太陽は空に焦がれて 月も星を嘆いた
運命が高らかに笑う 愚か者よと
消えていった幻の楽園
これでやっと君は自由だと 風が空を叩いて叫んでいる
僕の目に映るものは 見知らぬ広い世界
どこまでも続く空と 渇いた寒い大地
僕を呼ぶ君の声が確かにきこえる
ただひとり 僕はひとり 無人の荒野に立つ
スダ・ドアカワールドは、歴代の勇者たちの活躍により、スペリオルドラゴン神の庇護
の下、一時の平安を得ていた。
そのスダ・ドアカ上空に存在する、浮遊国家ピースクラフト。
神の使いである天使が住まうその郷は、度重なる戦争の影響もほとんど受けず、穏やか
な平和が流れていた。
その日までは。
「ヒイロ」
守護天使騎士団長のミリアルは、長い廊下の端に弟を見かけ、声をかけた。
静かに振り返るヒイロはまだ少年であるが、その瞳の光は強く、静かである。
ミリアルはそんな弟を可愛がっていた。天使にしては珍しい黒髪で生まれてしまったた
めに、周囲からの目には冷たいものもあったが、そんなことは関係ない。
むしろ自分をも越えている剣技と碧い真っ直ぐな瞳を持つ弟を、誇りに思ってさえいた。
また、ヒイロのほうも兄を敬っており、兄弟の仲の良さは有名でもあった。
「巫女姫を見なかったか? 王宮内にいらっしゃらないのだ」
「いや」
この王宮の主であり、現天使族の女王、巫女姫リリーナ。彼女を守ることこそが2人の
役目である。
「そうか…」
ミリアルは溜め息を吐いた。巫女姫とヒイロは年齢が近しいためか、仲が良かった。
だから、てっきり2人が一緒にいるものと思っていたのだ。
「モロミの塔は捜したのか?」
「いや、まだだが…」
ヒイロの言葉に顔を上げる。モロミの塔はピースクラフトの中心に位置する建築物で、
頂上にある水晶球から地上を覗くことができる。
「最近、地上の様子が気になっているようだったからな。行っているかもしれない」
「なるほど。行ってみるか」
モロミの塔に近づくと、確かに人影があった。
「いた。リリーナ姫だ」
リリーナは2人が来たことさえ気付かずに、熱心に水晶球を見ている。
「姫!!」
「きゃあっ! …あ、ミリアル。ヒイロも」
突然、大声で呼ばれ、驚くリリーナ。
「いきなり驚かさないで。びっくりしたわ」
「姫、お一人で勝手に王宮を抜け出さないで下さい。皆が心配しております」
見るからに怒っていることがとれるミリアルに、リリーナもたじろぐ。
「すみません。けれど、どうしても気になることがあって…」
一旦こうと決めたら誰の制止もきかないリリーナの頑固さはよく知っている。
これ以上小言を言う気も薄れてしまい、ミリアルは大きな溜め息を漏らした。
「気になる、とは?」
「最近、地上でおかしな気配を感じるのです。何か胸騒ぎもしますし…」
「…お前がそう感じるというなら、調べる必要はあるな」
「ヒイロ! 姫に対して何という口を…!」
「かまいません。堅苦しい言葉を使われるより、気が楽ですから」
その時、にわかに空が曇り出してきた。
「! これは…」
「…まさか、災いの凶兆…?」
天使族に伝わる伝承では、空に雷鳴とどろくは凶兆のお告げとなっている。
事実、今まで災いが起こった時は天が荒れたという。
段々と空が暗く変色する。
緊張と不安を胸に、空を見上げる天使たち。
突然、大きな雷がモロミの塔に落ちた。
「きゃあああ!」
「姫!!」
咄嗟にリリーナを庇う2人。幸い怪我もなく、落雷の地点を見やると、そこにあったのは。
「これは…?」
1本の大剣が水晶球に深々と突き刺さっていた。
「これは…スペリオルドラゴンからの…?」
