秀ライブ
 4月から紅孩児は大阪に引っ越すことになった。  三蔵一行は、飲み会常連メンバーが増えた!と歓喜(紅孩児が意見を言う暇も なくすでに強制的にメンバーに決定)。  焔一行は、離れてしまうのか…と落胆。  その他の者達は、イベント前は泊めて下さいね(ハート)と目を輝かせた。  もうちょっと普通に新生活を応援してくれる奴はいないのか!?  なんとなく気疲れと寂しさを感じてしまう、自他共に認める苦労性の紅孩児で あった。      とりあえず部屋を決め、スケベおっさんの下で苦労しながら論文に追われてい たある日、唐突に焔から電話がきた。 「突然だが…2月27日、大阪行かないか?」  本当に突然であった。時は既に2月に入っている。紅孩児は卒論の最終〆切に 向けて死にかけの状態。しかもまた色々問題があって、『あんたは平穏な人生は 送れないね。波瀾万丈で波がありすぎる人生の相だよ。苦労するね〜』と通りす がりの手相家に以前言われた言葉が頭の中を回るほどに疲れていた。  そんな時の友人の電話は嬉しいものだ。が、いきなりそれかよ、と複雑な気分 になる。 「その日なら卒論はもう終わっているし、引越前にもう一度行こうと思ってたか ら構わんが…。何だ?」 「秀に会いに行く」 「…なるほど」  紅孩児は焔のその一言で悟った。  前回のライブの時の焔の様子からして、おそらく冗談や単なる遊びの口実では ない。秀の何らかのイベントがあるのだろう。この後の彼の言葉も想像できた。 「ス●イビルってわかるか?」 「梅田スカ●ビルか? それならよく知っているが…、あそこはライブできるよ うな所ではなかったと思うが」  ビルを思い浮かべながら紅孩児は考察する。よく展示会やバザーなどのイベン トが行われていることは知っている所だが、ライブに適しているとは到底思えな かった。そのような設備がある部屋があるのかも疑問だ。 「ライブ…は正確には違う。正式なライブは3月にあって、今回はその宣伝を兼 ねたミニライブと握手会なんだ」 「ほぅ」 「今月発売のアルバムとシングルを買えば、参加代無料。で、行きたいんだが場 所がわからんし一人では淋しいので、おまえに一緒に行ってもらおうかと。忙し いのはわかっているが、他に場所を知っている上に付き合ってくれそうな奴がい ないのでな」  場所は有名な所だから知らなくても何とか行けるし、付き合ってくれそうな奴 は他にもいるだろうと紅孩児が思ったところで。 「一応、紫鴛に最初声をかけたんだが、奴は秀にほとんど関心がないし、大阪の 地理なんぞ知らんし。というか奴曰く『紅孩児に連れてってもらえばどうですか ?』だと」 「…おいおい、オレは一体何なんだ…」  よろけそうになるのをなんとか抑え、紅孩児は肩を落とした。  紅孩児は方向感覚が良好である。何故か周囲が方向音痴だらけなので、誰かと 初めて訪れる場所に行った場合、いつもナビゲーターをやらされる。すでに周囲 にとってそれは当然のことと化していて、紅孩児自身も気にしていない。その《 周囲》には当然、焔も含まれているわけだが、そのように言われると便利屋のよ うに思われている気がしないでもなく、信頼されて嬉しいのかこき使われて悲し いのか苦笑しか浮かんでこない。      ってなわけで、ミニライブ前日の26日。  大阪に向かうため、二人は朝に待ち合わせて電車に乗り…爆睡。二人とも前日 まで忙しく動き回って疲れていたのだ。  そうしてまず紅孩児の新居を見に行き、その後三蔵と八戒の家に。紅孩児がま だ引っ越せてないため、宿がない二人は三蔵たちに泊めてくれるように頼んでい たのである。  とりあえず礼と宿賃としてワインを二本持参。修羅場時期なので八戒は自室に 籠もり、あとの3人も作業に没頭することになった。  焔と紅孩児も自分たちの原稿についての打ち合わせをしたが、それが終わって しまうと、後に残るは静寂のみ。