「HARUコミ〜インテックス」
と思っていたが、ちょっと足りないくらいでちょうどよかった。 ようするに、それくらい客が少なくて暇だったということだ。 少しすると、士度がやってきた。 「よう」 「あ、士度、おはよう」 士度も今日はサークル参加の筈。 ついでに言うと、彼のとこの売り子は、先程来ていたらしい笑師がしている筈だった。 「さっき笑師が、皆に会いに行ったのに、オメーにも花月にも会えなかったって嘆いてたぞ」 「あ、そーなの。オレちょうど居なかったんだよね。そっか、カヅっちゃんも居なかったんだ。笑師、ツイてないね」 「ホントにな……」 銀次の言葉に同意すると、士度はハアっと大きなため息をついた。 そのため息の理由が何なのかはこの時の銀次には分からなかったが、どうせまた笑師がらみで何か被害を被ったのだろうということは予測がついた。 そう、いつだって笑師のいろんな行動に振り回されているのは、この目の前にいる士度なのである。 「それより士度、ゲストありがとv はい、これ本」 「おう、あんなので悪かったな」 「すっごく可愛かったよv」 士度が銀次から自分がゲストした本を受け取ると「じゃ、花月のとこにも寄るから」 と行ってしまった。 銀次は再び暇になった。 途中知り合いが来てくれて話をしたりもしたが、やはり暇なことに違いはなかった。 ……今日ってマジで人少ないよねえ……。まあ、来月もあるし、三月の大阪は毎年少ないもんねえ……。 どうも、こないだのHARUコミと比較すると淋しくなってしまうが、これが今日のイベントの実情である。 実際、まわりのサークルさんも皆暇そうだった。 暇つぶしの為にパンフをペラペラ捲っていると、朔羅が戻ってきた。 「もういいの?」 「ええ、今日はあんまり買えませんね」 朔羅が戻ってきたということは、銀次がここでじっとしている必要もない。 「じゃ、オレ、ちょっと見てくるね」 「はい、ごゆっくり」 とりあえず銀次は、まだ買うものがありそうなジャンルへと足をのばした。 GBのサークルは銀次のとこを含めて三つしかなかったので、もちろん買うものはなかった。 時間はたっぷりあるし、SPに戻っても暇なだけなので、じっくりと品定めをしながら練り歩く。 何でたったこれだけの本を買う為に、これだけの時間がかかるのか? と聞きたくなるくらいの時間をかけて銀次は数冊の本を手にしてSPに戻った。 買ったばかりの本をペラペラ捲っていると、銀次の携帯がなった。 「携帯なってますよ」 朔羅が気づいて、銀次に伝える。 蛮からのメールだった。 内容は、パンフの中表紙への喜びの声と、もう少ししたら行くから入場の為にパンフを貸してくれ、というものだった。 一般入場が始まると、その時間以降に入場したものはたとえサークル参加証を持っていてもパンフは全員購入制になる。 蛮は銀次のパンフを使って、パンフ代をケチるつもりらしい。 「ねえ、蛮ちゃんが会場の外に居るんだけどさ、パンフってどうやって渡せばいいんだろ? オレが出ていく時もいるよねえ?」 「そうですね。銀次さんが一度出ていって、それからお二人で戻ってくるんでしたら二冊いりますね。私のを貸しますよ」 「ありがとv」 蛮に渡す為のパンフはカバンの中にでも隠していって、どこかでうまくスタッフに見つからないように渡せば問題ないだろう。 二人ともそ知らぬ顔で、再入場を装って入ることが出来る筈である。 「じゃ、オレ、蛮ちゃんから連絡あるまでもう一回買い物行ってくるね。さっき買ったヤツイマイチなんだよね」 「はい、いってらっしゃい」 朔羅の笑顔に見送られて銀次は再び買い物へと出ていった。 自分好みの本を見つける為なら、労力を惜しまない……と言いたいところだが、単にSPに居ても暇なので出歩きたいだけなのであるが。 またもやお目当てのジャンルのSPをうろうろしていると、まだ買い物が終わらないうちに蛮からの電話が入った。 