地上は見るも無惨な荒野と化していた。地平の彼方に煙が上がっているのが見える。
「これが地上界だなんて…」
自分がいつも天使の郷から見ていた世界とはあまりにも違った景色に、リリーナはただ
茫然とするばかりだった。
従機兵の襲撃は、天使の郷だけでなく地上にも行われているのだ。バロックガンの狙い
は自分だけではなかったのだろうかと、不安がよぎる。
荒野の中心に降り立った鎧闘神は、ゆっくりとリリーナを下ろした。
周囲を見回していたリリーナの耳に、どこからか亀裂が入ったような音が聞こえた。
「何なの?」
振り向いた先に、鎧闘神の持つ剣があった。見ているうちに剣のヒビがどんどん広がっ
ていく。
「剣が…悲鳴をあげている…。あっ!」
大きな音と共に剣が真っ二つに折れた。同時に鎧闘神の体に変化が起こる。
「うわあぁあー!」
鎧闘神から騎士ウイングの姿へと変化する。
しかしウイングからヒイロの姿に戻ることはなく、ウイングは苦しそうに両膝をつく。
巫女姫たるリリーナには、ウイングの周囲に渦巻いている感情が見えていた。
あまりに強いそれは《怒り》。おそらく目の前で敬愛していた兄を殺されたことへの。
すさまじいほどの激情に剣は耐えきれずに折れ、ヒイロ自身の身や精神までも傷付けて
いるのだ。
「ヒイロ! しっかりして!」
ウイングは応えない。それだけの余裕がないのだろう。今の彼は、制御できない力を騎
士の鎧でかろうじて抑え込んでいた。
苦痛に耐えているウイングに何をすることもできず、リリーナは口惜しかった。
ミリアルが死に、ヒイロもこのまま苦しみ続けるなど、あんまりだ。しかし自分はあま
りに非力で、見ていることしかできない。誰かに助けを求めなくては。
ウイングを必死に支え、立ち上がった時だった。
「おまえたちは何者だ?」
顔を上げると、人間族とMS族の騎士らしき男が立っていた。
「て、天使か!」
驚く2人にリリーナは見覚えがあった。そうだ、確か地上の様子を覗いていた時に見た。
「シャッフル騎士団の騎士、シャインとドモンですね。私は天使族の姫リリーナ。お願い
です。私たちに力を貸して下さい。このままでは古代神バロックガンが復活してしまう。
何としてでも止めなくては、この世界は滅びます」
「何だと? どういうことだ!」
幸運だった。シャッフル騎士団は地上でも高名な騎士団であり、特にドモンたちはかつ
て世界を救った勇者である。
リリーナは事の次第を2人に話し、ブリティス城に保護されることとなった。
ヒイロはウイングの姿から戻れずにいた。それどころか気を抜けば力に翻弄されそう
なくらいだ。体力が回復しても、精神的負担は解消されそうになかった。
ブリティス城の地下工房で、折れたバスターソードを前に、ヒイロは佇んでいた。
主神スペリオルドラゴンがもたらした剣。これが何故自分に授けられたのか。
古代神バロックガンは、古の時代に黄金神スペリオルカイザーと戦い、破れたため、ス
ペリオルカイザーによって封印されたと言われている。その開封の秘法を代々伝えられて
いるのが天使族の巫女姫である。
その後、スペリオルカイザーは守護神スペリオルドラゴンと騎竜カイザーワイバーンに
分かれ、スダ・ドアカワールドを守護している。しかし2つに分かれたとはいえ神である。
その力は天使などよりはるかに強大なものであるはずなのに、何故沈黙しているのか。
また、封印されたバロックガンに、何故世界をここまで壊滅できるほどの力があるのか。
考えればキリがなかった。そもそも敵の姿さえはっきりと見えていないのだ。
「待たせたな、ウイング。その剣を修復できそうな人物を連れてきた」
工房の奥からシャインが老人を伴ってきた。
「お前は…ジョワン」
「久しぶりじゃな、ヒイロ」
分厚いメガネの奥で不敵な笑みを浮かべる老人は、鍛冶師ジョワンという名であった。
彼は元天使族であり、幼少時のヒイロを知っている人物である。翼を封じ、地上に降り
たと噂に聴いていたが、まさかこのような所にいたとは思わなかった。
「これか。…なるほど、すさまじき剣じゃな」
台の上に置かれていたバスターソードを手に取り、しげしげと眺める。
彼は確か天使の中でもトップクラスの技術の持ち主であったはず。なるほど、彼なら神
の作ったこの剣も直せるかもしれない。
「ヒイロ」
ジョワンが剣からヒイロの目に視線を移す。
「今のお前ではこの剣は制御できまい。その姿が証拠。その心の弱さを鍛えぬ限りはな」
「心の…弱さ…」
「お前は確かに強い。…じゃが、それは正しい《強さ》ではないのじゃよ」