二人だけならCDでもかけて気を紛らわせると ころだが、いかんせん此処は他人の家。しかも無理をお願いして泊めてもらって いる上に、家主は修羅場中。  気まずい空気が流れる。  しばらくして、紅孩児はあることを思いだした。 「おい、焔。三蔵に何か言いたいことがあったんじゃないか?」 「あ、そうだ」  焔は今回、秀と会うこととは別に、三蔵に会うことも楽しみにしていたのであ る。焔は三蔵とは今回が初対面であるが、紅孩児を通して色々話は聴いていた。 それで是非にも本人に伝えたい言葉があった。 「? 何だ」  三蔵も顔を上げて、焔を見る。 「このためにここに来たと言っても過言ではない」  焔は拳を握り締め、溜めに溜めてから三蔵に向き直って言った。 「《ごじょっぱち》のネーミングは最高だ!」 「………」  唐突な内容に、顔をひきつらせたまま固まる三蔵。 「あのネーミングにはやられた」  一人の世界に入り、力説する焔。  二人の様子に、手まで叩いて爆笑する紅孩児。  端から見ている奴がいたら、どう対応して良いのかわからない光景であろう。  悟浄×八戒というカップリングの略し方は色々あるが、三蔵はそれを《ごじょ っぱち》と名付けていたのである。それを紅孩児が焔に漏らしたことがあるのだ が、ツボに入ったらしく、大ウケだったわけだ。  以来、焔は《ごじょっぱち》を周囲に広めまくっており、三蔵に対して憧れに 近い感情を抱いていた。  言いたいことが言えた焔はかなり気分すっきり。  しかし実は、用意された布団で焔が寝る頃に、紅孩児がこっそり三蔵に頭を下 げていたりする。 「一応おまえのファンらしくてな。おまえに逢えるとなって喜んでいたんだ。ご じょっぱちを広めたのも悪気はないので許してやってくれ。発端はオレだけど…」 「いや…別に構わんが…。あれをここまで気に入る奴がいるとは思わなかったん で、ちょっと驚いたな…」  優しい三蔵は特に気を悪くした様子もなく、笑って話を済ませた。それが苦笑 混じりだったところを見ると、本気で驚いたようである。 「まぁ、広めるのは大いにやれ。同志が増えるのは一向に構わん」 「…そんなこと言ったら、焔は止まらんと思うぞ…」  本人のいないところでそんな会話がなされているとは露知らず、焔は翌日の秀 との対面に心踊らせていたのであった。      翌朝、焔と紅孩児は会場に早くから足を運んでいた。ミニライブ自体は昼から であるが、受付は朝からあるのだ。先着順なので早いに越したことはない。  が、早すぎたかもしれない…。 「何処で受付するんだ?」 「案内にはビルの名前だけで、階数や部屋名はまったく記載されてないんだ」  日曜日の朝の高層ビルは人通りも少なく、季節的に寒い上にビル風が強くて、 簡単に表せば《早くこの場から逃れたい》気分だったのだ。 「…それは、見ればわかるということなのか、開催者がアバウトなのか、どっち なんだろうな」  会場に入りたいと思っても、何処かわからないのでは話にならない。とりあえ ずビルに入ってロビーにいると、時間ピッタリにスタッフと机等が出てきた。 「ここが受付なのか!」 「まさかミニライブもここでするのか…?」  信じられないのも無理はない。ビルの1階部分は全体的にロビーになっており、 他の無関係者も普通に通り過ぎる場所だ。無論のこと防音設備などあろうはず もなく、ついでにガラス張り。  周囲から騒音苦情が来るんじゃないかと本気で心配する状況である。  とりあえず並んで整理券を受け取る。焔は39番、紅孩児は40番。 「今日はなかなか良い日だなー」  番号を見てほくそ笑む焔。  数秒後、やっと紅孩児も気付く。 「…なるほど」  察しの良い人はわかっただろう。39という言葉が表す意味が。ここのサイト は逆なので一応伏せておく。  