいる。 「総士?」 声の主の名前を呟くと同時に、視界が開けていく。 そこは、幼い頃いつも遊んでいた公園だった。 公園のちょうど中央にある樹の傍らに、微笑む彼がいる。 「ここだよ、一騎」 穏やかな声で軽く手を振る総士。 …いや。総士じゃない。 何故だろう。身体の奥から声が聞こえるようだ。 目の前にいるのは総士の姿をしている人間なのに、心が、感覚のすべてが、違和感を訴える。 違う。何かが違う。 これは『彼』ではない。 「おいで。一騎」 優しく手を差し伸べる総士に、一騎は思わず叫んでいた。 「違うっ! おまえは総士じゃない!」 そうだ。違う。 姿形は同じでも、その中身はまったく異なるもの。 そうだ。自分はよく知っている。 総士はもっと…。 そこで思い出す。 ファフナーに乗ってフェストゥムと戦っていたことを。 捕まってしまって、ファフナーに同化させられそうになったところで意識を失ったことを。 ならば、目の前の彼はフェストゥムの見せた幻影なのか。 一騎が拒否するのを見て、『敵』は静かに前髪をかきあげた。 「一騎。ほら。見えるだろう? おまえが付けた傷だよ」 「っ!」 声はどこまでも優しく。 心に染み通るようにさえ感じる。 けれど突きつけられる現実はとても痛くて。 思わず、胸を押さえた。 後悔。懺悔。罪悪。柔和。安穏。 色々な『感情』が溢れてきて。何がなんだかわからなくなってくる。 それでも視線が外せなくて。 「消してあげるよ、全部」 言葉と同時に、総士の目の傷がすうっと消えていく。 「おまえを苦しめるものは全部消してあげる」 「あ…」 消えた傷。一騎が好きだった美貌がそこにあった。 もう、見られないと思っていた、無傷の綺麗な総士の顔が。 一騎が傷つける前の、姿。 「おいで。一騎」 再び腕を差し伸べてくる『彼』。 「あ…あ……」 言葉が出ない。 わかっている。アレは偽物だ。総士じゃない。 けれど、望んだものが目の前にある。 自分ではどうしようもなくて、けれど諦めることすらできずに抱え込んでいた願い。 「もう苦しまなくていいんだ、一騎。ずっと傍にいてあげる。ずっと温めてあげるから」 あの腕に飛び込めば、すべてから解放される。 きっと自分は救われる。 そう感じて。 いつの間にか溢れてきた涙が、止まらない。 「愛してるよ」 穏やかな声と、柔らかな微笑みと、開かれた腕。 もう何かを考えることさえできずに、一騎が足を踏み出したその時。 「一騎!」 強い声が聞こえた。 振り返ると、自分に向かって伸ばされた腕があった。 総士の腕だと、直感で悟る。 力強く一騎の肩を掴んで引き戻そうとするそれは。 そうだ。総士は『ここ』にいる。 アレは総士じゃない。ただの幻影にすぎない。 「総士!」 一騎は自ら総士の元に飛び込んでいった。 何かを切り裂いたような断末魔が響く。 ファフナーに絡んでいたフェストゥムが、絶叫をあげながら離れていく。 一騎はそれにありったけの力で剣を突き立てた。 「大丈夫か!? 一騎!」 戦闘後、力尽きて動けない一騎のところに総士が駆け寄ってきた。 「…大…丈夫…」 何とか返事を返すが聞こえたのかどうか。 コクピットを外からこじ開けられ、飛び込んできた総士に抱きしめられる。 「一騎…」 その必死な声に胸が締め付けられる思いがした。 総士はここにいる。 傷が治らなくても、赦されなくても、総士は総士だ。 自分の身勝手な願いで、この世界を放棄して、更に傷つけてどうするというのか。 「無事で…よかった…!」 どれだけ心配されたのか。 涙をこらえる笑顔に、一瞬でも『敵』に呑まれそうになった自分が情けなくなる。 こんなにも大切なのに。 これ以上、傷つけたくない。 こんな自分を必要としてくれる。 これ以上に何を望むことがあろうか。 「総士…ありがとう…」 何に対しての感謝なのか、自分でもわからないが、ただ伝えたかった。 「ありがとう…」 涙が一筋、こぼれ落ちた。 一騎の独白のようですが、一応《総士×一騎》でお願いします。 ちなみに二人はまだ互いの気持ちを知らない、という設定で。 実はこれ、思いついた時は長編だったんですけどね。それだと二人が両思いになる過程とかも含まれてたんですが、なんか変にダラダラしそうなだけなんで短くまとめちゃいました。ら、略しすぎて別の意味で変になってしまった…(T_T) |