「………」
そのまま奥へ行く老人を見送りながら、ヒイロは彼の言った意味を考える。
今の自分に力が足りないことはわかっている。だが、ジョワンの言葉は、自分が考えて
いるものとは違っている気がする。
何が違うのか。それはわからないけれど。
その時、1人の兵士が息を切らせながら工房に駆けてきた。
「大変です! 西の空に異変が…!」
「何!」
シャインと階段を駆け上がり屋上へ出ると、星空の下、西の方角だけ雷の嵐が起こって
いた。
「不吉な…」
誰かの呟きが響いた。
『雷は災いの予兆』
ミリアルの言葉が重なる。反射的にヒイロは背の翼を広げていた。
「ウイング?」
「様子を見てくる」
そう言い放ち、西に向かって飛び立った。
ヒイロ−ウイング−がブリティスの西に位置するメビウス共和国に到着した頃、雷は止
んだ。
そこはまさに嵐の後の状態だった。破壊された建築物と機兵のスクラップがあちこちに
散らばっている。
この国にはシャッフル騎士団の5神機の1つ、鳥神機ジャックインダイヤとその操手で
ある騎士ジョルジュがいるはずだ。彼は何処にいるのか。
神にもっとも近い力を持つといわれている5神機なら、従機兵ごときに遅れをとること
はないだろうが、敵の数が多くてはさすがに不安がよぎる。しかもバロックガンの力を得
たデ・ドール相手では苦戦しているかもしれない。
周囲を見回すと、国境沿いの丘の上に何かの影がある。近づいて、ヒイロは驚愕した。
「な、なんてことだ…」
そこにあったのは、石と化して封じられた鳥神機であった。
破壊された大量の従機兵の中心で、挑んでくる敵に立ち向かう構えをとった姿のまま、
まるで最初からそこに石像が建っていたかのように、静かに佇んでいた。
信じられないが、石像からかすかに感じられる気は、間違いなくそれが鳥神機であるこ
とをヒイロに教えている。同時に、石像にまとわりついている邪気の存在も。
そこで思考が切り替わる。鳥神機がこの状態ではメビウス共和国の国民が危ない。
城へ急いでいたヒイロの前に、不意に砂嵐が襲いかかってきた。
「メビウス共和国で砂嵐だと?バカな!」
地形的にこの国で砂嵐など起こるはずはない。
まさかこれもバロックガンによる異変か?
その疑問はすぐに消えた。砂嵐に巻き込まれてデ・ドールが吹き飛ばされていたからだ。
あまりの豪風に飛ばされそうになったところを、大きな手によって捕まえられる。
「何だ?敵か?」
逃れようともがくうちに、風が止み、自分を捕らえているものの姿が見えてきた。
見たことのない機兵だった。デ・ドールではないが、ヒイロには敵としか見えなかった。
「おのれ…」
「大丈夫ですか?」
この場にそぐわない穏やかな声がかけられた。
警戒を解かぬまま下に目をやると、機兵の足元に人間族の少年がいた。その後方には大
勢の兵士集団。
金髪碧眼の少年は騎士の軽装着を身につけていた。しかし騎士としての勇猛さよりも、
生来のものであろう気品がはるかに際だっていて、装いがアンバランスにもとれる。
「僕はウィナー国国王、カトル。後ろの者達は我が国の民です。天使よ、どうか僕たちを
ブリティスに導いて下さい」
正体不明の機兵が、ヒイロをカトルの前に下ろす。
囲まれた状態で、ヒイロは冷静にこの場を乗り切る方法を考えていた。目の前にいるこ
の少年が本当に国王なのか、ヒイロには判断できない。仮にそうであるとしても、味方と
は限らない。今ブリティスにはリリーナがいる。不審人物を近づけるわけにはいかないの
だ。敵であるなら、ここでむざむざと殺られる気はないが、武器も持たない自分に何がで
きるのだろうか。
「何故俺がブリティスの場所を知っていると思う?」
相手を探りながら疑問を口にする。そもそも自分に道案内を頼むのが不自然なのだ。
「僕は神官騎士でして、軽い予見の力を持っています。ですからわかります」
MS族の姿をしている貴方が本当は天使であることもわかるのだと告げる瞳には、嘘は
見られない。
「お願いします。僕たちは安住の地と、ともに戦う仲間を求めているのです」
穏やかな笑みを消し、懇願するような表情を浮かべる。
この少年に邪気は感じられない。カトルの背後に目をやると、兵士に混じって、民間人
らしき者たちがかなりいた。
信用したわけではないが、民間人は保護しなければならない。ヒイロは守護騎士として
任務に忠実であった。
「うそだーっ!!」
城内に、ドモンの叫び声が響き渡った。
今しがた、鳥神機だけでなく、ドモンのキングシャッフルを除く神機がすべて石化され