『今着いたからよ、入り口のとこまで来てくれよ』 「え? ダメだよ、そんなとこじゃスタッフの人にバレバレじゃん。一般とサークルの分岐点のとこでどう?」 『分かった、じゃ、早く来いよ』 「うん」 とりあえずそこで電話を切り、銀次は再び自分のSPへと駆け戻る。 「蛮ちゃん着いたみたいだから行ってくるね」 「はい、じゃ、このパンフどうぞ」 「ありがと!」 そして朔羅からパンフを借りると、会場の外を目指して小走りに駆け出した。 館内を出ると、すごい突風だった。 ……うわ、何コレ?!…… なんとか風を切って突き進み、出入口のゲートを目指す。 しかし、目的の場所は遠かった。 今まで銀次が居たのは、会場の中でも一番奥まった場所にある6号館である。 そこから入り口ゲートまではかなり遠い。 多少息を切らしながらゲートまで来ると、銀次はすでに帰り始めている一般客に交じってそしらぬ顔で外に出た。 そこから、ゲートからまた少し離れた場所で待っている蛮の元まで駆け寄る。 「あ、蛮ちゃん、すっごい風だね」 「ホントにな」 蛮も突風で乱れた髪を整えながらこっちに向かってきた。 「はい、これパンフ。朔羅に借りてきたヤツだから………」 言い掛けて、自分のバッグの中を探り、銀次はハっとした。 「どうしたんだよ?」 「オレ、自分のパンフ忘れてきちゃったーっ!!!」 「はあ……?」 そう、銀次は朔羅の借りた蛮の為のパンフだけを持ってきて、自分の分のパンフのことを忘れていたのである。 これでは、一人しか会場に入ることが出来ない。 「わーっ、どうしよう! オレ、むっちゃムダなことしちゃったよおっ!!」 銀次が一人で慌てていると、蛮が自分に渡されたばかりの朔羅のパンフを突き返してきた。 「ったく、ほら、これで入れよ。オレは自分の買うから」 「……ううっ、ごめんーっ」 結局意味のないことをしてしまった銀次は、蛮に自分でパンフを買わせ、二人で会場内に入った。 そして、また先程のながーい6号館までの道程をテクテクと歩く。 「オレ、何の為にここまで出てきたんだろ……」 「まあ、いい運動になったんじゃねえの?」 確かにいい運動にはなった。 風を切ってこれだけの距離を移動すれば、少しは体力も消耗した筈だろう。 6号館に入って、銀次は蛮といっしょに自分のSPへ戻った。 「ありがとう、朔羅。でもオレ、自分のパンフ忘れてっちゃって………」 朔羅にパンフを返しながらしょんぼりしながら言うと、朔羅は苦笑いしていた。 呆れられたに違いない。 「蛮ちゃんのSPあっちだよ」 今日はまだ自分のSPにも行っていない蛮に、銀次はそう言ってその方向を指差す。 「おう、じゃ、オレ行くわ」 「うん」 蛮は自分のSPへと行ってしまった。 ジャンルは違うが、なぜかいつも彼らのSPは近くに配置されることが多い。 今日の蛮のSPも、銀次のSPから島2コ分くらいしか離れていなかった。 とりあえず蛮を見送って、自分のSPでおとなしく座っておこうかと思った銀次だったが、すぐにまだ買い物の途中だったということを思い出して、また出て行ってしまった。 銀次がどんなに自由気ままにSPから離れても、朔羅は文句一つ言わない。 本当にいい売り子ちゃんである。 しかし、彼女も意外とちゃっかりしているので、買い忘れとかがあると、また何度かSPを離れていくこともしばしばある。 だがそれは、ちゃんと銀次がおとなしく座っている時を見計らって行ってくれるので、特に問題が出るわけではなかった。 二冊ほど収穫物を増やしてSPに戻り、銀次はまた買ってきた本を読むことにした。 今日は本当に暇である。 そうこうしているうちに、周りのサークルさんがどんどん帰っていった。 「お先に失礼します」 「お疲れ様でした」 両隣のサークルさんも居なくなった。 