DOLL HOUSE
雨は降り続く。
音もなく、絹糸のような細い水滴が街を隠す。
古く、建て付けのアパート。傘を器用に片手でたたみながら、ヒイロは部屋に入った。
傘を立てかけ、奥の部屋に向かう。
扉を開けると、すっかり見慣れた背中が映る。
長い髪を無造作に流した少年は、窓に向けた椅子に腰掛けている。眠るとき以外はいつも。
ヒイロは抱えていた買い物袋を近くの机の上に置き、彼に歩み寄った。
「デュオ…」
デュオは応えない。ただじっと、窓の外を見ている。
今日は雨のせいで空も街の風景も灰色に染まっているというのに、飽きもせずに、見つめ続ける。
いや、天気や景色など、彼にはどうでもいいことなのだろう。
何故なら、彼には何も見えていないから。
彼の蒼い瞳は何も映してはいないのだから。
…そう、今共にいる人の存在さえも。
「デュオ…」
もう一度名を呼びながら、腕を回し、後ろから抱き締める。
髪の生え際に顔を埋めて、ゆっくりと息を吸い込む。
デュオは何の反応も返さない。
デュオには何も見えていない。何も聞こえていない。
《彼》はとうの昔に遠くへ行ってしまった。
ここに在るのは、彼の抜け殻。心を亡くした、温かい身体だけ。
灰色の空。灰色の部屋。灰色の空間。
白も黒もない世界の中に、二人だけが存在しているような錯覚。
静けさが身を包む。
《デュオ》はもういない。
彼が笑いかけてくれることは二度とない。
それでも。
それでも、ヒイロは深い満足感に充たされていた。
腕の中の存在を感じているだけで、幸福だった。
柔らかい頬にそっと口付け、目を閉じる。
ここにデュオがいる。何の不安があるというのか。
「デュオ…」
返事を返されることのない名前を紡ぐ。ただ静かに。
雨は降る。音もなく。
まだ、止みそうな気配は見えない。
【漂流楽団】に掲載した話です。これはプロローグに当たり、実際の中身はマンガでした。が、内容は一緒です。マンガはこの文章をもちっとわかりやすく説明したような感じで。
デュオがこうなったのは、自殺未遂を起こし、出血多量で脳障害に陥ったため。理由は、思いあまったヒイロがデュオを監禁したので、そのことへの抵抗行為。
…救いがないな…(-_-;)
この話はヒイロsideで、同じ本にデュオsideの小説も載せました。そちらも読みたいと思われる方は上のリンクからどうぞv