見事なほど細かく施された装飾。触れずとも感じられる強大なパワー。
一見して神の剣と理解できた。
神から送られし剣。そこにどんな意味が秘められているのか。
複雑な思いの中、3人はただ剣を見つめていた。
「いたぞ! 天使族の巫女姫だ!」
声とともに、影が周囲を取り囲んだ。
「デ・ドール!?」
地上でしか造られていないはずの従機兵デ・ドールが、いつの間にか塔を囲んでいた。
「どうしてここに、デ・ドールが?」
従機兵に空を飛ぶ機能など、備わってはいない。それが何故、ピースクラフトにいるの
か。しかも1体や2体ではない。数十機といるのである。
「天使族の巫女姫よ。我らが神、バロックガンのために、来てもらおう」
「バロックガンだと!?」
驚愕が走った。
それは、太古にスペリオルドラゴンに封じられたはずの、古代神の名であった。
「…まさか…バロックガンが復活したというのか…?」
「いいえ。まだ完全復活ではありません」
ヒイロの呟きをリリーナが遮った。
「デ・ドールをこの郷まで運んだのは、間違いなくバロックガンの力。けれど、バロック
ガンもまだ完全ではありません。だからこそ、私の所に来たのでしょう」
天使族の巫女姫は、バロックガンの開封の秘密を代々委ねられている。
それを狙って従機兵はやってきたのだ。
「巫女姫は、貴様らなんぞに渡しはしない!」
ミリアルとヒイロは巫女姫を庇うように、剣を構える。
しかし、巨大な従機兵の前では、それは脆く見えた。
「ひ弱な天使が我らにかなうとでも思っているのか」
「うわぁ!」
2人はあえなく、1体の従機兵になぎ払われてしまう。
いくら天使族でも有数の騎士といっても、たった2人でリリーナを守り通すのは不可能
に近い。
(かくなるうえは…)
「ヒイロ! 姫を連れて逃げるんだ!」
言うが否や、ミリアルは機兵に向かって飛び込んでいった。
「兄上!」
兄のやろうとすることを察し、呼び止めようとするが、ヒイロの声はもう届かなかった。
「くらえ!!」
ミリアルの身体が光を放つ。天使が命と引き替えに周囲を浄化する大技である。
「止せ! 兄上ー!!」
「ミリアル!」
絶叫は、大きな爆音にかき消された。
爆風がゆっくりとおさまっていく。
「兄上…」
ヒイロは静かに顔を上げた。
「命を捨ててまで巫女姫を守ろうとしたその心意気は敬服するが、残念だったな」
「そんな…ミリアル…」
リリーナの瞳に驚愕が映る。従機兵たちは変わらずそこに立っていた。
ミリアルの技が放たれる寸前に、従機兵の1体がミリアルもろともに自爆し、被害をく
い止めたのである。
「天使の命など我らにとってまったく価値はない。用があるのは巫女姫のみ」
従機兵の無機質な声が、冷たく響く。怒りか悲しみかわからない感情が込み上げてくる
のを2人は茫然ととらえていた。
「無礼者!」
抵抗がなくなったと思った従機兵の1体がリリーナを掴まえようとし、それをリリーナ
は大きく振り払った。
そのまま敵の中へ飛び、毅然と言い放つ。
「私は囚われるのではありません。天上界と地上界の平和のために貴方たちの神とやらに
会うのです。貴方たちはただの案内役。さあ私をバロックガンの元へ案内なさい!」
威厳漂う雰囲気に思わず従機兵たちは跪きそうになり、狼狽が走った。
「生意気な…。どう気取ったところで、貴様は神の生け贄になるだけだ!」
「生け贄だと!?」
その言葉を聞いて、ヒイロは我に返った。
守護天使としての務め、巫女姫を護ること。兄が命をかけたことを果たさなくてはなら
ない。それが今自分にできること。