「淋しくなりましたね」 「ホントだね」 ガラガラになった周囲のSPを見て、朔羅と銀次はため息を一つ。 いつもなら切り上げるのは三時なのだが、今日はさっさと片付けてしまってもよさそうだ。 「オレ、蛮ちゃんのとこへ行ってくる」 「はい」 銀次は、「もう片付けるよ」と伝える為、蛮の元へと歩いていった。 「蛮ちゃーん、はい、これ今日の合同誌の売り上げ半分」 「おう」 チャリンとコインを数枚蛮の掌に乗せる。 コインしか渡せない辺り、今日の売り上げの少なさを物語る。 「今日、すっごい暇だったよ。お客さんも四、五人くらいだったし。三月の大阪って毎年少ないけど、いっつもこんなに暇だったっけ?」 「いや、こんだけ錆びれてるのは今回が初めてじゃないか?」 「やっぱ、来月もあるからかな?」 「だろうな」 見れば、蛮も、その周りのサークルさんもやはり暇そうである。 「オレ、もう片付けるよ。周りのサークルさんも皆帰っちゃったし。朔羅も今日は二時半までしか居られないらしいし」 「ああ、分かった」 「片付けたらまたこっちに来るねー」と言い残して、銀次は蛮のSPを去った。 SPに帰って、ダンボールに売残の荷物を詰める。 また、日清食品のUFOが出てきた。 「これ、HARUコミで配ってたんだよー」 「何でそんなものを……」 一緒に片付けをしながら、朔羅も苦笑いする。 とりあえずソレはまたダンボールに詰めて、ついでに、今日SPに配られていた印刷会社のマニュアルとかも全部詰めて、片付けは終わった。 すると、タイミングよく花月が表われた。 「あ、カヅっちゃん、いいとこに。実はここにダンボールが二つあるんだけど」 「持ちますよ」 宅急便の受け付け場所まで持ってくれ、とは言ってないのだが、花月は二つ返事で重い方の荷物を持ってくれた。 「じゃ、朔羅、今日はどうもお疲れ様。また来月よろしくv」 「ええ、こちらこそ有難うございました」 朔羅とはそこで分かれ、銀次と花月はダンボールをもって宅急便の受け付け場所まで歩いた。 インテにしてはとても珍しく、宅急便の受け付けコーナーはガラガラだった。 いつも適度な時間は待たされるのが、嘘のようである。 すんなり受け付けを終えて、彼らは蛮のSPへと移動した。 蛮のSPには士度と笑師もいた。 蛮はまだ片付けている最中だった。 花月は落とし物をした、と言って本部へ行ってしまった。 「今日朝、会場に着いた頃に笑師から電話がかかってきてよお、参加証忘れたから余ってたら入り口まで持ってきてくれって言われてな……」 士度が大きなため息とともに、口を開いた。 前述したように、笑師が何かやらかす度に被害を受けるのはたいていの場合、士度なのである。 例えば、彼らが銀次のうちに泊りにくると、たいていこの二人はセットで同じ部屋に寝かせることにしている。 なぜなら、笑師が夜中に徘徊したり、かけ布団を宙高く蹴りあげたりと、意識のない間にいろんなことをやらかしてくれるからだ。 一度銀次が笑師と同じ部屋に寝ていて、えらい目に合ったことがあるので、銀次はそれ以来笑師と士度を同じ部屋に押し込めるようにしている。 士度ならたいていのことには動じないからだ。 いつも遊んでいる……もとい、酒を飲んでいるメンバー一の苦労人は士度である。 「あれえ、笑師の参加証ってオレこの前あげなかったっけ?」 「それを忘れてしもうたんや。ていうか、財布の中を見たら緑の紙が見えたから、あると思ってん」 確かに、今日の参加証は緑だった。 「違ったの?」 「そう、コレやってん」 見るとそれは、今日の参加証と同じ色をした紙切れだった。 だがそれは、ほか弁の割引券。しかもたった十円分の。 「こ、コレと間違えたの……?」 必死で笑いを堪えて銀次が尋ねる。 財布の中に挟まっていた割引券がどのような状態だったかを実演しながら、笑師も笑っている。 確かにそれは、パっと見たかんじ、参加証と間違えそうなくらいよく似ていた。 