きっと帰ってくると。 その言葉を信じて、待って、どれだけの季節が過ぎただろうか。 一騎は今日もひとり山に来ていた。 ここにいても彼が来るかどうかなんてわからない。けれど、彼は一騎がここによく来ていることを知って、自ら訪れたことがあると聞いたから。 活発な少女の話だと、彼は一騎の中に入り込みたいと言っていたという。 彼も、自分のように相手のことを知りたいと思っていたのだろうか。 そう思うと、嬉しいようで淋しい。 お互い、相手を理解していると思いこんでいて、実は何もわかっていなかった。 それに気付いて慌てて近づこうとして擦れ違って、距離はますます遠くなっていって。 『おまえって…本当不器用だな…』 かつて自分が彼に言った言葉。 不器用なのは自分も同じ。二人とも不器用で、下手に近くにいすぎたために肝心なことが見えてなかった。 自分たちは未熟で、幼すぎた。 …今ならきっと、色々なことが理解できるのに。 話がしたいと思った。けれど言葉は想いに勝てなくて、伝えきれなかった。 それでも、時間はあるのだと思っていた。ゆっくり話していけば良いのだと。 その途中で突然離れてしまって。 「…おまえに話したいことがいっぱいあるんだ。総士…」 カノンが正式に羽佐間家の養女になったこと。弓子先生に道生さんとの子どもが生まれたこと。咲良が大分回復したこと。 そして、世界が新たに動き出したこと。 北極のミールは死んだが、フェストゥムがいなくなったわけではない。共存と敵対。悲しい戦いはまだ続いている。 「おまえもまだフェストゥムと対話しているんだろうな…総士」 長い長い対話を。 互いに教え、知るまで。 「どんな話をしているんだ?」 知りたい。彼が何を話しているのか。 逢いたい。彼に。 「オレはここでおまえを待っている…ずっと…」 いつか、帰ってきた彼に、真っ先に『おかえり』と言うために。 「久しぶりだね、一騎」 「え? 君は…?」 気付くと目の前に小さな少女がいた。 幼児にしか見えない少女は、見覚えがない。この狭い島の住民なら大抵皆顔は知っているはずなのに。 幼い少女は外見にそぐわずに、まるで母親のような大人びた微笑みを向ける。 「わたしはあなたたちが『コア』と呼ぶ存在。前のわたしは【皆城乙姫】という名前だった」 「! …君が…」 乙姫が島のミールの元に還り、新たな生命が生まれたのは知っていた。しかしそれが少女だというのか…? 「一騎にお願いがあって来たの。聞いてくれる?」 首をかしげる仕草には、確かに乙姫の面影があって。 まったく似ていない外見にもかかわらず、重なるものがあった。 「ああ…。オレにできることなら」 コアの、しかも彼の妹の生まれ変わりの願いを聞かないわけにはいかない。 いや、むしろ何かしたかったのかもしれない。 「一騎にしかできないことだよ」 そう言われて、嬉しかったのは事実。 「ここは…!」 少女はまだ歩くことに慣れていないため、一騎が抱きかかえていた。 言われるままに訪れた場所は、一騎にとって忘れたくても忘れられない、深い場所。 「今日は、一騎が総士を傷つけた日だよね?」 「…うん」 幼い日、この場所で総士の光を奪った。 あまりの恐怖にその過程を忘れていたけれど、あの時総士は他の誰でもない一騎を取り込もうとしたのだ。 「そして同時に【総士】が【総士】になった日」 一騎と総士、受け止め方はまったく異なっていたけれど、あの日は二人にとって忘れられないものだ。 後悔と決意。痛みと感謝。 それは二人にとって大きな傷であり、同時に大きな絆にもなった。 「だから、今日なんだよ」 「…え?」 何やら動きたがる少女をゆっくり下ろすと、彼女は目の前の木に両手を付いて目を閉じる。 風が、髪を撫でる。 少女は木を見上げて、一言告げた。 「大切な人が帰ってくるよ」 一騎に衝撃が走る。 大切な人。 一騎にとって一番に思い浮かぶ相手は決まっている。 待ち望んでいるのはただ一人。 その人が、帰ってくる…? 「まさか…」 それ以上は言葉にならなかった。 待っていた。ずっと待っていたこと。 それが叶うという喜びと共に、彼ではないかもしれないという声が、一騎を戸惑わせていた。 その心情を知ってか知らずか、少女は振り返って微笑む。 「呼んであげて。彼はあなたのいる場所に帰りたいと願っているんだよ?」 彼。その言葉が示すのは。 「それは、一騎が信じている限り、有効な【約束】」 聞き終わるより前に、身体が勝手に動いていた。 「総士!オレはここにいる!総士!」 両手を掲げて叫ぶ。 自分はここにいると。遠くにいる彼がわかるように。 「総士!」 帰ってきて。 待っているから。 ずっとおまえを呼ぶから。 「総士!」 ゆらりと、蒼穹に影が生じた。 一騎の声に反応するかのように、それはだんだん大きくなっていく。 「総士! そこにいるのか総士!」 亜麻色の髪がかすかに見えた。 「総士!」 影から人が落ちてくる。 一騎は反射的に身体全体で受け止めた。 覚えのある重み。温もり。 それだけで涙が込み上げてくるのを抑えながら、顔を覗き込む。 柔らかな髪の奥に見える、端正な顔と左目に走る傷。 ゆっくりと開かれた瞳に、一騎が映る。 「総士…。総士!」 名前以外の言葉を忘れてしまったかのように総士を呼びながら、抱きついた。 逢いたかった。 ずっと待っていた存在がここにある。 「…ただいま。一騎」 回された腕に力がこもり、抱き締め返される。 それは記憶の中のそれとまったく変わりがなくて。 歓喜が身体中を駆けめぐる。 「おかえり…。…待ってた。ずっと待ってた…!」 「ああ…。知っている…。だから帰ってこれたんだ…」 おまえが信じてくれる限り、いつかきっと帰ると。 おまえに会うために、僕は【存在】することを選んだ。 「ありがとう一騎」 「総士…!」 ずっと望んでいた腕の中、二人は涙を流しながら笑いあった。 「…もう、どこにも行かないよな?」 「ああ、僕はここにいる。おまえの傍にいるよ、ずっと」 もう、他には何も要らないと思えてくるほど、幸福だった。 何より望んだものが共にある。 それは表現できないほどの、歓喜と感謝。 同じ頃、島の他の場所でも。 「咲良!」 「苦しいよ母さん…。って、剣司、あんた大泣きしてんじゃないよ、みっともない!」 「うるせぇよ」 涙ながらに抱き合う母子と、その横に立つ少年。 ここでもまた戻ってきた幸福が一つ。 空と海と。 青に包まれる景色を見据え、少女は立つ。 「わたしは。わたしたちは、ここにいるよ」 空は何処までも蒼く。何処までも広がっていた。 まるで、少年たちを祝福するかのように。 終
コピー本より。最終話を見て、自分の救いのために書きました。 早く帰ってこい! 総士!! できれば一騎が若く美人なうちに!(腐) つーか、今はもう某アニメ雑誌表紙を信じます。1年後に絶対帰ってくるように! |