井笠鉄道史跡めぐりと茂平車庫見学ツアー

GW最後の5月6日(日)玉野市電保存会が主催の
「いすゞ5E・路線バスで行く 井笠鉄道史跡めぐりと茂平車庫見学ツアー」か催行され
玉野市電保存会さんよりお誘いをいただきツアーに参加してきました。
このツアーで巡りあった車両達を中心に紹介したいと思います

なお、拙ブログ「左官屋の別部屋」でもツアー当日の模様(その1その2その3
を紹介しておりますので併せてご覧いただければ幸いです。

(乗車日:2012年5月6日)


井原バスセンターへ到着した一行。ココで暫しフリータームです。
バスセンターはもと鉄道線の井原駅がまんま転用されています。
かつては2階部分がボーリング場だったのですがブーム衰退とともに撤退し
その後スーパーが入居。それなりに結構な賑わいだったのですが
そのスーパーも競合店出店により閉店。現在スーパーだった部分はマンションが建ってます。

ここ、井原バスセンター内にて暫しバス撮影。
社番 H9012 1990年式 日野U-RU3HJAA
井原市の特産品ジーンズのラッピングを纏っているジーンズバス。
井原〜笠岡・井原〜福山間で運用されている模様です。

社番 H9005 1990年式 日野P-RU174AA
井笠唯一のP-RUもジーンズバスのラッピングを纏っています。

社番H0204 日野リエッセこと 2002年式 KK-RX4JFEA
井原市内循環バス「井原あいあいバス」の専用車。途中から増車された3号車

分離子会社の北振バス所属の7m級のワンステップ路線バス
社番Z001 いすゞエルガミオこと 2000年式 KK-LR233E1です。
北振バスとしてはとても重宝している収容力、ボディサイズだそうで
増車を検討していたがエルガミオ7m級が生産中止となったため
やむなく日野リエッセの導入に切り替えたとの事です。

井原バスセンターの予備車置場(休車置場?)に佇む 社番 Z8403
富士重工5Eボディ架装のいすゞP-LT312J
どうやら動いている気配は無さそうでした。
井原バスセンターから昼食休憩&ホジ101とホハ8の見学で次の目的地の経ケ丸グリーンパークへ
経ケ丸グリーンパークへは山の頂付近にある公園で
公園までは急な上り勾配が暫し続きます。
オートマチックLTは2速ベタ踏みでこの勾配を駆け上がっていきました。
この時の模様は拙ブログ内リンクの動画をご覧ください。

勾配を無事上りきり、経ケ丸グリーンパーク内の駐車場で待機するLT。

腕木式信号機と共に保存されているホジ101とホハ8。
搬入当時(1980年前半ごろだったと記憶してます)はまだ自走できる状態だったそうです。
屋根下保存されているとは言え、チョッと残念な状態でした。
ワタシ達はホハ8の車内にて昼食タイム。
昼食後、経ケ丸グリーンパーク内の駐車場にてプチ撮影会ののち
井原鉄道湯野駅近くの井笠鉄道の遺構を見学。

井原鉄道の橋げたがそのままの形で残っています。
この周辺は井原鉄道開業に合わせて整備されていますが
邪魔にならなかったのか意図的なのかは不明ですが
撤去されることなく当時のまま橋げたが残されています。
湯野〜両備国分寺あたりまでは築堤や両備国分寺ホーム跡など
探せばまだまだ井笠鉄道の遺構は残っています。

撮影中、タイミング良く井原鉄道IRT355型気動車と遭遇。
井笠鉄道の遺構を見学の後はお待ちかねの
井笠鉄道笠岡自動車営業所にてバス撮影タイム〜♪

ずらり並べられた貸し切りバス群。
GW最終日ということもあってかこの日は多くの貸切車が車庫へ帰ってきていました。
今回のツアーで大活躍のP-LT312Jを使ってのお好み方向幕撮影大会〜☆
Z8401車は予備車ゆえ収録数が多く(全78コマ)
既に廃止されている路線のコマも収録されていますが、
残念ながら岡山線のコマは未収録でした。
既に廃止となってしまった行き先をいくつか・・・

「金浦経由笠岡」
井原から七日市を経由して大戸口から金浦・吉浜を経由して笠岡まで向かう路線で
笠岡行きは午前中、井原行きは夕方の一往復のみの設定でした。
一度乗車したことがあるのですが、金浦地区の生徒輸送が主な使命で
通しでの利用者は殆どいなかったように記憶しています。
岡山線と同じ2001年9月30日をもって廃止となってしまいました。


「高屋経由笠岡」
井原からR313を経由し高屋から南下し篠坂・吉浜を経由し笠岡へ向かう路線で
コチラも早朝の笠岡行きと夕方の井原行きの一往復のみの設定でした。
EDMがよく運用に入っていた記憶があり、行先幕は経由表示のコマではなく
「笠岡」「井原バスセンター」のシンプルなコマを掲出しての運行が多かったように記憶しています。
当時、井原から笠岡行きは5系統あったため誤表示を避けるための措置だったのかもしれません。


「田輪(フリーバス表記)」
笠岡から追分を通り新山旧鉄道線沿いを北上、小田からさらに北上し旧美星町の田輪までの路線。
美星診療所付近には一台だけ泊めることの出来る木造車庫があり
笠岡からやってきた車両が滞泊し翌日朝の笠岡行きで帰る運用だったように思います。

かつて川重ボディ架装のBA20が滞泊していたのを見かけました。
(滞泊地は田輪ではなく美星診療所付近だったかもしれませんが、曖昧で不確実なので
上の記述は取り消します。近々に現地で自身の記憶と照らし合わせたいと思います)
BAは行先幕は小型のためフリーバス表記は前面にアクリル板の表記板を掲示していましたが
ECMからはフリーバス表記は方向幕の大型化により行先幕内に表記されるようになりましたが
BA時代には無かった「フリーバス」の行灯が助手席側下部に設置されました。


「八尋経由福山」
井原からR313を通り高屋で福山メインルートの御領経由と分岐、大江にて高屋経由笠岡線とも分岐し
R313より南側の県道を西進し八尋地区を経由したのち平野口にて再びR313に合流
その後、神辺長畠を過ぎてR313から分岐しR182を南下、
途中福山市民病院を経由し奈良津にてみたびR313に合流し福山駅まで向かう路線で
一日4往復(だったと思います)設定され運賃は御領経由と同額。
岡山線と同じ2001年9月30日をもって廃止となってしまいました。
大江・八尋地区の県道は普通車同士の離合もムズカシイ箇所のある狭隘路線でしたが
路線廃止されて間もなく道路改良工事が完了したのは何とも皮肉なものです。
このLTが登場当初、収録されていたのは「八尋・市民病院経由福山駅」のコマだったと記憶しています。
経由表記やデビュー当時の字体と異なるので後年に改修(または取替え)されたものと思われます。

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