リリーナに襲いかかろうとした従機兵からリリーナを庇い、その場から離れる。
(王宮まで行けば…)
騎士団長であるミリアルが相手にもならなかった敵に、自分が叶うわけがない。王宮へ
戻り、他の騎士や兵士たちと合流すべきだと判断したのだ。
しかし、すぐに従機兵に囲まれてしまう。
「くっ!」
「ヒイロ、私は心配いりませんから貴方だけでも逃げて…」
「バカを言うな! 兄上の意思を無駄にするつもりか」
「!」
リリーナは言葉に詰まった。自分を守って死んだ天使を無下にはできない。かといって
このままでは…。
(我らが神よ。どうか…)
リリーナはヒイロに抱きかかえられたまま、必死に祈った。
その時、ヒイロの目に、ふとかすったものがあった。
先程天から落ちてきた剣。神からもたらされた、武器。
考えるよりも先に身体が行動していた。モロミの塔に戻り、リリーナを下ろすと同時に
剣を掴む。
「?」
強大なまでの力と意志が、電流のように流れてくる。耐えるように握り締めると、今度
は声が頭に響いてきた。
【天使族の騎士、ヒイロよ。そなたにこの剣を使いこなす勇気と精神力があるか…。剣の
力を制御できなければそなたは永劫の破滅の道を歩むであろう】
「俺は、力が欲しい。リリーナを、世界を護る力が…!」
【ならば、その剣をそなたに託そう。神である私が願う。そなたが狂わぬこと、この世界
を救ってくれることを…】
直後、更なる力が流れてきた。思考する余裕もない。
頭の中が、白く、染まる。
「うわあああー>」
「ヒイロ?」
光が電流のように周囲をかけめぐる。リリーナも従機兵たちも眩しさに目を閉じる。
それでも何とか目を開けると、ヒイロが光に包まれて姿が変わってきているのが見えた。
次の瞬間、ヒイロはガンダム騎士に変身していた。
騎士はゆっくりと剣を天にかざす。
「鎧闘神ウイング、降誕!」
機械的な声とともに雷が剣に直撃し、再び光が走る。
気付いたときはリリーナは大きな手の上に座っていた。
見上げれば、従機兵よりも更に巨大な機兵…いや違う。巨大なガンダム騎士の手に彼女
は乗っていたのである。
見たこともないガンダム騎士は、先程ヒイロが変身した騎士に似ているように見えた。
「鎧闘神ウイング…。…ヒイロなの?」
鎧闘神と呼ばれたものは応えない。目の光は見えず、ただの機械のように思えた。
「何だ、貴様は!」
やっと視界が戻った従機兵たちが、突然現れた巨大騎士に声を上げる。
「天使の機兵か? ふん、何であろうといい。邪魔するなら殺すまでだ!」
襲いかかる従機兵を、鎧闘神は一刀両断になぎ払った。剣から出たエネルギーは勢いを
弱めることなく、その後方にいた従機兵をも破壊する。
「何?」
「…ば、化け物か、こいつ!」
圧倒的な力の差に、従機兵は次々と倒されていく。
最後の1体を倒した時、モロミの塔は戦闘の余波で跡形もなく破壊され、周囲は荒野と
化していた。
「何という…。天使の郷が…」
あまりの光景に愕然とするリリーナを気にせず、鎧闘神は飛び上がる。
「何処へ行くつもりですか?」
ヒイロとはまったく違う、低く響く声が静かに答えた。
「地上へ…。例えこの世界を破滅させてでも巫女姫を守る。それが我の使命」
冷たく宣言された内容に、リリーナは青ざめる。
「鎧闘神。あなたは…破滅をさだめられた戦士だというの!?」
世界を破滅させてでも、と簡単に言い切った彼は、もはやヒイロではない。
(スペリオルドラゴン…貴方は何を考えておられるのですか…?)
リリーナは両手を握り締め、雷鳴がやまない空を見上げた。