だが、普通、どこかで違うと分かるもんだろう。 何で参加証とほか弁の割引券を間違えられるのか? いつものことながら、笑師のボケっぷりは笑いのタネである。 銀次がケラケラ笑っていると、ふいに片付けをしていた蛮から突っ込まれた。 「オメーも人のこと言えんだろうが」 「そうでした……」 言われて、さっきのパンフ事件を思い出した。 「何かあったのか?」 士度に尋ねられて、蛮と銀次はさっきの事件を二人に話した。 笑師はやはり笑っていた。 士度は「なんか今日は皆ボケボケだな……」と苦笑いを零していた。 それから、蛮が荷物を宅急便に出すのを待って、本部に行っていた花月と合流して、いつものメンバーはいつものように、昼食兼夕食をとるために、会場近くの建物まで移動した。 相変わらず、風はすごかった。 さっき銀次が蛮にパンフを持っていくために外へ出たときより、さらに強いような気さえする。 ちょっとしたイベントができるほどの大きな建物の中にある食事の出来る場所へ間で行こうとしたが………。 渡り廊下のようになっている場所で、事件は落ちた。 「うわーっ!!!」 「ギャーっ!!!」 ものすごい突風が彼らを襲ったのだ。 はっきり言って、一歩も動けない。 彼らの前を歩いていたグループも、同じようにこの場所で叫んでいたのでここで何かあるのだろうということは分かっていたが、まさかこんなにすごい突風の通り道になっていようとは……。 「うわーっ!!! こんなの、ダメだよーっ!!!」 銀次が一歩も動けずワアワア騒いでいると、グイっと蛮に腕を捕まれた。 そしてそのままグイグイ引っ張られて、何とか建物中までひきずっていかれた。 花月も何とか自分の足で、建物中に辿り着いた。 士度も周りの壁に手をつきながら、髪を振り乱してあとに続いた。 ただ一人、何事もなかったようにスイスイ歩いていたのは、あの笑師だ。 「オメー、あの場で一人だったらどうしようもなかっただろ……?」 なんとか逃げ込んだ建物の中で蛮に言われて、銀次は「まったくです……」と力なく項垂れた。 正直言って、死ぬかと思ったほどである。 「すごい突風でしたね」 花月が乱れた髪を手ぐしで直しながら呟いた。 「オレなんか、壁に捕まってじゃないと歩けなかったぜ」 士度も、もういっぱいいっぱいの表情だ。 しかし、涼しい顔で笑っている人物が一人だけいた。 そう、何事もなくあのものすごい突風をスイスイ歩いていた笑師だ。 「笑師がスイスイ歩いてるからよお、オレも笑師のように歩くんだあっ、と思って、とりあえずヤバそうなヤツを一人とっつかまえて頑張ったんだけどな……」 とっつかまえられたのは銀次である。 蛮の言葉に銀次は、「何で笑師のように歩くんだあっ、てあの状況で思えるの? 蛮ちゃん思考回路ヘンだよ! 普通、なんとか頑張って歩くんだあっとは思っても、笑師のように歩くんだあっ、とは思わないよ!」と思っていたが口には出さなかった。 頭が混乱していた為、銀次にしては珍しく、自分の方が普通じゃないことを考えているのかもしれないという自覚があったからである。 「アハハ、あの程度の風なら六甲おろし(歌ではない)で慣れてるんや」 笑師が笑っていた。 最近笑師が卒業した(卒業決定した?)ばかりの大学は、六甲山麓にある。 ちなみにそこは、銀次などではとても手の届かないようなハイレベルな国立大であり、笑師自身もそこで医学の道を志し、勉強していた。 笑師のキャラクターと、実際にやっていることやオツムの重みは、どうも釣り合っていないような気がするが、「天才とナントカは紙一重」という諺もあるので、誰もあまり気にしてはいない。 とりあえず彼は、ボケキャラではあるが、天才だということだ。 だから、HARUコミに行く前、薬を一度に飲んでも大丈夫かということを、銀次は笑師に聞いたのである。 