紅孩児は特に感想もなく、とりあえず二人は時間つぶしのため、近所のショッ ピングモールと商店街をうろついた。      で、ミニライブ開始30分前。  再び戻ってきた二人は、今度は受付で入場券と握手券を受け取る。今度は焔は 32、紅孩児は33。整理券番号より少ない数ということは、二人の前にいた人が辞 めたか遅刻しているかであろう。 「………」  二人ともじっと自分の番号を見、互いの番号を覗き合う。 「…いいなー」  三蔵ファンの焔、紅孩児を羨ましそうに見る。 「交換するぞ」  入場券を差し出す紅孩児。 「え?いいのか?」 「オレはそっちのほうがいい」  ガンダムWサークルをやっている紅孩児としては、32という数字のほうが好 ましいのだ。  数字にこだわってどうすんだおまえら、なツッコミはこの際聴かないことにす る。日常生活ならまだしも、趣味行動の場では突っ走る二人なのだ。  ミニライブは入場者は300人までだった。が、結局は50〜60人しか客はいない。 本番のライブが1ヶ月後にあるのだから、皆今回はあまり興味がなかったのか もしれない。とゆーか、もしかしてわざわざ他地方から赴いたなんて焔達くらい じゃないだろーか…。  なんとなく自分たちのバカぶりと淋しさに悲しくなる二人。  そこにとうとう秀が現れた。  ロビーの中に即興で造られたステージに上がる秀に歓声と拍手が降られる。サ ングラスをかけており、顔がよく見えないが、ファンにわからないはずはない。  何事かと通りがかりの一般人から視線が集中するのもお構いなしに、スタート!   司会役の男性が挨拶し、最初は司会がインタビューする形で秀と話し出す。ま ぁはっきり言って、内容はつまらなかった。つーか、ファンなら知ってて当然の ことを訊いてどうするオッサン!な感じで客も静かなものである。  いや、ついには客から声が上がった。 「サングラス外してーv」  苦笑しつつも外してくれた秀に皆、声を上げて歓喜する。やはり美形は顔を隠 しちゃいけない。 「カレー食べたー?」  苦笑する秀は、意味がわからない司会に説明する。 『プロデュースのKさんの影響でカレーにはまっちゃって…』  その他客から色々質問などが。出番がなくなってきた司会がそろそろ歌をすす め、ミニライブが開始され、やっと歌に入る。  これでつまらん前座から解放されたと喜んだのは焔たちだけでないのは確実で あろう。影ででかしたとばかりに拳を握った人とか、「おっさんいらんから帰っ てよ…」とぼそりと呟いた人がいたからだ。立場ないな司会…。  ちなみに客は女性ばかりであった。男性は一人だけ。いかにも娘の付き添いで やってきましたーなんて人もいた。  出たばかりのシングルの曲、【卒業】が歌われる。  そして次の【BLUE】が終わったところで一息。 『えー、本当は次は【HAPPY BIRTHDAY】を歌おうかと思ってたんだけど…。【Th at's a Fact】にします。アコースティック・バージョンにしたらどうなるかっ てことで…』  どちらも聴きたいファンとしては複雑な声が上がる。おかまいなく歌は進み、 そこで秀が去っていった。 『この後設営したら握手会ですので皆さんお待ち下さいねー』  まだいたのか司会…と思いつつも、セリフの内容が脳裏に反芻する。 「3曲で終わりなのか?」  おいおい、そりゃ悲しくないか?と思う紅孩児に、焔が一言。 「…所詮は《ミニ》ライブだからな」  なるほど…。  納得。が、オレたちはこれだけのために大阪まで来たのか?  二人して少々哀しくなる。溜め息も自然に漏れるというものだ。  いや待て待て。この後の握手がまだ残っている。  本番のライブではそんな内容どころか秀に近付くことさえできないのだ。それ に比べれば、直接話までできるなんて、なんて幸福だろう。  ということで気分を取り直し順番に並ぶ。  