たという報告が、ヒイロと世界各国の団員からもたらされたためだった。
共に戦ったかけがえのない仲間を失った悲しみと怒りが込み上げてくる。
「神機を石に変えるなんて、そんな力を誰が持ってるというんだ!」
「バロックガンです」
凛とした声に、皆の注目がリリーナに集まる。
「バロックガンは人間が考え出したまがい物の神ではありません。私たちの神スペリオル
ドラゴンと同じ、この世界を司る十二柱神の1人。正真正銘の《神》なのです」
「それは…バロックガンはスペリオルドラゴンと同等の力を持っていると言うことか…?」
ドモンの問いにリリーナははっきりと頷く。
「かつてバロックガンはこの世界の覇権を賭けた戦いでスペリオルドラゴンに敗れ、封印
されました。そのバロックガンが今復活しようとしているのです」
「………」
静寂がリリーナたちのいる広間を包む。それを破ったのは来たばかりのカトルである。
「疑問があるんです。バロックガンはまだ封印が完全にはとけていない。なのにデ・ドー
ルの進撃にはかなりの統率が見られます。おそらく、バロックガンの封印を解こうとして
いる者がいて、その人物がデ・ドールを指揮しているのでしょう」
「っ! そいつが元凶か!」
「誰であるにしろ、そいつの好きにさせるわけにはいきません。デ・ドールに対抗できる
戦力は現在キングシャッフルと斬機兵サンドレオン、そして鎧闘神とやらですが…」
カトルの後ろに使えていたMS族が控えめに声を出した。
彼は騎士サンドロック。カトルの家臣であり、先程ヒイロを捕らえた機兵、斬機兵サン
ドレオンの操縦士である。サンドレオンは特殊な技法を用いて制作された、カスタム機兵
と呼ばれるもので、優れた戦闘力を持っていた。
「バスターソードが修復されない限りはウイングは鎧闘神になれません。それまではなん
とか他の者たちだけで戦わねば…」
「心配はいりません。大丈夫です」
消沈するリリーナにカトルは優しく笑いかける。
「あと3機のカスタム機兵が今このブリティスを目指しています。ご安心を。貴女は僕た
ちがきっと守ってみせます」
「あと3機?」
「何と! それは心強い」
一気に沸き立つ城内。しかしリリーナの顔色は冴えない。
カスタム機兵がいかに強いとはいえ所詮は人間が作ったものである。神であるバロック
ガンに何処まで対抗できるのか。無駄に犠牲者を増やすだけではないだろうか。リリーナ
は、神に対抗できるのは、同じ神が作った戦士、鎧闘神ウイングのみだと考えていた。
バロックガンの狙いは、封印を解く力を持つ自分である。自分のせいで地上に戦乱を巻
き起こしているのではないか。そんな考えが消えなかった。
そっと壁にもたれて沈黙を守るウイングを見やると、元々無口な彼はじっと皆の様子を
見ているだけだった。彼だけが、唯一の希望。
数日後、トレーズという考古学者が、自らを筆頭とする創世オズワルド国家の設立を世
界中に宣言。世界の革新と称して、粛正という名の侵攻を本格的に行いだした。
ブリティスも例外なくデ・ドールによって攻撃を受ける。この時現れた熾炎機ヴァイエ
イトと瀑水機メリクリウスによって、ドモンの駆るキングシャッフルも封印されてしまう。
駆けつけた他のカスタム機兵の参戦により、かろうじてブリティスは敵を退けた。
ここに、スダ・ドアカのカスタム4機兵が集結したのである。
かなりのダメージを受けたものの、ブリティスは並び立つ機兵の姿に沸き立っていた。
カスタム機兵から下りてくる騎士たちを、全員と知り合いらしいカトルが紹介していく。
「こちらが轟機兵マグナアームの操手、騎士ヘビーアームズと、そのパートナー、闘士ト
ロワ。咬機兵ナタックの操手、騎士シェンロンと、パートナーの剣士ウーフェイです」
重装備の赤い機体から現れたMS族の騎士と落ち着いた雰囲気を持つ人間の少年。白と
青の機体から現れた騎士と切れ長の目の少年。皆、強い印象を身につけている。
そして、最後の機体からは。
「冥機兵デスサイザーの操手、騎士デスサイズと、パートナーの法術士デュオ」
黒い騎士と、黒の術衣の法術士が静かに降り立つ。
闇を纏ったような2人は、何処かこの場にそぐわない異質さを醸し出していた。
ゆっくり皆の方へ歩きながらも視線を向けようとしない騎士と対照的に、法術士の蒼い
瞳が、リリーナとヒイロを見つめていた。いや、これは睨んでいるというほうが的確か。
何かの感情がその裏にあることはわかるが、何の感情かは決して読ませないその瞳は、
不思議なほどの存在感をヒイロに焼き付けた。