「それにしても、あんなにすごい突風が通り道になる渡り廊下なんて、この建物設計おかしいんちゃう?」 笑師のその台詞には、銀次がビクっとした。 仕事上、そういうことを言われるとどうしても反応してしまうクセがあるらしい。 「何でもいいから、早くメシ食いにいこうぜ。いつものとこでいいだろ?」 蛮に促されて、全員、いつもイベント帰りに寄って帰るちょっとしたレストラン(?)に足を向けた。 毎回ここで食事をとるのは、べつにお腹を膨らませるのが一番の目的ではない。 一番の目的は、帰りのニュートラムがすく時間までの時間つぶしである。 今日は人は少なかったが、いつもならイベント終わってすぐニュートラムに乗ると、順番を待たされるあげく、ぎゅうぎゅうすしずめ状態での帰宅になってしまう。 だから、もう何年も前から、彼らはニュートラムに乗るまえに、人が少なくなるまでイベント会場近くで時間をつぶすことにしているのだ。 もちろん、彼らと同じコトを考えている人たちはたくさんいるので、イベント帰りに店に入ると、どこに入っても同類がいるものなのだが。 店に入って、メニューを広げる。 そんなに品数は多くないが、そんなことより、此処は長居ができるだけ、他の店に比べれば穴場なのだ。 「……オレは、コレと……フルーツパフェ」 蛮の声に、彼の斜め前に座っていた銀次がピクっと反応した。 「ええ?! 蛮ちゃんパフェ食べるの? オレにはダメって言ったのに!!」 それは、HARUコミ前日夜の話である。 蛮は少し考えてから、思い出したように「ああ」と手を打った。 「ほら、今日は寒くねえしな……?」 確かに寒くはないが、ものすごい突風は吹いている。 「まあ、オレも食べたけど」 「食べたんかい?!」 正直にあの日ファミレスで食べたもののことをペロっと話し、すかさず蛮に突っ込まれる。 ワイワイうるさくしながらメニューを注文し、五人はやっと一息ついた。 マクベスと一緒に行ったHARUコミも楽しかったが、やはり、行き慣れたイベントでいつものメンバーと居る方が落ち着ける。 帰宅時間だって、三時間も乗り物に乗ったままというとても苦しい事態も起こらない。 やはり、どんなに小規模でも、大阪のイベントの方がいい、と思った銀次だった。 注文したメニューが来て、皆で話しをしながら食事をした。 花月と銀次はまた、お酒を飲んでいた。 「薄いですね、このカクテル……」 花月が不満げにぽつりと言う。 「うん、ジュース」 銀次も同意して、二人はそれぞれ隣に座っていた笑師と、士度にグラスを手渡した。 「一応、アルコールの味するぞ」 一口飲んで、士度が言う。 「ええー? しないよー、ジュースだよ」 銀次が不満そうにブツブツ言っていると、花月が「今度、ちゃんとお酒の味がするカクテルを出してくれる、心斎橋の美味しい店に行きましょうね」と笑いかけてきた。 銀次は「うんv」と嬉しそうに返した。 彼らは基本的に酒の味がしない酒は好きではない。 アルコール度数10%を切っているものは、ジュースとしか思えないのである。 そうやって楽しい食事をして、そろそろ皆食べ終えた頃、ある忘れられた存在に気がついた。 蛮のフルーツパフェである。 「来ませんね……」 「もしかして、忘れられてる?」 近くにあるカウンターには、何度もフルーツパフェが並べられているのに、それはいっこうに蛮の元には届かない。 他のお客さんの元へと行ってしまう。 「あー、パフェの隣にコーヒーなんかおいたらあかんで、溶けるやないか」 カウンターに置いてあるデザート類を監視しながら、いつのまにやらブツブツと文句の声まで発していたり。 しかし、蛮のパフェはなかなか運ばれてこない。 そうこうしているうちに、笑師にタイムリミットが訪れた。 「あかん、今日これからお勉強やねん。帰るわ」 どうやら用事があるらしい笑師はそこで、席を立とうとしたが、蛮が差し出した手によって止められた。 