焔がバッグから紙袋を嬉しそうに取り出した。 「前回と同じ失敗は踏まん。ファンレターとプレゼントを持ってきた」 「………」  以前の握手会の時、実はプレゼントを手渡せる絶好の機会だと気付いた焔は、 今回こそはとファンレターを用意していたのである。便せんを何枚も無駄にして 何度も書き直し、それこそ気合いを込めて。  その上、秀に身につけて欲しいと思い、彼に気に入ってもらえそうなペンダン トまで購入して包んでいた。  その根性とゆーか熱意とゆーか執念とゆーか…。すごすぎるそれに、紅孩児は 言葉を無くしてしまった。 「さあ行くぞー」  焔は完璧に舞い上がっている。  その後ろで、オレは何でここにいるんだっけかな…と紅孩児は遠い目をしてい た。  一人ずつ簡易ステージに上がり、秀と握手していく。差し入れを持参してきた 人は結構いるらしく、秀の横の机の上には色々な袋等が並んでいる。抽選でグッ ズが当たった人は握手と同時に手渡されていた。  ちなみにグッズは秀のサイン入りTシャツ。そんなものより秀が今着ているT シャツが良いとのたまったのは焔だったが、残念ながら二人ともこういう時の運 は悪かった。  さて、まずは焔である。緊張しつつも嬉しさのステップを踏みながら数段の階 段を上がり、秀の前へ。  心臓は早鐘を打ち、爆発寸前。大丈夫かオレの心臓!?  まずは紙袋を手渡す。 「O大の学祭ライブも見に行ったんですよ」  すかさず自分の売り込み。とにかく自分を印象づけて覚えて貰おうと必死。 「そうなんだ。ありがとう」  そして右手を差し出す秀に、 「左手でも良いですか?」  以前の握手会で右手で握手したため、今回は左手でと前々から決めていたのだ。  快く左手を出してくれた秀に「頑張って下さい!」と言葉をかけながら握手を かわし、内心かなり惜しみつつ離れた。  後で思い返して、「両手で!」と言えば良かった…と舌打ちしているのだが、 すんだものは仕方ない。  次は紅孩児。実は彼は男性と手を繋ぐことなど生まれて初めてであった。 「今日は、海を越えてやってきました」 「そう。頑張ってね」  なんか意志の通じ合ってない会話のような気がするが、後がつかえているので そのまま終わる。ファンのほうが励まされてどうするんだろう…。  その後も二人は会場に留まり、他のファンと一緒に、秀が帰ってしまうまで見 ていた。   ファンレターとプレゼントを渡し、至極満足顔の焔。  初めて秀と握手した手を見つめて、その温かさを思い返す紅孩児。  気が抜けたようになりながら会場を出た二人は、傍目から見て変だったに違い ない。      せっかく大阪に来たのだからとお好み焼きを食う。さすが名店。美味い。 「あ、契約書置いてきた」  遅い昼食を取っていた時、紅孩児が無表情で言い出した。 「契約書…って…。新居の賃貸契約書か…?」 「その通り。昨日新居に行った時にそのまま置いてきてしまったらしい」  数日以内に親にコピーを送らねばならんというのに、シャレにならない。 「…ここ(大阪駅)で気付いてよかったな。帰ってからだったりしたら、終わりだ ったぞおまえ…」 「とりあえず今から取りに行くから付き合ってくれ。悪いな」  ひきつった笑みしか出せない焔に、他人事のように淡々と話す紅孩児。どっち が当該者なのか…。  何事もなく取って帰る。昨日と違い電車内も人が多く、座れない。 「今晩も三蔵の所に泊めてもらえばよかったかもしれん…」  ライブで疲れ切った二人に、数時間の直立はきついものがあった。帰宅した途 端、風呂に直行し、すぐに寝たのは想像に難くないだろう。  これで秀のミニライブは終わったわけである。  次は本番のライブだ!
 

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