「935円」 笑師の食べた分の料金である。 「すでに計算済みかいな……。油断ならんわ」 笑師は蛮にお金を手渡して、皆にさよならの挨拶をすると、行ってしまった。 蛮のパフェはまだ来ない。 何度かパフェをトレイに乗せてウエイトレスが行き来したが、それはたいてい彼らの座っているテーブルを素通りして、他の客の方へ行ってしまう。 他の三人はそうでもなかったが、蛮自身はドキドキイライラしていたみたいだった。 やっと運ばれてきたパフェは、溶けかけていた。 長いこと待った結果がこれでは、蛮の表情もどこかうかない。 しかも底の方がゲロ甘だったらしく、甘いものがそれほど得意ではない蛮は顔を顰めた。 蛮が食べおわると、料金の清算をして皆で店を出た。 あとは、帰るだけである。 またもや突風の中を歩いて駅まで辿り着き、ニュートラムに乗る。 さすがに今日はガラガラだった。 そして終点の住之江公園まで着くと、そこで花月と士度と分かれた。 蛮と銀次はこれからバスだが、彼らはそこから地下鉄に乗って帰るのである。 「じゃ、今日はお疲れ様でした」 「またねー」 しょっちゅう顔を合わせているメンバーなので、別れ際も冷めたもの。 蛮と銀次がバス停まで行くと、そこはおっさん達でごったがえしていた。 「な、なにコレ……?」 「しまった、もしかして今日、競艇の日か……?」 そう、ここ住之江公園では、競艇が行なわれているのだ。 ちょうどその競技が終わった時間帯だったらしく、周りは競艇帰りのおっさんだらけ。 しかも、彼らが乗るバス乗り場に皆固まっている。 このおっさん達といっしょに、ぎゅうぎゅう詰めのバスに乗らなくてはならないのか? 蛮と銀次は焦った。 「オレ……気持ち悪くなるかも……」 銀次がぽつりと呟く。 今日は体調もよかったし、行き慣れたイベントだからと思って薬は飲んでない。 いや、薬を飲んでたって、この人混みの中に押し込まれれば危ないだろう。 その時銀次はふと、HARUコミ帰りのタクシーの窓越しに見た、ぎゅうぎゅう詰めのバスを思い出した。 アレには絶対乗りたくないと思ったが、今考えると、この状態に比べればまだマシだったかもしれないと思える。 あのバスに乗っていたのはオタクなお姉ちゃんばかりだが、今此処に居るのはムサイおっさん達ばかり。 同じすしずめ状態になるなら、若いお姉ちゃん達に囲まれてた方がずっといい。 「ほら、銀次、バスが来たぞ」 バス停に、二人が乗るバスが止まった。 グズグズしていた銀次は、何人かのおっちゃんとおばちゃんに順番を追い越された。 「でも、思ったよりマシ?」 席は満員だったが、ぎゅうぎゅうというほどではない。 「……だな、座るか?」 一つだけ空いてた席を蛮が指差す。 「いい。蛮ちゃん座りなよ」 どうやらバス停に固まってたおっちゃん集団は、ほとんどが同じバス停に停まる他のバスを待っていた人たちだったみたいだ。 「今日はホントに暇だったねー」 「オレなんか、片付けに行っただけだぜ」 暇を持て余していた銀次に比べれば、用事を済ませて会場まで駆け付けた蛮の方が何倍も大変だったに違いない。 まともにSPに座ってた時間なんて、ほとんどなかったハズである。 「また来月もあるんだよねー」 「そうだな……」 来月のイベントが楽しみなような、めんどいような……。 イベントと聞いて、昔のようなドキドキワクワクした気持ちはすっかり無くなってしまったが、それでも、毎回参加してしまうあたり、やはり彼らは心のどこかでその日を楽しみにしているのだろう。 こうして、間髪空けずに続いたイベントを無事二つともクリアし、また次のイベントのことを考えながら、このとても長く感じた数日間を終えたのだった。
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